海外の人気作、主に韓国の縦スクロール電子コミックWebtoon(ウェブトゥーン)の女性向け作品を中心に翻訳・ローカライズして出版する新レーベル・カラフルハピネスを一迅社が創刊。第1弾作品となる「デイジー~公爵の婚約者になる方法~」1巻が10月20日に刊行される。コミックナタリーではこれを記念した特集を展開。同レーベルの担当編集・木村愛氏にインタビューを実施し、カラフルハピネス創刊に至る経緯やどんな作品をチョイスしたのか、Webtoonにおける“悪女モノ”や“転生・やりなおしモノ”のブームに至るまで、語ってもらった。「デイジー~公爵の婚約者になる方法~」第1話の試し読みもお見逃しなく。
取材・文 / 三木美波
「悪役令嬢」「悪女」「溺愛」「転生」「やり直し」「復讐」……今、求められるキーワード
──なぜWebtoonを出版するレーベルを立ち上げたんですか?
一迅社作品を輸出する海外ライツの部署で、逆に作品を輸入する……つまり海外のマンガをこちらで翻訳して出版するのはどうだろうという話が2年くらい前から出ていたんです。研究を進めていくと海外作品の中でもWebtoonが面白いと評判で、作品の量もすごく多いことがわかりました。それで「よし、やろう!」と。
──木村さんはもともと一迅社でアンソロジーコミックの編集者として働いていたとのことですが、カラフルハピネスに携わることになった理由は?
私が電子コミックを読むようになったきっかけは、産休中に家事をやりながらでした。本当にたくさん読む中で、特に気になったのがWebtoonです。復職後にちょうど、社内で海外からの輸入の部署を立ち上げるタイミングで、その部署に「編集」経験者がいなかったんです。それでお声がかかり、今の部署に異動してきました。
──マンガが好きで、目利きの部分を買われて白羽の矢が立ったんですね。マンガの編集者から見て、Webtoonは魅力がありましたか?
はい。この部署に入ったときに、Webtoonに限らずアジア圏のマンガをたくさん読んだのですが、やっぱりWebtoonにすごく惹かれる作品が多くて。出版したい候補リストはほぼWebtoonで埋まりました。全部で1000作品は読んだでしょうか。
──アジア圏のマンガと言いますと、日本向けにアプリで配信されていたり日本の出版社から出ていたりする翻訳作品ですか?
それも読みましたし、例えばWebtoonでしたら韓国のkakaopageやNaver Webtoonまで行って、翻訳サービスを使いながら読んでいました。
──すごい! では日本ではまだ配信されていない作品までお読みになったんですね。
ええ。そうして研究を重ねて「やっぱりWebtoonをメインで出版しよう」という方針も固まっていきました。
──刊行ラインナップの5作品が発表されていますが、どういった理由で選んだんでしょう?
いろんなWebtoonを読む中で、一迅社ですでに人気の「はめふら」(「乙女ゲームの破滅フラグしかない悪役令嬢に転生してしまった…」)や「虫かぶり姫」の読者が好きになってくれそうな作品は意識しました。それから、「悪役令嬢・悪女」「溺愛」「転生」「やり直し」「復讐」などの現時点でのトレンドのパワーワードは特に重要視しました。
──「はめふら」に代表される悪役令嬢が主人公の作品、盛り上がっていますよね。韓国でも“悪女”作品が日本と同時期に流行していて、例えば刊行ラインナップの一作である「悪女が恋に落ちた時」は、小説の中の悪女ルペルシャに転生した主人公が「拷問の末、息を引き取る」というルペルシャの末路や推しキャラの悲惨な運命を回避すべくがんばるファンタジーです。物語のフォーマットが似ているので、抵抗なくスッと入っていける読者が多そうですね。
「はめふら」はコメディテイストも多めですが(笑)、「悪女/悪役令嬢」というキーワードは日本のマンガとWebtoonの近さを感じました。それに悪役令嬢や悪女の物語は、“悪”とは言いつつ基本的に優しい女の子が多くて。悪役、悪女の立ち位置ではあるんですが、そこから本人が努力してバッドエンドが決まっている未来を変えるというストーリーラインは、日本でも韓国でも受け入れられているのかなと。
──多くの悪役令嬢・悪女作品では優しい面もありつつ、自分の道を自分で切り開く強くてカッコいい女性像が描かれていますよね。
日本でも韓国でも、女性が物語に「自立」を求めているのかなと思います。刊行ラインナップにある「悪女が恋に落ちた時」「悪女は変化する」以外にも、タイトルに「悪女」と入っているWebtoonをこれから出版していく予定です。ゆくゆくは「悪女シリーズ」として盛り上げていきたいと思っています。
──ほかにもシリーズ化して展開したいジャンルはあるんですか?
溺愛ものは日本でも人気がありますし、韓国でも人気のジャンルなんです。それから復讐もの。Webtoonはけっこうシリアスに突き詰めて復讐するので、かなりスカッとする作品が多くて。その2ジャンルもカラフルハピネスで手がけていきたいです。
紙になったら買いたいと思うような“カラーが美しい作品”を念頭に
──Webtoonはスマートフォンに特化したマンガフォーマットです。それを紙の単行本にするのは難しいのではないかと思うのですが、実際どうなんでしょう?
Webtoonは縦に一直線の形式のマンガで、紙の単行本は見開き形式でコマが割ってありますよね。Webtoonは上から下に行くシンプルな読み方なんですが、見開きのマンガは縦にも横にも自由度が高くてある意味複雑。紙の単行本化のやり方はいくつかあって、例えば「デイジー」(「デイジー~公爵の婚約者になる方法~」)は版権元であるエル・セブンが主導してくれてWebtoonから紙の単行本として組み直しているんです。フキダシの位置を変えたりイラストを左右反転したり、読みやすいよう紙の本に最適化されています。
──フキダシの位置を変えるのって難しいんじゃないでしょうか? 例えばキャラクターの頭部にかかったフキダシの位置を変えたとして、最初のフキダシがあった部分の頭の絵が描かれていない……つまり頭の一部に空白ができてしまいますよね。
その場合、Webtoonだと頭部がすべてちゃんと描かれていることが多いんです。海外への輸出を念頭に置いているからフキダシの位置や形を変えやすいよう、絵とフキダシでレイヤー分けしてあるんです。例えば英語圏だとフキダシを横長にするほうがいいですよね。もちろん版権元や作品ごとに状況は異なるので、カラフルハピネスでもWebtoonの特性を生かして紙の本で読みやすいよう最適化していきます。
──電子にも紙にもメリットデメリットはありますが、紙の単行本になると「自分の読みたいエピソードにアクセスしやすい」というメリットがありますよね。例えば電子で単話買いしていると「あのエピソード、何話くらいだっけ?」と何度もクリックしたり閉じたりスクロールしたりして探す必要がありますが、紙だとパラパラめくって短時間で探せる。好きなWebtoon作品を読み返したい人は、紙になったら便利そうです。
ええ。それに電子でも買えるのになぜ紙の本で買うかというと、やっぱり手元に置いておきたいというコレクション欲もあると思うんです。Webtoonはフルカラーが特徴で、もちろんカラフルハピネスでもフルカラーで単行本化します。なので刊行ラインナップを決めるときも、Webtoonで読んだ人たちが紙になったら買いたいと思うような“カラーが美しい作品”は念頭に置きました。今の若い子はマンガを電子で読んでることが多いと感じるんですが、よくよく聞くと「好きな作品は紙の本で買ってる」という人も多くて。そういう人の所有欲に応えられる本にしていきたいですね。
──電子での読書はかなり浸透してきましたが、まだ手を出していない人もいるでしょうし、紙になったらそういう人にも届きますね。
まさに。単行本化することによって、面白いWebtoon作品がいっぱいあるよというのも知ってもらえます。私自身、最初は韓国の作品だと知らずに「縦読みのマンガなんだ」と思ってWebtoonを読み始めて好きになったので、純粋に面白い作品を知ってもらうきっかけになったらうれしいです。
「やり直したい」というのは、人間の根源的な欲求に近いのかもしれない
──刊行ラインナップとして発表された5作品の中でも、「デイジー」は第1弾作品にして3カ月連続で単行本が刊行されます。カラフルハピネスの最初の軸に「デイジー」を据えた理由を教えてください。
率直に読んでいて面白かった、というのがあります。愛する男性に裏切られて殺されたデイジーが人生をやり直して、自分で試行錯誤しながら希望のある未来に突き進む姿に勇気をもらえました。それに恋愛描写も魅力的で。デイジーと侯爵のキリアンが、意見を交わすたびにお互いを気にし始め、どんどん惹かれていき、認め合っていく展開もいいなーと。
──3カ月連続刊行だと、続きがすぐ読めていいですね。
物語が面白いですし、3カ月連続だとインパクトもあって勢いがつくかなと決めました。でも本当にすぐに続きが読みたくなるくらい、キャラクターが魅力的なんですよ。特にキリアンはカッコいいです。デイジーの1度目の人生のときキリアンは自分の兄弟を殺しちゃうんですが、そういう本心がわからない闇の部分も底知れなくて惹かれますし、ツンツンしながらも他人を思いやる心も持っていて、複雑なキャラクターなんですよね。
──デイジーは死ぬ直前に「(自分の人生は)どこから間違えたのか?」と考えていたら、父親が多額の借金を背負ってキリアンがその回収にやってきた“すべての不幸が始まった日”にタイムリープしていた、という導入から始まります。やり直しものに分類されるストーリーで、やはり日本でも韓国でも流行しているジャンルですが、木村さんはどこが人気の要因だと思いますか?
「やり直したい」というのは、人間の根源的な欲求に近いのかもしれないと思っていて。特に今の若い人はコロナ禍で外に出られず内側にいろいろため込んでいて、人生をリセットしたい、転生したり復讐したりしたいという思いに共感しやすいんじゃないでしょうか。例えば今の大学生って、コロナ禍で思い描いたキャンパスライフが送れなかったり、学校にすら行けなかったりしますよね。
──確かにそうですね。我慢を強いられたこの2年間をリセットしたいとか、もっと数年前に戻って疫病の発生を食い止めて大学生活をやり直したいとか思うかもしれません。
韓国でも若者の就職難といった社会問題があったり、そういう鬱屈した思いがやり直しものに惹かれる一因かもしれません。転生・やり直しものの流行は社会とリンクしてるんだと思います。
──A大学に行って人生失敗したと考えた人が、もしB大学に行ったら自分はどうなったんだろう、別の道が拓けたんじゃないかと人生をシミュレーションゲームのように捉えたらやり直したくなりますよね。「人生の岐路に立つ」という言葉がありますが、人生を左右する決断をしてうまく行かなかったら戻ってやり直せる設定は魅力的に映ります。
まさに「デイジー」も“すべての不幸が始まった日”に戻って、そこから戦略的に人生を進めていく面白さがあります。「キリアンが公爵を継ぐための遺言状の内容」などデイジーが1度目の人生で知った知識を使って2度目の人生をうまくやっていくのを読むのも楽しくて。
女性の自立が描かれている悪女や悪役令嬢は今の社会にマッチしてる
──ほかの4作品は、どんなところに惹かれたんですか?
「Lost Princess」は女主人公の海賊ものなんです。自分の夢に向かって進む女性の自立を描きつつ、少女マンガ的な恋もしっかり読ませてくれます。まだ日本で翻訳されていない作品なんですが、絵柄がすごくかわいいんですよ。
──女主人公の海賊もの、新鮮ですね。次の「実は私が本物だった」は「デイジー」と同じくやり直しものです。
ええ。父親に愛されるため、自分にも他人にも厳しく生きてきたキイラが、みんなを騙していたという無実の罪で処刑されたことから始まるラブストーリーです。ネタバレになるのであまり言えないのですが、父親との関係が目新しくて。話のテンポもいいですし、キイラがしっかりしてるようで実は抜けてる、世間離れしてるところもかわいい。ピッコマさんで連載もしているんですが、その連載が始まる前に韓国の権利元にお声がけさせてもらったら「まだ日本で配信されていないのに読まれてるんですね」と驚かれました(笑)。
──あはは(笑)。「実は私が本物だった」も「デイジー」も“ひどかった人生をやり直す”というテーマなので、最初は主人公にとってかなりつらいシーンが多いですが、すぐにやり直しターンというか、上り調子になるのでストレスが少ないという共通点もありますね。
そこも魅力なんです。テンポよくサクサク読めるのがWebtoonのいいところだと思っていて。次に「悪女が恋に落ちた時」は転生もので、悪女作品としての魅力もありますが、まず最初に彩色の美しさに惹かれました。主人公もすごくいい子で。
──美形が大好きで、もともと好きだった小説に転生したから、不幸になる“推し”たちの運命を変えようと奮闘する様子が描かれますね。
そうなんです。大切な人たちのためにがんばるピュアさは、「はめふら」のカタリナにも通じる部分もあります。数々の美形が登場するうえに溺愛ものでもあるので読んでてワクワクしますし、何より絵の魅力が高くてキラキラしてる。本当にカラー映えする作品だなと思います。
──最後の「悪女は変化する」の魅力はどこだと思いますか?
読んでいてほっこりするところです。ゆったりとした雰囲気の物語で、主人公のエルザとレンの幸せを追うのが楽しい。愛のない2人が契約結婚をするという流れは「デイジー」と似ていますが、どんどんドラマチックに惹かれあっていく「デイジー」と比べて穏やかに気持ちが通じ合っていく過程を堪能できます(笑)。
──「悪女が恋に落ちた時」も「悪女は変化する」も悪女シリーズとして位置付けられる作品ですね。
ええ。先ほども話しましたが、女性の自立が描かれている悪女や悪役令嬢は今の社会にマッチしてるんだと思います。私も含め、結婚、子育て、介護と女性はまだまだライフスタイルの変化の影響を受けやすいですが、それでも自立したい、諦めずに夢を叶えたいという願望はあると思っていて。悪女作品はエンタメとしての面白さもありますが、自立も描いているのでそういうニーズに応えてくれますし、カラフルハピネスの刊行ラインナップに選んだ作品の主人公は前向きな女性が多いんです。一旦は不幸になろうが、人生最悪な状態だろうが、やり直してすごく幸せになる。悪女作品の主人公って、普通のヒロインと比べて苦労を背負ってマイナスから始まるじゃないですか。
──そうですね。逆境からスタートすることが多いです。
だからすごく努力しないといけない。そのがんばる姿が共感を生んで、読んでいると応援したくなるし、自分も変わろう、変わりたいと勇気を与えてくれる部分もあると思っていて。なのでぜひカラフルハピネスをきっかけに知っていただいて、美しいカラーの単行本を手元に持って読んでいただきたいです。
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