ナタリー PowerPush - 花澤香菜

“渋谷系”ポップスを継承する傑作アルバム完成

「花澤香菜の歌」を探りながらデモを10曲

──まず最初北川さんにこのプロジェクトへのオファーがあったときは、どのような依頼だったんですか?

2011年の頭ぐらいだったかな。「花澤香菜という声優をソロデビューさせたい」というお話をもらって。まずは歌い方をいろいろ試してみようということで、何曲か作ってレコーディングしてみたんですよ。

──リリースする予定もなく?

うん。ちゃんとレコーディングスタジオで録ったものを聴いて「こういう歌い方もできそうだから、じゃあ次はこんな曲もやってみましょう」ってまた何曲か作って。とはいえ僕が呼ばれている時点で、ある程度音楽の方向は絞られてたんだと思うんですけど(笑)。

──「まず北川さんに」というだけで明確な意思を感じますよね(笑)。

はははは(笑)。結局、その準備期間の間に10曲ぐらい作ったんですよね。香菜ちゃんはそれまでもキャラソンで歌ってきてたし、「恋愛サーキュレーション」(アニメ「化物語」キャラクターソング)という代表的な曲もあったし。あくまでキャラクターの歌ではない、「花澤香菜の歌」ってどういうものだろうというのを探りながら、ゆっくり進めていった感じ。特にアニメ系だと「来春に放送する作品の曲だから、逆算して何月から」みたいな期日がはっきりしてる場合が多いんですけど、ここは「花澤香菜という逸材がいるから、どうしていくべきかを一緒に考えてほしい」っていう(笑)。

──発注の内容自体が根本から違ったと。

そう。通常ありえないような贅沢な進め方で。スタッフの人は僕らミュージシャンに最大限のリスペクトを払いつつ、1本自分の中にブレない軸を持っていて。それを受けて僕からも「この人に曲を依頼してみませんか」とアイデアを出して、だんだん人選が絞られてきた。

花澤香菜の声

──花澤さんのボーカルとしての声質、特徴を説明するとどういうことになりますか?

「花澤香菜はどういう声」ってはっきり言えないんだよね。やろうと思えばどんな声でも出ちゃうから。むしろ音楽活動をやっていく上で、幅が広がりすぎて散漫にならないように、いろんな曲を録りながらある程度絞っていった感じ。どんな声かって聞かれると、かわいい声ですよねとしか言いようがない(笑)。

──あはは(笑)。でもアルバム後半の「おやすみ、また明日」のような、限られた音数で思いきりボーカルが立った曲を聴いたとき、すごくハッとさせられるというか。

いや、ホントすごいよ。すごくうまいし、吸収力があるから。それに、セリフが入った曲って普通は少し面白く響いちゃうことが多いんだけど、香菜ちゃんの場合は面白く響かないということがわかって、これはすごいなと。「声優だからセリフを入れました」ではなくなってる。

──おそらくこのアルバムは、楽曲クレジットを見ただけでもピンとくる人が多いと思うんですよ。腕の立つ職人が揃ってるけど、聴き進めるうちに「あ、これは素材だけでもおいしいんだ」とわかる仕組みに(笑)。逆に花澤さん目当てで買った人も、作家陣の音楽やルーツをたどる面白さもあると思います。

昔HMV渋谷にCDを買いに行ってた人、そういえば最近CD買ってないなーという人にぜひ聴いてほしいですね。単純にカジくんの曲が聴きたい、ミトくんの曲が聴きたい、Cymbalsが2人も入ってるじゃん(笑)、みたいな入り口からでも、まるまる楽しんでもらえると思うんですよね、きっと。花澤香菜さんという人についてなんの前情報も持ってないような人でも、聴き終える頃には魅力が伝わるんじゃないかな。

プロジェクトの始まりは「青い鳥」

──今挙ったようないわゆる“渋谷系”のリスナーは、まず1曲目の「青い鳥」で完全にヤラれると思います。編曲で参加している長谷泰宏(ユメトコスメ)さんは、北川さんが最近手がけたアニソン&声優系アーティストの楽曲の多くでコンビを組んでいますよね。

長谷くんは主にストリングスを入れたいときにお願いしてるんですけど、そもそもストリングスが入ることがバンドだとあまりないじゃないですか。ROUND TABLE featuring Ninoでは1発目から(宮川)弾くんのストリングスが入ってたりしたけど、数を重ねるうちに弦の重要性がわかってきたんですよ。弦が入った楽曲とアニメの融合を押し進めていく中で、長谷くんと一緒にどんどん新しいことに挑戦して。

──「青い鳥」はめくるめく展開にストリングスが絡み付く、北川×長谷コンビの決定打とも言える楽曲なんじゃないかと思います。これは同業のアーティストにとっても刺激的なんじゃないでしょうか。「J-POP、声優アーティストの音楽でここまでやっちゃっていいんだ!?」みたいな(笑)。

はははは(笑)。「青い鳥」って、実はこのプロジェクトの原点と言える曲で、香菜ちゃんに最初に渡したのがこの曲だったんですよ。彼女のそれまでのキャラソンを聴かせてもらって「どういう曲を作ろうかな」と考えたときに、ミュージカルみたいな世界が思い浮かんで。それで作ってみたのがこの「青い鳥」。だからこの曲はずいぶん前の段階からあって、最初のシングル「星空☆ディスティネーション」に入っている「Saturday Night Musical♪」をそのあとに作ったの。

──あの曲も北川×長谷コンビで、ミュージカルやジャズを思わせるサウンドでしたよね。

全部が全部ミュージカルにはしないまでも、香菜ちゃんにはこういうゴージャズでかわいいミュージカル的な曲をぜひいっぱい歌ってほしいなと思って。

──アルバムでようやく登場した曲だけど、実はこのプロジェクトの根幹にあったのは「青い鳥」だったと。

そうそうそう。ずっと温めておいた曲が、満を持してアルバムの1曲目に来たっていう。最初はここまで壮大じゃなかったんだけど(笑)、長谷くんとデモからさらに作り込んでいくうちに「ミュージカルの一幕としてセリフもあってほしい」「テンポチェンジもしたい」とどんどん過剰になっていって(笑)。結果こうなりました。

──かと思えば、カジヒデキさんが作った完全にカジ節のナンバーもあり。

カジくんには「カジくん120%で」とお願いして(笑)。アルバム全体の流れやバランスを考えて「この人にはこういう曲をお願いしよう」「じゃあこの人はこんな感じで」「テンポはこのぐらいで」と、参加してもらったみんなにはけっこう細かい注文をしました。全曲レコーディングにも立ち会わせてもらって。それぞれが10年、15年とやってきたものを感じさせてもらったし、きっと今じゃないとうまくいかなかっただろうなと思います。みんなずっと知ってたけどこんなにしゃべったことはないし、飲みに行く回数もこの1年で15年分を軽く超えてるしね(笑)。

ニューアルバム「claire」/ 2013年2月20日発売 / 3150円 / アニプレックス SVWC-7929
CD収録曲
  1. 青い鳥 [作詞:北川勝利、acane_madder / 作曲:北川勝利 / 編曲:長谷泰宏、北川勝利]
  2. Just The Way You Are [作詞・作曲:北川勝利 / 編曲:acane_madder、北川勝利]
  3. 初恋ノオト [作詞・作曲・編曲:中塚武]
  4. ライブラリーで恋をして! [作詞・作曲:カジヒデキ / 編曲:関根卓史]
  5. 星空☆ディスティネーション [作詞・作曲・編曲:北川勝利]
  6. スタッカート [作詞・作曲・編曲:宮川弾]
  7. melody [作詞:meg rock / 作曲・編曲:ミト]
  8. Ring a Bell [作詞・作曲・編曲:北川勝利]
  9. Silent Snow [作詞・作曲・編曲:北川勝利]
  10. シグナルは恋ゴコロ [作詞・作曲:矢野博康 / 編曲:北川勝利]
  11. 新しい世界の歌 [作詞・作曲・編曲:沖井礼二]
  12. 眠るサカナ [作詞・作曲・編曲:Fullkawa Head.Q.music]
  13. おやすみ、また明日 [作詞:花澤香菜 / 作曲・編曲:北川勝利]
  14. happy endings [作詞:meg rock / 作曲・編曲:神前暁(MONACA)]
初回限定仕様特典
  • 48P撮り下ろしスペシャルフォトブック
  • 三方背スリーブケース
花澤香菜(はなざわかな)

2月25日生まれ、東京都出身の声優。2006年放送の「ゼーガペイン」で初のヒロインとなるカミナギ・リョーコ役を演じ、2007年には「月面兎兵器ミーナ」「スケッチブック ~full color's~」「ぽてまよ」といった作品で次々と主要キャラクター役に抜擢された。その後も「こばと。」「化物語」「海月姫」などの人気アニメでヒロインを演じるかたわら、多数の作品でキャラクターソングを歌い、2011年放送の「ロウきゅーぶ!」では声優ユニット「RO-KYU-BU!」のメンバーとしても活躍。2012年4月にはシングル「星空☆ディスティネーション」でソロデビューを果たした。同年7月に「初恋ノオト」、10月に「happy endings」、2013年1月に「Silent Snow」と季節ごとにシングルを発表し、2013年2月20日には1stフルアルバム「claire」をリリース。