麻倉もも|今だからこそ届けたい、みんなに寄り添う歌

物語を読み聞かせるように

──「僕だけに見える星」のボーカルについてお聞きしますが、まず技術的にかなり難しい曲ですよね?

レコーディングの前に、キーチェックとかも含めてプリプロする機会を設けていただいたので、本番はわりとスムーズだったんです。といっても難しいことに変わりはなくて、今までで一番、音の高低差が大きい曲だったかもしれません。そのうえ、言葉も詰まっているので息を吸う場所がなくて、初めて「ブレスの位置はここだよね」とみんなで確認しながら進めていきました。

──初めてなんですか? 麻倉さんは「スマッシュ・ドロップ」(2019年5月発売の6thシングル)のようなアップテンポな曲も多く歌ってきているので、少し意外でした。

麻倉もも

「スマッシュ・ドロップ」とかは「息を吸う場所はわかっているが、速すぎて吸う暇がない」みたいな曲なんですよ。でも「僕だけに見える星」は「そもそもどこで吸えばいいの?」みたいな曲なので、まずは息を吸う場所を探すところから始まったんです。

──過去のインタビューで、麻倉さんは普段「歌詞の主人公になりきって歌っている」とおっしゃっていましたが(参照:麻倉もも「365×LOVE」インタビュー)、今回は「自分をぼかして歌った」とのことでした。そこに難しさはありませんでした?

確かに、いつもは主人公になりきるために、女の子の気持ちを研究しながら歌うことが多かったんですけど、今回はあんまり入れ込みすぎないほうがいいのかなと。私自身、歌詞に出てくる「君」に相当する人が思い浮かぶし、歌詞で描かれている物語に自分の経験を重ねることもできるんです。でも、それが前に出すぎるのはちょっと違うというか、聴く人それぞれに「君」の対象がいるわけじゃないですか。なので一歩引いて、第三者目線で物語を読み聞かせる感じで歌いました。

──「ユメシンデレラ」(2019年9月発売の7thシングル)も「第三者目線で歌った」とおっしゃっていましたね(参照:麻倉もも「ユメシンデレラ」インタビュー)。

そうそう。ただ、「ユメシンデレラ」の場合は、言葉を向ける対象がアニメ「荒ぶる季節の乙女どもよ。」の登場人物の女の子たちだったんですよ。それに対して「僕だけに見える星」は、この曲を聴いてくれる人たちみんなに読み聞かせるような気持ちで。

──いずれにせよストーリーテリング的なスタイルが麻倉さんの表現の核になっているんですかね。

そうですね。やっぱり自分のことを話すというよりは、「こういう世界がありますよ」みたいな。

──自分の気持ちを伝えたくなったりすることはないんですか?

よく聞かれるんですけど、ないんですよね(笑)。

──あるいは自ら作詞をしてみたいとか。

歌詞を書きたいと思ったことはあります。でも、それも「この少女マンガを読んだときにこういう気持ちになったから、それを言葉にしたい」みたいな感じだったので、やっぱり自分のことよりも物語を表現したいんでしょうね。

イメージは「魔女の宅急便」

──カップリングの「あしあと」は、R&Bテイストのメロウなトラックに麻倉さんのラップ調のボーカルが乗るという曲で、ちょっとびっくりしました。

この曲も私にとって挑戦でしたね。実は、カップリングの最終候補としてもう1つ別の曲が残っていたんですけど、それは「あしあと」とは正反対の、みんなで踊って声を出せるような、元気で楽しい曲だったんですよ。表題がちょっと切ない曲なので、カップリングはシンプルに盛り上がれる曲にしてもいいんじゃないかなって。でも、最終的に「あしあと」を選ばせていただきました。

──なぜ「あしあと」を選択したんですか?

1枚のシングルとして考えたとき、直接的ではないにしろ、「あしあと」のほうが表題の「みんなに寄り添う」というコンセプトになじむ気がしたんです。だから、一聴するとちょっと盛り上がりに欠ける感じがするかもしれないけど、2曲通して聴いたときにより深い満足感を得られるんじゃないかと思って「あしあと」を選びました。

──よい判断だと思いますし、盛り上がりとは別の種類のインパクトも十分にありますよ。

麻倉もも

よかった(笑)。あと最近、ウィスパーボイスで歌うことにちょっとずつ挑戦していて、「Twinkle Love」(アルバム「Agapanthus」収録曲)とか表題曲の「Agapanthus」でもそういう歌い方を試しているんです。それを突き詰めるという意味でも、ここで「あしあと」を持ってくるのも面白いかなって。歌詞の内容も、独り言みたいに全部自分の中で完結しているので。

──「今日も一日お疲れ様」「明日もきっと頑張れる」と、自分で自分を労うような歌詞ですよね。

うんうん。都会で働く、ちょっと疲れた20代女性の姿が浮かぶというか。私も歌詞のイメージに合う画像をスタッフさんに送ったりして。

──どんな画像ですか?

映画「魔女の宅急便」のポスターなんですけど、わかります?

──キキがパン屋で店番してるやつですよね。

それです! 全然20代女性ではないんですけど、あの絵面と「おちこんだりもしたけれど、私はげんきです。」というキャッチコピーが私の中でぴったりハマって。そういう方向でみんなが共感できるような歌詞にしたかったんです。

──サビの「“私らしさ” ずっと探していた」とか。

私自身もまさに現在進行形で探しています(笑)。自分のことは自分が一番わからないので。あと、私もこの曲の主人公みたいに勝手に1人で落ち込んで、「まあいいや、明日明日」と勝手に1人で立ち直るタイプというか。あまり人に相談せずに、自己完結しちゃうことが多いんです。たぶん「僕だけに見える星」と同じように、誰しも一度はそういうことを考えた経験があるんじゃないかと思いますし、「あしあと」というなんでもない日常の物語を通して、またちょっと温かい気持ちになってもらいたいです。