ハナレグミ|涼やかな風景から立ちのぼるブルース

なんだかわからないモヤっとしたものの中にいる感覚が好き

──1曲目を飾った「線画」は、まさにアルバムジャケットのアートワークと呼応するような曲ですね。

この曲に関して言うと、楽曲のモチーフみたいなものは何年も前からイメージとしてあったんです。以前、井上雄彦さんの「スラムダンク」のドキュメンタリーDVDのナレーションをやらせてもらったことがあって、そのときに“線”ってすごいなと思ったんですよ。

──どういうふうにすごいと思ったんですか?

永積崇(ハナレグミ)

最初の1本は、誰でも書けそうな線からはじまるけど、意志を持ってその線を重ねていくと、やがて感情になっていく。井上雄彦さんの作品には無言のシーンも多いけど、例えば、そこに描かれた表情を見るだけで主人公の気持ちの変化がうかがえたり、心の奥行きを感じることができる。それで1本の線が持っている力ってすごいなと思って。それからしばらくして浦沢直樹さんのアトリエに行かせてもらう機会があったけど、やっぱり生の原稿に刻まれてる線の迫力がとんでもなくて。たった1本の線に命を込めることで立ち上がってくる何か……そういうところから“線画”を楽曲のテーマとして漠然と考えてたんです。

──絵と言えば、永積さんも点描画を描かれてますね。シングル「深呼吸」は自画像がジャケットに使用されていました。マンガに描かれた線の1本1本の成り立ちや意味合いに興味を持ったり、あるいは自画像を描くときに顔の表情の細やかな部分をミクロ的に観察しているのに、その反面、ハナレグミの楽曲としてアウトプットされる表現はすごく俯瞰的と言うか、隙間を感じさせるものになっているのが興味深いです。

うん。確かに自分でもそう思います。

──多くのミュージシャンがどうしても描き込みすぎたり詰め込みすぎる表現に向かいがちだと思うんですが、ここ最近のハナレグミの楽曲を聴いてると、必要以上な音は間引いて、シンプルな表現に向かっているように感じます。

永積崇(ハナレグミ)

そうですね。そうありたいと思ってる。結局そういうものが好きなんだよな……例えば、自分が大好きな井上陽水さんの「白い一日」という曲は、好きな女の子を陶磁器に見立てているっていう歌詞で、曲としてもすごく短いんだけど、そこにものすごく宇宙を感じて。そこまで具体的になってない感情が、そこにある。もしかしたら、その子のことが好きかどうかもわからないし、歌っている対象も恋人じゃなくて自分の妹かもしれないし親かもしれない。なんだかわからないモヤっとしたものの中にいる……そういった世界観が、俺はずっと好きなんだなって。そういう感覚が、ここに来て自分の中で爆発したのかも。とくに「線画」や「深呼吸」みたいな曲はそうかもしれない。

自分の地元にもブルースが立ちのぼってきてるような気がする

──「深呼吸」は先行シングルとして発表されましたが、アルバムの流れで聴くと、また新たな感覚で聴こえてくるのが面白いですね。

「深呼吸」が主題歌になった是枝裕和監督の映画「海よりもまだ深く」の舞台は東京の清瀬市なんですけど、自分の地元である西東京とかなり似てて。同じようにもともと畑だった新興住宅地に団地ができて……以前は自分の地元に歴史的なものを感じることがなかったけど、あの映画を観てからひさしぶりによくよく実家を見てみると、すごくきれいだった新築の家が、なんともブルージーな味わいになってたりする。そんなことを思ってるときに、今度は劇団・鉄割アルバトロスケットの戌井昭人さんと、NHK「みんなのうた」のために「うんだらか うだすぽん」って曲を作ったんです。戌井さんは調布の人で、俺の地元と同じく近くに多摩川が流れてて。

──ちょうど、つげ義春さんの「無能の人」の舞台になったあたりですね。

永積崇(ハナレグミ)

戌井さんの作品には“川向こう”とか“ブルース”ってキーワードがよく出てきて、やっぱりブルースを感じさせる。それで、自分の生まれ育った町には存在していないと思ってたブルースが、もしかしたら意外にも近くにあるのかもなって思えてきて。俺は黒人のブルースを聴いて、「この人たちの憂いってなんだろう? どうしてこんなに1つのものに向かって歌が歌えるんだろう?」って、自分に足りないものを補ってもらうような感覚を持ってたんです。この憂いの感覚みたいなものを知っておかないとどこかでつまずくような気がしたのかな。何かが足りないって言うか、こういうものを知ってないと嘘のような気がしてた。そう思ってブルースのレコードを延々聴いたり、“顔面写経”と称してブルースマンの写真を見て点描したりね。

──前作に収録された「フリーダムライダー」は、ブルースを求めてメンフィスに行ったけど、自分の求めているものは見つからずに、だけど答えは自分の中にあったことに気付く……という経験から生まれた曲でしたしね。

そう。だけど、自分の地元にも少しずつブルースが立ちのぼってきてるような気がしてね。それは地元と言うか、自分の中から立ち上がってきたものなのかも知れないけど。アメリカのブルースっていうのは自分の中にずっと憧れとしてある。その憧れに対する距離は今も変わらないんだけど、是枝監督の映画を観たり、戌井さんと話したりして、もう一度自分の生まれ育った町を眺めたときに、どこか白々としていると言うか、人と人の間にも隙間があってよそよそしさを感じた。例えば都心への憧れが歯抜けのように存在してて、ある住宅街だけ急にヨーロッパふうになってる一角があったり、その隣に畑があって向こうには巨大なショッピングセンターが建ってたり……一見整然として涼やかなように見えて、そこにはいびつな風景がある。でも、その涼やかさの中から立ちのぼってくる何かを感じるんだよね。実はその感覚って、SUPER BUTTER DOGをやってた二十代の頃に感じていたものでもあって。あの当時にフィッシュマンズの曲や、ブリストルのトリップホップなんかを聴いて感じてた、何とも言えない不思議な涼やかさと共通する感覚があるんですよ。

──それが身の回りで感じる、永積さんなりのブルースなのかもしれない。

自分はいつも歌詞を書くとき、ついついほかの人が書いた歌詞を見ちゃったりするけど、どうしてそこまで強く感情を撃ち放つことができるんだろうとか思ってしまうんです。俺の中にはどうしてもそういう感覚がなくて、そこに少しコンプレックスを感じることもあった。だけど是枝監督の映画を観たときに、大きな主題やメッセージが具体的にあるわけじゃないのに、映画を観た人が自分自身の時間や記憶や思いと重ねることで完成する何かがあるということに気付くことができて。

永積崇(ハナレグミ)

──そういう伝え方もあるんだ、と。

うん。さっき話した陽水さんの「白い一日」じゃないけど、そこにはただ時間が流れていて、誰もが手にするような営みと近いものがある。自分の歌でも「家族の風景」なんかはそうかもしれないけど、聴き手が自分の時間と重ねた瞬間、この歌はある意味完成するんだなって。そういうメッセージのあり方でいいんだって、是枝監督の映画からすごく勇気をもらったんです。フィッシュマンズの佐藤伸治さんの歌にもそういうところがあったと思うし、今回のアルバムのジャケットを手がけてくれた角田純さんの絵にも同じようなものを感じて。特別なことを言ってるわけじゃないんだけど、自分の時間と重なって、何かが揺らめき出すような……そういう音楽や表現が、自分はやっぱり好きなんだろうなと思うんです。

ハナレグミ「SHINJITERU」
2017年10月25日発売 / SPEEDSTAR RECORDS
ハナレグミ「SHINJITERU」

[CD]
3240円 / VICL-64847

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収録曲
  1. 線画
    [作詞・作曲:永積崇]
  2. ブルーベリーガム
    [作詞:永積崇 / 作曲:堀込泰行]
  3. 君に星が降る
    [作詞:竹中直人 / 作曲:坂本龍一]
  4. 深呼吸
    [作詞・作曲:永積崇]
  5. My California
    [作詞:阿部芙蓉美 / 作曲:永積崇]
  6. ののちゃん
    [作詞・作曲:永積崇]
  7. 消磁器
    [作詞・作曲:永積崇]
  8. 秘密のランデブー
    [作詞:かせきさいだぁ / 作曲:沖祐市]
  9. Primal Dancer
    [作詞:阿部芙蓉美 / 作曲:永積崇]
  10. 太陽の月
    [作詞・作曲:永積崇]
  11. YES YOU YES ME
    [作詞:永積崇 / 作曲:阿部芙蓉美、永積崇、YOSSY]
NHKみんなのうた
ハナレグミ と うんだらか楽団
「うんだらか うだすぽん」
NHKみんなのうた ハナレグミ と うんだらか楽団 「うんだらか うだすぽん」

2017年11月15日配信
SPEEDSTAR RECORDS

ハナレグミ ツアー「SHINJITERU」
  • 2017年11月7日(火)石川県 金沢EIGHT HALL
  • 2017年11月10日(金)北海道 Zepp Sapporo
  • 2017年11月12日(日)宮城県 SENDAI GIGS
  • 2017年11月14日(火)福岡県 DRUM LOGOS
  • 2017年11月16日(木)岡山県 CRAZYMAMA KINGDOM
  • 2017年11月17日(金)愛知県 DIAMOND HALL
  • 2017年11月26日(日)大阪府 オリックス劇場
  • 2017年12月6日(水)東京都 東京国際フォーラム ホールA
ハナレグミ
ハナレグミ
永積崇(ex. SUPER BUTTER DOG)によるソロユニット。2002年11月に1stアルバム「音タイム」をリリースし、その穏やかな歌声が好評を得る。2005年9月には東京・小金井公園でフリーライブ「hana-uta fes.」を開催し、約2万人の観客を集めた。2009年6月に4年半ぶりとなるアルバム「あいのわ」をリリースし、ツアーファイナルの東京・日本武道館公演を成功させる。2013年5月リリースのカバーアルバム「だれそかれそ」では多くの名曲をさまざまなアプローチで歌い上げ、ボーカリストとしての力量を見せている。2015年8月に野田洋次郎(RADWIMPS)、YO-KING(真心ブラザーズ)、池田貴史(レキシ)、堀込泰行(ex. キリンジ)、辻村豪文(キセル)、大宮エリーら、さまざまなアーティストが参加したアルバム「What are you looking for」をリリース。2016年5月に公開された是枝裕和の監督映画「海よりもまだ深く」では、劇伴および主題歌「深呼吸」を手がけた。2017年10月にアルバム「SHINJITERU」をリリース。11月7日よりアルバムを携えた全国ツアー「ハナレグミ ツアー『SHINJITERU』」 を実施する。