マンガ原画を1枚でも多く後世へと繋ぎたい「マンガアーカイブ機構」とは?大石卓(横手市増田まんが美術館館長)×森田浩章(講談社専務取締役)対談

現在、文化庁は産・学・館(官)の連携・協力により、マンガを含むメディア芸術作品のアーカイブ化事業に取り組んでいる。そのような背景の中、これまで文化庁のマンガ関連事業に携わってきたメンバーが2023年5月に出版社とタッグを組み、原画や刊本のアーカイブに特化した一般社団法人マンガアーカイブ機構を立ち上げた。日本のマンガ文化を後世へとつなぐために設立された同法人だが、どのような流れで、どのような思いをもとに生み出されたのか。

コミックナタリーでは立ち上げに関わった横手市増田まんが美術館館長・大石卓氏と講談社専務取締役・森田浩章氏にインタビューを実施。マンガアーカイブ機構の創立までの軌跡やその目的、マンガ原画に対するそれぞれの思いが語られた。

取材・文 / 小林聖撮影 / ヨシダヤスシ

原画保存と活用というマンガ業界の期待を形に

──今年の5月に誕生した「マンガアーカイブ機構」は、文化庁事業での協議をベースに、横手市増田まんが美術財団や大学と出版社が一緒になってつくった一般社団法人です。マンガの原画アーカイブというと、すでに横手市増田まんが美術財団を窓口とした文化庁事業の「マンガ原画アーカイブセンター(MGAC)」(※)がありますが、「マンガアーカイブ機構」はどういう目的で、どんなふうに生まれたものなんでしょう?

大石卓 まずMGAC(エムガック)の役割から話すと、マンガ原画保存に関する国内唯一の相談窓口です。横手(市増田まんが美術館)もですが、北九州市漫画ミュージアムや京都国際マンガミュージアム、明治大学の米沢嘉博記念図書館といったマンガ関連施設には10年以上前から、マンガの原画保存に関する相談が寄せられていました。そういうものを集約する目的でできた窓口がMGACです。

横手市増田まんが美術館

横手市増田まんが美術館

──令和2年度(2020年度)にMGACができる前は国内に専門の窓口がなかったことから、マンガ家やマンガ家の遺族、編集者らがそれぞれの人脈でマンガの関連施設に原画保存の相談をしていたと聞きました。

大石 その通りです。ただ、MGACは相談窓口で、保管すること自体は目的ではない。また、それぞれのミュージアムも積極的に原画を収蔵できる状況にはないんですね。あくまで地元出身の方など強い関係性のある作家さんの原画をお預かりしている、というのが現状です。マンガ原画保管のための専門的なハコ(施設)、機能を持っているのは現状横手しかありません。そこで、これまで文化庁事業に携わってきた関係機関や団体、出版社の皆さんを含めた多くの方々のご尽力とご支援をいただいて、より幅広い観点で「マンガ関連資料の保存と活用」を目的としたマンガアーカイブ機構が設立されたんです。しかし、後でじっくり語れればと思いますが、“相談されたすべての原画を収蔵する”というのは現実的に不可能なので、マンガアーカイブ機構は原画の保存に関して独自のアプローチを行なっていく予定です。

森田浩章 出版社として、マンガアーカイブ機構に関する具体的な話を始めたのは1年半くらい前だったと思います。それまでも「一緒に原画を守っていきましょう」という話はしていたし、その意義には共鳴していたんですけど、そこ止まりだった。マンガアーカイブ機構の構想が具体化してきて、じゃあ出版社は実際に何をすればいいんですか、と大石さんに聞いたら「やっぱりアーカイブにはお金が必要だ」と。文化庁も今マンガを含むメディア芸術作品のアーカイブ化に取り組んではいるが、その予算だけでは難しいから、産・学・官の連携でやっていきたいという話だった。なので「コミック出版社の会」というマンガの出版社15社でやっている組織に、マンガの原画を守るために協力し合おうと話を持っていったんです。

森田浩章氏

森田浩章氏

──大石さんと森田さんのつながりから進んでいったんですね。

森田 コミック出版社の会を巻き込むような形にしたという意味でならそうなりますかね。ただ、僕自身もメディア芸術連携基盤等整備推進事業の有識者委員というのを清水(保雅氏。元月刊少年マガジン編集長、常務取締役など歴任)から引き継いで、大石さんと原画のアーカイブの話をするようになった。僕は清水の意志を継いでいる形ですし、集英社の堀内丸恵会長もすごく熱心に原画保存の動きを推進されています。各出版社のいろんな人がもともと動いていたんです。で、そういった人たちやミュージアム同士の関係をつないでいるのが大石さんだった。大石さんがいなければ今回の機構も成立しなかったと思っています。

大石 横手は2019年のリニューアルで複合施設の一部からまんが美術館として単館化して、原画保存に特化した文化施設に生まれ変わりました。そうした流れもあって、MGACの窓口役として文化庁からお仕事を受けていたり、今回のマンガアーカイブ機構でもその拠点に選んでいただいた。僕はそこで動いていたからたまたま中心的な役割を担っているんですが、作家さんや出版社さん、全国のいろんな方の期待がある中で、最初に申し上げた文化庁事業に携わってきた多くの関係者の皆様のご尽力とご支援があったからこそ、今こういう形ができあがったと感じています。


※「マンガ原画アーカイブセンター(MGAC)」は、マンガ原画保存に向けた国内唯一の相談窓口として、令和2年度(2020年度)に文化庁のメディア芸術連携基盤等整備推進事業を通じて設立された。マンガ家や出版社の相談を受け、原画の収蔵に関するアドバイスや原画保存のネットワーク構築、原画保存マニュアルの作成などを行っているが、組織として単独の収蔵施設は保有していない。

しっかり取り組まなければ文化的財産が散逸してしまう

──ものすごく基本的なところから整理させてもらっていいですか。もちろん多くのマンガファンも「原画は貴重なもの」とは考えていると思いますが、そもそも原画の価値ってなんなんでしょう?

大石 実は原画の価値というのは業界のなかでもまだ定まっていないというのが現状です。一義的な役割としては印刷のための版下(はんした/印刷するときに使う製版の元となる原稿)で、その意味では印刷したところで役割は終えています。ですが、近年では原画展のようにそれ自体が鑑賞用に使われるようにもなっていますし、海外では美術作品として高く評価されるようにもなっている。美術的な価値があるとなると、今度は継承の際に相続税がかかるのか、といった問題も出てくる。でも、そうなると作家さんやご家族も困るわけです。そういうこともあって、我々も明確な価値付けができていません。ただ、作家さんが心血を注いで生み出した作品のひとつであり、マンガという文化の原資料であることはハッキリしている。文化的資産として後世につないでいかなければならないと思っています。

森田 大石さんの言うように今でもさまざまな意見がある。それこそ作家さんだって、人によっては自分の描いた原画をタダでバンバンあげちゃう方もいます。僕も現場で編集をしていたころは朝に作家さんから受け取って、満員電車で揉まれながら会社に持ち帰ったりしていた。

──毎日のように触れるものですもんね。

森田 もちろん大事なものとして扱っていますが、編集者にとってはまずは版下ですし、急いでいますから、写植(フキダシ内のセリフなどの文字部分。アナログ時代は、文字を印刷した紙を切って原稿に貼り付けていた)の貼り方なんかも酷いもんだったりする。はみ出してたりね。

大石 昔の原稿だとセメダインで強力に貼り付けられてるものもあったりしますよね。

森田 ボンドを使ったりとかね。

大石 それぞれの編集さんがそのとき自分が持っているもので貼り付けてますからね。セロテープなんかもバンバン貼ってありますし。

森田 原画に直接「引き」(連載時に最後に入るアオリ文。編集者が作成する)が貼られてたりしてね。あと、青字で直接指示が入れられてたり(青字は印刷に乗らないため、指定などで使われた)。

小島剛夕「子連れ狼」より。©小島剛夕

小島剛夕「子連れ狼」より。©小島剛夕

大石 70~80年代の原画はそういうものがたくさんありますね。作家さんからアシスタントさんへの指示が入ってたりとか。

──僕らマンガファンからすると、そういう部分はマンガの現場や作家さんたちの意図が見えてきて面白い部分でもありますね。

大石 それも原画鑑賞の楽しみ方の1つですよね。

森田 “原画はあくまで版下でしかない”という意識が大きく変わったのは、海外からのオファーが来たときです。出版社だったか個人の蒐集家だったか忘れちゃいましたが、リストが送られてきたんです。バーッと作家さんの名前が書いてあって、この作家さんの原画だったらいくらで買いますって、すごい値段がつけられてるんです。海外の人は原稿を出版社のものだと思っているから、講談社の国際ライツを扱う部署に連絡が来たんです。

──ああ、欧米だとコミックのいろんな権利を出版社が丸ごと持っていたりすることが多いんですっけ。

森田 そう。日本の出版社は出版権を契約しているだけで、基本的に物理的なものは所有していない。だから、原稿も印刷して、単行本まで行ったら作家さんにお返しするわけです。だから、そもそもオファー自体僕らには答える権利もないものだったわけですけど、原画ってこれほどの額を提示されるものなんだって思わされました。ほかにも、美術館なんかに貸し出したときもすごく丁寧に扱うじゃないですか。2009年のサンデー・マガジン50周年のとき、両誌の作品の原画を川崎市市民ミュージアムで展示したんですけど(「サンデー・マガジンのDNA ~週刊少年漫画誌の50年~」)、そのときも1枚1枚キズなどを確認して……。

大石 保険をかけたりしますね。

森田 ロンドンの大英博物館に原画を貸し出したときもすごい保険をかけられていた。横手でも1枚1枚中性紙を挟んで保存しているでしょう? 本当に美術品として扱っていただいている。我々には日常的に触れるもの、まずは印刷するためのものなんですが、そういう経験を経て現場における意識を変えていかないといけない、原画保存は本気で取り組まないとヤバいぞ、と思うようになりました。

──しっかり取り組まないと散逸してしまう、と。

大石 さっき少し触れましたが、美術作品として価値があるから相続税をかけよう、となったら多くの方が手放してしまう可能性がある。

森田 だったら生前に売ってしまおう、と。ただ、そうするとどんどん海外に原画が流れていってしまう。

マンガ家に対する恩返しになれば

──原画と相続税などの話はしばしばニュースでも取り上げられるようになりましたが、実際に課税されたことはあるんですか?

大石 今のところはまだありません。ただかなり前から話題にはなっていて、なんとなくパンドラの箱のような扱いになっていました。

森田 その辺は赤松健先生が精力的に取り組んでくれています。今では国会議員になられましたが、それ以前から調査部会に出てここに課税されると困るんだ、というのを訴えてきた。

大石 原画の価値付けができていないので、決着が難しいんですね。ただ、原画というものは大事なもので、次世代に残していかなければならないということがわかれば、国も考えてくれるはずだと思っています。日本って浮世絵が散逸してしまった歴史があるじゃないですか。それを繰り返してはならないというのをひとつの旗印にしている。だから、それを自国で守れないような制度を国策としてやらないでほしい、と。こうして民間(出版社)もいっしょに取り組む機構ができたことが、この問題に決着をつけるきっかけにもなればいいなと思っています。

大石卓氏

大石卓氏

──一方で、マンガアーカイブ機構のような組織ができたことは、原画に価値があることの証明でもあるわけですよね。それは課税対象にすることの後押しにもなりそうですが、大石さんの望む決着はどういう形なんでしょう?

大石 原画の一義的価値が版下としての価値だというのは不変だと思っています。ここに支払われる原稿料や印税に対して作家さんは所得税を納めている。出版社も税金を納めてますよね。そこで1回ケリが付いているはずなんです。美術品としての価値は、美術品として扱われたとき、たとえば美術館などでの展示に使われたときにお金をいただいたら、都度所得税として納税する。だけど、原画そのものに関しては(課税対象となるような)商業的価値でなく、文化的な価値があるものとして守っていきましょう、と。今回、機構に対して出版社さんがバックアップしてくれているのも、商業的な価値だけでなく文化的な価値があると考えているからだと思っています。産業界(出版業界)も原画というものをそういうふうにとらえている。お金ではない部分の価値を共有していくのが大事だと思っています。

──実際、現場ではどういう相談が寄せられているんですか?

大石 これまで寄せられてきた相談は緊急性が高いものが大半です。作家さんがお亡くなりになってご家族がどう管理すればいいのか、管理しきれないというパターンとか、残念ながら身寄りがない作家さんが亡くなって、周りの方がご連絡をくださるパターンですね。ただ、MGACのような国の窓口ができたことや、保存について考える仲間が増えてきたことで潮目も変わってきていて、生前に道筋をつけておこうという作家さんも増えてきています。作家さんが存命かどうかでできることが大違いなんです。亡くなられてしまうと、相続の問題が片付くまで何もできませんし。

森田 出版社にもけっこう原画保存の相談があります。原稿を置いておく場所がないから返さないでほしいという方もいる。でも、我々はお預かりできないんです。我々も倉庫はあるんですが、美術館ではないからそこまできちんと管理できるわけではない。物量的な限界もありますが、責任を持てないんですね。しっかりお預かりするとなればお金をかけて環境を整えないといけないけど、それは出版社のビジネスではない。我々がお願いして描いてもらったものですから、保管するお金を作家さんからもらうのも失礼な話ですし。ただ、出版社というのは作家さんにごはんを食べさせてもらっているという思いが強くあるし、絶対に無下にはできない。だから、ちょっとでもマンガ家さんのためになるならと、コミック出版社の会でもバックアップ体制が整えられました。

大石 そういう出版社さんの思いが積み重なって機構ができたわけです。

森田 特に大手4社(KADOKAWA、小学館、集英社、講談社)はかなりまとまった金額を出していますが、やっぱり「それでマンガ家に恩返しができるのであれば」というのが共通見解としてあるからだと思います。