ナタリー PowerPush - 冨田恵一
ポップマエストロの壮大な記録 冨田サウンドの設計図を紐解く
プロデュース業と初期衝動
──冨田さんが音楽を作る上で、情動やパッションの部分をどうやって維持してるのか、そこに興味がある人は多いと思います。
たぶん音楽を仕事として長くやってる人はみんな、情動とか初期衝動とか、そういったものに対して「こんな感じじゃなかったはずなのに」と感じることはあると思うんですね。それを成長のいち過程とみなして、情動に頼らない、職人的なほうに行くというやり方もあると思うし。だけども僕は30代の半ばぐらいまで、ずーっとハイな状態、興奮した状態で、作り始めたらそのことしか考えないような勢いだったんですよ。音楽を作ってて疲れたと思ったことが一度もなかったんですね。眠くても全然。
──具体的にはどのぐらいの時期ですか?
初めてプロデュースの仕事をしたのがキリンジで、その後いろんなプロデュースをするようになった頃です。
──キリンジの最初のリリースが1997年ですね。
だとすると、作り始めたのが1996年かな。それからだんだん忙しくなってきて、2000年にMISIAさんの「Everything」だから、2000年前後かな、「なるほど、忙しい人はこうやってだんだん職人になってくのかな」と青臭いことを考えた時期もあります。けど、そう考えたのは一瞬でした。やっぱり寝て次の日に音楽に向かえば、またいつもどおりの作業ができた。
──仕事量が増えたとき、作業のやり方を変えたりはしなかったんですか。もっと迅速にこなせるように工夫する、とか。
過密なものをうまくこなすための効率化とかを、考えるのは別にいいとは思うんだけども、そうやって自分の方式を変えていくと、それまでの衝動はどんどん薄れていくんじゃないかなと、そのときは思ったのね。ペースは変えずにやっていこうと思って。だからその頃から今まで、ペースはあまり変わってないです。おかげで今までもやってこれてるし、アイデアは変わらず湧いてきますから。
──仕事量の総量をコントロールする、というのが大事な部分ですか?
大事ですね。そんなにコントロールしなきゃいけないほどずーっと忙しかったという印象はないけど(笑)。適度な自分のペースというのがあって、それ以上はやれないっていうかやらない。それは2000年前後から変わってないですね。
今やっている音楽はすべて小・中・高で聴いたものでできる
──例えばそのときどきのスタイルを取り入れることで、新鮮さを保つタイプのプロデューサーもいますが、冨田さんはむしろ逆の印象を受けます。
最近常々思うのは「今やっている音楽はすべて小・中・高で聴いたものでできる」ってことですね。それは一夜漬けで聴いたものをパッと出したものではないから、毎回もれなく違ったバリエーションが含まれてるのね、僕の中で、自然に。それがきっと「血肉化される」ということだと思うんだけども、だからこそ音楽を作る情動とか、そういったものが疲弊せずにずっとやれてるのかもしれない。
──血肉化されているものは陳腐化しないということですか。
そう、それは自分の中ではマンネリズムと無縁のことなんですね。もちろん興味ある対象はいろいろ変わるんだけども、その根本にあるものは、突き詰めると小・中・高がすべてですね。
──少し具体的なアーティストの名前を挙げていただけると……。
全然いいですよ(笑)。僕は小学校に入る前にクラシックピアノを習ってて、つまらんから電子オルガン、ヤマハのエレクトーンですね。そっちに行かせてくれと母親に直訴したんですが、そのときにヘンリー・マンシーニの「Moon River」を聴いて「こういう綺麗な曲だったら自分は楽しんでやれる」って思ったんですね。それがまず根底にあって。
──綺麗な曲というのは、メジャーセブン感覚みたいなものですか?
メジャーセブンの感覚だし、簡単に言うとジャズのフォーマットですよ。そして中学生でTHE BEATLESなんですけど、その頃はエレクトーンも辞めて、音楽はなんにもやっていない。ただ、その頃になると周囲がバンドをやりだすんです。
──みんな洋楽を聴き始めて。
そう。THE BEATLESはエレクトーンのレパートリーにいっぱいあったから曲は知っていて。でオリジナルを聴いてみたら、歌とギターが中心でカッコいいなと。それがギターを始めるきっかけなんですけど。そして高校生の頃……1978年ぐらいに、ちょうどクロスオーバーフュージョンがブームになって。ギターを弾いていたからLED ZEPPELINやDEEP PURPLEなんかも聴いたんですけど、それよりもさらに高度なテクニックと音楽性云々、という宣伝などを見て聴いてみたら、すごくそれまでの流れとリンクしたんです。
──「Moon River」で気に入った、ジャズのフォーマットに再会したと。
ハーモニーはこっちのほうがかっこいい、しかもリズムが16ビートなのがいいなと。だけどもその前にTHE BEATLESがあったから歌モノの魅力も知ってて、それで「ジャズ/フュージョン/クロスオーバーのハーモニーやリズムの感覚で、かつ歌が入っているもの」が自分は好きなんだ、と思ったのが高2のとき。で、高3ぐらいから大学ぐらいまでAORがブームで……と考えると、まあ今作ってるものはそこまでの知識でだいたいできてるなって思うんですよね。
音楽を作る過程の楽しさ
──なるほど。先程話していただいた16ビートの感覚、特に冨田さんの作られる16ビートは、ファンク感覚に富んでいるように感じます。例えばロッコ&ガリバルディ(Tower of Powerのリズム隊)のように16分音符を敷き詰めた感じも多いと思うんですけど、あれはどこからの影響なのでしょうか?
あれはね、もちろんロッコ・プレスティアもすごく影響を受けたし、あとはアンソニー・ジャクソンです。16分音符を端正に弾くということでは。もう少し年代として古めのものだと、やっぱりチャック・レイニーですね。
──思っていたとおりの名前が聞けて、非常に感激しています。個人的に冨田さんのベースラインのファンでして……スイマセン(笑)。
あとジャコ・パストリアスの影響も受けたといえば受けたんですけど、ジャコをやるとそのままになっちゃうんで。僕がジャコっぽいことやるとき、あれは冗談だと思ってもらっていいです(笑)。もちろん非常にリスペクトしている上でね。でもベースに関しては、ちゃんと弾き始めたのは30歳ぐらいですから。後から真面目にやり始めた楽器だけあって、最初からかなり客観的に演奏しているので、自分でも好きな楽器ではありますね。
──できれば弦のブランドなんかも……(笑)。
ははは。フレットレスにはロトサウンドを張ってます。カスタムショップのプレベには、普通のフェンダーを張ってますね。フラットワウンドも試したんだけど、ラウンドワウンドで死んだ弦の音のほうが色気があるんじゃないかと思って、もう5年くらい張りっぱなしにしています。
──なるほどー。
そういった突っ込んだ話は、このボックスに入っているDVDの副音声で詳しくしゃべってます(笑)。一緒に副音声で話しているCOLDFEETのWatusiさんは僕の学校の先輩なんですけど、彼はベーシストなのでそういう話を結構しています。
──DVDの副音声もそうですけど、このワークスベストという形態は、ちょっと突っ込んだファンに向けて作られたのでしょうか。「なんでこんなに設計図を見せてくれるんだろう」と思ったのですが。
もともと僕はラジオでデモテープをかけたりもしてたんです、昔から。もちろん完成形を聴いて感動してくれるというのはすごくうれしいんだけども、それ以外にも音楽の楽しみ方はいっぱいありますよね。僕はやっぱり作る人間だから、作ってる過程がすごく楽しいんですけど、この楽しさは音楽を作らない人にも伝わると思っていて。
──制作過程の盛り上がりも共有できるんじゃないかという。
これ、本当にただのデモテープなんですよ。CDに入れるからといって特にやり直したりは全然してなくて、制作中スタッフのみんなに「できたよ」って送ったやつをそのまま入れてるだけ。だから「僕の盛り上がりをちょっと聴いてくれよ」というのとはちょっと違うかな(笑)。途中経過を聴いてから完成形を聴くことで、制作者が何を思って作るのかというのをほんの1ミリでも感じられると、他の音楽に関しても聴き方が変わると思うんだよね。ここからここに行くまでにはどのような行程があって、制作者は何を考えやっているのだろうかと図り知ることができると思う。1990年代以降のいろんな発掘モノでさ、デモのお蔵出しとかあるじゃない? あれ、僕なんかは面白くて聴いてしまうんだよね。
[DISC 1] beautiful songs to remember 1
- エイプリルフール feat. 坂本真綾 / 冨田ラボ
- 楓 / 松任谷由実
- Ring / 平井堅
- WILL / 中島美嘉
- here it comes / 冨田ラボ
- REEEWIND!(Tomita Lab. Remix)/ m-flo loves Crystal Kay
- 眠りの森 feat. ハナレグミ / 冨田ラボ
- ずっと読みかけの夏 feat. CHEMISTRY / 冨田ラボ
- high noon / 冨田ラボ
- Why Not?(Tomita Lab. Remix)/ FPM
- ONE / AI
- falling / 羊毛とおはな
- color them green / 冨田ラボ
- マタ逢ウ日マデ2010~冨田流~ / RIP SLYME
- エイリアンズ / キリンジ
- パラレル feat. 秦 基博 / 冨田ラボ
[DISC 2] beautiful songs to remember 2
- landed one / 冨田ラボ
- vacant / LOST & FOUND performed by Miho Morikawa
- 罌栗(けし)/ 畠山美由紀
- 乳房の勾配 / 冨田恵一 feat. キリンジ
- PHARMACY / 冨田ラボ
- Get up! Do the right! feat. 佐藤竹善 & bird / FUTABA enjoy with 冨田ラボ
- 空(Tomita Lab. Remix)/ SOULHEAD
- BCC: / 冨田ラボ
- CHAIN / BONNIE PINK
- 東京の伝書鳩(goes to brazil)/ MIKI fr creole(ミキ・クレオール)
- ENDLESS SUMMER NUDE(Tomita Lab. Remix)/ 真心ブラザーズ
- 一角獣と処女 / 松井優子
- パレード / bird
- イカロスの末裔(Radio Mix)/ キリンジ
- piano improvisation 1 / 冨田ラボ
[DISC 3] Shipahead + april fool【demo edition】
- Holy Taint [original demo]
- ペドロ~消防士と潜水夫 [original demo]
- ペドロ~消防士と潜水夫 [w/lyrics demo]
- Shipahead [original demo]
- 夜奏曲 [original demo]
- 横顔 [original demo]
- 横顔 [simulated strings demo]
- パラレル [original demo]
- あの木の下で会いましょう [original demo]
- D.G [original demo]
- 残像 [original demo]
- エトワール [original demo]
- 千年紀の朝 [original demo]
- エイプリルフール [original demo]
- エイプリルフール [w/lyrics demo]
- エイプリルフール [instrumental]
DVD収録内容
「How to make a beauty」
- 新曲「エイプリルフール feat. 坂本真綾」の制作ドキュメンタリー(収録時間:約55分)
- 副音声(コメンタリー)による解説付き : 冨田恵一, Watusi(COLDFEET), 鈴木健治
SPECIAL BOOKLET
- 山崎二郎(「BARFOUT!」編集長)による解説
- 全曲の歌詞 / レコーディングデータ
- ライター水上徹による全曲解説
- 新曲「エイプリルフール feat. 坂本真綾」の冨田恵一本人による手書きスコア
CD収録曲
- エイプリルフール feat. 坂本真綾 / 冨田ラボ
- 楓 / 松任谷由実
- Ring / 平井堅
- WILL / 中島美嘉
- here it comes / 冨田ラボ
- REEEWIND!(Tomita Lab. Remix)/ m-flo loves Crystal Kay
- 眠りの森 feat. ハナレグミ / 冨田ラボ
- ずっと読みかけの夏 feat. CHEMISTRY / 冨田ラボ
- high noon / 冨田ラボ
- Why Not?(Tomita Lab. Remix)/ FPM
- ONE / AI
- falling / 羊毛とおはな
- color them green / 冨田ラボ
- マタ逢ウ日マデ2010~冨田流~ / RIP SLYME
- エイリアンズ / キリンジ
- パラレル feat. 秦 基博 / 冨田ラボ
冨田ラボ LIVE -COMBO-
2011年5月20日(金)東京都 ブルーノート東京
[1st]OPEN 17:30 / START 19:00
[2nd]OPEN 20:45 / START 21:30
出演:冨田ラボ
[冨田恵一(Key, G)/ 坂本真綾(Vo)/ 秦基博(Vo)/ bird(Vo)/ Hiro-a-key(Vo)/ 村石雅行(Dr)/ 鈴木正人(B/LITTLE CREATURES)/ 松本圭司(key, G)/ 山本拓夫(Woodwinds, Reeds)/ 西村浩二(Tp, Flugelhorn)]
料金:8400円
一般予約受付:2011年4月9日(土)
Jam Session会員予約受付:2011年4月2日(土)
冨田恵一(とみたけいいち)
1962年6月1日生まれ。北海道旭川市出身。大学在学中にギタリストとしてミュージシャン活動を開始し、1988年にはユニット「KEDGE」でアルバム「COMPLETE SAMPLES」を発表。1990年代後半にはプロデューサーとしてのキャリアをスタートさせ、最初に手がけたキリンジが圧倒的な支持を得たことで大きな注目を集めた。2000年にはMISIA「Everything」がダブルミリオンセラーを記録。2003年からはソロプロジェクト「冨田ラボ」の活動も並行して行い、「Shipbuilding」「Shiplaunching」「Shipahead」と3枚のアルバムを発表した。2011年3月2日には、プロデューサーとしてのキャリアをまとめた初のワークスベストアルバム「冨田恵一 WORKS BEST ~beautiful songs to remember~」をリリース。