2010年代初頭の小説投稿サイトでの人気に端を発し、今では書店の一角にコーナーが展開されるほどの一大ジャンルに成長した“異世界もの”。現実世界から転移・転生し、魔法やチート能力が使えるファンタジー世界を舞台に、主人公が戦ったりスローライフを送ったりする様子が支持を得ている。特に2013年に小説家になろうで連載開始され、さまざまなメディアミックス展開が行われている「転生したらスライムだった件」は、原作小説やコミカライズを合わせたシリーズ累計発行部数が4000万部を突破。2022年に公開された「劇場版 転生したらスライムだった件 紅蓮の絆編」は興行収入が14億円超と、異世界ものが市井の人々にも広まっていることを示している。
その人気は小説分野だけに留まらず、「バーサス」や「高度に発達した医学は魔法と区別がつかない」のようなマンガオリジナル作品にも異世界ものが急増している。では、そんな異世界ものとはどのような流れを経て、現在の地位にたどり着いたのだろうか? コミックナタリーでは、異世界ものに精通する4人の識者による座談会を企画。異世界ものがたどってきた歴史について語ってもらった。
取材・文 / 太田祥暉(TARKUS)
座談会の参加者紹介
太田祥暉(オオタサキ)
1996年生まれ、静岡県出身。同人活動を経て、2018年からライター活動を開始。2019年に編集プロダクション・TARKUSへ所属する。主にアニメやライトノベル、特撮の書籍や雑誌、Web媒体で執筆。共著に「ライトノベルの新潮流」(スタンダーズ)がある。
岡田勘一(オカダカンイチ)
編集プロダクション・マイストリート所属。「このライトノベルがすごい!」の編集を務める。小説編集としては「異世界居酒屋『のぶ』」「君に恋をするなんて、ありえないはずだった」「死にたがりな少女の自殺を邪魔して、遊びに連れていく話。」などを担当している。
岡田勘一[編集者・ライター ] (@kanichi0203) | X
松浦恵介(マツウラケイスケ)
1980年生まれ、広島県出身。ゲーム雑誌の編集者などを経て、現在はフリー編集者・ライター。ゲーム関連書籍やライトノベルなどの編集、ゲームの開発協力などに携わっている。
なろう系VTuberリイエル
「異世界はスマートフォンとともに。」や「異世界食堂」を入り口としてWeb小説を読み始め、「シャングリラ・フロンティア」や「魔石グルメ」に感銘を受けたことで、2018年10月からYouTubeにてWeb小説の紹介活動を開始する。
一大ジャンルに成長した“異世界もの”の源流ってどこにある?
岡田勘一 編集プロダクション・マイストリートの岡田と申します。宝島社の小説や、「このライトノベルがすごい!」の編集をやっております。なので、Web小説の書籍化が始まった2012年くらいからずっとWeb発ライトノベルを追っています。
松浦恵介 フリー編集者の松浦です。主にエンターテインメント系の書籍やライトノベルの編集、ゲームシナリオや設定のお手伝いをしています。Web小説の仕事は、書籍化ブーム後の2014年頃からやっています。
リイエル はじめましての人ははじめまして! そうでない人はこんばんなろー! なろう系VTuberのリイエルです。ライトノベルとWeb小説が好きすぎて、5年ほど前からWeb小説の紹介を行うVTuberになりました。
太田祥暉 ライターの太田です。以前、松浦さんや石井ぜんじさんと一緒に「ライトノベルの新潮流」という本を書きました。今日はこのメンバーで異世界ものの系譜について語れたらなと思います。まず、異世界ものの源流ってどこにある、という話から……。
松浦 古いという意味では、アメリカ人がタイムスリップしてアーサー王がいるイングランドに転移する「アーサー王宮廷のコネチカット・ヤンキー」(1889年刊行)とか。
太田 (笑)。今の異世界ものって、Web小説の隆盛と密接に関わっているじゃないですか。そもそも異世界転移ものの「ゼロの使い魔」の二次創作が小説投稿サイトで流行った影響は見逃せないと思うんです。一時期、二次創作が掲載可能なサイトでは「ゼロ使」が流行って、そこから現在の異世界転移ものに波及した勢いはあったのかなと。例えば、「八男って、それはないでしょう!」のY.Aさんも「ゼロ使」の二次創作出身です。そう考えると、今の異世界ものには二次創作からの影響も少なからずあるように感じます。
松浦 「アーサー王宮廷」は冗談として(笑)。僕の肌感覚としては、Web小説の書籍化が盛んになりはじめた2010年代中盤には、作者も読者もすでに40歳を越している方が多かった印象があるので、「ゼロ使」よりも前の作品の影響もあると思うんです。例えば、歴史や内政をテーマにしたWeb小説の作者で、「銀河英雄伝説」の世界に一般人が転生する二次創作を読んだり書いたりしていたという方を何人か知っています。源流は多岐にわたるでしょうね。ライトノベルなら「オーラバトラー戦記」や「日帰りクエスト」にもその源流があるのではないかなと。
太田 その2作品と同時期には、「十二国記」もあります。
岡田 「十二国記」も異世界転移ものですけど、どちらかといえば「ナルニア国物語」のような子供たちが異世界に行ってしまうファンタジーものの系譜ですよね。僕たちがテンプレ的に考える、ヒロインと出会ってチートを使いながら……という異世界ものの源流ではないです。
リイエル どちらかといえば、「ドラゴンクエスト」と「ファイナルファンタジー」の影響が大きいと思います。今の異世界ものは、純粋なファンタジー世界というよりもJRPGの世界観に行くものが多い。スライムが出てきて、キャラクターのステータスが見えるというのは明らかに「ドラクエ」や「FF」の影響が大きいと思います。
岡田 JRPGに加えて、MMORPGが特に黎明期のWeb小説に影響を及ぼしましたよね。例えば「ソードアート・オンライン」は著者の川原礫さんが「ウルティマオンライン」や「ラグナロクオンライン」の影響から生み出した作品です。その影響が今の異世界ものにも引き継がれているのかなと。
太田 まさにその「SAO」が、Web小説とライトノベルをつないだ初期の作品で。電撃小説大賞に「アクセル・ワールド」を川原さんが投稿されたことをきっかけに、編集者・三木一馬さんが注目したことで「SAO」が書籍化されることになります。また、三木さんは「魔法科高校の劣等生」も書籍化し、ライトノベル文庫レーベルがWeb小説を書籍化するという道筋を作っていきました。
岡田 そもそも、ゼロ年代はWeb小説とライトノベルが結びついていなかったですよね。「AW」や「SAO」、「劣等生」もWeb小説の書籍化だと思って読んでいる人は少なかったと思います。読者にもWeb小説の書籍化として知られながら人気を得ていったのは、ソフトカバーで出版された「まおゆう魔王勇者」と「ログ・ホライズン」が最初だったのかなと。
太田 ゼロ年代から、Web小説の書籍化をメインに取り扱うアルファポリスも「レイン」などを刊行していましたが……。
松浦 それらの作品は、書店でもライトノベルよりはケータイ小説に近い場所で売られていた印象があります。「リアル鬼ごっこ」などの山田悠介の作品も近い場所にあったので、まだライトノベルという見られ方をしていなかった。アルファポリスとエンターブレインが先行していましたが、これらはソフトカバー単行本の形式を取っていたため、文庫の形式がスタンダードだったライトノベルとはやや距離があるように感じられました。しかし、ヒーロー文庫創刊後にWeb小説の書籍化をするレーベルが増えて、文庫の形式の作品も目立つようになり、徐々にライトノベルの枠に組み込まれていきましたね。
岡田 今でこそ小説家になろうから書籍化をしてデビュー、というルートが確立されていますが、当時は自費出版がメインでしたからね。ヒーロー文庫が生まれたことで、急速にライトノベルとの距離が近づいていきました。
太田 そもそも、既存のライトノベル読者と異世界ものを擁するWeb小説の読者って、当初は深い溝がありましたよね。
岡田 2010年代前半から異世界ものはかなり売れていたんですけど、その二者には断絶があったので、「このラノ」の編集としてはかなり悩んでいました。「このラノ」にもWeb小説の書籍化作品は投票されていたんですが、「SAO」や「Re:ゼロから始める異世界生活」が上位に入ったぐらいで。ただもう見過ごせないだろうということで、2017年から文庫部門とは別に単行本部門を設けることになったんですよね。スマートフォンの普及によって、みんな小説投稿サイトやマンガアプリを読み始めたことは大きかったと思います。
異世界ものが流行った理由、それは「大喜利」?
太田 素朴な質問ですが、なんでこんなに異世界ものが流行ったと思いますか?
岡田 作者側は書くのが簡単なこと、そして読者も理解が早いことがあると思います。主人公を日本人にしてしまえば、作家自身の知識や経験をベースにして「現代日本人の言葉や思考」で説明描写を書けるんです。美味しい食べ物が出てきたとき、その世界には存在しないけれど「まるでカレーみたいな味だ」と言い表すこともできる。
松浦 読み手側もゼロからその世界観を掴む必要がないですから、「ああ、そういうことか」とわかりやすく読むことができるので、手に取りやすいんですよね。
岡田 そもそもライトノベルというものは、読者のコンテクストに則って作られています。異世界ものはそれをさらにわかりやすくしている。「スライムって最弱のモンスターだよね」という知識を理解しているという前提でスタートしているわけです。
松浦 みんなわかっていると思うけど、「ドラクエ」に出てきたアイツだよ、みたいな。
岡田 言ってしまえば「ドラクエ」をお題にした大喜利ですよね。異世界に転生・転移するという土台は一緒で、そこから何をしていくのかで勝負をかける。身も蓋もないですけど、年を取ってくると土台が共有されていたほうが抵抗感なくコンテンツを摂取できるので、ちょうどライトノベルを読んで育った層に刺さったんだと思います。
リイエル 大喜利ではあるんですけど、導入を過ぎてからは著者の技量が試されるんですよね。あるあるを抜けた展開をどう描いていくか……。例えば「Babel」のように、「異世界でもなぜ日本語が通じるのか」という異世界ものあるあるを掘っていく方向の作品も存在しています。ただ、類似例はあまりないんですよね。あるあるを掘るよりも、大喜利をしている作品のほうが多い。
岡田 小説家になろうでポイントを獲得するためには、異世界ものの売れ線に近づけていく……ということが必要になるので、仕方ない一面もありますが。
太田 皆さんが最初に異世界ものの隆盛を感じられたのはどのタイミングでしたか?
松浦 僕は2010年代初頭にエンターブレインでアルカディアというゲーム雑誌に携わっていたので、近いところで「まおゆう」や「ログホラ」が人気になっていくのを見ていたんですよ。そこをきっかけに、Web小説への関心を深めていきました。「ログホラ」は、当時のライトノベルの主流のデザインとは異なるマンガっぽい装丁で、既存のライトノベルファンとは異なる場所を狙っているんだな、と思ったのが記憶に残っています。
岡田 「まおゆう」は2ちゃんねる発の作品という認識で見ていたんですけど、異世界ものが流行っているなと最初に感じたのはフェザー文庫の創刊時期(2011年11月)でした。その後、ヒーロー文庫の創刊(2012年9月)で人気を確信しましたね。
太田 フェザー文庫は小説家になろう掲載作品を書籍化するレーベルのはしりでしたが、いろんな問題が起きて2015年を最後に休刊しましたね。ヒーロー文庫は重版率100%を謳って創刊された書籍化レーベルで、「薬屋のひとりごと」や「異世界食堂」のような人気作を輩出しています。
リイエル 自分は少し遅くて、ヒーロー文庫から刊行された「ナイツ&マジック」が出てきた頃(2013年2月に第1巻が刊行)でしょうか。「ナイツマ」は書籍版とWeb連載版では展開が異なっていて、もともとの読者でも読まざるを得なかったんです。
岡田 その頃にはもうWeb小説のアニメ化作品も動いていて、ライトノベル業界も小説家になろうやArcadiaのような小説投稿サイトに注目していましたよね。2012年にはエリュシオンライトノベルコンテスト──今のネット小説大賞が始まっていて、編集者として参加していました。僕はその第2回で受賞した「異世界居酒屋『のぶ』」を担当することになって。
太田 「異世界居酒屋『のぶ』」はタイトル通り異世界につながった居酒屋「のぶ」の物語です。
岡田 まさに大喜利ですよね。異世界×居酒屋、という。ただ、その世界観作りやストーリー、キャラクターの描き方がほかと一線を画していたので、ヒットできたのだと思います。
松浦 当時は「異世界」と名が付くだけで、誰もが読んでくれたんですよね。だから、作者としては異世界というガワにどんなものを入れて人気を得るか、というアプローチをすることになる。そういう形で異世界ものの動きが盛り上がった側面はあると思います。