「王国物語」特集 中村明日美子インタビュー

「いつか描くだろう」と思っていた初の長編ファンタジーで描写する 人間2人の緊張感ある関係性

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中村明日美子の新作「王国物語」は、自身初となる長編ファンタジー。とある王国を舞台に、寓話的な世界観の中でキャラクターたちの関係性を描いていく連作シリーズで、ウルトラジャンプ(集英社)にて連載されている。

コミックナタリーは「王国物語」1巻の発売に合わせ、中村にインタビューを実施。「いつか描くだろう」と思っていたという長編ファンタジーを描くに至った経緯や執筆時の裏話、1巻と同タイミングで新装版が刊行される中村の作品集「Aの劇場」「Bの劇場」と「王国物語」の関係性などについて尋ねた。

取材・文 / 宮津友徳

「王国物語」

とある王国を舞台に紡がれる連作シリーズ。1巻には別々の道をたどる双子が織りなす「アードルテとアーダルテ」シリーズ、英雄とうたわれる美しい王と、彼に仕える謎めいた男の因縁を描く「王と側近」シリーズが収められている。

アードルテとアーダルテ

「アードルテとアーダルテ」シリーズのカラーカット。

紫の瞳のアーダルテと青い瞳のアードルテは、一方は皇太子、また一方はいずれ生贄として捧げられる運命にある囚われ人という双子の兄弟。瓜二つな容姿の2人は、1日限定という条件で入れ替わることになる。

アードルテが囚われた牢を訪れるアーダルテ。
アーダルテ
シャリバルテ王国第一皇太子で、紫の瞳を持つ青年。王位を継承することが決まっており、夜な夜なアードルテが囚われている牢を訪れ、彼と言葉を交わす。
1日だけ入れ替わってほしいと提案するアードルテ。
アードルテ
アーダルテとは双子の兄弟で、青い瞳を持つ囚われの青年。皇太子であるアーダルテが王位を継承する際に生贄に捧げられることが決定しており、アーダルテに「1日だけ外に出てみたい」と入れ替わりを提案する。

王と側近

「王と側近」シリーズのカラーカット。

英雄とうたわれる美しい王と、彼に仕える謎めいた男性・ハン。ハンに目をかけていた王だったが、ハンは秘密裏に王の毒殺を行おうとしていた。物語はハンの人生を振り返る形で進行していく。

宴の席でハンに歌わせる王。
先の戦で英雄的な勝利を収め、その美しい容姿から月光王と呼ばれている。ハンに剣の稽古をつけるなど、何かと彼を目にかける。
ハンは王にウマの扱いについて褒められる。
ハン
遊牧の民・ハン族出身の青年。密事を抱えており、王の薬湯に日々毒を盛り続けていた。

中村明日美子インタビュー

「Aの劇場」「Bの劇場」のストックから生まれた「王国物語」

──「王国物語」は太田出版のWebマンガサイト・ぽこぽこ(太田出版)で発表された、双子の王子を描く読み切り「アードルテとアーダルテ」が元になっています。そもそも「アードルテとアーダルテ」はどういった経緯で生まれたんでしょうか?

「アードルテとアーダルテ」シリーズのカラーカット。

今回「王国物語」の1巻と同時刊行される「Aの劇場」、1カ月遅れで刊行される「Bの劇場」の新装版は、Gothic & Lolita Bible(現ジェイ・インターナショナル)という雑誌で連載していたのですが、これはファンタジーテイストの読み切りシリーズでした。そのときにいくつかストックしていたストーリーがありまして、タイミングなどの問題で発表しそびれたものを、ぽこぽこの立ち上げに合わせて描かせていただいたのです。

──「アードルテとアーダルテ」が発表されたのは2011年でしたが、「いつかはこの世界観を連載にしたい」と考えていたんでしょうか。

そこまで具体的には考えていませんでしたが、連作としてこういうテイストのショートショートをどこかで発表できればなと思っていました。ただ「アードルテとアーダルテ」の続き自体はいつか描こうと考えていて。下描きの途中までできていたのですが、なかなかスケジュールが取れなくてぐずぐずしているうちに、ぽこぽこが終了してしまったんです。

──ぽこぽこの更新が終了したのは2016年7月なので、約2年前ですね。

そこでまたしばらく寝かせることになってしまい。「アードルテとアーダルテ」の担当編集さんは、フリーで仕事をしていていろいろな雑誌で担当を持っている方なんですが、粘り強くお付き合いしてくださって。スケジュール的にようやく私が連載を回していけそうなタイミングを見計らって、ウルトラジャンプという掲載誌を見つけてきてくれました。

「アードルテとアーダルテ」シリーズより。

──ウルトラジャンプは男性向けマンガ誌ですし、これまでに中村さんがあまり執筆されてこなかったタイプの雑誌だと思いますが、これまでの雑誌との違いや連載するうえで気を付けていることはあるんでしょうか。

確かに掲載誌は今までと違うタイプなのですが、担当編集さんとは長年のお付き合いなので、特別意識していることはないです。ウルトラジャンプ自体も、とても振り幅が広い雑誌だなと思いますし。

「いつか描くだろう」と思っていたファンタジー

──「Aの劇場」「Bの劇場」がそもそもファンタジーテイストの読み切りシリーズでしたが、長編ファンタジーを描くのは「王国物語」が初めてですよね。連載開始のタイミングで集英社のニュースサイト・コミックシンクで「いつか描くだろうと思っていたファンタジー。ようやく描きます」とコメントされていましたが、そもそもなぜファンタジーを「いつか描くだろう」と思っていたんでしょう。

「王国物語」連載開始前に公開された中村明日美子のコメント。

子供の頃に考えるストーリーは大体ファンタジーだったからです。

──中村さんはRPGゲームがお好きだと聞いているのですが、ファンタジーもののストーリーを考えていたというのはやはりゲームの影響で?

そうですね。「ドラゴンクエストII 悪霊の神々」が大好きで。宗教がらみのダークな世界設定や、男2人に女1人というラブな展開を想像させるパーティ編成、悪魔神官やさまようよろいなど往年の中世ヨーロッパを思わせる魅力的な敵たち、そういったものに夢中になりました。特に昔のゲームはキャラクターの心情などがゲーム上に表現されることがあまりなかったので、いろいろと想像させてくれる楽しさがありましたね。

──「Aの劇場」「Bの劇場」のあとがきでも「ドラクエ」が好きとおっしゃっていましたね。

あとは「イース」や「ソーサリアン」も大好きでした。でも実はプレイしていたのは私ではなく兄で、私はプレイを見る専門だったのですが(笑)。

「アードルテとアーダルテ」シリーズより。国を出奔したアーダルテは、パン屋に務め生計を立てている。

──そういった幼少期の体験で、「王国物語」の執筆に活かされているのはどういった部分でしょう。

特筆することでもないですが、自由な世界観や想像の動物を出したりすることなどでしょうか。 ゲーム以外にも、古代ローマやイタリアの歴史を描いた塩野七生さんの歴史小説などからも影響を受けていると思います。

中村明日美子「王国物語①」
2018年7月19日発売 / 集英社
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紫の瞳のアーダルテ。青い瞳のアードルテ。
一人は優しき皇子として光に包まれ、もう一人は幽閉の身として暗闇に潜む。
別々の道をたどる双子の宿命を描く「アードルテとアーダルテ」シリーズのほか、英雄とうたわれる美しい王と、彼に仕える謎めいた男の因縁を描く「王と側近」シリーズを収録。
はるか異国を舞台に綴られる、大人の寓話ファンタジー。

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月光の力で魂を宿した磁器人形(ビスクドール)。ドレスに身を包み冒険に足を踏み出す少年“アリス”。吸血鬼狩人の弟子となった少女と、ロリコンの師匠。名もなき罪人と、望まぬ婚礼を控えた花嫁。
美麗な筆致で描かれる、極上の全17編。

中村明日美子「Bの劇場 新装版」
2018年8月17日発売 / 集英社
中村明日美子「Bの劇場 新装版」

愛しい人に贈り物を届ける少年の聖夜の奇跡。身体の変化に怯える少年“アリス”と、彼を永遠に愛するウサギさん。幽閉された敵国の姫と、砦の兵士との密やかな交流。街角に立つ“幸福な王子”と、少年少女の恋。
読む者の心を揺さぶる、至高の全14編。

中村明日美子(ナカムラアスミコ)
中村明日美子
1月5日神奈川県生まれ。2000年、マンガF(太田出版)にて「コーヒー砂糖いり恋する窓辺」でデビュー。以降、官能的なストーリーから青春もの、ボーイズラブまで多彩な作品を送り出している。代表作に「Jの総て」「同級生」「卒業生」「ウツボラ」「鉄道少女漫画」など。