「Just Because!」|感情のかすかな揺れまでスリリングに捉えた青春群像劇

ダ・ヴィンチ関口靖彦編集長インタビュー

「あの花」や「秒速」と似た匂いを感じた「Just Because!」

──まず「Just Because!」をダ・ヴィンチで連載することになった経緯を教えてください。

「Just Because!」のPVより。中学時代からの片思いを今も引きずっている美緒。

最初、弊誌の編集者に「こういうオリジナルアニメの企画があるんですけど、小説を連載しませんか?」というお話がありました。その時点で脚本が全部あがっていたのでそれを拝見しまして、ダ・ヴィンチで連載してきたアニメの小説版の傾向とちょうどマッチしているなと感じたんです。ダ・ヴィンチではガチガチの文学でも、完全なラノベでもなく、普通に本もマンガも映画もアニメも楽しんでいる今の日本の若い人が、自分の現実の心情を重ねられるような作品を連載してきたつもりです。「Just Because!」は脚本にそういった機微が入っている作品でした。

──ダ・ヴィンチでは、過去にアニメ関連だと「東のエデン」や「あの日見た花の名前を僕達はまだ知らない。」、「秒速5センチメートル」といった作品の小説が連載されていましたが、その系譜にある作品というわけですね。どういう経緯でダ・ヴィンチでアニメ関連作の小説を扱うようになったのでしょうか?

小説「秒速5センチメートル」

2007年に始まった「秒速」が最初ですね。あの連載は映画のプロモーションの一環としてお話をいただいたんです。当時はフジテレビでノイタミナの枠が定着してきた頃で、コアなアニメファンだけでなく、より一般に向けたアニメも作ろうという動きがあった時代でした。それでアニメ制作側の方々がメディアミックスの一環として小説を連載する際に、アニメ専門誌やマンガ専門誌ではない新しいチャンネルのひとつとして、ダ・ヴィンチを捉えていただいていたようです。

──編集長はダ・ヴィンチの読者層をどう捉えているんでしょう。

本の情報誌としてやっていますが、ガチガチの本好きというわけではなく、小説と同じくらいマンガも読むし、映画もいっぱい観るし、アニメも好きという読者が多いですね。満遍なくエンターテインメントが好きなイメージです。そういった人たちと、先ほどお話ししたようなアニメの新しいターゲットの広がりがちょうど重なって、「秒速」の連載後もいろいろとアニメ関連の小説のお話をいただくようになりました。

──過去、評判が特に良かったのはどの作品ですか?

関口靖彦ダ・ヴィンチ編集長

まず部数で言いますとやはり2016年の「小説 君の名は。」が現在170万部を突破していてダントツですが、それに続くのが「あの日見た花の名前を僕達はまだ知らない。」で上下巻合わせて30万部くらい売れました。「あの花」は岡田麿里さんがすごく執筆に苦しまれて、上巻と下巻の発売が1年空いたのですが、そのブランクをものともせずに待っていてくださる熱心なファンが多かったです。内容的には新海誠さんの「小説 言の葉の庭」は非常に手応えがありました。元の映画は45分くらいと短いのですが、小説版は400ページ近くと分厚く、映画ではほんの少ししか出てこないキャラクターの物語まで深く掘り下げてあるんです。読者からの評価も高かったですし、新海さんご自身も、物語を作ることについて自信を深められたようでした。

感情の動きを描いているだけなのにスリリング

──ダ・ヴィンチでライトノベル作家による連載は珍しいと思いますが、編集長はもともと鴨志田一さんの作品をご存知でしたか?

「Just Because!」のPVより。中学時代の親友同士である瑛太と陽斗。

私はライトノベルをガンガン読む人間ではないのですが、「さくら荘のペットな彼女」「青春ブタ野郎」シリーズは拝読しました。あのパッケージの雰囲気からすると意外というか、キャラクターの心の動きをかなり繊細に、しかもスピード感を削がずに書かれる方なんだなとうれしい驚きがありました。あと一口にライトノベルと言っても、現実からの距離感っていろいろとあるじゃないですか。

──現実の世界をそのまま舞台にする話もあれば、異世界に行ってしまう話もありますね。

はい。舞台設定もそうですし、キャラクター造形も突飛なものから現実的なものまで幅広い。その点で鴨志田さんの書かれるものはかなり現実に近い青春群像劇ですよね。だからダ・ヴィンチで「Just Because!」を連載していただくことで、ライトノベルを普段読まない読者にも鴨志田作品の魅力が伝わるんじゃないかという期待感を持ちました。

小説「あの日見た花の名前を僕達はまだ知らない。」上巻

──「Just Because!」では鴨志田さんが全話の脚本を執筆なさっていますが、編集長が脚本を読まれた際の感想を教えてください。

すごく難しいチャレンジを巧みにクリアしている作品だなと驚きました。例えば「あの花」なら男女の青春群像劇を展開する中に、「死んだ女の子が帰ってくる」という設定が置かれている。より現実的な作品でも、「聲の形」では耳が聞こえないとか、いじめ問題などが設定されている。でも「Just Because!」は物語の中にそういった特殊な設定を出さず、普通の高校生しか登場しないのに、感情の動きだけでスリリングに読ませているんです。

──確かに、序盤で描かれる陽斗の恋の行方などは、言ってしまえば普通の高校生にとってはよくある話なのかもしれませんが、非常にスリルがありました。

「Just Because!」のPVより。陽斗は告白したい相手がいるという。

告白する・告白しない、それを断る・断らないみたいな選択は、現実でも男女問わずすごく迷うじゃないですか。普通、キャラクターを立てるときってそういう選択をズバッとしたり、ツンデレキャラクターみたいに極端な行動をさせたりしたほうが作りやすい。でも「Just Because!」ではそれを禁じ手にしている感じでした。本当に曖昧な感情の機微だけできちんとストーリーを動かしていて、かなり驚きました。美緒の感情の動きなんて、よほど上手く脚本を書かないと自然に感じられないんじゃないでしょうか。

記号的ではない等身大のストーリー、キャラクター

──ネタバレにつながりそうなので話題を変えまして(笑)。「Just Because!」は高校3年生の2学期後半から始まりますよね。その時期設定にも強い意図を感じました。

「Just Because!」のPVより。本作では受験を間近に控えた高校3年2学期の最後より物語が展開される。

卒業後は進路がバラバラになって、多くの人とはそのまま会うこともなくなる。だからこそ最後に何かする……みたいな心境は高校時代に確かにありますよね。あとは学校も、進学する人もいれば就職する人もいるというのがちょうどいい具合で。もし舞台となる学校が進学校でみんな大学に行くのが当たり前、とかだと、ピリピリしていてまた雰囲気やテンションが違ったでしょうね。

──ちなみに「Just Because!」はキャラクター原案を「月曜日のたわわ」や「ソードアート・オンライン プログレッシブ」を手がける比村奇石さんが担当されていますが、キャラクターの設定画を見てどのような印象を持ちましたか?

「Just Because!」のPVより。推薦ですでに大学への進学を決めている葉月。

当初は「月曜日のたわわ」の人が担当する、とだけ聞いていたので「この静謐な話にどんな絵がつくんだろう」と思っていました。それができあがったキャラクターを見たら、等身大なストーリーにぴったり合わせてあるなと。つまり、美緒や葉月は現実にいそうなレベルでかわいいんです(笑)。「Just Because!」は湘南エリアが舞台で、私も中学・高校時代を過ごした場所なのですが、「確かにこういう子って江ノ電とか小田急線に乗ったときに同じ車両に何人かいたよな」と思えるルックスで。すごく上手にコントロールされていると感じました。

──その点恵那の巨乳設定は、アニメやライトノベル的と言えなくもないかなと感じました。

「Just Because!」のPVより。写真部に所属する2年生の恵那。

(笑)。でも絵のほうも、アニメやライトノベル的な極端なほうにはいかないようにしよう、という意識を感じられましたね。記号的ではないというか。「王道なのはいいけど、テンプレートにはいかないで」というオーダーをNBCユニバーサルの福永佳祐プロデューサーがされたとうかがって、「なるほどな」と納得しました。

小説では心情の繊細な描写に、アニメでは空気感に期待

──ダ・ヴィンチで連載される小説は、アニメと物語の流れは同じですが瑛太と美緒の視点のみに絞られています。これはなぜでしょうか?

「Just Because!」のPVより。

鴨志田さんのご提案ですね。「あの花」も同じスタイルでしたが、1クールアニメの脚本をそのまま小説にするとすごく分厚くなって、元のアニメのスピード感や軽やかさからかけ離れてしまうんです。「東のエデン」の場合はSF的な設定の説明も必要で、重厚な社会派の物語だからあえて分厚くしましたが、ごく普通の高校生のひと冬を描く「Just Because!」の物語にはそれにふさわしいボリューム感がある。そんな話を鴨志田さんとしている内に「アニメでは5人の群像劇だけど、小説では2人に絞りましょうか」という意見をいただきました。

──なるほど。「Just Because!」の場合、地の文でキャラクターの心情をじっくり楽しめるというのも小説向きだと感じました。

関口靖彦ダ・ヴィンチ編集長

おっしゃる通りで、アニメの場合は台詞として口に出す言葉以外の感情は、表情と風景描写、音楽で描くしかない。そうした内面の気持ちを文章でよりじっくりと書けるのが小説ならではのポイントです。その心情描写のボリュームが格段に増えるので、メインキャラクターを2人に絞らざるをえないという部分もあります。

──では最後に、小説で期待してほしいところと、アニメに期待する部分を教えてください。

「Just Because!」のPVより。本作では鎌倉・藤沢エリアが舞台となっている。

小説では、やはりアニメ以上に深く描かれている瑛太と美緒の気持ちを読み込んでほしいですし、アニメではたとえば新海さんの作品でいう空の美しさのような、一発で視聴者を魅了できる絵の力を期待したいです。「Just Because!」はロケーションもいいですしね。湘南のビーチサイドなのに夏ではなく、冬場の受験前という(笑)。冬の朝の空気の冷たさが、家を出るところでピリッと来る感じとか、そういう空気が絵から伝わってくると、湘南育ちでない人も自分の経験を思い出すと思うんですよ。小説では絶対に真似できない説得力ある絵を観たいですね。

テレビアニメ「Just Because!」
テレビアニメ「Just Because!」
放送情報

AT-X:2017年10月5日(木)より毎週木曜21:00~
TOKYO MX:2017年10月5日(木)より毎週木曜23:30~
テレビ神奈川:2017年10月5日(木)より毎週木曜25:00~
MBS:2017年10月6日(金)より毎週金曜26:55~
BSフジ:2017年10月10日(火)より毎週火曜24:30~

スタッフ

脚本・シリーズ構成:鴨志田一
キャラクター原案:比村奇石
音楽プロデュース:やなぎなぎ
監督:小林敦
キャラクターデザイン:吉井弘幸
アニメーション制作:PINE JAM

キャスト

泉瑛太:市川蒼
夏目美緒:礒部花凜
相馬陽斗:村田太志
森川葉月:芳野由奈
小宮恵那:Lynn
乾依子:櫻庭有紗
高橋早苗:貫井柚佳
鈴木桃花:近藤玲奈
佐藤真由子:千本木彩花
猿渡順平:天﨑滉平
石垣陸生:山本祥太
清水徹:柳田淳一
山口薫:小林大紀
渡辺先生:大川透

あらすじ

高校三年の冬。
残りわずかとなった高校生活。
このまま、なんとなく卒業していくのだと誰もが思っていた。

突然、彼が帰ってくるまでは。

中学の頃に一度は遠くの街へと引っ越した同級生。
季節外れの転校生との再会は、
「なんとなく」で終わろうとしていた彼らの気持ちに、
小さなスタートの合図を響かせた。

関口靖彦(セキグチヤスヒコ)
1974年神奈川県生まれ。1998年にメディアファクトリー入社。同年よりダ・ヴィンチの編集に携わる。2011年6月号より同誌編集長。