誤解されてもいい
──今、リスナーから自分は何を求められているのか、あるいは自分はリスナーに何を求めるのか、という部分で感じることはありますか?
最初の頃は、自分のほうから「お客さんにこう感じ取ってほしい」という思いがすごくありました。新曲を出したり、ミュージックビデオをアップしたりしたときに、「こういうコメントが欲しい」という気持ちもあって。で、思った通りにいかないと「なんで?」って、SNSで怒ったり。こういうことって誰しもがあるんじゃないかな。でもあるときに、「自分が求める答えを他人から得られるわけがない」と気付いた。それからは、あまり何も考えなくなりましたね。僕が言いたいことを音楽にする、ライブのMCで言う。最近は誤解されてもいいし、「どう受け取るかは勝手にしてください」と考えてます。僕が言いたいことを100%理解されても、それはそれで癪だなと思うようになりました。
──その、「自分が求める通りにはいかない」という認識には、どういうふうに気付いていったんですか?
最初はメンバーに対して思ったんです。ソロとして活動を始めて、周りの人に手伝ってもらって、そこからバンドとして動き出すことになったときに、いきなり足並みがそろうかというとそうではなかったので。それで、どうしても「俺はこれだけがんばっているのに、あいつはこれだけしかがんばっていない」という気持ちが出てくる。最初はバンドに対しての熱量がみんな均一であるべきだと思っていたんです。でも、それは不可能なことだと知った。だから、最初にメンバーに対してあきらめたんだと思う。この話は、別にそれを悪いことだと言いたいわけではなくて。
──わかります。
その人にはその人の考えがあるし、「僕と同じくらいがんばれ」というのは理不尽なことだから。バンドをやっていきながら、ちょっとずつ大人になっていったということだと思うんですけど。そうやってメンバーに対してのあきらめがあり、そのあとに「お客さんに対して求めすぎるのも違うんだ」と気付いていきました。
ひねくれて名付けた「FALL DOWN 2」
──「FALL DOWN 2」はアンと私の1stフルアルバムということになりますが、1stフルアルバムでタイトルに「2」と付いているのがいいなと思いました。2023年にリリースされたEP「FALL DOWN」の存在があって付けられたタイトルだと思うのですが。1stアルバムをどのような作品にしたいか考えたことはありますか?
自分はパソコンもCDプレイヤーも持っていないし、Wi-Fiも通っていない家で生活していて。音楽を聴くとなったら、全部携帯でダウンロードして聴いています。だから、アルバムを出すこと自体に前向きではなかった。事務所の人に「出そうよ」と言われて、「じゃあ、出しますか」と答えはしたけど、最初はけっこう投げやりで。「FALL DOWN」というEPが出ることも決まっていたし、「その続きでいいか」と。そもそもの僕の感覚からすると、1stアルバムって“アンと私の「アンと私」”というような、バンド名をタイトルにすることが多いようなイメージがあって。どうせ作るなら、そういうタイトルが似合う作品を作りたかったんですよ。
──バンドを象徴するような作品にしたかったという。
だけど、そういうものを出したいと思うタイミングじゃないときに1stアルバムを作ることになって。だからひねくれてこのタイトルを付けました。制作も難航したし、本当はしたくなかったけど曲がないから再録せざるを得なかったし、ライブでやっていない正真正銘の新曲は1曲しか入っていないし。でも、それによって蓋を開けてみたら、結局“アンと私の「アンと私」”と言える作品になりました(笑)。
──確かに(笑)。結果として代表曲が集まったアルバムに仕上がっていますね。
まあ、タイトルのひねくれ具合も込みで、僕ららしくていいのかなと思います。ただ、「アンと私」というタイトルでも全然いい内容のアルバムです(笑)。
──再録された「せめて音楽だけはやめないようにね」は、お客さんの視点からステージに立つ人……すなわち、二口さんが描かれていると言える、とても独特な歌詞の曲ですよね。この曲では「アンタがそこで歌ってる 何故か泣けてくるダサいメロディは 私に歌われて無いけれど それでもいいよ、だからお願い せめて音楽だけは辞めないようにね」と歌われていて、この歌詞は要するに、必ずしも二口さんはお客さんに向けて歌っているわけではない……ということを表しているのかな、とも思いました。
そうかもしれないですね……。僕としてはそのとき表現したいことを曲にしたらこういう歌詞になった、という感じで。「せめて音楽だけはやめないようにね」はライブでほぼ毎回やっています。決して「お前ら行くぞ!」と歌っている曲ではないし、独特の空気感を生み出す曲なんですけど、お客さんにとって思い入れのある曲なんじゃないかなと。あと僕とお客さんでは別の捉え方をしている曲というか、その人その人によっていろんな捉え方や思い出がある曲だと思います。
大好きなthe twentiesへ向けて
──アルバムの1曲目を飾る「FALL DOWN」はヘビーかつヒップホップ的なグルーヴ感もある、新鮮なサウンドですよね。
この曲は、「Tinder」や「クソラスト」でアンと私を知った人たちに対して、「あまりナメるんじゃないぞ」という気持ちで作った曲です。「カマしてえ!」って(笑)。
──歌詞にthe twentiesが出てくるのが最高だなと思いました。
ああ。twenties、大好きなんです。僕からするとロックスターで。あの「やんちゃで悪い男の子たち」という雰囲気がたまらなくて。「男の子だったら、こういうの好きじゃん」という感覚は、この曲に込められたと思います。曲の主人公はtwentiesの音楽が好きな男の子をイメージしていて、twentiesのタカイ(リョウ)さんに向けて歌っている感じで。twentiesの「ロックスター」という曲の歌詞もオマージュしているし。男の子と年上の女性の恋愛模様のようにも受け取れるかもしれないけど、僕としては“ロックの先生”に対しての気持ちを書いた曲です。聴く人にそこまで伝わる必要はないし、言いすぎるとキモいのであまり載せてほしくないですけど(笑)。
──いや、めちゃくちゃいいお話だと思います。「憧れ」というものは、二口さんの中で大きな原動力になるものですか?
昔はそうでしたね。「あの人みたいになりたい」とか「あの人みたいにやればいいんじゃないか」とか。でも、たぶんその通りにやっても、その人にはなれないので、あきらめました。それは不可能に近いことで。それに「〇〇に似てる」って言われるの、ムカつくなと(笑)。だから、自分にしかできないこと、自分しか思わないこと、自分しか作れない曲を、この先はもっと出していけたらいいのかなと思います。
──アルバムを聴いて思うのは、歌詞の中に「傷」というフレーズがよく使われていたり、人の存在や、人と人との関係性の中に見出す「痛み」を描いている曲が多いということで。なぜ、ご自分はそういうものを描くのかと、考えたことはありますか?
ええ……なんでだろう?
──そういう感覚は、ご自分の中にはないですか。
うん、ないです。ただ僕が思うのは……今はこうして偉そうにお話させてもらっていますけど、世の中にいたら普通にロクでもない男なので、僕は。金にも女にも正直だらしないし。そういう人間から見た日常の暮らしの中には、僕の曲の歌詞に出てくるような女の子とか、僕みたいな男性は、当たり前のようにいる。逆に、世の中に出回っている、売れている歌のほうが、僕からすると嘘に思える。嘘というか、そういう世界もあるんだろうな、という感覚。みんなきれいに書くから。きれいな歌詞がダメなわけではないですけどね。でも、僕の歌詞は、僕にとっての普通で、よくあること。僕がいる場所から見える景色を歌っている。そもそも人間的なレベルが低い人たちの話なんですよ(笑)。友達と「この間、女の子と揉めてさ~」と話をしているくらいのテンションで、歌詞を書いています。もしかするとわざと刺激的な歌詞を書いているように思われるかもしれないですけど。
──アンと私の音楽を聴くと、この歌の中で生きている人たちのことが愛おしく思えます。
うれしいです(笑)。僕も好きです、自分が歌う世界のどうしようもない人たちが。
特別で変なまま売れたい
──「クソラスト」は、二口さんにとってどんな内容の曲ですか?
今年の春くらいに女の子と遊んでいて、ベッドの上で2人でゴロゴロしながら携帯を見ていたときのことがきっかけになってできた曲ですね。その子に、トンボコープの「今が最高じゃん」という歌詞がバズった曲を聴かされて。
──「Now is the best!!!」ですね。
で、その女の子に「二口くん、『今が最高じゃん』っていう曲作ったことある?」と言われて、それで触発されて作りました。「ポップでさわやかな曲を作ろう」と。なのでこの曲の目標は、打倒・トンボコープ(笑)。
──(笑)。
結果として全然、さわやかな曲ではないですけどね(笑)。
──タイトルに「クソ」って入っていますからね(笑)。この「クソラスト」では、歌詞の中で「救い」という言葉が出てきますよね。二口さんの中で救うこと、あるいは救われることに対して、思うところがあるんですか?
曲の中で「救う」という言葉が出てくるときは、大抵、自分に向けて言っていると思います。自分が救われたいから言っている。人に向かって言っているように見せかけているけど、そういうワードが出てくるときは大抵、「救ってくれ!」と思いながら歌っていますね。プライドもあるし、面と向かっては「救ってくれ」なんて言えないけど、でも「救われたい」と思っていて、そういう思いが歌詞になる。アンと私の歌詞には僕の人間性が出ているんだと思います。
──この先、バンドとしてどうなっていきたいと思いますか?
昔からそうだし、今も今後もずっと変わらないのは、「自分以外の誰にもなれない」ということで。だからこそずっと変なバンドでいたいし、特別なバンドでいたいです。でも、「特別なバンドだから売れていなくてもいい」じゃなくて、特別で変な状態のままで、圧倒的にバコーン!と売れたいです。僕らしさを残したまま売れないと、意味がないと思うので。
ツアー情報
アンと私「FALL DOWN TOUR DELUXE 2024」
ツーマンライブ
- 2024年2月7日(水)愛知県 RAD SEVEN(※ソールドアウト)
<出演者>
アンと私 / ジュウ - 2024年2月10日(土)東京都 下北沢Daisy Bar(※ソールドアウト)
<出演者>
アンと私 / セカンドバッカー - 2024年2月12日(月・振休)大阪府 寺田町Fireloop(※ソールドアウト)
<出演者>
アンと私 / JIGDRESS - 2024年2月22日(木)宮城県 FLYING SON
<出演者>
アンと私 / ザ・シスターズハイ - 2024年2月26日(月)福岡県 Queblick
<出演者>
アンと私 / the twenties
ワンマンライブ
- 2024年3月3日(日)愛知県 栄R.A.D
- 2024年3月4日(月)大阪府 LIVE HOUSE Pangea
- 2024年3月13日(水)東京都 WWW
プロフィール
アンと私(アントワタシ)
二口(Vo, G)、ヤマモトマキ(B)、吉村(G)の3名からなる、下北沢を中心に活動するギターロックバンド。二口のソロプロジェクトとして始動し、サポートメンバーが正式加入したことで現体制になった。2022年12月、2023年6月に東京・下北沢Daisy Barで開催したワンマンライブはチケットがソールドアウト。2023年8月には初の東名阪ワンマンツアーを成功させ、同年11月開催の東京・新代田FEVER公演もソールドアウトした。2024年1月には1stフルアルバム「FALL DOWN 2」をリリースした。