この世に「天然」なんて呼ばれる女の子はいない

──男の子向けの青年誌で、若い男女のリアルな恋愛や心情、現実が描かれているのは面白いですよね。例えば「不意打ちガール暴走（新装版1集収録）」は、なつめが大前田にコンドームなしでセックスをしようって誘う話ですが、「ナマでしたい」って言っちゃう女の子、しかもなつめみたいな奥手そうなメガネっ娘が、っていうのは、けっこう男性読者には衝撃なんじゃないでしょうか。

私は男の子はもちろん女の子も、好きな人とはガチで繋がりたいって思うと思うんです。ごく普通の性欲があって好きな男の子がいる女の子なら、奥手とか関係なく、当然の考えなんじゃないかなって。

──そういう女の子の心理というか、普通の女の子もちゃんと欲しがってるんだってことを描かれているところが、「恋ディス」をリアルっぽいと感じるのかも知れないですね。

まあでも0.02ミリとかの壁じゃ、体感的な違いってそれほどないじゃないですか。そこは気持ちの問題かなと。

──男性的にはその薄壁1枚の差が重要みたいですけどね。

あー男性だと感じ方が違うんですかね（笑）。難しいですね。ただ女ってやっぱりずるいから、自分にリスクがあるのは当然わかってる。それはちゃんと計算してるんですよ。この日は絶対安全日っていう（笑）。女の子はそういうのもきちんと計算した上で、言ってるんです。

──みんな頭の中に計算機が入ってる。

そうです。この世に「天然」なんて呼ばれる女の子はいないです（笑）。ただ、あの話で私が描きたかったのはむしろ男の子の姿勢のほう。知り合いの男性とか、世の中のマンガのほとんどでは、コンドームに関するお話って、「男はナマでしたがるくせに子供ができたらめちゃめちゃ焦って責任逃れをする」っていう描き方が多いじゃないですか。

──まあ、若い男の子は実際できたら焦るでしょう。

でもそうじゃなくて、ちゃんと好きで付き合ってるふたりがお互いに相手と繋がりたくてセックスした結果、赤ちゃんができたのなら、自信がないなりにも一緒に進んでいこうって決意する男の子がいてもいいじゃないかと。いや、そういう男子がいてほしいな、という思いで描いたんですよ。

読んだ人が「もにょっ」とした気持ちになってくれたら

──ただラブラブなカップル話に終わらせないところが、犬上さんならではというか。

恋愛してればいろいろあるぞと。「犬体質」と言われる大前田だって、なつめの知らないところで浮気まがいのことをしてますから（新装版４集収録予定「イヌ人間だもの。」）。どんなに「この人一筋」とか「2人はラブラブ」とか言われていても、心の中で、「この人ちょっといいな」って思うことって絶対あるよねっていうのを描きたかったんですよ。ワンコって言われてるような人でもご主人様に背いてズルいことするよって。私だって似たような経験したことは、ある（笑）。

──男女の本音というか理想と現実というか。

あと「ヒゲよさらば（新装版5集収録予定）」では、自分の好みと違う子を好きになるというお話を描いたんですが、あれも「好み」なんてあるようでないようなもんだよねってことが描きたかった。

──小さい女の子が好きな山野辺くんが、タイプと全然違う秋子ちゃんにあごひげを撫でられて恋に堕ちるっていう。

いくら好みと違う女の子でも、いきなりあごヒゲ触られたら絶対意識しちゃうじゃないですか。その衝撃がラブに変わることも全然ありえるよねって。だから、まあ基本は2組のラブラブカップルの話で、絶対にお互いを裏切らないし、このまま結婚して幸せになるんだろうなっていうカップルのマンガを描いてますけど、実はそれだけじゃないよっていうことが言いたかったのかな。

──安心して読める恋愛をメインに描きつつ、ときどきリアルな現実を入れていくっていうやり方は作品全体に共通する部分ですね。

あまり強く意識しているわけではないですが、その辺、読んだ人が「もにょっ」とした気持ちになってくれたらいいなと。ただ、あんまり過剰に現実を突きつけてもしょうがないので、基本はふわふわした恋愛マンガです。現実はいろいろあるんだから、マンガの中くらいふわふわしてたいじゃないですか。

──現実がどれだけドロドロしてるんですか（笑）。

いや、だからこそ「恋ディス」はファンタジーなのかなと思っています。もしこの作品から現実味を感じる男性がいたとしたら、それはその人がまだまだピュアだってことですよ。もっと大変だと思います、現実は。

少し気が重いけど、ちゃんとお話を閉じたい

──では最後に、気になる「恋ディス」の今後がどうなるのかって話を……。

はいはい（笑）。

──すごい引きのシーンで途切れていますので……（笑）。

一応この続きも新装版に入ることになっているんですが……実はまだハッキリとは……（笑）。Twitterでも、いろんな方から「新装版が出るってことは、続きを描かれるんですね？」って聞かれたんですけど、私自身まだなんとも言えなくて。

──続きを描くことについて、ご自身の気持ちとしては。

やっぱり完結させたいです。ただなんか、それ以降の展開がそれまでのノーテンキな話ではないというか、すこしばかりディープな方面に入っていくかなーって、おぼろげですけど見えているので、正直それが、少し気が重いって思ってます。お話をちゃんと閉じるなら、まほさんの過去の話とか、なつめが一浪して大学に入った理由とかを描かざるを得ない。そこはやっぱりそんなに明るい楽しいお話ではないので、書きたい半分怖い半分っていうのが正直なところですね。

──でもやっぱり風呂敷は畳みたいって気持ちはお持ちで。

もちろんです。はい。

──新装版には描き下ろしが入るということですが、それが続きみたいなものになりますか。

いや、それは続きというより、おまけエピソードみたいなものになります。あと2月に出た「恋愛ディストーション Remix」では、第1話の直前のシーンを描いたプロローグを描き下ろしたんですが、その別バージョンを今回描き下ろして、第１話に収録しています。いわば“完全版第1話”です。

──“完全版第1話”というのはどういった内容なんでしょう。

「恋愛ディストーション Remix」のプロローグはなつめ視点だったので、今度は大前田視点で、なつめが家に来るまで何してたんだっていうのを描いてみました。せっかくお金を出して買ってくださる方を、「まったく変わってねーじゃねーか、損した」ってガッカリさせてしまうのはやっぱり申し訳ないので。ちょっとでも描き足しを増やして、勘弁してくださいって。

──買って損はさせないぞと。

そこまで大きなことは言えないですけど。私が「すいません、同じような内容で」って思ってるっていうのは、心に留めておいてほしいかなと（笑）。だからと言って「買わないでいいよ」とは言いたくないので……。前のを持っている方でも楽しめるように、いろいろがんばってます！