桐山零を祝福する「春の歌」

──「Someday」と両A面シングルとしてリリースされた「春の歌」も永野さんプロデュースですね。言わずと知れたスピッツの名曲で、神木隆之介さん主演の映画「3月のライオン」の後編主題歌でもあります。オリジナルのバージョンは聴いたことがありました？

はい。小学生のとき、初めて人前でギターを弾いて歌ったのが「空も飛べるはず」だったくらい、もともとスピッツさんの曲はたくさん歌っていました。人前といっても、家族や知り合いが集まったお花見の席なんですけど（笑）。もちろん「春の歌」もよく聴いてました。だからこそ、カバーするのは大変でしたね。原曲には深いリスペクトがあるけれど、歌わせていただくからには自分なりの色を出さないと、と思っていました。何より映画の主題歌なので、観た人に、エンドロールも含め1つの世界観だと感じてもらわないといけない。それには何が必要なのか、大友（啓史）監督ともいっぱいお話をさせていただきました。

──監督からはどういう要望がありました？

この曲はもともと、原作者の羽海野チカさんがマンガの連載を始められるときにずっと聴いていた曲ということで、「3月のライオン」という作品の根底にある大切な存在。それを映画化するにあたって、監督は前編では主人公・桐山零くんの闘いを描き、後編では周りの人たちとのつながりや愛について描きたいと仰っていました。主題歌にも、自分は1人じゃないんだと気付いた零くんへの、祝福の気持ちを込めてほしいと。永野さんのアレンジも、そのメッセージをすごく的確に反映しています。

──どういった部分でしょう？

最初はアコースティックギターと歌とでシンプルに始まるんですが、サビに近付くにつれて少しずつ増えて、「あ、みんな近くにいてくれたんだ」と気付くようなアレンジだと思います。永野さんやレコーディングスタッフのみんなでコーラスや手拍子を入れてたり。原曲は透明感があって疾走感のある曲ですけど、それがまるで違う印象の曲に生まれ変わっていくのは、とても新鮮でした。

──後半でブラスが折り重なっていく高揚感は、例えば「All You Need Is Love」など、後期のThe Beatlesのアレンジにも通じるような……。

ああ、確かに！ 私自身、作品への愛を精いっぱい込めて歌ったつもりなので、監督から「すごくよかったよ」と言ってもらえたときは心からうれしかった。ホッとしました。

通じ合える感覚のOvallメンバー

──続く4曲目「play with me」は、大人っぽい恋の歌。メランコリックな旋律とちょっと気怠い歌い方は、デビュー時から変わらない藤原さんの持ち味ですね。

そうですね。個人的にはマイナー調の曲が一番しっくりくるというか。「Someday」みたいな曲を作るのはいつも死ぬほど苦労するのに、こういう曲ならメロディがいくらでも浮かんでくる（笑）。

──ははは（笑）。なぜでしょうね？

うーん……普段聴いている音楽が、マイナー調のワールドミュージックが多いからかな？ この「play with me」と10曲目の「play sick」は、収録曲のバランスを見ながら最後に書いた曲で。シンプルな小品を2つ入れたことで、アルバム全体がいい感じで落ち着いてくれた気がする。自分でも気に入っています。

──プロデュースは、Ovallの関口シンゴさんです。

はい。先ほどお話しした7曲目の「sakura」と、8曲目「Necklace」もそうですね。去年ツアーを回ったバンドでレコーディングもできました。Ovallのメンバーそれぞれとは曲を作っていたんですけど、ライブを通じて関係がずっと密になって。今回、ツアーの延長のような感覚で曲作りができたのはすごくうれしかったです。何も言わずとも、通じ合える感覚があったので。

──英語で歌われる「Necklace」は、ジャジーでアップテンポで、ちょっと不良っぽくて。いかにもライブで盛り上がりそうな1曲です。

この曲の登場人物は、すごく美人な女の子とそんな彼女が大好きな男の子で。彼は女の子に夢中なんだけど、彼女は彼が貢いでくれるネックレスにしか興味がない。

──うーん、それは切ない（笑）。

わりと残酷な歌なんですよ（笑）。でも男の子は、それをぜーんぶわかったうえで「好きだから全部あげたっていいんだ！」って開き直ってる。アルバムの中で唯一、2年くらい前に書いた曲ですね。

──Ovallと同じorigami PRODUCTIONSに所属するキーボーディストのKan Sanoさんの弾くフェンダーローズも、ゴキゲンなグルーヴを醸し出しています。

カッコいいですよねえ！ UAさんのバックなどでも演奏されていて。私は前々から憧れていたので、Twitterでフォローしてくださったときには、「やたーっ！」と大騒ぎしたくらい（笑）。今回は「play sick」という曲もプロデュースしていただきました。

──プレイヤーとしては、どこに惹かれるんですか？

音と音の隙間をさりげなく、センスのいいフレーズで埋めてくれるので、演奏していてめちゃくちゃ安心感があるんです。最近リリースされたソロアルバムも日々愛聴していて。最後に作った「play sick」も、ピアノとフェンダーローズだけのシンプルな編成で、最高にカッコいいです。もともと「仮病」というタイトルから歌詞を書きはじめました。何かを演じているうち、それが偽りなのか本当の感情なのか、自分でわからなくなる瞬間ってあるじゃないですか。この曲が完成したとき、ピアノがカッコよくて悔しくて少し泣けました（笑）。