ナタリー PowerPush - ピロカルピン
空想の世界に誘う“まぼろし”短編集
今年5月にアルバム「蜃気楼」でメジャーデビューを果たしたギターロックバンド・ピロカルピン。11月14日にリリースされる彼らのメジャー2作目のアルバムは、自主制作時代から大切に温めてきた楽曲5曲と新曲2曲で構成された作品だ。しかも過去曲は現メンバーでアレンジをやり直し、再レコーディングして収録。過去を振り返りつつも、バンドの現在地も感じられるような仕上がりを見せている。全楽曲の作詞・作曲を手がける松木智恵子(Vo, G)に、「まぼろしアンソロジー」の制作秘話や、アルバムを通して使用されている「まぼろし」という言葉に込めた思いを語ってもらった。
取材・文 / 川倉由起子 撮影 / 八島崇
アレンジでモメて殴り合い寸前
──「まぼろしアンソロジー」は、“幻”の存在を軸に既存曲と新曲を合わせたアンソロジー的な作品だと感じました。なぜ今回、こういうアルバムに仕上げたのですか?
「蜃気楼」を出したときから、バンドで「2作目は過去の曲を入れたものにしたい」と考えていたんです。「蜃気楼」をリリースしたとき、もう一度自分たちの原点やルーツをしっかり振り返りたいっていう話になって。あとは今までの曲を再アレンジして吟味し直すことで、自分たちが改めてどういうバンドなのかをより理解できるし、それが次の作品につながるステップにもなったらいいなって。
──このタイミングでバンドのルーツと言える曲や自主制作時代の楽曲を収録したのは、メジャーデビューしたからということも関係してくるのでしょうか?
そうですね。今作に入っている過去の曲の中には、バンドの方向性を決定付けたと言ってもいいほど重要な曲もあって。そういった楽曲を、より広く知ってもらえるメジャーで出せることはすごく意味があるし、バンドとしてもうれしいことだなって。これらの曲を改めて現メンバーで再アレンジしてレコーディングをやり直したときは、これまでのピロカルピンを振り返りつつ、今だからできることや、以前よりも広がったであろう“表現の幅”みたいなものを気にしながら作ったんです。過去の曲には初期衝動のような独特なパワーがあって、今回はそこに長年かけて培った熟練の部分もうまく融合させていけたかなって思います。
──既存の曲を改めて作り直して出すって、なかなかできない経験ですよね。
はい。だから自分たちでもすごく特別な作品ですね。このアルバムは「過去と未来を紡ぐ幻想短編詩集」というキャッチコピーをつけているんですけど、まさにピッタリだなって。
──先程の「バンドの方向性を決定付けた重要な曲」というのは、今回のリード曲である「桃色のキリン」ですよね?
そうです。「桃色のキリン」はピロカルピンを結成して3年目くらいにできた曲なんですが、それまでは全体で緻密に作り込むというよりも、各メンバーが持ってきたものをそれぞれ仕上げていくようなやり方で曲を作っていたんです。でも「桃色のキリン」ができた前後は、もっと意図的にアレンジしていくやり方に少しずつシフトし始めていて、楽器同士が絡み合うハーモニーを作ったり、それによる相乗効果を意識したり……っていう変化があったんです。思えば、歌詞やメロディ、楽器のハーモニーなど全ての相乗効果によって世界観をイメージさせることができたという手応えを最初に感じたのが「桃色のキリン」だったのかなって。
──イントロのサウンドは空想の世界に誘い込むようで、さらに全体的にノスタルジックな雰囲気がありますよね。
はい。ピロカルピンの曲紹介でよく「ノスタルジック」と言われるんですけど、それはこの曲の印象もあって作られていったイメージだと思います。
──では「桃色のキリン」の制作はどのように?
最初はギターの弾き語りでメロディができて、それが個人的にすごく好きなテイストで。さらに「これはいい曲になりそうだ」っていう可能性をすごく感じたんです。そこからアレンジを進めていく段階で、私は割とストレートなギターロックにしたいと思ってたんですけど、そこでギターの岡田(慎二郎)に猛反対をされまして。彼はもっと手の込んだ感じにしたかったようで、本当にモメて、新宿駅の南口で殴り合い寸前……みたいなこともありました(笑)。
──いつも温厚なお2人からは想像が付きませんが(笑)。
あはははは(笑)。後にも先にも、そこまで激しくモメたことはないですね(笑)。
──でも、互いにそこまで主張するほど譲れないものがあったということですよね。
やっぱり、お互い楽曲に対してすごく可能性を感じていたのが大きな理由でしょうね。その結果、こんなにこだわって作ったのはこの曲が初めてというくらいのものになりましたから。
好きな世界や言いたいことの根幹は変わらない
──では「桃色のキリン」の歌詞は、どういったイメージで書いていきましたか?
まず子供の頃を思い出してみようと。そうしていたら「ももいろのきりん」っていう絵本の存在を思い出して。
──そういう絵本が実際にあるんですね。
そうなんです。病院の待合室に置いてあったんですけど、大好きで小さい頃いつも読んでもらっていて。歌詞の内容と絵本の内容は直接リンクしてはいないんですが、このタイトルを思い出したところから自分なりにイメージを膨らませて書いていきました。子供の頃って今では見えないものが見えていたり、世界がすごく真っ白でキラキラしていたんじゃないかと思っていて。もしかしたら、そういう記憶や幼少期に受けたいろいろな影響が歌詞に出てるのかもしれないですね。
──そういう子供のころの思い出に対する何か特別な思いがあるのですか?
元々曲を作ったり歌詞を書くときは子供の心を大事にしたいと思ってて。あと、例えば子供の頃好きだった何かからパワーをもらいたいっていう思いもすごくあります。子供時代のほうが、何も知らないがゆえの大きなパワーを持ってた気がするんですよね。
──なるほど。ところで「桃色のキリン」では、「見えない幻 誰もが追い求めている世界はどこに」というサビのフレーズが印象的ですが、この理想を追い求めている感じと前作「蜃気楼」のテーマとして掲げていた「理想郷」ってどこかがつながってるのかなって。
はい、不思議なことに。やっぱり以前から現在まで一貫してるものがずっとあって、根っこの部分はそんなに変わってないのかなと私も思いました。好きな世界、表現したいものの根幹はずっと変わらずやってきてるので、「蜃気楼」と今作が並んでも違和感がないのかなって。
収録曲
- 桃色のキリン
- 人魚
- 白昼夢
- カンパネルラ
- 獣すら知らぬ道
- ララバイ
- 火の鳥
「まぼろしアンソロジー」レコ発ワンマンライブ
幻聴シンポジウム vol.2 ~まぼろしがまぼろしではなくなる日~
2012年11月19日(月)
東京都 渋谷CLUB QUATTRO
OPEN 18:30 / START 19:30
同時開催「ピロカルピン イラスト原画展2012」
2012年11月19日(月)
東京都 渋谷CLUB QUATTRO
OPEN 18:30~終演後まで開催
ピロカルピン
松木智恵子(Vo, G)、岡田慎二郎(G)、スズキヒサシ(B)、荒内塁(Dr)からなる4人組ギターロックバンド。2003年に松木と岡田が出会い、バンドの原型が誕生。2009年7月にタワーレコード限定シングル「人間進化論」とHMV限定シングル「京都」を同時発売しデビューした。
2010年11月から2カ月連続でシングル「存在証明」「終焉間際のシンポジウム」を発表し、繊細な世界観とダイナミックなサウンドで話題を集める。2011年3月、3rdアルバム「宇宙のみなしご」をリリース。このアルバムのタイトルは森絵都の同名小説にちなんだもので、森の快諾により名付けられた。
2011年5月にはドラムが荒内にメンバーチェンジ。7月3日に東京・渋谷CLUB QUATTROでワンマンライブ「幻聴シンポジウム vol.1」を行い、成功を収めた。11月には初の3曲入りシングル「青い月」を発売。そして、12月に行われたワンマンライブにてユニバーサルJへの移籍を発表した。2012年5月にメジャーデビュー作となるアルバム「蜃気楼」をリリースした。同年11月には早くもメジャー2作目「まぼろしアンソロジー」を発売。