ナタリー PowerPush - 冨田恵一
ポップマエストロの壮大な記録 冨田サウンドの設計図を紐解く
冨田恵一×坂本真綾×イルリメ=?
──DVDは、録り下ろしの新曲「エイプリルフール feat. 坂本真綾」のレコーディングドキュメントになっています。この曲はボーカルに坂本真綾さん、作詞にイルリメこと鴨田潤さんが参加されているということで、収録内容が発表された際には大きな話題になりました。坂本さんが1月に発表したアルバムでも、冨田さんはサウンドプロデュースを手がけていますが、この2曲は同じ時期に作られたものなんですか?
いや、それが実は全然違っていて。坂本さんのアルバムでお仕事して(「You can't catch me」収録曲「ムーンライト(または“きみが眠るための音楽”)」)、それで「あっ、いいな」と思って声をかけたという順番なんです。去年の夏ぐらいに坂本さんのほうから依頼があって、歌を録ったのが11月ぐらい。その後、冨田ラボの新曲を作るという話になったとき……曲自体は去年の春には書いてあったんですけど、「あの曲は坂本さんにすごく合うんじゃないかな」って。
──坂本さんの声にどういう印象を持ちましたか?
今まで仕事をしてきたシンガーの方とはちょっと違う視点で、すごく面白いと思いました。シンガーはだいたい、例えばワンフレーズあると、ニュアンスを変えた違うパターンで2種類ぐらい歌うことが多いんですね。自分が良いと思う歌い方を基本にして2テイクぐらい録るんですけども、彼女の場合は毎回、一部のニュアンスだけでなくその前後から違う。きっと「歌詞の世界をどう歌うのか」に重きを置いているんでしょうけど、「この言葉をこう歌ったなら、その前後もこうなる」みたいな。ちょっと説明しにくいですけど。
──ニュアンスの解像度が高い、ということなんでしょうか。
うん、解像度は高いですね。説得力のあるニュアンスの違い。「なるほど、ここをこうしたらこうなるよな」っていう。だからあまり作為的ではなく、自然と違った表現に行きついてるんですよね。
──具体的にはどういったところに魅力を感じたのでしょうか。
歌のいろんな表情を、作為的にならないバリエーションで何種類も付けられるというのは、稀有な存在だと思いますね。作為が聴こえてしまったら僕はたぶん外してしまうし。最終的にだいたい8テイクぐらい録って良いところをセレクトしていくんですけど、例えばBパートの2行目にどれを選ぶかによって、この先の進む方向が変わるわけですよ。普通のシンガーは頭から最後までどれを選んでも、表現の幅という意味ではそんなに広くないのが普通なんですけれども、坂本さんの場合は選び方によってはかなり違う歌に聴こえる。語尾の降り方のカーブとかスピードとか、そのへんで「なるほど」と納得させられるバリエーションをたくさん持ってるということなんです。それはね、本当にあんまりいなかったですね、今までやってきた中では。
──その歌詞を書いたイルリメさんはいかがでしたか?
この曲はまず歌詞をどなたにお願いしようかって打ち合わせをしたときに、まずスタッフから「イルリメさんはどうですか」という提案があって。それで彼の作品を聴いてみたら、選ぶ言葉がきれいな人だなと。それで「彼ならこの曲にぴったりの歌詞を書いてくれるんじゃないか」と思ったんです。
──イルリメさんはシンガーソングライターとしても活動されていますけど、基本的にヒップホップ畑の人だから、この3人の組み合わせというのは想像が付かなかったです。
実際にお願いしてみて面白いなと思ったのが、最初からストレートにいい詞だったんだよね。もっとラッパーめいた逸脱したものが提示されて、それを打ち合わせを重ねながらエディットしていくものだと思っていたから。やっぱりシンガーソングライターという顔があるから、語弊があるかもしれないけど、正当な歌詞書きとして良いものを出してきたんだなって。
アーティストとのやりとり
──依頼されたアーティストと打ち合わせをする際、これだけは必ず伝える、というような自分の中のルールなどはありますか?
うーん、どんなスタッフの方が意見を言ってくれても全然かまわないんだけど、スタジオ作業に入ってから船頭が多くなるのだけはダメですね。アーティストと相談しながらやる場合もありますし、顔合わせの帰り際に何かおっしゃってくださっても全然いいんですけど。作業中に船頭が多くなったことで、訴求力のないものになっちゃったという経験が若い頃に結構あったので。
──アーティストとのやりとりで印象的だったことは?
平井堅さんの「Ring」の編曲をやったとき、平井さんとは初対面だったんですけど、最初の打ち合わせで向こうからまず「何かありますか?」って訊かれたんですね。アーティストのほうから「何かありますか?」って言われることはほとんどないから、それはすごく覚えてます。
──なんて答えられたんですか?
僕はあまり早い段階から実際の作業に取りかからないようにしてるんですよ。煮詰めて考えすぎるよりも、まずは本人と会って、その人のバイブレーションとかいろんなことを感じてから始めたほうがいい。ただ曲を聴いたときに簡単なイメージは浮かんじゃうんで、「ゴスペル的な要素を間奏とかに入れられるといいですね」とは答えておきました。ほんとはそれも具体的な作業に入るまで取っておくつもりのアイデアだったんですけど(笑)。
──歌入れのときはどうでしょう。
これもDVDを観ていただくとわかるんですけど、だいたいあんな感じで(笑)。シンガーが集中できないといけないんだけど、緊張していては良い歌は録れないから、リラックスできる状態は作ってるつもりです。
──指定は細かいほうですか?
最初にこっちからどこはどう歌おうとかは、一切言わないようにしてるんですね。本人が何も考えずに自然に歌ったもののほうが、良いところはいっぱいあるに決まってるの。良いというか、説得力がある。それはどんなシンガーでもそうです。最初から歌唱プランを指定する人もいるらしいですけど。だから僕は5回ぐらい歌った後からですね、何か言い出すのは。
──特に女性歌手への歌入れって、こう、言い方は良くないですが、調教欲求みたいなものが発動しがちと聞いたことがありますが。
僕、調教欲求はそんなにないですよ(笑)。例えば間奏に行く最後の音は伸ばしてたほうが、伸ばしてる中でコードが変わっていい、というような場合は「そこ、できるだけ伸ばしてやってみていい?」って言ったりしますけどね。だけどそういうのはホントにディテールの話です。シンガーが背伸びして歌ったものが良かった記憶もあまりないですし。
[DISC 1] beautiful songs to remember 1
- エイプリルフール feat. 坂本真綾 / 冨田ラボ
- 楓 / 松任谷由実
- Ring / 平井堅
- WILL / 中島美嘉
- here it comes / 冨田ラボ
- REEEWIND!(Tomita Lab. Remix)/ m-flo loves Crystal Kay
- 眠りの森 feat. ハナレグミ / 冨田ラボ
- ずっと読みかけの夏 feat. CHEMISTRY / 冨田ラボ
- high noon / 冨田ラボ
- Why Not?(Tomita Lab. Remix)/ FPM
- ONE / AI
- falling / 羊毛とおはな
- color them green / 冨田ラボ
- マタ逢ウ日マデ2010~冨田流~ / RIP SLYME
- エイリアンズ / キリンジ
- パラレル feat. 秦 基博 / 冨田ラボ
[DISC 2] beautiful songs to remember 2
- landed one / 冨田ラボ
- vacant / LOST & FOUND performed by Miho Morikawa
- 罌栗(けし)/ 畠山美由紀
- 乳房の勾配 / 冨田恵一 feat. キリンジ
- PHARMACY / 冨田ラボ
- Get up! Do the right! feat. 佐藤竹善 & bird / FUTABA enjoy with 冨田ラボ
- 空(Tomita Lab. Remix)/ SOULHEAD
- BCC: / 冨田ラボ
- CHAIN / BONNIE PINK
- 東京の伝書鳩(goes to brazil)/ MIKI fr creole(ミキ・クレオール)
- ENDLESS SUMMER NUDE(Tomita Lab. Remix)/ 真心ブラザーズ
- 一角獣と処女 / 松井優子
- パレード / bird
- イカロスの末裔(Radio Mix)/ キリンジ
- piano improvisation 1 / 冨田ラボ
[DISC 3] Shipahead + april fool【demo edition】
- Holy Taint [original demo]
- ペドロ~消防士と潜水夫 [original demo]
- ペドロ~消防士と潜水夫 [w/lyrics demo]
- Shipahead [original demo]
- 夜奏曲 [original demo]
- 横顔 [original demo]
- 横顔 [simulated strings demo]
- パラレル [original demo]
- あの木の下で会いましょう [original demo]
- D.G [original demo]
- 残像 [original demo]
- エトワール [original demo]
- 千年紀の朝 [original demo]
- エイプリルフール [original demo]
- エイプリルフール [w/lyrics demo]
- エイプリルフール [instrumental]
DVD収録内容
「How to make a beauty」
- 新曲「エイプリルフール feat. 坂本真綾」の制作ドキュメンタリー(収録時間:約55分)
- 副音声(コメンタリー)による解説付き : 冨田恵一, Watusi(COLDFEET), 鈴木健治
SPECIAL BOOKLET
- 山崎二郎(「BARFOUT!」編集長)による解説
- 全曲の歌詞 / レコーディングデータ
- ライター水上徹による全曲解説
- 新曲「エイプリルフール feat. 坂本真綾」の冨田恵一本人による手書きスコア
CD収録曲
- エイプリルフール feat. 坂本真綾 / 冨田ラボ
- 楓 / 松任谷由実
- Ring / 平井堅
- WILL / 中島美嘉
- here it comes / 冨田ラボ
- REEEWIND!(Tomita Lab. Remix)/ m-flo loves Crystal Kay
- 眠りの森 feat. ハナレグミ / 冨田ラボ
- ずっと読みかけの夏 feat. CHEMISTRY / 冨田ラボ
- high noon / 冨田ラボ
- Why Not?(Tomita Lab. Remix)/ FPM
- ONE / AI
- falling / 羊毛とおはな
- color them green / 冨田ラボ
- マタ逢ウ日マデ2010~冨田流~ / RIP SLYME
- エイリアンズ / キリンジ
- パラレル feat. 秦 基博 / 冨田ラボ
冨田ラボ LIVE -COMBO-
2011年5月20日(金)東京都 ブルーノート東京
[1st]OPEN 17:30 / START 19:00
[2nd]OPEN 20:45 / START 21:30
出演:冨田ラボ
[冨田恵一(Key, G)/ 坂本真綾(Vo)/ 秦基博(Vo)/ bird(Vo)/ Hiro-a-key(Vo)/ 村石雅行(Dr)/ 鈴木正人(B/LITTLE CREATURES)/ 松本圭司(key, G)/ 山本拓夫(Woodwinds, Reeds)/ 西村浩二(Tp, Flugelhorn)]
料金:8400円
一般予約受付:2011年4月9日(土)
Jam Session会員予約受付:2011年4月2日(土)
冨田恵一(とみたけいいち)
1962年6月1日生まれ。北海道旭川市出身。大学在学中にギタリストとしてミュージシャン活動を開始し、1988年にはユニット「KEDGE」でアルバム「COMPLETE SAMPLES」を発表。1990年代後半にはプロデューサーとしてのキャリアをスタートさせ、最初に手がけたキリンジが圧倒的な支持を得たことで大きな注目を集めた。2000年にはMISIA「Everything」がダブルミリオンセラーを記録。2003年からはソロプロジェクト「冨田ラボ」の活動も並行して行い、「Shipbuilding」「Shiplaunching」「Shipahead」と3枚のアルバムを発表した。2011年3月2日には、プロデューサーとしてのキャリアをまとめた初のワークスベストアルバム「冨田恵一 WORKS BEST ~beautiful songs to remember~」をリリース。