麻倉もも|今だからこそ届けたい、みんなに寄り添う歌

麻倉ももが11月11日に8thシングル「僕だけに見える星」をリリースする。

少女マンガを愛する麻倉は、これまでのソロアーティスト活動で主に“恋の歌”を歌うことを楽しみ、恋する女の子のさまざまな気持ちを表現してきた。そんな彼女の新曲「僕だけに見える星」は、恋する女の子という主人公を立てない、リスナーに寄り添うような等身大の1曲となっている。麻倉にとって挑戦とも言えるこの曲はどのような思いから生まれたのか? 本作に込めた思いやこだわりについてじっくり話を聞いた。

取材・文 / 須藤輝 撮影 / 星野耕作

みんなに寄り添えるような曲を

──今年の4月にリリースされた2ndアルバム「Agapanthus」はとても充実度の高いアルバムでしたね。

麻倉もも

わあ、ありがとうございます! 私としても、本当に充実したアルバムだったと思っていて。1stアルバムの「Peachy!」(2018年10月発売)のときは自分が何をやったらいいのかも、何が好きなのかもまだ不確かな状態だったので、スタッフの皆さんの力を借りつつ模索しながら作っていったんですよ。でも、「365×LOVE」(2019年2月発売の5thシングル)から「私は恋の歌を歌いたい」という気持ちがより強くなって、その集大成が「Agapanthus」なんです。

──「Agapanthus」はギリシャ語の「agape(アガペ=愛)」と「anthos(アントス=花)」が組み合わさった言葉だそうですね。

そうなんです。だから「愛の花」という意味で、アルバムの収録曲も全曲恋の歌でしたし、自分のやりたいことがはっきり見えていたからこそ、曲選びにしても世界観の共有にしても今までになく自分の意見をたくさん伝えさせてもらって。例えば「今すぐに」と表題曲の「Agapanthus」は、「藤田麻衣子さんと渡辺翔さんに曲を書いてほしい」という私の希望が叶った曲なんですよ。なので、がっつり制作に関われたという実感もあります。

──藤田さん作詞・作曲の「今すぐに」はかつてないほどシリアスなバラードで、渡辺さん作詞・作曲の「Agapanthus」は展開の読めないテクニカルなポップスですね。それ以外の楽曲にしてもEDMありギターロックありとバラエティ豊かで、麻倉さんのボーカルも多彩でした。

今までやったことなかったぐらいマイクに近付いて録ったり、マイク自体も何本も試してみたり。そういう作業も含めて新しいことにチャレンジさせてもらいましたし、おかげで成長もできたと思います。

──その“恋の歌”の集大成たる「Agapanthus」を経てリリースされるニューシングル「僕だけに見える星」は、今までとは方向性が違いますね。

やっぱり今こういう状況で、ライブもイベントもできなくてお家にいる時間も多くなって、みんなの元気がなくなっているような感じがしていて。それを踏まえて「次のシングルはみんなに寄り添えるような曲がいいな」みたいなことをふわっと考えていたんです。もちろん「これからも恋の歌をいっぱい歌いたい」という気持ちも同時にあるんですけど、それはひとまず「Agapanthus」で全部出しきったので。

──なるほど。

正直に言うと、アルバムのリリースツアーが中止になってしまったので、私の中ではまだ「Agapanthus」は完結していないんです。でも、今回は“恋する女の子”という主人公を立てずに、みんなが共感できるような曲にしたくて。なので、こんなに自分をぼかして歌ったのは初めてだったんですけど、これも1つの挑戦なのかなと思いました。

真昼に見える星

──麻倉さんの曲の歌詞には「君」というワードがよく登場しますが、従来のそれは少女マンガ的な世界における恋愛対象としての「君」でした。しかし「僕だけに見える星」の「君」は、必ずしもそうではない。

恋愛対象と捉えることもできるかもしれないけど、友達かもしれないし、友達じゃなくても大切な誰かかもしれない。聴く人によって見え方が変わるように意識して作りました。あと、主人公の一人称を初めて「僕」にしたのも性別をぼかしたかったからで。まあ、「僕」だから表面上は男性なんですけど、女性の私が「私」として歌うよりも曖昧になるんじゃないかなって。

麻倉もも

──「僕だけに見える星」は青春を感じる、疾走感のあるナンバーですが、歌詞にも学校を連想させるワードがちりばめられていますね。

ちょっと切ないけど、それでいて希望的なメロディから、おっしゃる通り青春だったりノスタルジーだったりが感じられて、胸がキュッと締め付けられるような。そこにどういう歌詞を乗せようかとスタッフさんたちと話し合ったとき、さっき私は「みんなに寄り添えるような曲がいい」と言いましたけど、ただ「がんばれ」とか「私が付いてるから」みたいに励ますだけが寄り添うということではないなと思って。誰しも経験したことがあるような出来事だったり、見覚えのある情景だったりを通して、聴いてくれた人の心がちょっと温まるような、ふんわり寄り添える歌詞にしたかったんです。

──その“経験”は、麻倉さんにも共通するわけですよね。

まったく同じではないにしろ、例えば「机についてる傷」とか「開かないはずの扉」という歌詞を見ると、やっぱり学生時代のことが思い浮かびますし、「そういう気持ち、私にもあったなあ」とも思いますね。それから、私は1番のサビの「真昼に見える星」というフレーズがすごく好きで。このフレーズが胸に残ったから、いくつかあった歌詞の候補の中からKaoli Inatomeさんが書いてくださったこの歌詞を選んだほどなんです。

──なんで胸に残ったんだと思います?

それが、うまく言葉で説明できなくて。実は、何かの理由でラスサビの歌詞が変わって、今の「あの日会えた空」になったんですけど、1番のサビもそれに合わせようかという話になったんです。つまり「真昼に見える星」も「あの日会えた空」に差し替えようかと。確かにそうしたほうがわかりやすいし統一感も出るんですけど、私が「いや、『真昼に見える星』だけは残してください」とお願いしたぐらい気に入ったフレーズで。とにかくその情景が鮮明に浮かぶんですよ。屋上から見上げた晴れた空に、小さな星がポツンと見えるっていう。

──無粋なことを言うと、明けの明星、宵の明星で知られる金星は、条件次第で昼間でも肉眼で見えることがあるらしいです。

へええ。そう、ミュージックビデオの撮影でも、この「真昼に見える星」を映像にするかどうかを監督さんと話し合ったんですよ。そこで「この“星”って、なんだろう?」という話になって。当初は空の映像に星を合成する方向で考えていたんですけど、「これは実際の星じゃなくてもいいよね」「自分の中で大切にしている何かだよね」という結論に至り、合成ではない別の表現になったんです。

──そのMVのストーリーも、観る人によって解釈が変わりそうですね。

そこに関しても、監督さんとがっつり話し合いまして。MVは学校が舞台で女子高生が出てくるんですけど、最初は男子高生も登場する予定だったんです。でも、それだと恋愛関係にしか見えなくなってしまうかもしれないので、登場人物は女性だけにしていただいたり。細かい表現にしても、いろんな見方ができるように「ここはもうちょっとぼかしたいです」と意見を言わせていただいた結果、ああいう形になりました。