Alisa×堤幸彦が語る、才能と棘

才能は才能を呼ぶのかもしれない。オーストラリアに住む1人の少女の才能を見出したのは、「20世紀少年」「劇場版 SPEC」をはじめ数多くのヒット作を生み出した映画監督・堤幸彦。偶然、少女の歌声を聞いて興味を持った堤は、彼女に「曲を書いてみたら」と提案する。彼女が書いた曲を聴いた堤は「人生最大級の天才を発見した!」と絶賛した。

シンガーソングライター・Alisaとして2016年に音楽活動をスタートした少女は、監督の期待に応えるようにドラマやCMで歌を披露。テレビアニメ「キャロル&チューズデイ」では主要キャラクターの1人、アンジェラの“シンガーボイス”を担当し話題となった。そして2021年7月7日、ついに1stミニアルバム「BOUNDARIES -SET A-」でメジャーデビューを果たした。

「BOUNDARIES -SET A-」はグラミー賞を主催するNARASのメンバーとして、グラミー賞の選考投票にも毎年参加しているカールトン・リーンをプロデューサーに迎えた作品。収録曲は今年のグラミー作品を生み出したThe Orphanageと共同制作しており、エンジニアにはグラハム・マーシュ、フィル・タンなど、いずれもグラミー賞を獲得してきた豪華スタッフが集結している。

音楽ナタリーでは、デビューを目前に控えるAlisaと、彼女の歌の魅力を誰よりもよく知る堤へインタビュー。親子以上に歳が離れていながら、才能と“棘”で結ばれた2人が語り合う。

取材・文 / 村尾泰郎 撮影 / 伊藤元気

堤監督は“栓抜き”

──Alisaさんは18歳のときに堤監督と出会ったそうですね。

Alisa 監督は、私が高校生のときに出演した学校のミュージカル「美女と野獣」をご覧になっていたみたいで、初めてお会いしたときに「曲は書かないの?」と聞かれたんです。

堤幸彦 知り合いだからという贔屓目ではなく、ミュージカルを観て彼女の声がすごいと思ったんです。それで軽い感じで「曲は書かないの?」と聞いたんですよ。今の子だったら、それくらいはしてるんじゃないかと思って。

Alisa それで曲を書いてみようかなと思ったんです。

左からAlisa、堤幸彦。

 できあがったデモを聴いたらポップで、そこにかわいらしくてミステリアスな声がきれいにハマっていてびっくりしたんです。「もしかしてこの人、天才じゃないか!?」って。40年以上この業界でやっていますけど、天才だと思える人なんてなかなか出会わない。ポテンシャルがすごいなと思いましたね。最初の1、2曲はビギナーズラックで面白い曲を書けることもあるから、その後、どんな曲が書けるのかがプロになれるかどうかの分かれ目だと思うんですけど、それを彼女は次々とクリアした。伸びしろがすごいんですよね。

──どんどん曲がよくなっていったわけですね。Alisaさんは監督に言われるまで曲を書いたことがなかったそうですが、どうやって曲を書いたんですか?

Alisa 高校を卒業したお祝いに買ってもらったiPhoneにGarageBandが入っていたので、それを使ってまず2曲作ってみたんです。コードに歌を乗せているだけの曲なんですけど。

 めっちゃ複雑な曲なんですよ。それで「もう、プロモーション用のビデオを撮っちゃおう!」とビデオを撮ったんです。

──監督自ら?

Alisa そうなんです。今思うとすごいですよね。私はアルバイト帰りの私服で(笑)。

 レアもんだよ(笑)。

ビョーク知らんかったのかい!

──堤監督がプロモーションビデオを手がけるなんて贅沢な話ですね。Alisaさんは曲を書くときに、「こんな感じにしよう」とイメージしたものはあったんですか?

Alisa まったくなかったです。GarageBandで簡単にコードを組み立てられることに感動して、それにどういうメロディを付けたらいいのかな?と考えてやっていただけで。

 影響を受けたアーティストはいないの?

Alisa

Alisa 恥ずかしいくらいいないです。それまで音楽を聴くという習慣があまりなくて。ダンスをやっていたんですけど、ダンスで踊る曲とかミュージカルで歌う曲を聴いていたくらい。娯楽として音楽を聴く習慣がなかったんですよね。メルボルンの田舎のほうに住んでいたんですけど、市内に行く車の中でお父さんがGReeeeNやコブクロを聴いていたのは覚えています。あとディズニー音楽はよく聴いてましたね。いつもアリエル(「リトル・マーメイド」)の「パート・オブ・ユア・ワールド」を目覚まし代わりに聴いていました。

 まっさらだったから、ニョキニョキ芽が出てきたのかもしれないね。

──監督のひと言がなかったら、曲を書くことなんてなかったかもしれないですね。

Alisa なかったと思いますね。

 僕はよく“栓抜き”って言われます(笑)。若い監督さんに「撮ってみりゃいいじゃん」と言って、そいつが撮ってみるとすごく面白い作品ができたり。

──今回も栓抜き効果を発揮したわけですね。

 世界的な栓抜きみたいな(笑)。それで「SICK'S」という配信ドラマの主題歌を彼女に歌ってもらおうと思ったんです。「SPEC」の続きのえらく暗いドラマで、ビョークの「ダンサー・イン・ザ・ダーク」みたい曲が欲しいと思って彼女に曲を頼んだんです。そしたらできてきたんですよ。「walls」っていう、めっちゃ暗い名曲が(笑)。

Alisa 監督から「ビョークみたいな暗い曲で」と言われたんですけど、ビョークを聴いたことがなかったので調べてから曲を書きました。

 知らんかったのかい!(笑)

Alisa すみません、何も知らずにやってきて(笑)。

 できあがった曲はビョークとはまた違った感じなんですけど、彼女の刺々しい部分、“ブラック・アリサ”がポーンと開花した曲なんです。まず声がいいんですよね。最初に声に痺れた。それでプロデューサーを「これだけ斬新なドラマをやるんだったら、この声しかないよ!」と説得して。普通は主題歌を決めるのって大変なんです。タイアップとかいろいろ手間がかかって。でも今回はゴリ押しで決めました。

歌詞のセンスはビートルズ並み

──それくらい、Alisaさんの才能に惚れ込んだわけですね、この曲もGarageBandで作ったんですか?

Alisa そうです。おばあちゃん家の寝室でイヤホンをして作りました。最初に歌詞を考えて、そこにコードに当てていって。

──歌詞が先なんですね。

Alisa 歌詞が先なことが多いですね。英語で歌詞を書いて、韻を踏んでいるうちにメロディになっていく。

堤幸彦

 この人の言葉の才能はすごいですよ。彼女が通っていたメルボルン大学は、世界で30番目くらいのランクの大学なんです。東大よりすごい。彼女はその言語学科に行っていたんです。彼女が書く歌詞は現代詩のようなところもあって、詩のセンスも半端ない。僕は英語はわからないけど、日本語の対訳を読むとThe Beatles並みというか。

Alisa とんでもないです!

──作詞するときに気を付けていることはありますか?

Alisa みんなが使うような表現はあまりしたくないというのはあるかもしれないですね。歌詞は基本的に自分の経験をもとにして書いてるので、みんなと同じようには書きたくない。だから聴く人が「ん?」と思うような表現をしてみたり、映像を想像しながら書いたりしてます。

──「walls」はどんな映像を思い描いていたのでしょうか。

Alisa すごく広い砂漠というか、誰もいなくなった世界です。誰もいなくなったら、どれくらい孤独なんだろうって想像してみたんです。1本の道があって、そこをずっと歩いていくんだけど何もない、みたいな映像を思い浮かべて。監督の前で言うのは恥ずかしいですけど(笑)。

──曲を書き続けていくうちに、曲作りのアプローチに変化はありました?

Alisa いろんなプロデューサーさんにお会いして音楽のことを教わったことで、曲の作り方は若干変わりました。トラックが先にあって、そこに曲を書いたりもしています。

 これからドラスティックに変わっていくんじゃないですか。

Alisa 常に変わり続けていたいですね。