マンガ原画を1枚でも多く後世へと繋ぎたい「マンガアーカイブ機構」とは?大石卓(横手市増田まんが美術館館長)×森田浩章(講談社専務取締役)対談 (2/2)

厳格な管理を求めすぎるより1枚でも多く継承することが大事

──今回こうしてマンガアーカイブ機構が設立されたわけですが、実際に原画保存をしていくにあたって何が課題なんでしょう。

大石 ひとつはやはり体積問題です。横手でいうと、70万点(の原画を収蔵する)のキャパシティに対して現時点で45万点の原画があります。こう言うとまだまだ余裕があるように思えるんですが、実際にはすでにパンパンです。というのも、70万点というのは計算上の上限なんです。実際には横手の場合、単行本単位で原画を整理してボックスに保存しています。単行本1冊は平均して200ページ程度なんですが、ものによっては150ページとかだったりもする。そうするとボックスには余裕があるけれど管理上は200ページと同じスペースが必要になる。そういった余白部分が積み重なっていくと、あっという間にキャパシティいっぱいになる。

大石卓氏

大石卓氏

──なるほど。45万点というのもものすごい数に思えますが、200ページの単行本でいえば2250冊分。最近の年間のコミック単行本発行点数が1万点を超えていることを考えれば、本当に一部ですね。

大石 今はデジタルが主流になってきて紙の原画の増加がゆるやかになっているとはいえ、これまでに発行されたマンガ作品から逆算すると国内には6000~7000万点の原画があると考えられます。貸本マンガの原画まで含めたら何枚あるかわからない。これをすべてミュージアムで保存するというのは不可能です。マンガアーカイブ機構自体も相談を受けたらなんでも収蔵するというものではありません。むしろ自分たちで何を収蔵するかを選んでいくイメージです。MGACは相談を受け付けてそれに応えるという、どちらかというと受動的な団体なんですが、マンガアーカイブ機構は優先的に残していかなければならない、マンガ史的に価値の高い作品を選んで収蔵させていただくという言わば能動的な収蔵のイメージです。だから、こちらからお預かりさせてくださいとお願いをすることも想定しています。

横手市増田まんが美術館の収蔵庫。

横手市増田まんが美術館の収蔵庫。

森田 そこに関しては有識者会議で決めるので、我々出版社も口を挟めない形になっています。あくまで専門の方が価値を判断して収蔵していく、と。

──あまりに膨大ですもんね。

大石 ただ、現在、マンガ関係の施設やミュージアムの仲間も増えてきているので、保存のための動きは広がっていくと思っています。将来的にはマンガ施設だけでなく、郷土出身の作家さんの原画は郷土で守っていくという意識が広がるといいなと思っています。マンガ専門の施設は限られていますが、各都道府県にはたくさん美術館や博物館がありますから、そういうところとも協力していけたら、キャパシティは大きくなる。

──確かに。うちの近くの公立図書館にも地元出身の伊藤理佐先生の原画が展示されています。そう考えると日本にはたくさんのハコがありますね。

大石 だからこそ訴えたいのは、「原画はこうやって保存しなければならない」という形を固定化しないことです。今原画に対するリスペクトが高くなっていて、それ自体はとても素晴らしいことだと思います。でも、そうなると原画を扱うのってすごく大変なことだとみんなが思うようになってしまう。マンガ原画は、ハイカルチャーな美術品のように厳格な温度・湿度管理をして厳格に管理するというような形は合わないと思っています。圧倒的に物量が違うので、そこまでするのは非現実的なんです。たとえば横手では原稿の酸性化をゆるやかにするために1枚1枚中性紙を挟んで、単行本単位で整理するという形を取っていますが、必ずしもこの形以外はダメということではありません。原画保存で最も重要なのは温度と湿度で、理想は温度20度、湿度55~60%と言われています。

マンガ原画のアーカイブルームの様子。

マンガ原画のアーカイブルームの様子。

──意外と理想の湿度が高いんですね。

大石 紙は乾燥収縮すると元に戻らないので、乾燥が一番の敵なんです。つまり、湿度の高い日本は気候的にはそもそもマッチしている。国内は別にコンディションが取り立てて悪いというところはないので、そのなかで温湿度と直射日光にさえ気をつけていればまずは大丈夫であると思います。極端な話、きちんと整理・管理されているなら段ボールに入れて保存してあってもいいと思っています。それも収蔵だ、原画を守る仲間だという意識をつくっていきたい。

──ハードルが高くなりすぎて結果的に散逸してしまうくらいなら、と。

大石 はい。まずは1枚でも多くの原画を次の世代に残すというのが一番の使命だと思っています。保存方法に関してはそれぞれができる範囲でベストを尽くす。それを許容する土壌が必要だと思っています。

ファンを楽しませる活用がマンガ業界の財産になる

──保存・継承のためにはランニングコストも必要になってきます。どういう形で存続していくことをイメージしているんでしょうか?

大石 マンガアーカイブ機構の目的には「保存」と同時に「活用」があります。保存の目標としては年間7万2000点の原画を整理して、5年間で36万点を機構の拠点である横手で整理する。同時に京都国際マンガミュージアムを運営している京都精華大学を中心に将来的にマンガ資料の西の大規模保存拠点となることを期待されている計画もあるので、その保存整理がはじまれば、収蔵能力はさらに強化されていきます。そういう「保存」と併せてどう「活用」していくかを模索していきます。

森田 まず設立から5年間はコミック出版社の会がランニングコストを払うので、その間に原画というものをどう活用していくかを実際に試行錯誤していこう、と。たとえば、原画展なのかグッズ化なのか。出版社のビジネスとぶつかってしまうことも出てくると思うんですが、そこは話し合ってよりよい形にしていきたいですね。

森田浩章氏

森田浩章氏

大石 将来的に国の事業と合流できたら取り組み内容やボリュームも変わってくると思います。そういうところも含めて、公的に取り組む部分、営業的に取り組む部分を考えていければと。

森田 個人的にはせっかく集めてアーカイブしているんだから、ファンを楽しませるために活用してほしいと思っています。機構は原画だけでなく刊本……つまり雑誌や単行本も扱おうとしているので、例えば、古い刊本と原画、さらにネームなんかも一緒に展示することでマンガの制作過程を追えるイベントとかね。理想をいえば、今後のマンガ家を生んでくれるような展示になればいいですね。小学生が見て「僕もマンガ家になりたい」というふうに。それが我々マンガ出版社の財産になるので。

大石 マンガアーカイブ機構も、文化庁事業として熊本大学で行っているマンガの刊本のアーカイブ事業などの取り組みと合流したりすることで、原画だけでなくマンガ分野全体をアーカイブする全国的な流れをつくっていくことを意識してやっていければと思っています。オールジャパン体制をつくる、と。機構がその中心的な役割を担えれば、自然と仲間も増えて収蔵量やできることも広がっていくと思っています。

国もなしえなかったことを、地方の小さな団体と民間から

──マンガ分野全体の資料という話でいうと、デジタルというのもありますよね。紙のデジタルデータ化もあるし、そもそも紙の原画が存在しないデジタル作画もある。

森田 紙の原稿のデジタル化でいうと、講談社は意識的に進めています。紙の単行本で出したものって、まだギリギリ印刷所に物理的な「版」がある。ただ、それも保存するのには限界があって、次々に破棄され始めている。例えば「はじめの一歩」みたいに連載が長い作品は、何度も重版を繰り返して物理的に版が劣化してしまうので破棄せざるをえない。だから、それをデジタルデータとして残そう、と。データ化しておけば、著者の了解が得られれば電子書籍として販売することもできますから。ただ、今電子書籍化しても古すぎて売れることが見込めない作品というのも正直なところあるわけです。そういうものはなかなかデジタル化に着手できなかったんですが、やっぱりそれは問題があるということで、権利者の了解を得てデジタル化しておこうという動きに講談社ではなっています。これも一種のアーカイブですね。一般の人が見られる状態をつくっておこう、と。

大石 紙のデジタル化は原画保存の保険という側面もありますが、展示などでの活用の幅も広がるので、横手でもデジタル化を行っています。ただ、機材や保存媒体の問題も含めて予算的な限界があって、全部できるかというとなかなか難しい。そしてデジタル原画に関していえば、こちらも「二兎は追えない」というのが現時点での機構メンバーの一致した見解です。デジタル原画はそもそもどういう形式で保存すればいいのかわからない。まず50年後100年後にMacやWindowsがある保証もないですしね。

──ソフトウェアの消滅やバージョンアップでもすぐ使えなくなる可能性がありますもんね。

大石 さらにカラー作品の場合などは、色の再現が難しい。デジタルデータの色は、使うモニター、色温度の設定によってまったく変わってしまうので、作家さんが表現したかった色がどういう色なのかが伝わりにくいのです。そうすると、精密にプリントアウトしたものと一緒に保存する必要が出てくる。また、データの保存場所にも問題があります。HDDは壊れるものなのでミラーリングが必要だし、クラウドもサービス側が提供をやめてしまったらデータは手元に残せない。この先どれくらい残せるか、デジタルデータに関しては難しい問題が山積しています。

──これ、20年後くらいにデジタルで同じインタビューをしてそうですね。作家さんのHDDが壊れて失われていくデジタルデータとかたくさんあるでしょうし。

大石 課題としてはあります。ただ、我々としてはまず紙の原画の保存に集中しましょう、という意識です。

──そういう将来的なことも含めて、マンガアーカイブ機構が生まれたことは大きな一歩ですね。

大石 マンガアーカイブ機構はいろんな方の期待を背負ってできたものです。横手が2019年にリニューアルしたとき、里中満智子先生が絵を描き下ろしてくださって、除幕式にも来てくださった。そのときの挨拶で、国立メディア芸術総合センター構想のことを引き合いに出されたんです。

──国の事業としてメディア芸術の収集や保存、研究に発信などさまざまなことを行おうとした施設ですね。実際に設立はされませんでしたが……。

大石 里中先生も委員になっていたりして、すごく期待していたんです。原稿をしっかり収蔵してアーカイブする機能もその中にありましたし。

森田 当時清水もこの構想のために動いていたんです。これができていればすごい収蔵庫になって、現在のいろんな課題を解決してくれていたと思うんですけどね。

大石 「国営マンガ喫茶」という切り取り方で批判を受けたり、政権交代もあって結局この構想は潰えてしまったこともあり、里中先生は非常に残念な思いを抱いていたようです。そういうなかで、よくぞ地方の小さな公共団体が、国ですら頓挫した原画保存事業に取り組んでくれた、とそうおっしゃってくれたんです。繰り返しになりますが、横手やこの機構は、そういうマンガ家さんやいろんな方の期待を背負っています。だから、1枚でも多くの原画を残していかなければならないと思っています。

一般社団法人マンガアーカイブ機構

横手市増田まんが美術財団や大学、出版社がタッグを組み、「マンガ関連資料の保存と活用」を目的に、2023年5月に設立された一般社団法人。産・学・官で連携し原画保存をはじめとするマンガ作品の後世への伝承に取り組む。代表理事は大石卓氏(一般財団法人横手市増田まんが美術財団)、業務執行理事は吉村和真氏(京都精華大学)、理事は鈴木寛之氏(熊本大学)と森田浩章氏(株式会社講談社)、監事は桶田大介氏(シティライツ法律事務所)が務める。

横手市増田まんが美術館

マンガ原画アーカイブセンター

プロフィール

大石卓(オオイシタカシ)

1970年3月22日生まれ。2007年に横手市増田ふれあいプラザのまんが美術館担当に着任。以来13年間、まんが美術館担当として美術館運営と原画保存事業の立ち上げ等に従事。2020年4月には横手市増田まんが美術館館長に就任。現在、文化庁の委託事業である「マンガ原画アーカイブセンター(MGAC)」のセンター長、およびマンガアーカイブ機構の代表理事にも就任している。

森田浩章(モリタヒロアキ)

1963年生まれ。講談社専務取締役。週刊少年マガジン(講談社)の元編集長で、「夏子の酒」や「カイジ」シリーズを担当していた。マンガアーカイブ機構では理事に就任している。