とにかく取材しないと描けるものが何もない
──また原作の話に戻りますが、物語の方向性はどのように決まっていったのでしょう? 日常ものというお話も出ましたが、真剣な勝負も描かれていて、個人的には王道スポーツマンガのような印象も受けました。
描き始めた当初は、もっと日常ものっぽい感じでやっていこうと話していたんです。でも途中で、自分も担当さんも日常路線オンリーでいくのがしんどくなってしまって……。
──しんどくなった?
何も起きない日常感も好きなんですが、もう少しスポ根みたいな要素もあったほうが描いていて楽しいんじゃないかという気持ちが湧いてきて、今の路線になっていったんだと思います。だからどこかの回から方向転換したということもなく、じわじわ変わっていったというのが本当ですね。
──特に、全国大会を取材してその熱気にほだされてとかでもなく?
(担当編集) 普通はそう思いますよね。最初、私たちも高校生の白熱した青春ドラマを想像して大会の取材をさせてもらったんですけど、会場に行くと真剣勝負でありながらも意外とゆるい空気なんですよ。例えば同じチームの生徒が試合に出ていたらみんな総出で応援するのかなとか思ったんですが、現実には会場でかき氷を買っている生徒さんの中には、「チームメイトが今試合やってます」みたいな人もいたりして(笑)。
──そんなに自由な感じなんですね。マンガでもひかりと雪緒が試合の裏でカレーの移動販売に心を奪われていましたけど、本当はもっとゆるいと。
ライフル射撃競技は、情熱を燃やすことが逆によくなかったりするんです。冷静さや自然体が競技をするうえで重要なので、少しゆるい空気のほうが本当は正しいんだと思います。スポーツマンガのセオリーに当てはめづらいんですけど、この空気感をうまく伝えられたら面白いだろうなって。だから、リアルに描くと逆にゆるすぎてリアリティがなくなってしまって。なので自分たちでも第1話のゆるい感じから、全国大会であんなに白熱した展開になるとは思ってなかったというのが正直なところなんです。
カメラマンかなと思ったら日本代表
──マンガを読んでいても、ネットで調べてもルールが出てこないことがネタにされたりと、情報集めの大変さを感じるのですが。取材はどのようにしているのでしょう?
最初に担当さんからは資料として、ビームライフルじゃなくエアライフルのDVDがひとつポンと送られてきたんです。ただ、それ以外の情報がほとんどなくて。目黒の体育館でライフルの講習をやっているという情報をネットでなんとか見つけて、毎週見学させてもらうようになりました。
──そこで得た知識がマンガに還元されているんですね。
何も知らないし、とにかく通わないと描けるものが何もなかったので。単行本のあとがきにも載っているんですが、中央大学附属高校にもけっこうな頻度でお邪魔させてもらっていて。この2カ所で得た情報が作品の肝になっていますね。中央大学附属高校に関しては、そこの生徒さんを参考にキャラクターを考えたりもしているので、ほぼほぼ作品のモデルにさせてもらっていると言ってもいいと思います。特に最初は射撃のポーズの資料もまったくない状況でしたので。取材を始めた当時はビームライフルの映像なんかも、ビデオカメラを持って行っていろんな角度から撮らせてもらったりしました。
──お話を聞いていて思ったのですが、もともとはエアライフルを題材にするつもりだったんでしょうか? 単行本だと4巻でエアライフルへの転向が描かれますよね。
実はビームライフルのことは、目黒の体育館で見学させてもらったときに初めて知ったんです。ビームライフルからのスタートは担当さんに後から提案された形で、自分ははじめ難色を示していたんですが……。
(担当編集) 最初はエアライフル銃のメカニカルな見た目がカッコいいよねと話していたんですが、エアライフルは銃刀法などの関係もあって素人が始めるにはちょっと大変なことがわかり……。ただでさえ、競技者の人数が多くない射撃競技で、エアライフルやってる女子高生となるとさすがに希少すぎるかもしれないと。
──すでにニッチな題材なのにそこからまた針の穴を通すような……。
(担当編集) いくらなんでもマンガを読んで競技に興味を持ってくれた人が、すぐに始められるところまでは敷居を下げようということで僕から提案したんだと思います。でもそう話したら、「エアの方がカッコいいじゃん」みたいな反応が返ってきて(笑)。
確かにそんなこと言った気がします(笑)。最初はビームライフルのことを、エアライフルの本格的じゃないバージョンなのかと思っていたんですけど、国体の競技にもなっていて、ちょっと侮っていましたね。それで、そこからビームライフルの体験をしてみたりして、射撃競技としての性質はエアもビームも変わらないと教わって面白さを感じていきました。(資料を指しながら)連載前の原稿だと、教室でエアライフルを撃っていたりして。学校の教室でエアライフルを撃つことなんてできないんですよ。いかにこの頃は右も左もわからないで試行錯誤していたかっていうのが出てますね。
──作中のかなりのネタを取材から拾っていると思うんですが、特に印象的な出来事はありますか?
一番驚いたのは射撃場が暑いってことでしたね。高校生の全国大会が開催される(広島県の)つつがライフル射撃場なんかは、真夏でも冷房がかかってないんです。選手は厚手のライフルジャケットを着込んでいますし、過酷な競技だなと。
──アニメの第1話でも登場したエピソードですね。
取材を始めた当時はやっぱりそれだけ印象深かったんだと思います。あとは、申し訳ないんですけど、見た目いかにもな実力者じゃなさそうな選手が実はすごい実績を持ってるっていうのがある気がしますね。
──原作で言うところの秋田県代表の中河妙ちゃんみたいな。
この間も小中学生の大会の取材に行ったときに、裏方の記録係のカメラマンかなと思ったらなんとリオ五輪の代表の方で。カメラが趣味だからと撮影係をされていたりとか。
──そういった部分もマンガに取り入れているわけですね。
そうですね。主人公と全国出場を争った紺野小桜は好きなキャラクターの1人なんですけど、たぶん彼女レベルのキャラクターだったら全国大会まで行けないし、行けたとしてもほかのスポーツマンガだと完全に消えちゃうと思うんですね。それがライフル射撃競技だと彼女みたいにそこまで特徴のないキャラクターでも実際に全国まで行けることもありえると思うんです。
──確かに、小桜はライフル射撃競技を始めた動機も「なんとなく」で、もともと競技に対してそこまで強い思いもなかったキャラクターです。そんなキャラクター、普通ならなかなか全国大会には行かせられないですよね。
でも、そういう人も行けちゃうのがライフル射撃競技のいいところだと思うんです。ずば抜けたスーパーマンだけでなく、いわゆる普通の一般生徒にもスポットが当たる、活躍するチャンスがあるっていうところが描いていて楽しいところの1つですね。
──ほかにも取材がキャラクターに与えた影響はありますか?
(姪浜)エリカとかツッコミキャラが作中であまりいい成績を残せていないのがそうかもしれません。自分の世界に入っていける人がこの競技では強いっていうことは、実際に教わりましたし。やっぱり気が散るのがいけないのか、現実の競技でも成績が振るわなかったりするらしいんです。
──その話を聞くと、対照的にクールで無口な五十嵐が強いというのも納得です。
五十嵐はもともと上手いという設定はあったんですけど、ここまで強くする予定はなくて。描いていくうちにどんどん強くなっていって、そこは自分でも驚いています。冷静なキャラってほかのスポーツマンガだとトップには行きづらいと思うんですけど、このキャラ設定でここまで強いというのはライフル射撃競技らしさがあるんじゃないかと。
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とにかく感謝される