Alisa×堤幸彦が語る、才能と棘

全部爆破しちゃったけどね

──そんな中で1stミニアルバム「BOUNDARIES -SET A-」が完成しました。収録された6曲はすべてアルバム用の新曲ですか?

Alisa すべてこの1年の間に書いた曲です。オーストラリアはロックダウンが厳しくてずっと家にいたので、部屋にこもってマイクの前に立っていました。胸の中に溜まっていた気持ちを、全部音楽で形にしたんです。

 「Post Stamps」なんてまさにそういう曲だね。

Alisa そうですね。3年半ぐらい付き合っている恋人がいるんですけど、コロナのせいで会う予定がどんどん延期になって、いつ会えるのかわからない。そのときの気持ちをもとにした曲ですね。

──そんなふうに実体験をもとにした曲が多いのでしょうか。

Alisa そうじゃないと書けないかもしれない。映画に刺激を受けて三角関係みたいな曲を書いたことがあるんですけど、実体験をもとにした曲を書くほうが楽しかったです。想像した物語をもとに曲を作っても、しっくりこないというか。

──監督はこの曲のミュージックビデオを手がけられていますが、映像のイメージは歌詞から思い付かれたのでしょうか。

 歌詞の「hemisphere(半球)」という言葉が印象に残ったんです。南半球、北半球の“半球”。半球の縦線と時間の横線が曲の中で重なり合ってるから、映像を考えるのはすごく楽でしたね。まず女の子のかわいい部屋があって、突然それが30年後の廃墟になって燃え上がる。

Alisa 監督のイメージを聞いてびっくりしました。前半はかわいい感じなので、そのまま行くのかな、と思っていたらダイナミックな展開で「こんなふうになるんだ!」って。

──撮影はいかがでした?

Alisa 楽しかったです。セットがかわいくて、ビンテージみたいな小道具もあって。

 全部爆破しちゃったけどね(笑)。

──燃やすのがもったいないくらい、こだわりを感じさせる美術でしたね。

 今のものを置くか過去のものを置くか、すごく悩みました。それで80年代の、ちょっと古い感じのものにこだわりを持っている女の子の部屋、という設定にしたんです。だからパステルカラーの部屋にVHSのデッキがあって、ちょっといきがって古いモニターがある。かわいいだけじゃなく、ひねくれたところもあるものにしたくて。「何枚切手を買えば自分をあなたの元に送れるんだろう」と歌っている女の子ですからね。現代っ子じゃないだろうな、と。

Alisa MVに出てくる切手は、お父さんに頼んで地元の郵便局で買ってきてもらったんです。

──そうだったんですか。ほかの曲も監督にMVを作ってほしいですね。

Alisa ぜひ、お願いしたいです。

 許されればいくらでも作りますよ(笑)。とにかく、彼女の歌を聴くと物語が浮かんでくるんです。例えば「Lost In Translation」だったら、メルボルンにオーストラリア人と中国人の女性がいて、2人は親友なんです。中国人の女の子は弁護士になるんだけど、オーストラリア人の女の子は大学には行かずにタトゥーを入れてパンクな感じになる。2人は違う道に進みながらもずっとベストフレンドで、それぞれいろんなことがありながら、30歳のときにオーストラリアの雄大な自然の中で肩を抱き合う。そんな「テルマ&ルイーズ」みたいな映画が目に浮かぶんです。

左からAlisa、堤幸彦。

──1曲で1本の映画が! すごいですね。ちなみにAlisaさんは、どんな思いでこの曲を書いたのでしょうか。

Alisa 仲がいい友達なんだけど、それ以上のことを求められたら関係が崩れてしまう。友情が壊れてほしくないから、もう言わないで、みたいな気持ちを曲にしました。

──それが監督の頭の中で新しい物語を生み出したんですね。

 「Your Dinner」なんかは、イギリスで19世紀末に起こったサフラジェットという婦人参政権運動を舞台にした物語が浮かびました。その運動を始めたエメリン・パンクハーストという女性がいるんですけど、工場で働いていた彼女が初めて工場長に向かって「あなたがやってることは間違ってる!」と言う。その瞬間の緊張した気持ちに通じる曲だと思って。

──今度は19世紀のイギリスが舞台ですか。この曲はどんな思いで書いた曲ですか?

Alisa これまで書いた曲の中で一番自分を掘り下げた曲で、自分がつらかったときのことを書いてます。

 「わたしはあなたの夕食ではありません!」って歌ってるからね。すごくないですか?

──そんなこと言われたら泣いちゃいますね(笑)。

 「ごめんなさい!」って謝っちゃうよ(笑)。あと「Castle in Flames」は、すごくかわいいキャラクターとヒトラーの戦いを現代舞踊で包んだような映像にしてみたいし。

Alisa 発想がすごいです。

デヴィッド・リンチに通じる毒と棘

──監督は普段から、そんなふうに音楽に刺激を受けて物語を生み出すことが多いんですか?

 いや、あまりないですね。いつもは無理やりひねり出すんですけど、彼女の曲を聴くと物語がどんどん浮かんでくるんです。別の演出家や監督が聴けば、また違うストーリーが浮かぶだろうし。それだけ想像力を刺激するシンガーって、なかなかいないんじゃないかなと思いますね。

──Alisaさんも栓抜き効果があるのかもしれないですね。聴く人のイマジネーションの栓を抜く。

 栓抜き効果ありますね。だから小説とか詩集も出したら?と言ってるんですよ。

Alisa 監督にそう言っていただいたので、ちょっとやってみようかなと思っています。

──歌詞とはまた違った世界が広がりそうですね。監督からみてAlisaさんの歌詞の魅力はどんなところですか?

 ひと言でいうと“毒気”かな。

──先ほどおっしゃっていた“棘”みたいなもの?

 うん。The Beatlesの歌詞を初めて見たとき、「この『Sgt. Pepper's Lonely Hearts Club Band』って曲、意味がよくわからないけどなんか伝わるな」って感じたんです。きっと、その歌詞にはNGな言葉がいっぱい入ってるはずなんですよね。でも英語がわからない僕らは、言葉に対するアレルギーなしに全部受け入れている。彼女の歌詞はその感じに近い。彼女が自分で訳した日本語の歌詞を読むと相当棘があって、これをビデオで撮るとしたらどんな絵が合うのかなと次から次へとイメージが湧いてくる。栓抜きというか、人の心をざわつかせるものがあるんです。でも家では普通の欧米的な暮らしをされていると思うんですよ。その中に毒が潜んでいる。例えばデヴィッド・リンチの映画にある郊外型の怖さに通じるものがあって、そういう毒が自然に備わっているというのはクリエイターにとってはうらやましいことなんですよね。

Alisa うれしいです。そういう棘の部分が自分でも好きなので。普段はそういうところは音楽でしか出していない。今、向こう(オーストラリア)で流れている曲より、暗いところはあるのかなと思います。

──棘のルーツに心当たりはありますか?

Alisa

Alisa 小さい頃から、お母さんに「いつもハッピーね」と言われ続けて来たんです。そのうち、「あれ、私ってそんなにハッピーだったっけ?」と思うようになって。そして、大人になるにつれて「常にハッピーではいられないな」と思うようになったんです。だから「ハッピーじゃないといけない」と思っていた子供の頃と今の性格は違うかもしれないですね。いつもハッピーなんて不自然だし、どこかでアウトプットしないといけない。それが音楽なのかなと思います。

 メルボルンで暮らしていくうえでの窮屈さみたいなものってあるの? 日本から見るとさっぱりして文化度も高く見えるけど。

Alisa どうでしょう……。今回のアルバムに関して言えば、コロナ前、日本に留学しているときに思ったことをいろいろと溜め込んで、それをオーストラリアに持ち帰って、ロックダウン中に消化してできたのが今回の作品なんです。最近、自分はストレスの発散が得意じゃないと気付いたんですよね。これまで、あんまり健康的な発散の仕方をしてないなかったなって(笑)。

 それが棘だよ。怖いねえ。自分が父親だったらと思うとゾッとする(笑)。

──監督もそういうことはあります? 溜め込んだストレスを作品で発散するという。

 それはもう、ずっとありますよ。中学生の頃からストレスとコンプレックスで生きてますから(笑)、それが作品を作る原動力ですね。子供の頃なんて自分の周りは金持ちで高学歴なやつばっかり。バンドをやってもリーダーは京大生だったりしてね。「そんなの関係ねえや。ロックンロール!」とか言ってたけど、それは敗北者の論理であって。敗北者が生きるにはどうしたらいいのかってうだうだ考えて、「もうやめようかな、自殺しようかな」と思っていたときに、秋元康さんに出会って「こういうやり方もあるのか」と影響されたりしたんです。コンプレックスをパワーにしながらやってきたというところでは、根が暗いですね。

──2人は棘の部分で共通してるんですね。

Alisa お話を聞いてそう思いました(笑)。

堤幸彦

 僕は「この世の中が嫌いだ」というところから始まってますから。

──棘って大事なんですね。

 それが透けて見えないとね。そういう人は共感できるし、信頼できるんですよ。彼女の場合、柔和でピースフルな育ちだし、インテリではあるけれど、歌詞を見るとえらい暗いし、「walls」というオーダーにちゃんと応えてくれた。歳は離れているけど、同士だなという気がするんです。

Alisa 私は嫌なことを避けちゃうタイプなので、曲を書くことを通じて、以前は全然向き合えてなかったことを集中して考えるようになりました。そういえば、留学中にできた友達が、いつも「Alisa、大丈夫?」って聞いてくるんですよ。私は毎日楽しんでいるつもりだったんですけど、その友達は「この子、逃げてるんだろうな」と見抜いていたのかもしれない。そこからいろいろ考えるようになりました。私、本当は大丈夫じゃないのかなって。

 顔に出てたということだよね。会うたびに言われるなんて相当病んでるよ(笑)。

Alisa しつこいくらい聞かれたんですよ、「大丈夫?」って。「大丈夫だから!」って何度も言ってるのに(笑)。

世界の舞台で歌う姿が見たい。それが僕の“最後の希望”。

──Alisaさんにとって歌は自分自身と向き合うことでもあるんですね。今後、Alisaさんがシンガーソングライターとして目指していることはありますか?

Alisa 私、運だけには自信があるんですよ。これまで、いろんな出会いや縁に恵まれてこの場にいるので。だから「これをしたい」というより、自分を信じてやっていればいいことがあるんじゃないかなと思っています。何が起こるかわからないのを楽しみにしているというか。スティーヴ・アオキさんと「ULTRA JAPAN 2019」に出られたのも思いがけないことだったし。

──というと?

Alisa 「キャロル&チューズデイ」というアニメで、アンジェラというキャラクターのボーカルを担当したんです(参照:「キャロル&チューズデイ」オーディション合格者・Alisaが劇中歌歌唱、キャストに坂本真綾)。そのときに歌った曲のうち1曲をアオキさんがプロデュースされていて。日本でアオキさんの握手会があると聞いたので挨拶をしに行ったんです。それで2時間くらいに行列に並んで……。

──えっ、普通にお客さんとして?

Alisa はい。自分の番が来たときに挨拶したら、「あ、あの歌を歌ってる人?」とアオキさんが気付いてくれて。それで「このあと、ちょっとあるから歌う?」と言われて、住所を渡されてタクシーで向かったんです。私はイベントの打ち上げなのかなと思っていたらフェスで。そこでいきなり打ち合わせをしてステージに上がって歌ったんです。

──さっきまで握手会の列に並んでいたのが、気が付いたらフェスのステージで歌っていた。すごい展開ですね。堤監督との出会いといい、才能だけじゃなくて強運も持っている。

Alisa だからあえて目標を決めずに、運命に身を任せたいと思っているんです。どんな出会いが待っているのかを楽しみにしながら。

 自分が信じる道を進めば、きっと世界がついて来ますよ。僕は彼女が日本を飛び出して世界の舞台で歌う姿が見たい。カーネギーホールとかね。僕は今65歳だから、5年後には体力的に海外に行けなくなってしまうかもしれない。それまでになんとか。それが僕の“最後の希望”。「20世紀少年」的に言えばね(笑)。

Alisa すごいプレッシャー(笑)。でもがんばります!

 メルボルンのライブハウスでもいいからさ(笑)。そのときは楽屋で乾杯しましょう。

左からAlisa、堤幸彦。