ナタリー PowerPush - 青葉市子

メジャー移籍作「0」で魅せるこだわりの音楽哲学

「自分の作った音楽が喜ぶ環境ってなんだろう?」

──収録曲の「Mars 2027」と「いりぐちでぐち」は足音だったり、スタジオ外と思しきフィールドの音が入っていますよね。

その2曲はトンネルの中で録りました。去年の11月に大分の「国東アートプロジェクト2012」のアートツアー「いりくちでくち」に参加したんですね。そのツアーの通過ポイントとして、そのトンネルを初めて通ったんですけど、通ったときに何か感じるものがあったんです。その後、今回の録音作業が始まったときに「外で録りたいな」と思って、最初に思いついたのがそのトンネルだったんです。

──外で録音しようと思った理由は?

スタジオのブースの中で、マイクがセットされてて、機械に囲まれて身動きがとれない中で、自分が作った曲を再現して、それを録音して作品にするという流れに対していまいち納得いってないところがあったんですね。もともと作品にしたくて音楽を作っていたら、たぶん、そういう気持ちにはなってないと思うんですけど、私は楽しくて踊りながら歌っちゃったりもするし、そうやって生まれた曲をスタジオという堅い状況で、作ったときと同じように自分の力を発揮するのはちょっと難しい。やっぱり、かしこまったような音になってしまったり、変な力が入ってしまって、もともと曲が持ってる力に近付けなかったことが過去にあったので、「自分の作った音楽が喜ぶ環境ってなんだろう?」と考えたときに「フィールドレコーディングをやってみたい」と思ったんです。それで何を録るかは決めずに、楽器と機材と身体だけで国東へでかけていって、出てきたのが「Mars 2027」と即興で生まれた「いりぐちでぐち」でした。

──どうやって録ったんですか?

青葉市子

まず最初にトンネルの入口、地面に座って「Mars 2027」を弾いて、それからしばらく弾いたり歌ったりしたあと立ち上がって、トンネルの出口に向かって歩いていく中で録ったのが「いりぐちでぐち」です。トンネルの入口は外の光が入ってくるので手元も景色もぼんやり見えますが、ちょっと進むと出口の白い穴だけが見えていて、あとは真っ暗な状態でした。zAkさんは私の少し手前を後ろ歩きで録音していたようです。あと曲の中ではコウモリが鳴いています。

──もしかして、あの「キキキキキ」っていう鳴き声みたいな音ですか。

そう。11月に初めてトンネルに行ったときは冬眠の時期で、数十匹から数百匹が固まっていて、そこで人が音を立てるとちょっと反応して「キキ」って鳴くくらいだったんですね。その声が聞こえるということで、ツアーの行程にトンネルも組み込まれていました。私が曲を録りに行った7月頭は、コウモリの活動期で数が増えていて、たぶん数千匹いたかな、真っ暗だったので気配で感じ取るしかなかったんですけど、歌いながら歩いていたらコウモリの羽がかすめて起こる風が顔にかかるんですよ。超音波を出してよけてくれるので、ぶつかることはないんですけど、そのときの状況はすごいものがありました。

見えないと思っているものを見えるようにする

──その状況って怖くはなかったんですか?

怖くはなかったですね。それどころじゃなく、歩いて歌って進むしかない状況だったというか。国東自体、不思議な力がある土地なので、そういう究極の状態に置かれると怖いとか、そういう感情すらなくなってしまって、音楽というよりも音に近い状態にまで剥がされるような、これまで体験したことがないような状態でした。実はその2曲を録音した音源は39分32秒ひと続きの長いもので、その一連の流れで1枚の作品ができるくらいのものにはなっているんですけど。「Mars 2027」と「いりぐちでぐち」にノイズが乗ってますよね?

──ええ。

そのノイズはトンネルに入るまでは乗ってなかったんですけど、トンネルに入るとノイズが乗ってしまって。たくさんの人に聴いてもらう作品として出すためにためらうようなノイズはカットして、曲に参加してくれてるかわいらしいノイズだけを使うことにしたんです。場所、その土地を収めるために出した声や、それに反応するノイズもありましたが、量産される物にするのはやめました。

──そういえばトンネルは進んでいけば、うしろは過去、その先は未来になりますし、2つの別空間、闇と光をつなぐ象徴的なものでもありますよね。

人間って光が好きですし、私も光は好きです。ただ、世の中のすべての表現に共通することだと思うんですけど、見えているものばかりにフォーカスを当ててもつまらないというか。光が強くなればなるほど影も濃くなるのに、光にばかり焦点が合っていることに違和感があって、今は見えないものを見るという作業をもっともっと詰めてやりたいなという気持ちになっていますね。

──見えないものを見るというのは、つまり想像するということなんでしょうか?

抽象的な言い方しかできなくて申し訳ないんですけど、見えないものを見るというより、“見えないと思っているものを見えるようにする”ということかな。それをわかりやすく表現できるのが音楽だったりすると思うんです。その音楽に携わっているのは、すごく恵まれていることだし、その表現を続けていくしかないんだろうなって。

青葉市子 4thアルバム「0」 / 2013年10月23日発売 / 2100円 / SPEEDSTAR RECORDS / VICL-64215
青葉市子 4thアルバム「0」 ジャケット
収録曲
  1. いきのこり●ぼくら
  2. i am POD(0%)
  3. Mars 2027
  4. いりぐちでぐち
  5. うたのけはい
  6. 機械仕掛乃宇宙
  7. 四月の支度
  8. はるなつあきふゆ
青葉市子(あおばいちこ)

1990年生まれの女性アーティスト。17歳からクラシックギターを弾き始め、2010年1月に1stアルバム「剃刀乙女」でデビューする。2011年1月に2ndアルバム「檻髪(おりがみ)」、2012年1月に3rdアルバム「うたびこ」をリリースする。2013年8月には、2013年元日に放送されたNHK-FM「坂本龍一 ニューイヤー・スペシャル」でのスタジオセッションをCD化した「ラヂヲ / 青葉市子と妖精たち」を発表。2013年10月に4thアルバム「0」をスピードスターレコーズより発表。