ナタリー PowerPush - 青葉市子

メジャー移籍作「0」で魅せるこだわりの音楽哲学

「気持ちより、もっと大きなものを見て」

──ただギターを鳴らして、歌うだけで満足していた地点から始まって、ライブや作品のリリースを行うようになったことで、表現する際の意識は変わりましたか?

それはもちろん変わっていますね。1stのときは「なんでこんな感じで録らされているんだろう?」みたいな感じで思ってたところもあったし(笑)、ライブも自分からやりたいと思ったことは一切なく、人に連れていってもらって「いいから、やりなよ」って感じで、半分ぶーぶー文句言いながらやる、みたいな(笑)。でも、今はお客さんと共有していく気持ちがだんだんつかめてきて。鳴っている音に関しては一貫して変わらないんですけど、1人で大事に大事に作ってる空間と音楽……というか、それを作ってる流れをたくさんの人と共有できるのは単純にとても幸せなことだし、その日、その場所でしか鳴らない響きが楽しみになってきたので、今は素直に楽しむようにしています。

──リスナーやオーディエンスと共有するものというのは?

青葉市子

それはちょっとわからない。そこまで考えて音楽は作ってないです。音楽はすごく身近にあるから麻痺しがちですけど、すごく奇跡的なものなんですよね。音が鳴ること。それこそ目に見えないものだし、音楽って数人から数千人、1万人、がんばったら何億人っていう人が同時に高まることができるでしょ? だから共有するシーンに音楽が移動したとき、個人的な気持ちに左右されるものではないのかなって。それは今回の録音作業を通じてわかってきたことで、1曲目の「いきのこり●ぼくら」という曲は歌詞の内容がすごくヘビーなんですけど、録音しているときにその言葉に囚われて、歌っているうちにどんどん険しい感じになっていっちゃって。zAkさんから「そうじゃない」って言ってもらいながら、この曲だけで30テイクくらい録ったんです。1テイク弾き終わって、自分はいいと思っても、zAkさんのほうを見ると納得がいってない様子で「何がダメなんだろう?」と思い悩みましたね。でも、何度も録っているうちに、zAkさんは「自分の気持ちより、もっと大きなものを見て」っていうことをずっと伝えたかったんだと気が付き始めたんです。それが今回の作品を作って得た一番大きな収穫ですね。

自分は音楽にとって、ちっちゃい駒でしかない

──zAkさんのおっしゃった「気持ちよりもっと大きなものを見る」ということをもう少し具体的に説明すると?

創作のときは、どこまでぶっ飛んでいてもいいと思うんですけど、それを作品に落とし込むときに、どれだけ個人的な情報を削ぎ落とせるか。自分が音楽にとって、ちっちゃい駒でしかないというか、音楽から管が伸びてて、私はその出口でしかなくて、私の気持ちはそのちょっとしたプラスアルファでしかないんだなということが今回の作業を通じてぼんやりわかってきましたね。だけど、曲が生み出されるときというのはいろんな方向に気持ちが膨らんで、針でさしたらバーンって破裂しちゃうくらいの状態になっているので、「創作時の状態と録音しているときの温度差を、質量はそのままで、どうコントロールしていったらいいんだろう?」というのが次の課題ですね。

──つまり、そのときの一時の感情よりも、音楽をあるべき姿にすることが大事だということなんですね。

言い切るのは何か違う気もするけど、だいたいそんな感じです。とても複雑な精神状態で創作しているし、録音時もある一種の覚醒状態で脳が蒸発しそうだけど、大きな大きな音の中の粒だー、と思えるようになれば、ひとつ着地点を見つけられるのかなって。答えはないけど着地点はあると思います。あと、小山田(圭吾)さんが呼んでくださったんですけど、9月末にsalyu×salyuとBuffalo Daughter、それからタイのマンガ家のタムくん(ウィスット・ポンニミット)とタイのバンコクでイベントに出演したんですね。そうしたら、向こうのお客さんは、神経を全部こっちに向けて、1音もこぼさず聴いてくれているのがステージからパッと見ただけでもわかって。異国の音楽をフレッシュに受け取るのは当たり前なんですが、どの音に対しても驚きで返してくれる、そのコミュニケーションが直球で行われるあり方が、素直でいいなと思って。タイに行ったことで生まれた変化は自分の中でとても大きいです。

「機械仕掛乃宇宙」は手放したくなかった

──アルバムの6曲目「機械仕掛乃宇宙」は青葉さんがギターを手にするきっかけとなった山田庵巳さんのカバー曲ですよね。

青葉市子

山田さんの曲はどれも大好きで、中でも「機械仕掛乃宇宙」は自分で曲を作る前から弾いていた曲なんですよね。それこそ、1stの頃から周りの人に「『機械仕掛乃宇宙』を録ったら?」って言われていたんですけど、自分にとってはあまりに大切すぎて誰にも聴かせたくないくらいに思っていたし、作品化することはまったく考えてなかったんです。でも今回制作をしていく中で音楽が一番輝く瞬間により近付ける方法がわかって、この状況なら出してもいいと思えたんです。だから、山田さんの曲の中でも自分にとって一番大切で、心の一番暗くてあたたかいところにある曲を、日が沈む夕方、すべての質量がちょっとずつ重くなっていく時間に録りました。何があっても渡したくないと思っていた曲を手放したということは、今までの自分を殺すようなことでもあるんですけど、山田さんとも話して、本当に素晴らしい曲なのでいろんな人に聴いてもらいたいと思う気持ちを、まず大切にすることにしました。

──この曲は最初から最後までテンションが切れずに10分を超えていく名演ですね。

ありがとうございます。ただ、山田さんの弾き語りのスタイルって、どんどん変わっていっちゃうんですよ。譜面もないし、今出ているライブ音源を除いて、音源を残さない人なので。今、ライブを観に行って「機械仕掛乃宇宙」をやってたとしても昔とはまったく違うものになっていて。私がカバーしているものは2007年に鳴っていた「機械仕掛乃宇宙」なんですよ。今は歌詞もすごく増えて、途中で語りも入ったりして、30分くらいの曲になってるって言ってましたね。しかも、そのときの気分で途中で止めたり、即興で違うものにしたりする人なので、今回のこの形で残すことは私の役割でもあるのかなと思いました。

──作品制作やライブは、今の青葉さんにとってどんな意味を持つものなんでしょうか?

あまり意識しないようにしています。というのも、意識すると音楽は生まれるものではなく、作るものになってしまうと思うので。作るという意識で音楽をやっていける人はたくさんいるんでしょうけど、私の場合、そうなったら、つまらなくなってやめちゃうと思うんです。音を出せば音楽になるわけだから、作ろうと思ったら作れます。でもそうではなく、自分がブレないものを生み出して、それを極力、時差なく聴いてもらう。そういう流れに乗っているだけで、大きなビジョンはないです。ただ、音源化するということはライブに来られない人に音楽を届けるための手段でもあるから。以前は人としゃべるみたいに、瞬間だけ輝いていればいいと思っていたし、今もそう思っているところはありますが、1人の人間が、小さな場所で産んだ響きをそのままカプセルに入れて、どこか遠くの、見ず知らずの人のところまで届けられるというのは単純にすごいことだなって。ちゃんと送り手として納得して出せたものに関しては、そう思えるようになりました。まあ、こういう話は最初にわかってなきゃいけないことなんですけど(笑)、今になってようやく気が付きました。あとは楽しいところに行って、楽しいことをする。ただそれだけですね。

青葉市子 - いきのこり●ぼくら

青葉市子 4thアルバム「0」 / 2013年10月23日発売 / 2100円 / SPEEDSTAR RECORDS / VICL-64215
青葉市子 4thアルバム「0」 ジャケット
収録曲
  1. いきのこり●ぼくら
  2. i am POD(0%)
  3. Mars 2027
  4. いりぐちでぐち
  5. うたのけはい
  6. 機械仕掛乃宇宙
  7. 四月の支度
  8. はるなつあきふゆ
青葉市子(あおばいちこ)

1990年生まれの女性アーティスト。17歳からクラシックギターを弾き始め、2010年1月に1stアルバム「剃刀乙女」でデビューする。2011年1月に2ndアルバム「檻髪(おりがみ)」、2012年1月に3rdアルバム「うたびこ」をリリースする。2013年8月には、2013年元日に放送されたNHK-FM「坂本龍一 ニューイヤー・スペシャル」でのスタジオセッションをCD化した「ラヂヲ / 青葉市子と妖精たち」を発表。2013年10月に4thアルバム「0」をスピードスターレコーズより発表。