ナタリー PowerPush - 毛皮のマリーズ
時代の空気を描き出す極上ポップ絵巻「ティン・パン・アレイ」堂々完成
このアルバムは誰かが作らなくちゃいけなかった
──東京を描く、というテーマもすでにあったんですか?
あ、それはあとなんです。デビュー盤を作った頃に思いついたことなんで。なんていうか、僕が東京に出てきてから10年になりますけど、「認められた」って思えるようになったのはここ1、2年くらいなんですよね。
──東京に認められた?
そうですね。東京っていう街に許されたというか。昔はもう「僕とは全然話が合わへんな」っていう感じだったんですよ。六本木とか青山とか歩いてる人とは口もききたくないっていう。それが今では、こうして港区のビルで偉そうに話してるわけですから。全然違いますよね、それは。家賃だってやっと自分で払えるようになったし(笑)、腰が落ち着いたっていうんですかね? そうなると勝手にも「いい街やな」って思うようになってきて。そこからですよね、「じゃあ、東京ってなんなんだ?」っていうことを考え始めたのは。
──なるほど。
たくさんあるじゃないですか、東京を歌った歌は。でも、いわゆる上京物語的なものにはしたくなくて。“中央線、4畳半”みたいなものではなく──僕、中学くらいのときに渋谷系って言われてる音楽が好きだったんですよね。あの頃に感じてたのはカタカナの“トーキョー”なんですよ、漢字の“東京”ではなく。岡崎京子さんのマンガに出てくるような、あの感じ。
──あれほどキュートに東京を描ける人はいないですよね。
いいですよねえ。ホントに好きなんですよ、僕。
──そうすると「ティン・パン・アレイ」で描かれているピュアでロマンチックなメロディっていうのは……。
そう! これこそ今僕が感じている“東京”なんですよね。つまり僕は、東京をものすごく美しい街だと思ってるんです。このアルバムを手放しで素晴らしいと言い切れるのは、まさにそこなんですよね。僕に才能があるとか、僕が美しいなんて言うつもりはさらさらなくて、僕の周りにある雰囲気がこんなにも美しいんだっていう。で、そこから一気に飛躍するわけですよ、思い入れの激しい僕は。「今、世界は確実に美しい!」って。あのね、この前LADY GAGAさんの本を読んだんですけど……。
──はい(笑)。
「私たちアーティストの仕事は、みんなに未来を見せることだ」って言うんですよ。ときには笑われることもあるけど、それは誰も見たことのないことを表現しているからだって。それを読んだときは、我が意を得たりと言いますか、自分がずっと言いたかったことをうまく言語化してくれてるなって思ったんですよね。このアルバムの何が素晴らしいって、今こういうムードがあるってことなんですよ! 「ティン・パン・アレイ」を作ったのが去年でも来年でもなく、今年だったっていうことにはすごく意味があるんです。やっぱり今、素晴らしい何かが生まれてるんですよ、絶対に。
──単に毛皮のマリーズがブレイクして気分がいい、っていうだけではなく……。
うん、それだけじゃないです。だって、単に毛皮のマリーズが調子いいってだけだったら、やっぱりロックンロールをやったと思いますもん。だけどこのアルバムは誰かが作らなくちゃいけなかった。そのボールがちょうど僕の前に転がってきた、ってうことですよね。「ええ? 僕らは4人組のバンドやのに……」っていう感じですよ。久石譲さんとか、そういう人のところに行けばいいやん。なんで僕のところに来るんや?っていう(笑)。
──そういう役目だったんでしょうね。
そう。あれですよ、「戦争は終わりました」って伝えるニュースキャスターみたいなもんです。その人が戦争を止めたわけではなくて、たまたまそのニュースを読んだだけですけど、たぶん、すごくキャスター冥利に尽きると思うんですよね。「戦争が始まりました」って報道するより「戦争が終わりました! 明日から平和になります!」って言えたほうが気分はいいわけで。しかもそれは僕らだけじゃないと思うんです。何人かのアーティストが同じ雰囲気をキャッチして、同時多発的に起こってることなんですよ。「みんな、何か素晴らしいことが始まるよ。悪くない時代が来るよ」ってことをたくさんの人たちが表現し始めてるんです、このアルバムを含めて。それがどんどん世に出ていって、そういう気分が蔓延していって──そういう役目ができたことは、ホントに誇らしいです。もちろん、どっちが先かはわかんないですけどね。時代が音楽を作るのかもしれないし。それもポピュラーミュージックだと思うから。
「天才やけど、しかし今日はヒマやな」っていう感じ(笑)
──そうですね。ここで描かれている東京は本当に美しくてロマンチックなんですが、例えば10年前くらいって、東京に対する憎しみもあったと思うんですよ。
ええ、ええ。
──それはもう消えました?
今はないですね。例えばテレビ番組なんかで「今回は東京をテーマにしたアルバムということで、志磨さんの思い出の場所を紹介してもらって……」みたいなオファーがあるんですけど、「ぜひぜひ! つらい思い出のある場所にどんどん行きましょう!」って思いますからね。確か美輪明宏さんもそんなことをお書きになってたと思います。東京に出てきたばかりの頃に泊まる場所もなくてトボトボ歩いていた道を、成功してからロールスロイスで回ったんですって。窓から風景を見ながら「たいしたことないわね」って思うっていう。まあ、僕はロールスロイスじゃなくて、ロケバスですけど。
──一番きつい思い出がある場所ってどこですか? 高円寺?
高円寺はいろんなことがありすぎますからね。いい日も悪い日も、中央線に乗って帰るっていう日々が続いてたので。まあ、パッと思い出すのは新百合ヶ丘ですかね。8時間、ずっと空き地を見てるだけっていう苦行みたいなバイトをしてたので。
──警備のバイトだ。
そうです。1軒だけ、立ち退きを受け入れない家があったんですよ。だから工事はできないんですけど、子供とかが入り込まないようにずっと見てるっていう。あと、葛西臨海公園あたりの高速の入口は僕が警備しました(笑)。東武東上線とか西武池袋線とか、あのあたりもいろいろありますねえ。あれはしんどいですよ。退屈が大嫌いで有名な僕が、8時間くらいずっと立ってるだけなんですから。まあ、できる限り仕事はしないようにしてましたけどね。1時間でも多く音楽に携わっていたいって思ってたし。働いたお金でお洋服でも買えば楽しいんでしょうけど、そんなことどうでもよかったし。
──そのときから「自分には圧倒的な才能がある」って思ってたわけですよね?
ええ。「天才やけど、しかし今日はヒマやな」っていう感じですよね(笑)。
──このままじゃヤバイとは思わなかった?
ヤバイっていうのはなかったですね。ただ、侵食してくるじゃないですか、生活という名のブルースが。そういうものから自分を守るのに必死だったかもしれないですね。なるべく誰とも口をきかないで、友達も作らないで……ほら、僕はけっこうお人好しじゃないですか。
──お人好し?
こういうとき(取材時)も、ウワーッとしゃべっちゃうでしょ? 「何も言うことないよ」とか「聴けばわかるよ」みたいな感じじゃなくて。昔からそうなんですよ、僕。だからなるべく誰にも話しかけられないように眉毛を落としてたんですよね。ライブのときなんかも、他のバンドの演奏が始まったらダッシュで逃げてましたから。「ヤバイ、アホがうつる」って。
──それはやっぱり「自分には才能がある」っていう思いだったり、ピュアな部分を守ろうとしてたりということ?
そうかもしれないですね、うん。今となってはよくわからないですけど。
──これだけ美しいメロディが紡げるっていうことは、自分の感性を命がけで守ってきたからだと思うし。
ええ、ええ。もっと言ってください(笑)。
みんなに受け入れられてもつまらないですけど(笑)
──そして今、バンド全体もとても良い状況にあるっていう。ついに幸福な時代が来ましたねえ。
うん、彼らは偉いです。がんばっております。
──AXのライブの最後、全員がステージに並んだときのあの光景もすごく良かったですよね。愛すべきメンバーたちだなあって。
それはね、やっぱりアレですよ。選んだ理由っていうのがちゃんとありますからね。彼らは……いいですよ(笑)。こんな人によくついてきてくれるなって思いますもん。僕、バンド貯金から自分の家賃払ったりしてたんですよ? 終わってますよね(笑)。
──ちなみに「ティン・パン・アレイ」に対するメンバーの反応ってどんな感じなんですか?
えーと、このアルバムに限らず、そういう話はしないですね。「今回のアルバム、いいよね」とか、そういう話は一切ないです。照れ屋さんが集まってますからね。ライブのあともごはん食べて帰るだけで、「俺たち、ここまで来たぜ」みたいなこともないし。
──そうですか(笑)。でも「ティン・パン・アレイ」は間違いなく、すごい反響を呼ぶでしょうね。
ね。みんなに受け入れられてもつまらないですけど(笑)。
──「こんなの毛皮のマリーズじゃない!」っていう反応もあると思いますけどね。
何度それを言われたことか(笑)。でもね、それこそが毛皮のマリーズをやってる実感なんですよ。最初にも言いましたけど、「今回もいつもどおりの毛皮のマリーズ。イエーイ!」みたいなのって意味ないですからね。このアルバムをどうして毛皮のマリーズ名義で出したかっていう理由もそこにあるんですよね。
──どういうことですか?
毛皮のマリーズの定義がハッキリしてきたんですよね。世の中にはたくさん素敵なことがある。その中で、まだ自分たちが手を付けていないことをやり続ける。そのうえで音楽的に質が高いことやっていけば、何も問題ないと思うので。
──「ティン・パン・アレイ」もめちゃくちゃ豊かな音楽ですからね。まったく問題のない問題作というか。
そうっすね。その表現はホンマにいいと思いますよ(笑)。
CD収録曲
- 序曲(冬の朝)
- 恋するロデオ
- さよならベイビー・ブルー
- おっさん On The Corner
- Mary Lou
- C列車でいこう
- おおハレルヤ
- 星の王子さま(バイオリンのための)
- 愛のテーマ
- 欲望
- 弦楽四重奏曲第9番ホ長調「東京」
DISC 2(※初回限定盤のみ)
- ボニーとクライドは今夜も夢中
- Mary Lou
- 愛のテーマ
- DIG IT(LIVE)
- コミック・ジェネレイション(LIVE)
毛皮のマリーズ(けがわのまりーず)
志磨遼平(Vo)、越川和磨(G)、栗本ヒロコ(B)、富士山富士夫(Dr)による4人組ロックバンド。2003年に結成し、都内のライブハウスを中心に活動。2005年に発表した自主制作CD-R「毛皮のマリーズ」が話題を呼び、2006年9月にDECKRECから1stアルバム「戦争をしよう」をリリースする。その後も音源の発表を重ねつつ、ライブの動員も激増。2010年には日本コロムビアと契約し、4月21日にアルバム「毛皮のマリーズ」をリリース。同年10月発表のシングル「Mary Lou」がスマッシュヒットを記録する。