荒川弘の最新作「黄泉のツガイ」は、日本のある山奥で“夜と昼を別つ双子”として生まれた兄妹・ユルとアサを軸に展開するバトルファンタジー。いずれ世界を揺るがす力を得るとされるユルたちが、謎めいた存在・ツガイとともに過酷な運命に立ち向かうさまが描かれる。月刊少年ガンガン(スクウェア・エニックス)で連載中だ。
最新6巻の発売を記念し、コミックナタリーでは「黄泉のツガイ」の特集を展開。マンガ好きのVTuber・月ノ美兎に「黄泉のツガイ」の6巻までを読んでもらい、インタビューを実施した。「鋼の錬金術師」を“教科書”として愛読する月ノは「黄泉のツガイ」をどう見たか? 激しい運命に翻弄されるユルに向けた月ノの正直な思いが語られたほか、「鋼の錬金術師」ファンならではの視点で作品をアピールしてくれた。
取材・文 / 佐藤希
「黄泉のツガイ」あらすじ
山奥の小さな村で暮らす少年のユルは、野鳥を狩り、大自然の中で静かに暮らしていた。しかしユルの双子の妹のアサは、何故か村の奥にある牢の中で「おつとめ」を果たしているという。それはまるで幽閉されているかのように……。
村での穏やかな暮らしはある日終わりを告げる。
突如現れた武装集団と本物のアサを名乗る少女に、村と人々は急襲され壊滅状態に陥る。
窮地を切り抜けるため、ユルが手にしたのは謎めいた存在・ツガイを従える力だった。
故郷を脱し下界へと降り立ったユルは、自分とアサが生まれながらに背負う運命に直面し、激しい戦いに身を投じていく。
「鋼の錬金術師」は倫理の教科書
──以前月ノさんが荒川先生の過去作「鋼の錬金術師」がお好きとおっしゃっていたので、今回お声がけいたしました。「黄泉のツガイ」のお話を伺う前に、月ノさんと荒川作品との出会いについて教えてください。
「鋼の錬金術師」は幼なじみが小学2年生の頃に主人公のエドワード・エルリックの“ガチ恋”をしていたんですよ。ですから、その子から単行本を2巻ぐらいまで借りたのがきっかけですね。ハマってからは私の親も読むようになりました。
──ガチ恋勢からのオススメとあれば、作品のプレゼンも熱が入ってそうですね。
エドが好きって、小2の目の付けどころとしてはかなりすごいですよね。でもとにかく金髪の男の人が好きだったみたいです。その子も幼かったので、スカーがショウ・タッカーを殺すところでトラウマになっていました。あとは一緒に新刊買って、学校で手紙のやり取りをしながら「こういう展開があったね」「あいつホムンクルスだったんだ!」とか。そうやって盛り上がっていた思い出です。
──物語のどういうところが月ノさんの琴線に触れたんでしょう。
私、「鋼の錬金術師」で錬金術っていう単語を初めて聞いたんです。錬金術を行ううえでの細かい設定にワクワクして、A4の紙を折って本みたいにして、人間を作る材料を描いてました。作中でも簡単に手に入る材料だって書いていて、私もできちゃうかも!?と思って。賢者の石がないからやりませんけど。
──(笑)。以前別のインタビュー記事で、「鋼の錬金術師」をとても隙のない話とおっしゃっていましたね。
はい。各地で起きていた紛争が、最終的に国土錬成陣で巨大な賢者の石を作るためだったというのがわかったとき、めちゃくちゃ感動しました。あと、アルが眠れなくて食べられない体になったことを受け入れてるように見えて実際はとても気にしていたように、実はそんなに気にしてないのかなと勝手に思っていた登場人物の要素が後々ものすごいわだかまりとして出てきたりとか。登場人物が衝突したり気持ちが爆発したりして、改めて気づかされる場面がとても心に残っていますね。
──月ノさんの中で「鋼の錬金術師」はどういう存在になっていますか?
倫理の教科書ですね。生きるうえでの倫理観のほとんどを教わったと思います。いつも大好きだと言っている「さよなら絶望先生」はサブカル知識の教科書って感じで、元ネタとか調べながら読んでそれこそ教科書みたいな働きをしてたんですけど、「鋼の錬金術師」も教科書のように倫理観を教えてくれました。小さい頃に読んでいたマンガで印象的だったというのもあるのですが、ときどき読み返しています。
複雑な設定かと思いきやすんなり読める
──「黄泉のツガイ」は荒川先生が「鋼の錬金術師」の連載を終えてから12年ぶりに少年ガンガンで連載している最新作です。今回の取材のために、最新の6巻まで読んでいただきましたが、率直なご感想をお聞かせください。
まず、さっき「鋼の錬金術師」で倫理観を教えてもらったと言ったんですが、「黄泉のツガイ」は主人公のユルが人を殺すことに全然躊躇いがなくてビックリしました(笑)。そこもいいと思っているんですけど。
──確かに(笑)。
「鋼の錬金術師」とはまったく違った雰囲気ですが、そうやって新しい世界観を作れるのってすごいなと思います。そしてこの作品、登場人物がめちゃめちゃ多いですよね。基本的にツガイとツガイ使いの3キャラセットで出てくるし、ツガイ同士でも能力が違うし、ユルが生まれ育った東村とアサが保護されている影森家のほかにも、ユルを狙う第3勢力がいて……と、ものすごく複雑な設定かなと思ったんですけど、読んでみると意外とすんなり読めました。
──人間関係やそれぞれ契約してるツガイを洗い出そうとすると、相関図がすごいことになりそうですね。
ですよね。誰か作ってるのかな? でもわかりにくくならないのは、ツガイのデザインが全然違うからかなと思いました。別作品のキャラじゃないか?と思うぐらい雰囲気が違うツガイも出てきますし。私、SCP財団(※)に登録されている作品を見るのが好きなんですよ。ツガイたちがSCPの作品並にデザインが多岐に渡っているところも魅力的ですね。
※2008年に創設された共同コミュニティサイト。自然法則に反したオブジェクトを確保・収容・保護することを目的としている。
──ツガイたちは人間に使役される存在かと思いきや、ツガイ使いに反抗する危険なタイプやオシラサマのように神格化されているツガイもいて、まだまだ謎が多いですね。
そうですね。あとツガイたちとツガイ使いの、パートナーとして対等のような関係性もいいですよね。「銀の匙 Silver Spoon」で描かれる八軒と馬の関係に近いものを感じているかもしれません。
──「銀の匙 Silver Spoon」では主人公・八軒が馬術部に所属していたので、競技に挑むパートナーとして馬と信頼を築いていく場面が多く描かれましたね。
向こうにも感情がありますから振り回されることもあるけど、同等の立場というのがいいですよね。「黄泉のツガイ」でガブちゃんが相棒に名前を付けていないツガイ使いにブチキレてましたけど、あのシーン好きです。
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本当にユルの立場になりたくない