劇場アニメ「囀る鳥は羽ばたかない The clouds gather」 PR

劇場アニメ「囀る鳥は羽ばたかない The clouds gather」特集 新垣樽助(矢代役)×羽多野渉(百目鬼役)対談|ドラマCDから演じて7年、作品を知り尽くした役者2人が語り合う劇場版の魅力

ヤクザ社会を舞台に、男たちの濃密な人間ドラマを描いたノワールBLの金字塔、ヨネダコウ「囀る鳥は羽ばたかない」の劇場アニメ第1章が2月15日より東京・新宿バルト9ほか全国の劇場にて公開される。メインキャラクターである矢代と百目鬼(どうめき)を演じるのは、2013年から7年間にわたって本作のドラマCDにて同役を演じている新垣樽助と羽多野渉だ。

ヤクザの若頭でドMの矢代と、性的不能な元警察官・百目鬼。人間の業と因縁を抱えた2人の一筋縄ではいかない関係性を、それぞれどんなアプローチで解きほぐし、積み重ね、進化させたのだろうか。役者の熱いプロフェッショナリズムと、作品の持つ普遍的な魅力に迫った。

取材・文 / 的場容子

「人間って本来こうだよね」と思わせる矢代の魅力

──おふたりは2013年発売のドラマCD「囀る鳥は羽ばたかない」より、矢代と百目鬼を演じられています。今回劇場アニメ化の報を聞いて、それぞれどのように感じましたか?

「囀る鳥は羽ばたかない The clouds gather」ティザーPVより。

新垣樽助 まずは「びっくりした」というのが正直なところです。というのは、バイオレンスという点でもセクシャルという意味でも、かなり角度のついたハードなお話なので、音声だけのドラマCDだからこそ実現できていると思っていた部分もありましたから。だけど劇場版と聞いて、「それなら原作を知っている方が観に来てくださるから大丈夫か」と思いました(笑)。

羽多野渉 僕も第一報を聞いたときは驚きました。新垣さんもおっしゃるとおり、このストーリーをドラマCD以外で表現するのは、非常に覚悟のいることだと思います。いったいどんな方がどんな思いで、劇場アニメで表現しようとしているのだろう、と。相当な思いと情熱がないとなしえないことだと思うので、僕も何卒関わりたいという気持ちが強かったですね。

──おっしゃるとおり、原作はBLの中でもかなり硬質な部類に入る作品なので、ドラマCDで作品のイメージが膨らんだからこそ、映像化の実現に近付いたのではと感じました。ちなみに、ドラマCDのオファーがあったときの心境は覚えていらっしゃいますか?

新垣 マネージャーが「新垣さん、ちょっとこれを読んでもらえませんか?」と、恐る恐る原作の1巻を僕に渡してきたんです。「やっていただけるかどうかは、ご自身で原作を読んで決めていただいて構いません」と、なんの情報もなく作品を渡されたのが最初でした。

──なるほど。

「囀る鳥は羽ばたかない」5巻 ©ヨネダコウ/大洋図書

新垣 同時に「新垣さんには矢代という役をやっていただきたい」と言われたので、矢代を中心に読んでいたんです。キャラクターのことや、内容・世界観に関して、感じることはさまざまにあったんですが、結果、自分は役者として矢代という人間をただただ演じてみたいと思いました。彼のキャラクターにすごく惹かれたんですね。そうした経緯だったので、実際に演じているときには矢代を掘り下げることに夢中でしたが、あとで完成版を聞いたときに「ああ、けっこうハードな内容だな」と思いました(笑)。

──そのときに感じた矢代の魅力は、どんなところですか? 人間性の複雑さや、多面的な部分でしょうか。

新垣 はい、まさに「人間ってこうだよね」と思ったんです。矢代の抱える複雑な部分って、例えばほかの作品では、端折ったほうがお話が面白くなるとか、キャラクター性が強く出しやすい場合もあると思いますが、あえてそうせず、複雑でぐちゃぐちゃなまま物語に登場させているのがすごいなと思いましたね。

──人間の本来的な生々しさを感じたということですね。羽多野さんは、百目鬼という人物と出会ったとき、どう感じたか覚えていますか?

羽多野 ドラマCDの第1弾が出た2013年は、少しずつBLの攻め役をやらせていただくようになってきた頃で。別の作品で「囀る鳥は羽ばたかない」の音響監督さんと関わっていたのですが、「百目鬼役をやってほしい」というお話があり、原作を読ませていただきました。結果、「囀る」の世界観に僕は惚れ込んでしまい、この男ばかりの特殊な世界を描いた作品に関わりたいと思いました。最初に感じたのは、百目鬼というキャラクターは、羽多野渉がそれまでのキャリアの中で演じてきたどのキャラにもないところだけを結集して作らなきゃいけないということでした。

──ない部分だけ、ですか?

羽多野 まず大柄でゴツい体格。表情が豊かになればなるほどキャラクターって立たせやすいのですが、それをどんどん削って、何も整形しない原石のような形にして、初めて百目鬼になる──。演じるうえでは、特に初回は音響監督さんにとても丁寧に演出していただいて、今の百目鬼になっているのかなと思います。大きな挑戦でしたね。

マンガでは「……」が異常に多い百目鬼をどう演じるか

──海外の映画やドラマの吹き替えも多く務められている新垣さんですが、矢代は、「ドMで淫乱、饒舌なヤクザの若頭」と、並みいるキャラのなかでもかなり強烈な部類に入ると思います。演じる際にどんな点を工夫し、また苦労があったのでしょうか。

「囀る鳥は羽ばたかない The clouds gather」より。

新垣 苦労はもう毎回ですけど(笑)、ドラマCDも今回の劇場版も、役は自分だけではなくて、音響監督さんやディレクターさんとの二人三脚の中でできあがったものだと感じています。その過程でずっと自分の中にあったのは、「矢代の魅力は、多面的で人間らしいところ」という第一印象どおり、彼のいろんな面を出そうということでした。怖い面も優しい面も、すねている面も。ただ、それを無秩序にやると、キャラクターが違う人になってしまうんですよね。

──ひとつの人格として統合できない。

新垣 そう、バラバラになってしまうリスクがいつも頭の中にあったので、そのギリギリの線をいこうと気を付けていました。だけど、劇場版のときは絵が助けてくれるんですよ。絵があって、その人の口が動いているので、その人がしゃべっているんだとわかる。ドラマCDで音声だけになるとそこは期待できないので、「今の誰?」となってしまったら失敗、でもいろんな面は出したいというせめぎ合いでした。そこを音響監督さんと一緒にバランスを探って作っていきました。

──そんな苦労があったのですね。対して羽多野さん演じる百目鬼は、寡黙で、矢代とは対照的なキャラクターです。そのため、ひとことのセリフでも重みのあるキャラではないかと思いますが、どんな点で苦労されましたか?

羽多野 ドラマCDの場合、音声だけで表現しないといけないことが物語以外にもたくさんあります。たとえば人との距離感や、その人物が何をしながらしゃべっているのか──例えば矢代ならタバコを吸いながらしゃべっている様子なども表現しないといけません。百目鬼の場合、台本を見ていただくとわかりやすいんですが、「……」という表記が異常に多いんです(笑)。

──(笑)。確かにマンガでも百目鬼の沈黙は際立っています。

「囀る鳥は羽ばたかない The clouds gather」より。

羽多野 原作を読むとよくわかるんですが、百目鬼って、なんとも言えない返事やモノローグなど、音で表しきれない部分が多いんですね。頭の中では考えているんだけど、それをあえてセリフにしていない描写が非常に多い。だからといって何も発しないと、間だけになってしまう。ドラマCDでは、そうした「……」の描写は、息のアドリブを入れて間をつないでいくお芝居をしていました。でも劇場アニメだと絵がお芝居をしてくれるので、逆に息を入れないほうが間のお芝居が成立するな、という発見がありましたね。

──なるほど……!

羽多野 そういう意味では、百目鬼のセリフを発するときに一番気を付けているのは距離感です。例えば今、テーブルを挟んでお話させてもらっていますが、百目鬼の場合、この距離感のままでしゃべると、会話が成立しすぎちゃうんです。まるで百目鬼が、卓越した会話スキルを持っている、コミュニケーション能力の高い人物のようになってしまう(笑)。

──不器用で寡黙な百目鬼ではなくなってしまうんですね。

羽多野 そうです。例えば矢代がソファーに座り、テーブルを挟んで百目鬼が座っているシチュエーションで、百目鬼が矢代に「はい」と返事をする場合。百目鬼が放つ「はい」は、普通の人のように目の前の矢代に向かって掛けるのではなく、百目鬼自身の膝あたりに向かって落とす「はい」になる。そうやって、掛ける言葉の距離感を変えていくことで、コミュニケーションが不器用な人だとわかるよう工夫していました。

キャラクターとの付き合いが長くなってきたゆえに……

──おふたりとも、さまざまに苦心して人物を作り上げていったことがわかりました。特に難しいと感じたシーンはありましたか?

新垣 僕はお風呂場のシーンですね。ドラマCDだと1巻に収録されている、矢代が家に帰ってきて、百目鬼に「背中流せ」と言って流してもらっているシーン。さっき羽多野くんも言っていたように、セリフが少ないほうが難しいんです。背中を流してもらっているのに、2人の距離が遠いのか近いのかわからないというか。

「囀る鳥は羽ばたかない The clouds gather」より。

羽多野 確かに。

新垣 向かい合って目を見て会話しているわけではない、背中越しのあの感じ。それに口数が少ないやり取りは、一言一言に意味や思いがぎゅっと凝縮される。羽多野くんが掛けてくる言葉の中にもたくさんの思いが詰まっているから、それを返していいのか、受け止めていいのか、その時々のお芝居の中で自分の瞬時の判断で出していくので、セリフが多いシーンよりも難しかった印象があります。

羽多野 僕はアニメになってドラマCDとは違うと感じたのは、映像の中でキャラクターがしゃべっている間尺とブレスの位置に合わせるのが、なかなかにハードルが高かったことですね。ドラマCDのシリーズが進むにつれて、百目鬼のブレス位置や呼吸の仕方を、だんだんと自分のやりやすいように演じてきてしまっていたことに気付きました。

──ドラマCDは現時点で5枚出ているので、百目鬼との付き合いが長くなってきたがゆえなのでしょうね。

羽多野 はい。アニメのキャラクターがお芝居をしたことによって、「そうか、ここでブレスを取るのか」と、自分のやり方との違いに気付いて。そのことで、百目鬼を表現する難しさを改めて感じました。

新垣 それ矢代でいうと、タバコの場面だね。タバコをセリフのどこで吸って吐くのかも、ドラマCDでは全部自分の間尺でやってたけど、アニメではそうはいかない。マンガは絵なのでずっとくわえてたりするんですけど、実際の動きとしては口から離してもいいわけですから、ドラマCDでは自分の中で実際の動きをイメージしながらお芝居していたんです。でもアニメの場合、絵で完成されているのでタイミングも決まっている。だから今回は「ここで吸って、ここで吐く」みたいなのを台本にすごく書き込んだ(笑)。

羽多野 そうでした。「セリフの途中で煙を吐き出す」とか、すごく難しそうでしたよね(笑)。

新垣 そうそう。あと、吸ったあとに「この人、いつまで経っても吐かないんだけど!?」みたいなところもあったし(笑)。

羽多野 呼吸困難になっちゃう(笑)。アニメならではの表現の中には、ドラマCDとは違う難しさがありましたね。