“愛”という言葉が嫌いな作者が孤独な龍と少年の“愛”を描く異類婚姻譚「ひとりぼっちがたまらなかったら」|作者・idonakaインタビュー (2/2)

“愛”を追い求め続けた2人の結論

──idonakaさんの描く食事シーンはとても印象的です。第4章でおでんを食べるシーンも、幸福感との結びつきを感じました。

とあるゲームにとても印象的な食事シーンがありまして。心の壁があった2人の登場人物が一緒にラーメンを食べることになって、さりげない仕草から新しい人間性が発見できたり、嫌いな食べ物の話題を通してはじめて打ち解けた会話が生まれるというシーンで、それがずっと好きだったんです。ストーリー上はなくてもいいシーンだけど、これがあるおかげで登場人物たちの距離がぐっと縮まる。そんなふうに誰かと食べ物を囲むことによって、今まであった透明な壁が少し解ける感じを描きたくて、おでんを食べる食事シーンは絶対に入れようと思っていました。

「ひとりぼっちがたまらなかったら」第4章「黄金色の有象無象」より。
「ひとりぼっちがたまらなかったら」第4章「黄金色の有象無象」より。

「ひとりぼっちがたまらなかったら」第4章「黄金色の有象無象」より。

──あのおでん、すごく美味しそうで。読み終わった後にコンビニにおでんを買いに行きました(笑)。

私も描くにあたっておでんを自作しました。調理が大変すぎてコンビニのおでんの偉大さを再確認しましたね……。

──食事シーンも含め前半はほんわかした雰囲気で描かれますが、中盤に紫太郎が記憶を取り戻して雰囲気が一変します。SNSに投稿された部分だけを見た方はとても驚くような展開ですが、この構想は以前から考えていたものですか?

プロットを作成している段階からありました。“愛”を題材にするからには、暗い展開になったとしても心が打ちのめされる姿をぼかさずにしっかり描こうと思っていたんです。あとは、こういった構成で物語を描き切ってみたいというストーリー作りへの思いもありましたね。

──構成に影響を受けた作品があったのでしょうか。

複数の映画から着想を得ています。私は映画を観るとき、何分に何が起こったか、そのとき自分は何を感じたか……といった初見での新鮮な発見と、自分の感情の変化などをノートに記録しながら鑑賞するのが趣味なんです。これが意外と楽しくて……。そうすると、積み木のようなストーリーの成り立ちが見えてきて。好きな映画の共通点として、楽しげな雰囲気から中盤にガクンと突き落とされるような展開があり、終盤に大きな盛り上がりを見せるという構成の法則性がありました。それに魅入られて、「難しそうだけど、自分もこれをやってみたい!」と。1冊完結のお話だからこそ、試せた部分ではありますね。

──コンセプト決めと同じく、ロジカルに物語を組み立てられているんですね。終盤の大きな盛り上がりで言うと、雷が鳴る中、ヤマブキが紫太郎のために飛び出すシーンは印象的でした。

「ひとりぼっちがたまらなかったら」第8章「だから会いに来た」より。

「ひとりぼっちがたまらなかったら」第8章「だから会いに来た」より。

ここは気合いが入りましたね。景色の中には、昔紫太郎が身に着けていたランドセルや服などの小物も描き込んでいます。もちろん実際には飛んでいないのですが、昔の嫌な思い出や、今日楽しかった記憶がすべてゴミと混ざり合ってボロボロになりながら飛んでいるというシーンです。

──バトルマンガのような躍動感すら感じます。

この見開きはある種、感情や生死のバトルを描いています。過去に飲み込まれそうになっている紫太郎のもとにヤマブキがいい思い出とともにやって来て、紫太郎に「戻ってこい」と訴えかけているんです。周囲の人の後押しを受けたヤマブキが、みんなの思いとともに紫太郎を助けようとします。

──この作品を凝縮させたようなページだったと思います。さまざまな感情のぶつかり合いを経て、最終的に紫太郎とヤマブキの思う“愛”の意味にどんな変化があったのでしょうか。

物語の最初で2人が勝手に思い描いて求めていた“愛”と、最後に見つけた“愛”は異なるものになりました。ヤマブキは最終的に“愛”というよりも、ヤマブキを思う紫太郎の大きな感情といいますか、紫太郎そのものを手に入れています。

──紫太郎がヤマブキに「『愛』なんて言葉よりもっと楽しくてずっと愉快なことをいっぱいしてあげる」と言ったセリフが印象的でした。

このセリフは“愛”を追い求め続けた2人の結論として書きました。紫太郎がヤマブキを永遠に喜ばせるために、一生一緒に生きていこうとする決意を表現したセリフなんです。ヤマブキと人との関わりは、これまで一瞬だけ関わっては離れていくものでしたが、ここで紫太郎は神様と生きていく覚悟をして、人間としての人生を捨てるという宣言をしています。

「ひとりぼっちがたまらなかったら」第9章「紫色の嫁入り」より。

「ひとりぼっちがたまらなかったら」第9章「紫色の嫁入り」より。

──そんな重要な決意を表明しているセリフだったんですね……! 最後まで読んで「ひとりぼっちがたまらなかったら」というタイトルがすごくピッタリだなと思いました。

「ひとりぼっちがたまらなかったら」は寺山修司さんの詩のタイトルからいただいています。妹と電話していたときに彼女がたまたま持っていた寺山修司の詩集からいくつかキーワードをピックアップしてくれて、「これだ!」と思いましたね。詩を読んで広大な海の砂浜に1人で座って、ただ海風にあてられて、ちょっと寂しいけど少し日の出が見えてきているという景色が浮かびました。とても広い世界に小さな孤独があって、波に飲まれるかもしれないし、このままかもしれないし、少しだけ前に進めるかもしれない。そんな詩の空気感がキャラクターたちにピッタリ当てはまったと感じました。

ぼんやりと「ちょっとよかったな」と思ってもらえるような作品になれたら

──お話をお伺いして、改めていろいろなメッセージが込められている作品だと感じました。物語が単行本として1冊の本になった心境はいかがですか。

感慨深いですね。私は学生の頃、美大への進学を希望していたのですが家庭の都合で通うことができず、イラストの仕事をするルートから外れてしまったと思っていました。その後一人暮らしをした高知県で、マンガ文化を広げる活動に携わったことをきっかけに周囲の人に勧められてマンガを描き始めたのですが、その頃の私にとってマンガ家はファンタジー……雲の上の、決して手の届かないのような職業でしたから。

──ファンタジーが現実になったんですね。連載にあたって苦労されたことはありましたか?

「絵をうまく描かないといけない」という固定観念というか、強迫観念に近いものがありました。出版社さんとお仕事をするうえでは締切を守る必要もあったので、絵のクオリティとのバランスが難しく実力不足を感じることもあって。プロの方を中心に、いろんな人に意見を聞いて、そういった感情を捨てて無になって絵を描くことや、プロとして連載するにあたり時間に見合った適切なクオリティで描くことも学びました。作品が誰にも読んでもらえないのではという恐怖もありましたが、読者の皆さんの反応を見て、その喜び1つひとつを噛み締めながら力に変えています。苦悩したことはありましたが、その分マンガ家としての階段を1つ登れたような気がしました。

「ひとりぼっちがたまらなかったら」第6章「くらやみの心音」より。
「ひとりぼっちがたまらなかったら」第6章「くらやみの心音」より。

「ひとりぼっちがたまらなかったら」第6章「くらやみの心音」より。

──単行本の反響も楽しみですね。個人的には描き下ろしのエピソードで紫太郎とヤマブキのその後が知れたのがうれしかったです。

「ひとりぼっちがたまらなかったら」は非日常な1日を切り取った話なので、後日談では本編で描けなかった日常にあえて振り切っています。ただ、淡々とした日常描写ではなく、登場人物たちの気持ちの描写をしっかり描きました。

──髪を切るという、過去との決別や生まれ変わりを思わせるシーンもありました。

そうなんです! 後日談を髪を切る話にしたいということは初期の段階から編集さんに伝えていました。紫太郎的には、池に落ちてヤマブキに拾われたあの夜に“僕”としての自分は一度死んだと考えていると思っていて。そんな過去との決別や、ある意味では過去との共存という思いも込めた着地点、そして出発点として髪を切るというシーンを描いています。

──紫太郎が新たな人生を歩んでいく希望を感じられました。描き下ろしエピソードで注目してほしいポイントはありますか?

読んでからのお楽しみなので詳しくは言えないのですが、金木犀が着ている宇宙人のTシャツをよく見ていただければと。

「ひとりぼっちがたまらなかったら」後日譚「初雪の朝、晴れた鏡」より。

「ひとりぼっちがたまらなかったら」後日譚「初雪の朝、晴れた鏡」より。

──えっ、Tシャツですか? ……本当だ。よく見るとローマ字でメッセージが書いてあります!

全ページでメッセージが違うので、よーく見てほしいです(笑)。あと、単行本にはカバー裏にも描き下ろし4コマがあります。加えて電子版には限定描き下ろしの4コマもあり、ヤマブキに“お嫁さん”を贈る約束をした人物も描かれているので、そちらもぜひ楽しんでいただければと。

──Webで1度読んだ人も、また新たな視点で物語を楽しめそうですね。「ひとりぼっちがたまらなかったら」は単行本となってまたいろいろな人に読まれると思いますが、この物語をどんな人に届けたいですか。

少しでも興味を持っていただけたら、老若男女問わずどなたでも手に取っていただきたいです。強いて言えば、この物語を作るときに思い浮かべた読者像は14歳くらいの自分でしたので、その頃の私のようにどうしようもない何かの中にいる人に届いてくれればと。ふと手に取って読んでいただいて、少しでも面白いと思っていただけたらうれしいですね。町に昔からある小さな洋食屋にふらっと入って、帰るときにぼんやりと「ちょっとよかったな」と思うような、そんな作品になれたらと思います。

──個人的には龍が好きな人にもおすすめしたいですね。

もちろん龍が好きな人にも読んでいただきたいですし、このお話をきっかけに龍に興味を持ってもらえたらうれしいです。「龍っていいよね!」ということが伝わればと思います!

──idonakaさんが今後描かれる作品に、どんな生き物が登場するのか楽しみです。

今回は東洋の龍を描いたので、今度は西洋の竜も描いてみたいですね。ほかにもイングランドの妖精など、いろいろな幻想生物に興味があります。昔の人たちが自然現象を龍や妖精として表現して崇めたり、災害をそういったもののせいにしていたという伝承が好きで、物語の種となる資料をたくさん集めています。歴史や生態の資料をもとに、自分のニュアンスを足してオリジナルの世界を作っていきたいですね。そういった生き物や世界を描くことが好きなので、絵本やゲームなど媒体の枠を超えてたくさん表現していけたらと思っています。

「ひとりぼっちがたまらなかったら」より。

「ひとりぼっちがたまらなかったら」より。

プロフィール

idonaka(イドナカ)

5月28日生まれ、香川県出身、東京都在住のマンガ家・イラストレーター。2018年にSNSや同人誌で発表した「男子中学生をお嫁にしたい龍の漫画」が話題となり、その後同作が「ひとりぼっちがたまらなかったら」としてジャンプルーキーで2018年5月期ブロンズルーキー賞を受賞する。2020年には同作に大幅な加筆修正を加えてPIE COMICSにて連載をスタート。2023年11月に単行本が発売された。