ナタリー PowerPush - 安藤裕子
激動の日々を越え完成6thアルバム「勘違い」
このアルバムが良いのか悪いのか正直わからない
──内容的には、タイトル曲「勘違い」に象徴されるように、良い意味で音と遊ぼうとしている瞬間、そして、決して軽くはない内面と向き合う瞬間がせめぎ合っている、そんなアルバムになっていると思うんですが。
結果はそういうことになっていきましたけど、アルバム制作においては、自分からテーマ付けたり、方向付けたりはしないし、当時はその余裕もなかったんです。ただ一点、「エルロイ」ができた時点で前作とは同じにならないことだけはわかっていたんですけど、このアルバムを作っているときの私は頭の中がごちゃごちゃすぎて、いつもだったらもっと入り込んでいるところを丸投げしている瞬間もあって。その部分で、これまでサイドにいたディレクターのアンディ(安藤雄司)やアレンジャーのモッさん(山本隆二)がいつも以上に前へ出ているのかもしれない。そういう意味でモッさんが音楽的に「JAPANESE POP」の先でやりたかったことが、少なからず反映されているような気もします。
──高い完成度を極めた「JAPANESE POP」を壊す必要性が、ご自身の中にもあった?
そうですね。「JAPANESE POP」の制作時期はいろんなことが上手になった時期だったことは確かで。振り返ってみると、デビュー当時は作りたい曲をただただ作っていたんですけど、その後、ボイストレーニングに通ったり、体を鍛えてみたりしたことによって、歌もうまくなったし、曲作りもスキルがついてできることが増えたんですよね。その器用さが自分でも危ういなとは思っていたし、ストイックな作業を極めたことで、今度は心と体がそれを止めようとしていたようなところがあって。
──そして、2011年は実際に止まってしまう。
しかも、子供を産んだあとに歌ってみようと思ったら、筋力が全て奪われていたので、このアルバムは必死で歌ってる曲が多いんですよね。ボイトレの先生には「このアルバム、聴きやすくて好き」って言われたんですけど。なんでかというと、「これまでの曲は1曲に対する裕子ちゃんの曲の思い入れがデカすぎる」って。「JAPANESE POP」までは歌い方もそうだし、こう歌おうと思ったら歌える体を持っていて、自分が抱くイメージを追求することもできたんですけど、このアルバムはそういう余裕がなかったので、精神的に入り込める部分が今までより浅い。ある意味で歌も一歩引いている感じがしたみたいで、「リスナーとして、今回のアルバムは聴きやすい」って言われたんですよ。そう言われてみれば、歌い方にもクセがなくスッとしているから、アクの強い曲でも楽に聴ける部分は、自分でもあるような気がします。だから、いろんなことがうまくなって得たものと失ったもの、それが崩れたことで得たものと失ったもの。その両方がこのアルバムにはあると思うし、今までと比べて毛色が異なるのは確かなんですけど、このアルバムが良いのか悪いのか、私にはよくわからないっていうのが正直なところですね。
「勘違い」がアルバムの中で一番好き
──とはいえ、アルバムを象徴する「勘違い」は、ループビートとハンドクラップ、コーラスが軸になっていて、これまでの作品にはなかった新しい音の風景が確かに切り開かれていますよね。
この曲はコード進行だけをもらって、それを繰り返し聴くことでメロディを思い浮かべていったんです。そのコード進行はどうやら相当難しかったようなんですけど、知識がない自分にとっては難しいとか簡単とかわからないまま違和感なく作れたんです。そうやって生まれたメロディは、本来なら歌メロが入らないところから歌い始めたり、曲の構成を無視したところで2番を歌い始めたりして、モッさんにとっては想定外だったようなんですけど、そのメロディをもとにモッさんがアレンジしていったんです。
──安藤さんと山本さんをはじめとする制作チーム内での魔球の投げ合いは、安藤裕子の現場ならではというか。
ややこしいことを考えなくていいので、私はそういう作業が好きなんですよね。歌詞もそういう作業を通じてただ出てきたものだし、特に今回は1人で歌詞を作るときの重さに耐えられる状況ではなかったので、他人と音をやりとりして楽しむ部分を大事にしました。「勘違い」に関してはぞわっとする感じの音も好きだし、音楽を通じて人と楽しく遊べたこの曲がアルバムの中では一番好きなんですよね。
──初期段階にできた「エルロイ」にしても、音楽的にいえばドラムパターンとテンポ、転調があるブレイクビーツが土台になっていますけど、安藤さん自身はブレイクビーツっていわれてもピンとはこない……ですよね?
ブレイクビーツって、昔流行ってたなっていうくらいの認識しかないんですよね(笑)。この曲は、「早口の言葉を使った曲が最近ないね」っていう話から発展して、メロディを歌っているときに頭の中で鳴っていたリズムとか音の句切りをモッさんに伝えたら、こういう曲ができたんですよ。歌詞は、最初はなんちゃって英語で歌っていたので、それを日本語に置き換えるべく、まずは口を慣らしながらうまくハマる日本語を探していったんですよね。
──そうして生まれた言葉の中に偶然「エルロイ」という言葉があった、と。
元々「エルロイ」って言葉で歌っていたから、それだけは最初の段階から変えようがなくて。
──「エルロイ」っていうのはアメリカの犯罪小説作家の名前ですけど、意識してその単語を使ったわけではない?
そう。名前なんだろうなとはなんとなく思ったんですけど、どこで知った言葉なのか、それがどういう意味なのかもよくわからないっていう。私の曲にはありがちですけど、そこにはあまり意味がないんです。
LIVE 2012「勘違い」
2012年4月30日(月・祝)東京都 東京国際フォーラム ホールA
OPEN 17:00 / START 18:00
2012年5月5日(土・祝)大阪府 オリックス劇場(旧大阪厚生年金会館)
OPEN 16:00 / START 17:00
安藤裕子(あんどうゆうこ)
神奈川県生まれのシンガーソングライター。2003年7月にミニアルバム「サリー」でメジャーデビューを果たし、翌2004年1月には2ndミニアルバム「and do, record.」をリリース。その後も次々にシングルやアルバムを発表していく。2005年11月、月桂冠「定番酒つき」のCMソングで話題になった「のうぜんかつら(リプライズ)」を含む2ndアルバム「Merry Andrew」が12万枚のヒットを記録。その後、2009年に初のベストアルバム、2010年にカバーアルバムを発表し、2012年3月に6thアルバム「勘違い」をリリースする。自身の作品では全てのアートワーク、メイク&スタイリングをこなし、ビデオクリップでは企画および演出も手がけ、音楽だけに留まらない多才さも注目を集めている。