TENDRE「PRISMATICS」特集|死生観がにじむ2ndアルバム「PRISMATICS」で描いた10篇のドラマ

TENDREが9月14日に2ndアルバム「PRISMATICS」をリリースした。

アルバムには、NHK総合「あさイチ」の2022年度テーマ曲「SWITCH」や、先行配信されていた「LIGHT HOUSE」「HAVE A NICE DAY」を含む全10曲を収録。ウッドベース奏者である実父・河原秀夫や、盟友のAAAMYYY、バンドメンバーである松浦大樹(She Her Her Hers)といった面々も参加しているが、基本的にはTENDRE=河原太朗がソングライティングはもちろん、あらゆる楽器を自ら演奏している。

TENDREのコンテンポラリーなポップミュージック像を更新するサウンドプロダクションはますます研ぎ澄まされており、リリック全体に死生観がにじんでいるのも本作の特徴だろう。音楽ナタリーではTENDREにインタビューを実施し、その制作背景に迫った。

また特集の後半にはこがけん、9m88、土岐麻子、冨田ラボ、yurinasia、Ryohuによるコメントと、この6組がTENDREの楽曲や提供曲で構成したプレイリストを掲載する。

取材・文 / 三宅正一撮影 / Ray Otabe

TENDREインタビュー

父・河原秀夫を迎えて制作した「MOON」

──前作「IMAGINE」をリリースしてからの1年はどんな時間でしたか?

自分の音楽を求めてくれる人が増えていく中で、ポップスに対する自分の答えのようなものを「IMAGINE」で一旦出せたと思うんです。約2年半前にコロナ禍という由々しき事態になって、それを経て歌詞における言葉の書き方も変化して。その結果、「IMAGINE」というアルバムは一種のステートメントのような作品になりました。それを踏まえて昨年は、想像力を持って人と会話することや自分の考え方の奥行き、音楽的なバリエーションを探す時間だったのかなと。このアルバムの収録曲は去年の12月くらいから作り始めていて、その時点ではアルバムの方向性は定めていなくて、曲を作りながら結果として「PRISMATICS」というテーマに行き着いたという感じなんです。

──現在進行形でドラマの劇伴も制作しているんですよね?

ディズニープラスで9月から配信されるドラマ「すべて忘れてしまうから」の劇伴制作を担当しています。「PRISMATICS」の制作と重なる部分もあったのでスケジュール的にはハードでもありましたけど、劇伴制作はずっとやりたいことでもあったので。

TENDRE

──このアルバムの収録曲もドラマで流れるんですか?

9曲目の「MOON」が流れる予定ですね。

──ウッドベースでお父さん(河原秀夫)が参加されている曲ですね。ムーディで温かい楽曲ですが、特別な1曲になったという感触があるんじゃないですか?

そうですね。やっとできたな、というか。けっこう前から父親とは「一緒に曲を作りたいね」という話はしていたんです。ただ、父親はシャイな人なので、向こうから「そろそろ一緒にやろう」とは言ってこなくて。それで僕からレコーディングの日程だけを先に伝えて、「こういう曲を録るから楽器を持ってスタジオに遊びに来て」と誘ったんですね。「MOON」というタイトルに関しては、ジャズシンガーでもある母親がもともと月というモチーフを大事にしている人で。僕の本名である太朗にも月という字が入っているし、姉の名前にも朋という字が入っている。なので「MOON」という曲を形にするにあたって父親に参加してもらうのがタイミングとしてもベストかなと思ったんです。母親にはこの曲の英訳をお願いしました。それも何かの形で発表できたらいいなと思ってます。なんというか、「MOON」は自分のことを語るうえでは一番コアな部分を歌詞にしているというか。少し照れながらも父親に歌詞を見せたら、父も照れつつ反応してくれて。「こういう言葉があってもいいんじゃない?」とか、そういう会話もしました。作れてよかったですね。

──お父さんも本当にうれしかったでしょうね。

本当にシャイだけど自分の趣味にはとことん向き合う人で。ヒップホップダンスを始めて10年以上経っていたり、自分の生活のペースをすごく持っているんです。それでいて自分の話はあまりしない。そういう部分に対して昔は少しイラッとすることもあったんです。「なんでこの人はこんなにもハッキリとものを言わないんだろう?」って。それもあって昔から母のほうが会話をする機会が多かった。でも自分が大人になっていくにつれて、言葉にしなくても心を通わせられるということを少しずつ理解できるようになって。

──それもまた想像力の賜物であり。

そう思います。それを音楽にすることが、自分が河原家にいる中でやるべきことなのかなって。満を持して実現できた曲ではありますけど、父とは定期的に一緒に演奏できたらいいなと思ってます。ウッドベースがある曲を作りたいと思ったときに父親を普通に呼べたらいいなって。「MOON」はその一歩でもありますね。

TENDRE

──この曲はコーラスや口笛もエッセンスになっていると感じました。

コーラスラインは亡霊をイメージしています。このアルバムでは、ほかの曲でも死生観について歌っているところがあって。

──まさにそう思いました。アルバム全体として太朗くんの死生観が強くにじんでいるというか。

そうですよね。「MOON」に関して言うと、これから父親と音楽的な会話をする時間も限られているわけじゃないですか。今は両親ともに元気だけど、いつかは亡くなるし、あるいは僕が先に逝ってしまうかもしれない。そのときにそれぞれが自分の死後にも聴きたいと思える、音楽の美しさを感じられる曲を作りたかったというか。それぞれがそれぞれのことを思い出して月を眺めることがあるかもしれないし、月のほうから見守ることがあるかもしれない。そういうことをイメージしながら作りました。

TENDRE=河原太朗の多面性を描きたかった

──このアルバムで太朗くんが音楽的にコンテンポラリーなサウンドプロダクションを更新しているのはもはや言うまでもないんですが、それよりも死生観や河原太朗という生き様がこれまで以上に音楽として形象化されている印象を受けました。

ありがとうございます。結局、自分の話にはなってくるんですよね。サウンドメイクに関しても歌詞の言葉につなげられるような作り方を意識したり、周りの仲間たちといろんな言葉を交わしたりする中で、自分はこういう考え方でいたいと思うことを曲に反映していて。自分の言いたいことを赤裸々に書けたなという実感があります。アーティストとしてその時点の自分の答えを作品に出すべきだなとはずっと思っていて。でも、それはあくまで僕の考えでしかないし、それをきっかけに誰かと話すきっかけが生まれれば、それが一番ポップスとしてのあるべき姿なのかなと思ってます。自分はそういうスタンスでポップスを作りたいと思う。

TENDRE

──アルバムを作るうえでこれが全体を牽引してくれたという曲はありますか?

それぞれの曲が引き合ってくれたというイメージがあるんですけど、最初のほうに作ったのは8月に先行配信した「HAVE A NICE DAY」と「SUNNY」ですね。「HAVE A NICE DAY」はTENDRE史上もっともBPMの高い曲で、アルバムを作っていく中でバリエーションに富んだ内容にしたいとはザックリと考えていました。アルバムタイトルの「PRISMATICS」という言葉のイメージにもつながってくるんですけど、自分の多面性を表現できたらいいなと。時には怒りを覚えたり、涙を流したりすることもあって。今まで生きてきて、「自分はこういう人間だから、こういう態度をしておいたほうがいい」と自分で決めつけてしまっていたこともあったなと思うんです。

──はい。

例えば僕は中学生の頃、いじめに近いようないじられキャラのポジションだったんですよ。そこから「自分は柔軟だからどういう対応もできます」みたいに、変な人のよさを形成してしまった。でも、そういう苦い思い出って誰にもあると思うんですよ。僕が今、アーティストとして自分の本質を表現するべきだと思ったときに、そこに怒りもあれば涙もあるんだけど、それもまた一面でしかなくて。曲の中でいろんな表情や場面を見せたいと思ったときに、それは10話くらいあるドラマを書くような感覚に近いかもしれないと気付いた。このアルバムはそういう感覚の中でできあがっていったなって。