「透明人間」は刺身曲
──いわゆる声優アーティストの楽曲はどんどん多様化していますが、それでもある種の雛形はあると思うんです。でも、「透明人間」をはじめとする青山さんの楽曲はそこから外れているように感じます。その背景には、最初のほうでおっしゃっていた「やりたいことをやる」と重なるような、青山さんなりの美意識みたいなものが?
青山 ありますね。でも、その美意識はあまりカッコいいものではなくて、単に人と違うことをやりたかっただけなんですよ。今おっしゃったように、世の中には“声優っぽい曲”が確かに存在しているから、なんとしてもそこから離れてやるぞと。ただ、私の音楽的ルーツって、まさに声優っぽい曲と地続きと言ってもいいアニソンとボカロ曲で。この2つから遠ざかることは自己否定にもつながるというか。
ヒグチ それは大変だ。
青山 要は、自分がいいと思った曲=声優っぽい曲みたいな思考が根底にあったので、このアルバムを作る過程で「私は何が好きなんだっけ?」とめちゃくちゃ考えさせられました。「私って、なんでこの曲が好きなんだっけ?」「誰かが『いい』と言ってたから好きになったんだっけ?」「あれ? 『好き』ってなんだっけ?」「私ってなんだっけ?」みたいな疑問に直面しながら。声優って、特にキャラソンの場合は「この曲を歌ってください」とあらかじめ決められていることが多いので、そんな中で自分は何が好きなのか考える時間をもらえたのは、すごくよかったなと今は思います。
──ヒグチさんは、自分が好きな音楽、あるいはやりたい音楽を見失いそうになった経験などは?
ヒグチ 過去にはありました。今は……どうやって曲を書いたらいいかわからない状況なので。
青山 ええー!
ヒグチ ちょうど制作をしているんですけど、自分のことを考えすぎて、自分の話を書きすぎると、自分が削られていくような感覚があって。
青山 鰹節みたいに。
ヒグチ そうそう。鰹節も削りきって、また新しい鰹節を作るには数カ月かかりますよね。同じように、削られた自分がもとに戻るというか、再びふくよかな気持ちになっていくのにすごく時間がかかるんです。例えば1年に1枚アルバムを出すようなペースだと到底回復が追いつかないし、自分が削られるだけになっちゃって。今は音楽の技術みたいなところで楽しみを見つけながら曲を作っているんですけど、29歳ぐらいのときに出したアルバムあたりまでは、自分を切り売りしていましたね。身を切れば曲になる。言ってみれば、自分を刺身で出していた(笑)。
青山 刺身(笑)。
ヒグチ でも、それはいつか自分を滅ぼす気がして、ある時期から料理をするようになったというか。調味料とかほかの材料を加えて煮るなり焼くなりすれば、自分の身をちょっと切るだけでも、ちゃんと人が食べて満足できるものになるみたいな。まあ、何年かしたらまた刺身を出します。
青山 ふくよかになったら、ヒグチさんの大トロが。
ヒグチ ちゃんと脂の乗った部分を切れるようにしておくので。今でも自分のことを書いてはいますけど、濃度は下がっていて。今回の「透明人間」は、自分の代わりに身を削ってくれる人がいたので本当にありがたかったし、書くのもすごく楽しかった。
青山 「透明人間」は刺身曲です。
ヒグチ 「青山ちゃんを刺身にしていいんですか?」っていう(笑)。
こんな私なのに、なんにでもなれる
──先ほど青山さんの楽曲は声優っぽくないという話をしましたが、曲ごとに声色を使い分けているという点においては、とても声優っぽいと思いました。
ヒグチ 私もアルバムに先駆けて配信された「Page」、「あやめ色の夏に」(2022年7月配信の2ndデジタルシングル)、「My Tale」(2022年12月配信の3rdデジタルシングル)の3曲を聴いて、「声優さんだから、そりゃあ声も変えられるか」と思いつつ「でも歌でそれやるの、めっちゃムズいよね?」みたいな。しゃべり声と歌声って別なんじゃないの? それとも一緒なの?
青山 「曲に溶け込みたい」という気持ちが先行して、声色が変わってしまうんです。
ヒグチ へええ。
青山 しかもアーティスト活動は、普段やっているキャラソンのお仕事と違って歌声の縛りがなく、超絶自由なので「あの、もう1人出していいですか?」みたいなお願いも通ってしまう。
ヒグチ 「透明人間」のときは、最初に「どれで歌ったらいいかわからない」と言っていたよね。「あまりにも自分の歌すぎて、誰かを当てはめることができない」って。それが私には不思議だった。結局、テイクごとに違う人を入れて歌う感じにしたんだっけ?
青山 AメロはA子ちゃん、BメロはB子ちゃんみたいな感じで歌ってみて「どの子がよかったですか?」とスタッフさんに聞くという、品評会のようなレコーディングに。そういうことをやっていく中で、その子たちを混ぜ合わせたりして作り上げた人物で歌ったテイクが、結果としてもっとも青山吉能然としている歌になったんです。だから「透明人間」は本当に自分だし、聴かれるのがちょっとだけ恥ずかしい。
──ぜひライブで聴きたいところですが、その予定は……。
青山 それが、今のところマジでなくて。
ヒグチ ええー、やったらいいのに。ていうか、ライブをやるために音楽活動を始めたのに。
青山 もちろん、いずれ必ずやります。それまでの私のソロライブではカバー曲を歌ってきたんですが、今はアルバム1枚分のオリジナル曲があるので、そんなに青山吉能名義の曲を歌ったら……きっと自分のことが100%嫌いになる。そういう未来がすでに見えています。
ヒグチ ふふ(笑)。
青山 例えば椎名林檎さんの曲をカバーするのは、大好きな椎名林檎さんに近付けるかもしれない楽しい作業だったんです。でも、大嫌いな青山吉能……いや、大嫌いは言いすぎだけど、そこまで好きじゃない青山吉能とともに歩く作業って、楽しいのかな?
ヒグチ うん、大丈夫。
青山 ヒグチさんはヒグチさんの曲を歌うじゃないですか。いつもどんな気持ちで?
ヒグチ やりたくないよ(笑)。
青山 私もそこに行ってしまうのかも……。
ヒグチ 一旦やってみて、そこに行ったらまた考えよう。ステージで何か1枚まとえたときは「こんな私なのに、なんにでもなれる」みたいな快感を得られることがあるの。だから、それを楽しんで。まとえなかったときは、嫌いな自分のままで終わるんだけど。
青山 ちょっとどうなっちまうか不安ではありますが、今、初めて楽しみな気持ちが芽生えました。
ヒグチ あ、よかった。また10年後ぐらいに青山ちゃんに曲を書かせてもらうから、いろんな経験をしてほしい。
青山 なるほど。その頃にはまたふくよかになって、いい刺身をお出しできるかもしれない。
ヒグチ そうそうそう。そのとき青山ちゃんがどう変わっているのか、楽しみだな。
プロフィール
青山吉能(アオヤマヨシノ)
5月15日生まれ、熊本県出身。81プロデュース所属の声優、アーティスト。主な出演作は「ぼっち・ざ・ろっく!」「Wake Up,Gils!」「ウマ娘 プリティダービー Season2」など。2013年から2019年までWake Up, Girls!のメンバーとして活動した。2021年12月4日に東京・eplus LIVING ROOM CAFE DINING でワンマンライブを開催。2022年3月にソロアーティストとしてデビューし、2023年3月は1stアルバム「la valigia」をリリースした。
青山吉能(あおやまよしの) / IMPERIAL RECORDS
青山 吉能 - (あ行):株式会社81プロデュース‐声優プロダクション
ヒグチアイ
1989年に香川で生まれ、長野で育った。2歳からピアノを習い、18歳でシンガーソングライターとして活動を開始。2016年11月にアルバム「百六十度」でメジャーデビュー。2022年1月にテレビアニメ「進撃の巨人 The Final Season Part2」のエンディング曲「悪魔の子」をリリース、同曲を収録したアルバム「最悪最愛」を2022年3月にリリースした。2023年5月から6月にかけて東名阪ワンマンツアー「HIGUCHIAI band one-man live 2023」を開催する。