コミックナタリー Power Push - 第15回文化庁メディア芸術祭
福満しげゆきと白井弓子が包み隠さず語る 応募したら「こんないいことありました」
応募したところで損することは何もないよな、と
──白井さんとメディア芸術祭というと、同人誌で奨励賞に入った「天顕祭」の印象が強いのですが、実はあれが最初の受賞ではなかったと伺いまして。
1999年度の第3回に、いまの審査員会推薦作品にあたるのでしょうか、最終選考通過有力作品というのに選んでいただきました。「touch」という作品で、去年小学館から出た私の初期短編集に収録されているものです。
──そのときもアマチュアとして、ご自分で応募されたわけですよね。
はい。どこで知ったのかはもう思い出せないんですが、とにかく応募したところで何かリスクがあるわけではないと思って。悪いこと、損することは何もないよな、と申し込みました。
──けっこう積極的というか、マンガ家としては珍しい気もしますが。
多くのマンガ賞と違って、メディア芸術祭ってエントリーして審査される形式ですよね。でもアートの世界ではエントリー方式のほうが普通なんです。私はFlashの作品をキヤノンのコンテストとかに応募した経験があって、それを知ってたので。
──白井さん、ご自分でFlashのオーサリングもなさるんですよね。
ええ。実は私、「touch」の前に一度商業デビューしてるんです、とある女性誌で。ところがデビュー2作目まで描いて、そのあと一切ネームが通らないという……よくあるパターンですがね、伸び悩みまして。それで落ち込んだりしてる間に、パソコンが好きでホームページとか作ってましたので、Flashがんばってみようか、みたいな。
──ちょっと別の方向に。でもそのおかげで「touch」が形になったのでは。
結果的には、ね。だけど「天顕祭」まではまた間があって、挿絵を描いたり、Flashで作品つくっていろんな賞に応募しては引っかからなかったり、いろいろやっていました。フルカラーのマンガをメディア芸術祭に出したこともあります。これも引っかからなくて凹んだりして(笑)。
最終選考に残りました、って電話にゾクゾク
──その「天顕祭」ですが、これは同人誌として発表したときから、手応えみたいなものがあったんですか。
1年半くらいかけて4分冊で出したんですけど、コミティアではそこそこ、ずっと読み続けてくれていた人が「何かすごいものが始まったぞ」なんて期待してくれたりして。そういう意味では手応えは感じながらやっていました。ただ……迷ってたんですよね、メディア芸術祭(への応募)は。
──迷っていたというのは?
送ったところで、どうせ通んないだろう、と。
──わ、よかったですね、そこであきらめてなくて。
ほんとですよ。でまあ、さっき言ったように損になることはないし、「出しとけ」くらいの気持ちで出したら、当時の主催団体から電話が掛かってきて。
──どんな電話なんですか。
最終選考に残りました、って。あと英語表記だとか細かい項目確認がありましたね。
──おお、ちょっとドキドキしますね、それ。
うん、背筋がゾクゾクしました(笑)。
──そして受賞となるわけですが、授賞式はいかがでしたか。グッときた場面とか。
ちばてつやさんにぎゅっと手を握っていただいたときは、嬉しかったですね。生ける伝説の手は、非常に分厚くて温かかったです。あと一条ゆかり先生に、いっしょにトイレ行こ、とか言われて「ハイ!」って(笑)。
自分のやってきたことは間違いじゃないんだ
──すごいことになりました。しかも「天顕祭」は受賞後、商業出版が決まります。
そうですね。もともと「1人でも多くの人に読んでもらえたら」という動機で応募したので、その道が拓けたのはうれしかったです。ただ、どこの出版社から出すかよりどりみどりだったんでしょ、なんておっしゃる方がいるんですが、そんなことはなかったです。サンクチュアリ出版という、ストーリーマンガを出すのは初めての会社だったんですが、はっきりと「本として出しましょう」って言ってくださったのはそこだけでした。
──突然人生がバラ色になるわけではなかった。
ええ。ただ、ひとり惚れてくれると道は拓けるものなのかな、っていう。
──そうですね。次の「WOMBS」は月刊IKKI(小学館)での連載になりました。しかも2010年度の第14回で審査委員会推薦作品に選ばれて、これで三たびのメディア芸術祭入賞。
メディア芸術祭に出してたこと自体を知らなかったので、びっくりしましたね(笑)。以前はぜんぶ自分でエントリーシート書いて出してたので、「商業誌ってこんな感じなんだ」って。あと「WOMBS」は編集者と二人三脚で描いたものですから、出版社に貢献できたかなという思いがあります。
──こじつけるわけじゃないですけど、白井さんのマンガ家としてのキャリアにとって、メディア芸術祭というのはかなり重要な役割を担っているんじゃないかと。
特に「天顕祭」のときは、講評にも書いてあったんですが、同人誌とかアマチュアでマンガを描いている人への応援っていう意図が入っていたと思うんです。そういう意味でも励まされたところはありますね。自分のやってきたことが間違いじゃないんだ、みたいな。
──では最後に、今年応募してみようか、というマンガ家や編集者の方々に、エールというかメッセージをいただければ。
いろんなドアのひとつとして、まずは叩いてみたらいいと思います。あと今年から新人賞が新設されると聞いて安心しました。ここ数年だいぶエントリーが増えていましたから、どうせ応募しても第一線の商業作品に阻まれて入賞できないんじゃないかって諦め感を抱いてる人、多かったと思うんです。新人や同人作家でも入賞できるぞって風に広まると嬉しいですね。
文化庁メディア芸術祭
メディア芸術の創造とその発展を目的として、1997年から開催しており、今年で15回目。アート、エンターテインメント、アニメーション、マンガの4部門で世界中から作品を 募り、優れた作品に文化庁メディア芸術祭大賞などを顕彰する。また、受賞作品展を来年2月に国立新美術館で開催予定。8月21日に開催されたCOMITIA97では、文化庁メディア芸術祭のブースを初出展し、作品のエントリーを受け付けるという試みも実施した。
文化庁メディア芸術祭 ドルトムント展2011
国際的な発信力の強化を目指して行われている海外展、今年度はドイツにて行われる。4部門の展示のほか、日本のポップカルチャーを伝えるライブイベントも敢行。こちらはネット中継も予定されている。
期間:
2011年9月10日(土)~10月2日(日)
出品作品(マンガ部門):
山本直樹「レッド」、よしながふみ「大奥」、あずまきよひこ「よつばと!」、山田芳裕「へうげもの」、井上雄彦「バガボンド」、岩明均「ヒストリエ」
ライブイベント開催日時:
9月9日(金)20:00~23:00(ドイツ現地時間)
出演:ももいろクローバーZ、sasakure.UK feat初音ミク/onom+kmd、宇川直宏
福満しげゆき(ふくみつしげゆき)
1976年5月11日東京都生まれ。本名は福満茂之(読み同じ)。1997年、月刊漫画ガロ(青林堂)にて「娘味」でデビュー。別冊ヤングマガジン(講談社)などに掲載された短編を経て、2002年よりアックス(青林工藝舎)にて連載された「僕の小規模な失敗」でブレイク。投稿時代のエピソードを細やかに描いた同作は、自伝的内容でコアなファンを獲得した。2006年より週刊モーニング(講談社)で続編にあたる「僕の小規模な生活」、2007年には漫画アクション(双葉社)にて「うちの妻ってどうでしょう?」の連載を開始。過去の短編をまとめた単行本も発売された。2010年、「うちの妻ってどうでしょう?」で文化庁メディア芸術祭奨励賞を受賞。
白井弓子(しらいゆみこ)
1967年生まれ。愛媛県出身、大阪府在住。京都市立芸大油画専攻。児童文学の挿絵や4コママンガを制作する。同人誌で発表していた「天顕祭」が第11回文化庁メディア芸術祭の奨励賞を受賞し、2008年にサンクチュアリ出版から単行本化された。2011年には月刊IKKI(小学館)にて連載していた「WOMBS」2巻が刊行され、以降の物語は単行本描きおろしにて発表を予定している。