ナタリー PowerPush - 安藤裕子

激動の日々を越え完成6thアルバム「勘違い」

モダンな日本のポップスを極めた2010年発売の5thアルバム「JAPANESE POP」、そしてカバー集「大人のまじめなカバーシリーズ」を経て、1年半ぶりの新作アルバム「勘違い」を完成させた安藤裕子。その制作に取り組んでいた彼女を待っていたのは、心身の不調、東日本大震災、家族の死、自身の妊娠と出産、そしてそれに伴うアコースティックツアーの中止というあまりに激動な日々だった。

しかし、それでも音楽制作を止めなかった彼女。生死に肉薄した極限的な感情とそれを乗り越えるべく鳴らされた音楽のプリミティブな喜び、端正で美しい歌モノとそれを突き破るかのようなプログレッシブなポップスという両極で揺れながら、この作品で見出したものとはなんだったのか? 雨も風もくぐりぬけ、それでも音楽を鳴らし続ける姿に優しさと強さが宿っているようにも感じられる安藤は、その胸の内を語ってくれた。

取材・文 / 小野田雄

「JAPANESE POP」のように整然とした感じではもうやっていけない

──まずはお子さんの誕生と、新作アルバムの完成おめでとうございます。

ありがとうございます。

──昨年は安藤さん個人にとっても、世の中的にも、いろんなことが起こった年だと思うんですが、振り返ってみていかがですか?

なんかね、私がこのアルバムの完成までを振り返ると2010年まで戻っちゃうんですけど、2010年という年は、今まで休まずに音楽活動をしてきたことで、まず体調が大きく崩れて、さらにそれによって精神的にもキツくなった年だったんですね。だから夏休みも冬休みももらって、日本を離れていたりしていたんだけど、今思うに、その時期は崩れる自分をどうにか止めようと必死になっていたんですね。そして、2010年に出した「JAPANESE POP」というアルバムでは丁寧に上等なものを作り上げたんですけど、ストイックな作業が自分の心と体には辛かった。でも、できた音楽を聴くということは弱った自分にとってすごくありがたいことだったりして。そんな中、今回のアルバムに入っている「永すぎた日向で」と「エルロイ」という曲ができたんですよ。それを歌った自分がいたから、その次の「大人のまじめなカバーシリーズ」の取材では「次の作品は『JAPANESE POP』のようなアルバムにはならない」ってことを言っていたんです。つまり、「JAPANESE POP」のように整然とした感じではもうやっていけない、と。

──そして、迎えた2011年という年は?

まず、年明けに「とにかく休ませてほしい」と言って2カ月ほど休ませてもらいました。そして、東日本大震災が起きて、その後自分の妊娠もわかって。ただ、体がちゃんと機能してなかったから、妊娠できたことも驚きだったし、自分は子供を諦めていたところもあったからうれしいことでもあったんです。でもその一方で、地震の影響でおばあちゃんが倒れたんですね。90歳でガンを患ってたんですけど、地震の恐怖で全身にガンが広がってしまって、余震のたびに病状が悪化した末、亡くなってしまったんです。そうしたことも精神的にキツかった……一番キツかったかな。歳も歳だったので、いつかは別れなきゃいけないとは思っていたし、「あと5年くらいかしらね」って口癖はよく聞いていたんです。それに私も、これまでの生活は自分の想像する範囲内でやってきたから、その想像を超えたところで子供ができたことによって、生活の調和が壊れて、何かを失うだろうっていう予感はあって。その失われる何かが結果的におばあちゃんになってしまったことがすごくショックでした。

2011年は音楽を作ることがで救われた

──それはある意味で震災の二次的な被害でもあるというか。

今回の取材で震災について訊かれることが多いんですけど、震災はもちろん何かの合図、ひとつのポイントだし、私にとっては、そのころに起こったことはすごく大きなものでした。けど、私の作品において、恐らく震災のことは全くかかわってなくて。そのころに作った「地平線まで」という曲は、死というお別れについて歌っていて、思い出すのがとっても辛いから私は今その曲を聴くことはないんですけど、アルバム全体はもっと長い時間について歌っているんだと思います。

──ただ、そうは言っても、さまざまなことが身に降りかかってくる中での音楽制作だったわけですよね。

とにかく余裕はなかったと思う。毎日が目の前のことで必死だったし、その中で生まれる曲をレコーディングして形にしていく作業もあったし、ツアーもあったし、心の隙間はなかったですね。レコーディングを中断することは、正直に言ってしまえば私がコントロールできることではないというか、そのあとの予定も既に決まっていることがたくさんあったし、子供が無事健康に生まれたのなら、それは音楽活動を中断する理由にもならないし。とはいえ、当時は状況が状況だったので、生まれる曲も決して明るいものではないことのほうが多くて。でも、そうした曲に終始してしまっては自分がつぶれてしまうから、そうじゃない音楽が必要で。「勘違い」という曲が私にとって一番楽しめたものだったんですね。一番好きだし、ただ音に酔える曲。だから、このアルバムのタイトルに使うのは「永すぎた日向で」のような終焉を歌った曲じゃなく、音に酔って楽しめる「勘違い」のほうが私は良かった。

──没頭できる音を鳴らすことが、音楽制作の糧になっていたと?

なんだろうな。当時、それを自覚していたわけではないんですけど、立ち止まりたくて仕方がなかった2010年を経て、いろんなことが起きてしまった2011年というのは、音楽を作ることで救われた部分も大きかったと思うんですよ。辛いことを忘れられる瞬間というか。当時はおばあちゃんが死に逝くのを待つような時間もレコーディングがあったりしたけど、それがイヤだったかといえば、実は歌うことで救われていたところもあると思うし。それから、妊娠していたので歌いにくい体ではあったんですけど、音が完成することで気が紛れる部分もあった。まあ、でも、何を糧に、という部分はわからない……難しいですね。

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CD収録曲
  1. 勘違い
  2. エルロイ
  3. 輝かしき日々
  4. すずむし
  5. それから
  6. アフリカの夜
  7. 永すぎた日向で
  8. 地平線まで(Album Ver)
  9. 飛翔
  10. お誕生日の夜に
LIVE 2012「勘違い」

2012年4月30日(月・祝)東京都 東京国際フォーラム ホールA
OPEN 17:00 / START 18:00

2012年5月5日(土・祝)大阪府 オリックス劇場(旧大阪厚生年金会館)
OPEN 16:00 / START 17:00

安藤裕子(あんどうゆうこ)

神奈川県生まれのシンガーソングライター。2003年7月にミニアルバム「サリー」でメジャーデビューを果たし、翌2004年1月には2ndミニアルバム「and do, record.」をリリース。その後も次々にシングルやアルバムを発表していく。2005年11月、月桂冠「定番酒つき」のCMソングで話題になった「のうぜんかつら(リプライズ)」を含む2ndアルバム「Merry Andrew」が12万枚のヒットを記録。その後、2009年に初のベストアルバム、2010年にカバーアルバムを発表し、2012年3月に6thアルバム「勘違い」をリリースする。自身の作品では全てのアートワーク、メイク&スタイリングをこなし、ビデオクリップでは企画および演出も手がけ、音楽だけに留まらない多才さも注目を集めている。