アニメ会社のトムスが“IP創出”を目指す「原作工房TMSLab」日本のマンガ・アニメ業界の新たな試みを編集長が語る

「ルパン三世」シリーズや「名探偵コナン」などで知られる老舗アニメ会社のトムス・エンタテインメントが運営するレーベル「原作工房TMSLab(トムスラボ)」が、2022年12月に始動した。同レーベルは“IP創出”を目的に、日本のアニメ産業の未来を作るための新しい試みとしてスタート。今年6月より、既存の枠に捉われない新たな才能を発掘すべく、新人マンガ賞「第1回トムスラボ漫画大賞」も展開している。

コミックナタリーでは、「第1回トムスラボ漫画大賞」の実施と、8月にTMSLabレーベルから誕生する電子コミックスの発売に併せた特集を展開。編集長の小澤氏にインタビューを行い、TMSLab誕生の経緯や掲げる目標、目下展開中の「第1回トムスラボ漫画大賞」の狙い、さらには日本のアニメ業界における“IP事業”の現状に迫った。

取材・文 / 増田桃子撮影 / 番正しおり

原作工房TMSLab(トムスラボ)とは?
原作工房TMSLab

アニメ会社のトムス・エンタテインメントが運営するIP創出レーベル。日本のアニメ産業の未来を作るための新しい試みの1つとして、アニメ会社がクリエイターと共にマンガや小説、Web動画などで一次原作を創り、届けて育てていく場所を整えていくことを目的としている。編集部と作家の共同作業でマンガ・小説・動画・キャラクター等=IPを企画・創出し、さまざまなクロスメディア展開を実施。異世界もの、日常もの、グルメ、ファンタジーなどジャンルにこだわらず、幅広く作品を発表し、主に大手電子書籍ストアから販売を開始している。

「トムスラボ漫画大賞」とは?
トムスラボ漫画大賞

既存の枠に捉われない新たな才能を「総合部門」と「テーマ部門」の2部門で募集。「総合部門」ではストーリー作品から4コマ、ショートなど形式やジャンルを問わないが、“作品の発展性”を重視し、応募者の作品がほかのメディアにも拡がる可能性を検討する。また「テーマ部門」は「名場面(シーン)“だけ”描いてみよう」をテーマに、「試合シーン」「バトルシーン」「恋愛シーン」「食事シーン」「恐怖シーン」の5つのシチュエーションから選んで、盛り上がるシーンだけを描いて応募することが可能だ。大賞は賞金300万円と連載確約のほか、大賞と入選の受賞作は声優出演によるマンガ動画化などの特典も用意されている。

「第1回トムスラボ漫画大賞」

募集部門
  • 「総合部門」ジャンル自由のオリジナル漫画大賞
  • 「テーマ部門」名場面(シーン)“だけ”描いてみよう大賞
賞金と副賞
  • 「総合部門」大賞:賞金300万円+連載確約+副賞:CLIP STUIO PAINT EX2デバイスプラン(3年版)、Wacom Cintiq 16
  • 入選:賞金100万円+受賞作の掲載+副賞:CLIP STUIO PAINT EX2デバイスプラン(2年版)、Wacom Cintiq 16
  • 佳作:賞金30万円+受賞作の掲載+副賞CLIP STUDIO PAINT EX1デバイスプラン(1年版)
  • 「テーマ部門」大賞:賞金20万円+副賞CLIP STUDIO PAINT EX1デバイスプラン(1年版)
募集期間

2023年6月5日(月)~2023年11月30日(木)

結果発表

2023年12月下旬予定

特設サイト

TMSLab編集長・小澤繁夫氏インタビュー

エンタミクスできるIPが生まれやすい場所、作れないかな

──小澤さんはこれまでオトナファミ、エンタミクス(ともにKADOKAWA)でIP総合誌の編集長を務め、マンガ編集者としても活躍されてきましたね。チップス小沢というライターネームでも知られていて、「ドキばぐ」(柴田亜美)にもメインキャラとして登場されていました。そんな小澤さんが、どういった経緯でTMSLabを立ち上げることになったのでしょうか。

まず僕たちの部署は、ストレートなマンガレーベルではなく、「IPの創出」を謳っています。僕自身は出版社時代に雑誌、マンガ、小説、Webメディアなどいろいろなものをゼロから企画・設計して、立ち上げて育てるというラッキーな経験をたくさん積ませてもらいました。“ヒゲ”ありがとうって感じです(笑)。(注:「ヒゲ」はエンターブレイン代表取締役社長だった浜村弘一氏の「ドキばぐ」内での愛称)その中で特に面白かったのが、ゲーム業界、映画業界から新しく生まれてくるものを開発段階から戦略を練って世の中にアプローチしていくという仕事。海外の大手IPホルダーたちの間では、作品創りをするうえで企画時からゲーム、映画、アニメ、トイ・ホビーのノウハウを持ち寄って設計し、後の発展性を組み込んで作っていくという制作スタイルがポピュラーになっていたんです。それは投資額が大きくなるゆえのリスクヘッジでもあるんですけど、何より世界中のさまざまなライフスタイル、価値観のお客さんを楽しませるためにはアウトプットにも多様性が必要だという考え方が浸透しているからなんですね。でもそれって受け手からしたら当たり前だよな、と思って立ち上げたのが、オトナファミやエンタミクスでした。ジャンル誌じゃなく、IPという視点でミクスチャーして掘り下げるエンタメ総合メディアという場所を作ることで「ドラゴンクエスト」も「スター・ウォーズ」も「名探偵コナン」も「相棒」も作り手とファンが一体となってIPを育てていくという価値観をもっと一般化できるんじゃないかと思って。

小澤繁夫氏

小澤繁夫氏

──オトナファミや、エンタミクス時代から、IPへの意識が強かったんですね。

そんなことを10年以上やっているうちに日本も“IPの時代”に突入しました。ああ、よかったと思ったら、時代は変わっても日本のエンタメ業界の建付けは変わらないなあって。マンガは出版社、アニメはアニメ会社、ゲームはゲーム会社という専門店型で。もちろんそれのおかげで世界に誇れるものすごいものが生まれてくるんですが、その分、クロスメディアを前提とした多様性の“種”をゼロから作ろうとすると各業界の見えない壁が邪魔しちゃってなにかともったいないことがそこかしこで起こっている。そんな中で、Netflixやディズニープラスのような外資の配信系がどかんと入ってきて、業界自体の温度が大きく変わってきました。作品がグローバルに同時展開されていくにつれ、世界中のエンタメコンテンツがライバルになり、日本のエンタメ業界も国内市場だけではビジネスが成立しなくなってきた。つまり専門店で売る商品だけではリクープできない。ヒットアニメを数多く制作してきたトムスという会社もそんな現状が加速していった未来を踏まえた次の一手を模索していたんですね。

──アニメ会社による単純なマンガ事業参入ではなく、“IP創出”というテーマがTMSLabの根幹にあるんですね。では小澤さんが、そういったトムスの考えに賛同された。

個人的にも“業界の垣根を越えて原作を生んで育てられる場所”ができたらエンタメファンにとってもエンタメ企業にとってもハッピーな作品が生まれやすくなるんじゃないかなって考えていたときに、ちょうど声をかけてくれたのがトムスだったんです。相性がよいなと思ったのは、伝統のある老舗アニメーション会社であると同時にセガサミーグループの一員でもあるということ。すでにアニメ、ゲームともに当たり前にグローバル同時展開をしていて、またトイ・ホビー・プライズにおいても国内外でビジネスしている企業グループです。創る、拡げる経験とノウハウを蓄積してきたグループだから、カルチャーの垣根を越えてIPの種を生んで育てる、っていう新しいエコシステムを理解してくれるんじゃないかなって。子育てには環境と理解がとても大切なので。

──小澤さん自身は、最初からマンガ制作を軸にしようと考えていたんでしょうか?

いろいろなコンテンツ業界の仕事をさせてもらってきた経験上、マンガってIPを生む上でのコスパが一番いいんですよ。例えばアニメって1クール制作するのに億単位ですよね。これがゲームになると桁が変わって、さらにグローバル向けのものを作ろうとしたら……数百円の本を1冊ずつ売ってきた出版業界からすると、そんなにお金かけてお客さんとキャッチボール1回? それは新規IPなんて超博打だね、って思っちゃう。それならマンガのほうが何回もキャッチボールできるし、いろいろな企画を作品にして世に出して試せるよって。出版社と真逆のビジネス視点ですよね。でもそれは、マンガ単体でビジネスをするわけではなく、IPとして育てることを主目的としているからこその視点です。なので、マンガは生まれたての赤ちゃん的な位置づけなんです。そんな感じで、“IP”という概念を社内外に説明していくところから始めて、お客さんとのキャッチボールの場となるYouTubeチャンネルの整備(現在チャンネル登録者数約66万人)も含めた自社発信の仕組み作りを経て、去年の12月にようやくTMSLabをローンチした、というのがここまでの経緯ですね。思ったより時間が掛かったので「小沢くん、マンガで言ってたとおり、会社辞めて世捨て人になっちゃったね」って言われてました。

作家と編集者が“得意”を持ち寄れるスタジオスタイルの編集部

──ほぼすべての作品に企画や原作としてTMSLabの名前が入っていますが、既存の編集部と違う部分はどんなところでしょうか。

球数(作品数)をどんどん増やして、確率論でヒットを狙うというやり方が出版業界の王道ですが、IPの種を作ろうと考えたときには、もう少し1本1本丁寧に作りたいな、と考えました。それに1人の作家さんに企画・構成・脚本・作画・演出・仕上げまでをお願いする従来の制作スタイルは、特化したマンガの才能を育てるうえでは最効率の方法なんですが、今回オファーを受けた“いろいろな分野で発展させていきたいIPの種作り”とはそんなに相性がよくないんですよね。何より作家さんの負担が大きすぎる。それで例えばアメコミのような創り方ができないかな、って。数多くのマーベルヒーローの生みの親とされるスタン・リーは編集者でした。今回はあえて“編集部=企画・クリエイティブスタジオ”を目指した方が、アニメ会社ならではかな、と考えたんです。

──確かに、従来のアーティストおよび作品の事務所的な編集部の在り方とは、また視点が異なりますね。このスタイルであればマンガ家さんの負担も少なくなります。

作家さんの悩みごとを聞いていると、絵は描いていれば上手になるし、表現はしたいけど、話を作るのはずっと苦手なんですっていう人がけっこう多くて。合わない原作を付けられて苦しんでいる人も多い。映像やゲームの業界では適材適所のチームで作るのが当たり前なので、先程話した「どうやってIPって生むのか」という各業界の悩みと強み、「作る側の悩みと強み」を持ち寄って、組み替えて、建て替えてみたらお互いが得意なことに専念しやすい家が作れるかもって。専念できるからこそ、各自がクリエティビティ、作家性を出せるという実験の場にしたい。だからTMSLabというのはメディアの名前というよりは、スタジオ名であり、場所の名前みたいなイメージなんです。

小澤繁夫氏

小澤繁夫氏

──「原作工房レーベル」とはどういう意味なのかなと思っていましたが、お話を伺ってなるほどと思いました。ちなみにですが、マンガ家という職業そのものにスポットを当てると、全部1人でできるのが魅力でもあって、日本のマンガ業界自体それで育ってきたカルチャーでもありますよね。

その通りです。そこがあるからマンガ家という仕事は尊いし、リスペクトされるし、そんな無二の才能を全力でバックアップしたい、という編集者的な気持ちは僕自身1ミリも変わっていません。そのうえで「全部1人でできるのがマンガ家」というイメージが定着していることで、できないことがあると強いコンプレックスを感じてしまう作家さんも多い。でも僕はそこ気にしなくていいと思う。編集者もオールラウンドプレイヤーじゃないと優秀な編集者って言われないんですけど、僕自身、長年いろいろな媒体で編集長をやってきましたが、わかりやすい特化型で、できることが圧倒的に少ないんです(笑)。でも自分ができないところは別の特化型のスタッフに助けてもらって、その分自分のできることでアシストしてきました。全然できないことを大人になって克服して万能型にメガシンカするのって割と無理ゲーだし、それならほかの人よりもちょっとできる才能を伸ばしたほうがいい。もちろん仕事として苦手でもやらなきゃいけないことは山ほどありますが、才能の分野に入っていけば入っていくほど、得意なことで活躍してもらったほうがいい。そのための“できることを持ち寄るシステム”なので、逆にすべてやりたい、全部できますっていう万能型の才能はTMSLabでも丸ごとバックアップします。ちなみに著名なアニメ、ゲームのクリエイターの中には、マンガ家を志していたりマンガ家から転身されたりした方が数多くいます。それは分業制の現場で、ご自身の“得意”を磨かれた結果でもあると思うんです。そういった方たちも“得意”を中心にご自身のスタイルを確立し、結果、総合的なポジションに昇っていかれた。そんなお手伝いができる場所でもありたいと思っています。