女子の誰もが陥る「私なんて」の罠に直面し、乗り越えさせてくれる
──「セクシー田中さん」では、自分のことを「若さしか価値がない」と思う女性の絶望にも似た感覚や、「所詮私なんて」という思い込みが、朱里の思いとして具体的に描かれています。
朱里の「男性が私をちやほやしてくれるのは私が若くて適度にバカそうで、ちょっとがんばればすぐ手に入りそうな手頃な存在だからでしょ」という思い込みは悲しすぎる! でも、みんなそれをなんとかしたい。そういうモヤモヤに対して、「セクシー田中さん」は自信をくれます。「なりたい自分」を目指して一直線にひた走る田中さんのダイナミックさは、見ていて元気になりますよね。田中さんも、優秀だけど外見にコンプレックスがあって、性格も明るいわけではない。だけどベリーダンスと、メイクしてセクシーな衣装を着て踊る自分を全肯定してくれる三好さんという存在に出会って、新しい自分を見出していく。型破りだけどひたむきな田中さんの姿を見て、朱里も変わっていくわけですよね。2人とも人との出会いによって、「こういう自分もいるんだ」と気付いて、自分探しをまた始める。そこが響きます。
──周りが言う自分の価値を内面化せずに、誰がなんと言おうと「なりたい自分」を見つめて、自分で自分の価値を決めるというのは大事ですよね。
大事だけどなかなかできないし、そのことにすら気付かずに過ごしてしまうこともある……難しいです。でも「セクシー田中さん」の世界を眺めているだけで勇気が持てるというか、読んでるときの自分だけはまだ愛せる(笑)。「私、やる気に満ち溢れてるかも!」と、無敵感が湧いてきます。それって、すごく貴重なことだと思います。
──なるほど。ちなみに横澤さんには発売よりひと足先に最新刊の2巻を読んでいただきましたが、印象的だったシーンや好きなエピソードはありましたか?
笙野の言動の答え合わせができて、スッキリしましたね。「ほらね、やっぱりそこまで悪い奴じゃなかった」と、そんなこと思ってもなかったのに、あたかも予想的中と言わんばかりに読んでいる私がいました。1巻を読んで笙野に対する気持ちがはらわたで煮えくり返ってましたが、ちょっと収まりました(笑)。
──(笑)。印象的だったシーンや好きなエピソードはありましたか?
田中さんの家での一幕です。ネタバレになってしまうので詳しくは言えないですが、こうなるのかというまさかの展開に「お、おうっ」と驚いたし、翌日に田中さんから相談を受けた朱里の冷静沈着な答えも。田中さんと朱里の距離がさらに近くなった気がします。自分にないものを相手が持ってるコンビって息ぴったりで、ずっと会話していてほしい、いろんな問題について語りまくってほしいなと願ってしまうほどです。2巻も田中さんの、相手をヨイショするわけでもなく、率直に思ったことをサラッと言える大人な発言によって、読んでいて自信が持てたり、スッとモヤモヤがとれたり、過去の自分に伝えてやりたい言葉ばかりでした。
──「セクシー田中さん」は教わることが多い作品ですが、どんな人に薦めたいですか?
憧れの存在がいる人はもちろん、自分に自信が持てない人にはビンゴで突き刺さると思いました。これからもっと自分の人生を楽しくしたい人には、ぜひ読んでもらいたいです。読んだあとに作品とすごく会話ができるというか、「わかる!」という気分になるし、私は自分を見つめ直す機会にもなりました。人間の内面を磨いてくれる作品だと思います。それから、田中さんの生き方に刺激を受けて朱里をはじめとしたまわりの人間がどんどん変わっていきますよね。それを受けて思うのが、人って、会社でも友達関係でも、いつの間にか「私はこのキャラ」って決めて、それを演じるようになるじゃないですか。何か発言する場面でも「こういうとき、私はこういうことを言ったほうがいいんだな」と考えすぎている部分もあると思う。でも、田中さんや成長していくキャラクターたちを通して「変えてもいいんだよ」と、変わることの楽しさや大切さを教えてくれる作品だと思います。
──自分の殻を破れる作品でもあるということですね。
はい。「砂時計」も「セクシー田中さん」も、ある意味で女性の生き方がテーマになっていて、どちらも自立する女性のカッコよさや、人に幸せにしてもらうのではなくて、自分で自分を幸せにすることの大切さを描いていますよね。自分の足でしっかり立って、なりたい自分をはっきり持って、そこに上り詰めていくことの大切さ。それを描ききっているので、キャラたちの感情が移るというか、気持ちをもらえる感じがすごくいいなと思います。女性にかかった呪いを解いて、前向きにしてくれる。「これじゃなきゃいけない」って思い込んでるものが実はたくさんあって、それを崩してくれる作品だと強く思いました。
どんな嫌なやつでも好きになれる、芦原作品の魅力
──改めて、芦原先生のマンガの魅力はどういうところにあると思いますか?
キラキラだけを描いているわけではなく、ちょっと重たい部分や暗い側面も描いてるところがすごく共感できます。人って、ずっとキラキラなわけじゃなくて、山あり谷ありだよね、と。「谷ばっかりだ!」って思うときもあるけど、自分の力や、出会う人によってどんどんたくましくなっていく展開が本当に刺さります。読んでいると、勇気や元気をもらえる。もちろん絵も大好きなんですけど、ストーリーやキャラクター同士の関係性は圧巻ですよね。芦原先生の作品では、どんだけ嫌な奴でも好きになれる(笑)。なぜそういう性格になったのかわかるので、最後まで読むと愛すべきキャラクターばかりになるのも魅力だと思います。
──悪役でも嫌いになれないというのは、背景がしっかり描かれているからこそですね。
はい。そして、芦原先生のマンガは、常に人生に寄り添ってくれていて、そのときの私に足りない部分を常に教えてくれます。「砂時計」と「セクシー田中さん」は全然テイストが違うけど、いつも「私のために描いてくださっている」と思っています(笑)。
芦原妃名子クロニクル
25年の画業の間に発表した著作を、年表形式で振り返る。
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- 1994年10月号
- 「その話おことわりします」
別冊少女コミック(現:ベツコミ / 小学館)に掲載されデビュー。
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- 1995-1996年
- 「Girls Lesson」(全3巻 / 別冊少女コミック)
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「Homemade Home」
普通の家庭に憧れる愛は売れない女優をしている母・圭に猛反発していたが、自分も劇団に入ることになってしまい……?
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「星降る部屋で」
インテリアコーディネーターを目指して始めた一人暮らしに、疲れ切っていた小花和。ある日隣人の天川翔太と出会うが……。
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- 1997-1998年
- 「天使のキス」(全4巻 / 別冊少女コミック)
コンクールで怪我をしたショックで、バレエの道を諦めた彩。天才的ダンサー・日比谷アキラと出会い、もう一度踊りたいと思うようになるのだが……。
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- 1999-2000年
- 「ダービー・クイーン」(全3巻 / 別冊少女コミック)
騎手の父を日本ダービー中の落馬事故で亡くした緋芽。10年後、高校生となり競馬とは無縁の生活を送っていた彼女の前に現れたのは?
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- 2000年
- 「MiSS」(全2巻 / 別冊少女コミック)
果津は中学時代、いじめに遭い深い人間関係を避けるようになっていた。学年一のプレイボーイ・桐島に「あんた本気で笑ってないだろ」と言われ、涙を見せてしまい……。
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- 2001-2002年
- 「天然ビターチョコレート」(全3巻)
好きになったら一直線だけど振られ続ける千夏が、高校入学初日に一目惚れしたのはテニス部のエース・葛西先輩。さっそく入部するもあっさり振られてしまい……。ほろ苦い青春ストーリー。
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- 2002年
- 「ユビキリ」(ベツコミ)
人生に脱力感を感じていた麻子に、生きる喜びを与えていた本郷。麻子は彼の隠された過去を知ってしまう。
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- 2003-2006年
- 「砂時計」(全10巻 / ベツコミ)
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- 2006年
- 「蝶々雲」(ベツコミ)
瀬戸内に浮かぶ過疎の進んだ小さな島。そこで暮らす清、完太、ゴマの仲良し三人組の前に、東京から転校生の六花(りつか)がやって来る。
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- 2007年
- 「月と湖」(ベツコミ)
作家だった祖父の死後、遺品の中から見つかった私小説には愛人への思いが綴られていた。戸惑う一菜だったが、その愛人のもとを訪ねることになり……。
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- 2008-2013年
- 「Piece」(全10巻 / ベツコミ)
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- 2013年-
- 「Bread & Butter」(既刊8巻 / Cocohana)
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- 2018年-
- 「セクシー田中さん」(既刊2巻 / 姉系プチコミック)
男性不信な女子が恋をしたのは?
- 「Girls Lesson」
- 保科桃子は重度の男性不信。理由はすべて小学校の同級生・不破望にある。彼への恋心を踏みにじられるようなイタズラをされたうえ、ファーストキスまで奪われたのだ。高校2年生になった桃子の同じクラスにはなんと不破が! しかも同じ生物係に任命されてしまう。馴れ馴れしい不破とは対象的に、もう1人の生物係・真鍋は無口で無愛想。桃子は一緒に仕事をするうちに彼に惹かれていくが、真鍋は桃子の親友・苑子と付き合っていた。
12歳から26歳まで……恋と喪失、再生を描く人間ドラマ
- 「砂時計」
- 両親の離婚を機に母親の実家・島根に越してきた杏。田舎独特の雰囲気に馴染めない杏だったが、近所に住む大悟と知り合い、徐々に自分の居場所を見つけていく。毎日を楽しく過ごしていた最中、母親が自ら命を絶ち、深い悲しみに飲み込まれる杏。そんな彼女の支えとなったのは大悟だった。少女から大人になるまで、数々の出会いと別れを繰り返す登場人物たちの揺れ動く心を繊細に描き、多くの読者の支持を集めた本作。2005年に第50回小学館漫画賞少女向け部門を受賞。2007年にはTVドラマ化、2008年には実写映画化された。
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- 植草杏
- 明るく気が強いが、母親ゆずりで実はナイーブな性格の少女。
- 北村大悟
- 杏の初恋の相手。男っぽくて不器用だが優しい性格。
- 月島藤
- 名門の御曹司。杏に秘めた思いを抱いている。
- 月島椎香
- 藤の妹。杏が島根を去った後、大悟にアプローチをするが……。
卒業後に届いた同級生の訃報……過去と対峙するラブサスペンス
- 「Piece」
- 物語は主人公の須賀水帆が高校を卒業して数年経ち、彼女のもとに同級生の折口はるかの訃報が届くところから始まる。クラスでも地味で目立たないはるかだったが、彼女の母から妊娠していた事実を知らされた水帆は、さらに「その子の父親を探してほしい」と頼まれてしまい……。高校時代のクラスメイトを訪ね歩く中で過去と対峙し、それぞれの思いに触れていくラブサスペンスだ。2012年には成海皓役を中山優馬、須賀水帆役を本田翼が務めたTVドラマが放送。2013年には第58回小学館漫画賞少女向け部門を受賞した。
超地味なアラフォー処女、そんな田中さんの正体は?
- 「セクシー田中さん」
- 堅実な結婚を目指し婚活に励む派遣OLの朱里は、経理部の田中さんが気になって仕方ない。ある日彼女がベリーダンスを妖艶に踊る別人のような姿を目撃し、すっかり田中さんのファンになってしまうが……!? 朱里の腐れ縁男・進吾や、婚活相手のこじらせ男・笙野、チャラすぎる既婚者・三好……秘密を抱えた田中さんを巡り、“いい大人”がすれ違いまくりの恋を繰り広げる新境地ドラマ。
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- 田中京子
- アラフォーで地味な経理部員。夜になるとセクシーなベリーダンサーに変身する。
- 倉橋朱里
- 23歳の派遣OL。田中さんの素顔を知ってから彼女に憧れ、追いかけ回す。
- 進吾
- 朱里とは学生時代からの腐れ縁。しばしば朱里の家に上がりこむが……。
- 笙野
- 都銀勤務の36歳独身男性。田中さんの踊る姿を見て無礼な態度をとる。
- 三好
- ペルシャ料理店Sabalanのオーナー。チャラい既婚者。
芦原妃名子コメント
最近、プライベートで知り合う歳下の女の子に「砂時計読んでました!大悟派でした!」「藤くん派でした!」って言って貰える事がとても多くて。当時、中高生だった女の子達が、すっかり30歳前後の綺麗なおねえさんになっていて、私も結構長く描いてるんだなあ~としみじみします。
「セクシー田中さん」は、この世に大悟や藤くんみたいな男の子はもしや存在しないんじゃないかと気付いてしまった元少女達にも、笑って元気になって貰える様な、そんな作品になれたら嬉しいです。