青山吉能×ヒグチアイ対談|シンパシーから生まれた楽曲「透明人間」の魅力とは (2/3)

歌詞の世界はたまらなく青山吉能であってほしかった

──「透明人間」に関して、青山さんからヒグチさんに何かしらオーダーを出したりは?

青山 何もなくて。私はヒグチアイさんの曲が好きだから、私が「こうしたい」と言うことによって、私の好きなヒグチアイさんの曲じゃなくなるのが嫌だったんです。ただ、歌詞の世界はたまらなく青山吉能であってほしかったので、「私の人生を書いてほしい」みたいなことは思っていました。

ヒグチ 私が私以外の誰かのことを曲にするのは、青山ちゃんが2回目で。1回目は香取慎吾さんだったですけど(2022年4月発売の香取慎吾の2ndアルバム「東京SNG」に収録された「ひとりきりのふたり(feat. ヒグチアイ)」)、そのときはまず香取さんがどういうことを言いたいかを聞いて、そこからなんでそう思うのかを2時間ぐらいかけて深掘りしていったんですよ。たぶん私はそういう作り方しかできないから、青山ちゃんとも2時間ぐらいお茶して、どういう人生を歩んできて、その時々で何を思ったのかを聞かせてもらったんです。だから私が書いた曲だけど、完全に青山ちゃんの曲になっていますね。

青山 おっしゃる通りです。

ヒグチ さっきご本人も言っていた天邪鬼な部分とか、一定の場所にとどまらない、答えを探し続けている感じとか、まだ正解が出せていない人だからこそ「生きてるな」と思って。ただ、青山ちゃんにも揺るぎないものがあって、それは例えばお客さんだったり、自分のことを見てくれている人を大切にする気持ちなんですよね。私はそれをはっきり言えないというか、それよりも自分はその人たちに対してどんな思いを持つべきか、みたいなことを考えちゃうけど、青山ちゃんは「大切です」と確信を持って言える。好き勝手に生きているだけじゃなくて、そこはちゃんと大切にしているというのは、歌詞に入れたかった。

左から青山吉能、ヒグチアイ。

左から青山吉能、ヒグチアイ。

──「透明人間」は自分を定義されたくない人の歌と言えますが、つまり青山さんも……。

青山 されたくないです。まさに「わかったふりしないで」という歌詞が象徴的で、私はずっとそのことを考えていたんですよ。特に最近は、例えば「声優なのにドラマに出てる」とか、声優が声優業以外のことをすると「声優なのに」という言葉が付いて回るじゃないですか。でも、その人が何をしようと自由だし、声優というだけでそんなふうに言われるのは変ですよね。私にしても「青山さんって陰キャだよね」とか、逆に「陽キャだよね」とか、そういう言葉の枠に押し込めたがる一部の人たちに対して、ずっと「やめてくれ!」と言いたくて……という話もヒグチさんにしましたね。

ヒグチ 青山ちゃんは思いが強い人だから、話を聞いていて「これは嫌だったんだろうな」とか、逆に「これはうれしかったんだろうな」というのがすごくわかりやすいんですよ。その中で、人はどんなふうにでも見えるからこそ、みんな何かに当てはめたがるんだろうけど、それが青山ちゃんにとっては本当に苦痛なんだなって。

青山 本当にそう。どんなふうにも見えるし、見る角度によって全然違って見える。ある位置からは青山吉能の一面しか見えないし、別の位置からはまた別の一面しか見えないから、その人なりの青山吉能の見え方があると思うんです。それはしょうがないことだし、私だって人のことを多面的に捉えられているわけでは決してないけれど、だからこそ一面的な見方というものに抗っていきたい。

──ある人物の一面しか見てこなかった人が、たまたま別の一面を垣間見て「裏切られた」みたいに思ってしまうとか、わりとありがちですよね。

青山 逆も然りで、最近、新しく私のことを知ってくださる方がすごく増えたんですが、そこで「青山吉能、面白いじゃん」と褒められたとき、私は「いや、ずっとこうだったが?」と言いたくなっちゃうんです。天邪鬼だから。先ほどヒグチさんもおっしゃったように、私が私のことを応援してくださっている皆さんのことを大切に思っているのは本当なんですけど、素直に「ありがとう」と言えない場合がある。だからか、ファンの方から「青山吉能さんを知れば知るほど、どうやって褒めればいいかわからない」というお手紙をもらったことが……。

ヒグチ お手紙に書くほど褒めたかったんだね。

青山 そこには「もし僕が青山さんのどこが好きなのかを書いたら、青山さんに『私はそうじゃないのに』と思わせて、変に気負わせてしまうんじゃないか」といった意味のことが記されておりまして。私は、私のことを好きでいてくれている人を悩ませている。

ヒグチ その話の流れで言えば、曲の中で現時点での答えを出してあげたほうがいいのかなと思ったんですよ。実際、歌詞に「あなたはあなたの目を 信じてほしいの」と書いているんですけど、仮に青山ちゃんの一面しか見えていなくても、それがどんな形に見えていたとしても、あなたの目に映った彼女を信じてくれさえすれば、そこに青山吉能はいる。そこで安心感を覚えてほしかったというか、例えばその手紙をくれた人も、褒め方がわからなくても青山ちゃんを好きになってくれたなら、その「好き」という気持ちだけを信じてくれればいい。

青山 青山吉能を好きになることに対して不安を抱いている人たちに向けた答え。

ヒグチ そうそう。「漠然とした『好き』でいいよ、今はまだ」っていう。

悩みながらもしなやかに動き続けている人が魅力的

──ヒグチさんは昨年3月にリリースした4thアルバム「最悪最愛」で矛盾する気持ち、すなわち白黒つけられないマーブル模様のような感情を巧みに描いていました。その視点が、青山さんの考え方や人間性にドンピシャでハマったんだろうなと、お話を伺いながら思っていました。

ヒグチ その通りだと思います。青山ちゃんの話を聞きながら、ずっと「わかるー!」と言っていましたから。めっちゃ女子っぽいけど(笑)。

青山 しかも、なぜわかるのかを的確に言語化してくださるので、私もしっくりきすぎて。

ヒグチ 私は、自分自身に対してなんら疑問を持たず「絶対に私はこうなんだ!」と言い張れる人の曲は書けないんじゃないかと思っていて。やっぱり人って、何かしら悩んでいてほしい……という言い方は変かもしれないけど、私は普段からそう考えてしまうんですよ。安易に答えを出したらすごく脆くなるような気がするし、悩みながらもしなやかに動き続けている人が魅力的に感じるので、青山ちゃんもどんどんいろんな面を見せてほしい。

ヒグチアイ

ヒグチアイ

──2時間話を聞いた中でヒグチさんが見た青山さんは、ほんの一面かもしれないわけですもんね。

ヒグチ そうそうそう。いろいろ話してもらったけど、あれから2カ月ぐらい経ってまた考え方が変わっているかもしれない。だけど、そこで「あのとき言ってたことと違うじゃん」と思う自分でありたくない。「あ、変わったんだ? なんで?」と聞ける自分でありたいですね。

──ヒグチさんは「走馬灯」(2019年9月発売の3rdアルバム「一声讃歌」収録曲)という曲で、“わたし”の不在みたいなことも歌っていました。歌詞の方向性は「透明人間」とは少し違うかもしれませんが、根っこのところでつながっているのかなと。

ヒグチ 絶対にそうですね。さっきの「わかるー!」の話もそうだし、私にも自分が自分でないような感覚があるというか、誰かに自分の色を決められているけれど、まだ自分の色は決めたくないとずっと感じていて。やっぱり自分が思っていないことは書きたくない。だから、私は作家ではないんだなと思うんです。例えば「ぼっち・ざ・ろっく!」のときは、自分からちょっと離れた事柄でも書けるように、作詞クレジットを漢字の「樋口愛」にしていて。でも、「透明人間」はちょうど自分とリンクする気持ちを書いている、つまり私のことを歌っている部分もたくさんあるし、私自身も大好きな曲だから……。

青山 あ、それで作詞作曲のクレジットがカタカナの「ヒグチアイ」に。

ヒグチ うん。作詞作曲の両方ができる場合、ちゃんと気持ちを込められるのはヒグチアイなんですよ。なので「透明人間」はいい曲です、とっても。

仮歌はヒグチアイからのラブレター

──「透明人間」の仮歌は、ヒグチさんご自身が?

青山 そう、そうなんですよ!

ヒグチ いや、そうなんだけどさ、その、恥ずかしいから……。

青山  もう最っ高です! しかも、誰も聴けないんですよ、私とプロデューサー以外は。

ヒグチ 絶対に誰にも聴かせたくない、これだけは。

青山 私も聴かせたくないです。この仮歌は、ヒグチさんからのラブレターみたいに感じたんですよ。それを誰かに見せるわけにいかない。さらに、実は本番のコーラスもヒグチさんに歌っていただいていて。だから「透明人間」は、私とヒグチさんの声も交わっている。逆に、もし仮歌がヒグチさんじゃなかったら、ここまで私の中に歌が入ってこなかったかもしれません。

青山吉能

青山吉能

ヒグチ 本当に? でも、私と青山ちゃんは歌い方が全然違うから。

青山 そう。

ヒグチ 「透明人間」を作ったおかげで自分の癖も知ったし、青山ちゃんの癖も知ったんですよ。声優さんだからなのかわからないけど、青山ちゃんは子音の発音が速い。私の仮歌と青山ちゃんの歌を聴き比べてもらえれば絶対わかるんですけど、私が走り始めたとき、青山ちゃんはすでにゴールしている感じです。私は青山ちゃんみたいに速く歌えないから、コーラスも私が子音をはっきりさせないで歌うようにしないと、遅れて聞こえちゃう。そういう歌の癖を知れたことも私にとっては大きくて。その人の歌い方によって、言葉や譜割りを変える必要があるのかもしれないとか、いろいろと勉強させてもらいました。

──レコーディングでは、ヒグチさんがディレクションされたんですか?

ヒグチ いえ、2、3テイク聴かせてもらった程度で、そこからはお任せでした。青山ちゃんには「『透明人間』は歌詞の1文ごとに青山ちゃんの色が変わっていく、感情がすぐ入れ替わるような曲になっているから、それに合わせて声を変えてみたら面白いもしれない」と言ったんですけど、すぐできちゃって。

青山 私は普段から感情がジェットコースターのようで、さっきまで泣いていたのに、2秒後には桜を見て「きれい」とか言っているような人間なんです。例えば、また「わかったふりしないで」という歌詞を引っ張り出しますけど、この1行のあとに「でもあきらめないで」「そばにいて」と続いていて。この3行はそれぞれまったく違う感情から発せられた言葉だし、私もそれぞれ違う感情を出したかったので、ヒグチさんに「そのまま出していいよ」と言っていただけて「よっしゃ!」と思いました。

ヒグチ 青山ちゃんの歌は、“人”が出ている感じがする。

──そうした感情の切り替えは、お芝居で培われた部分もあるんですかね。

青山 間違いなくあります。私は「孤島の鬼」という朗読劇で1人8役やったことがあるんですが、そこでお母さんを演じる自分と息子を演じる自分で掛け合いをしたりとか、瞬時に役をスイッチすることを求められたりして。そういうことを続けて鍛えられてきたし、そこに自分がもともと持っている性質がプラスされた歌い方が「透明人間」には特にマッチしていたので、歌っていてすごく楽し……いや、全然楽しい曲ではないんですけど、すごく充実感がありました。