コミックナタリー Power Push - 永野のりこ「電波オデッセイ」
少年少女の心を繊細に描く衝撃作、ついに復刊 孤高の “マンガ者” ナガノが明かす胸の内
「わたしの足の下には地面がないの 落っこっちゃうの まっ暗闇に」──傷ついた心を抱え、崩壊した家庭にひとり引きこもる中学2年生の少女・原純子。あるとき彼女の心にやってきた「オデッセイ」と名乗る白衣の青年の言葉により、彼女は再び学校に通い始めるが……。
1990年代後半に多くの支持を集め、復刊ドットコムに熱いリクエストが数多く寄せられていた「電波オデッセイ」。永野のりこの最高傑作とも評されるこの作品が、装いも新たに全3巻で刊行される。コミックナタリーでは永野へのロングインタビューを敢行。作品の成り立ちから12年ぶりに特別編を描き下ろした心境まで、たっぷりと語ってもらった。
取材・文/岸野恵加 撮影・編集/唐木元
「どこにも描けないような、ドン暗いもん描いてやる!」
──完結から12年のときを経て、「電波オデッセイ」がついによみがえります。
ありがとうございます。ここに至るまで、奇跡かと思うような偶然の重なりの助けがありました。そもそもこの復刊が本格的に動き出したのは昨年あすなひろし先生の原画展にお邪魔したときに、偶然その場に居合わせた復刊ドットコム編集部の方にお声を掛けていただいたのがきっかけでした。あのときあの場に居合わせなかったら……、お話しなかったら……と考えると、今こうやってお話が進んでいるのがとても不思議に感じられ、ありがたく思います。
──復刊が決定したときの率直な気持ちはいかがでしたか。
連載当時はアレなマンガだよな、大丈夫かなと不安に思いながら描いていた部分が正直ありましたから、それでよかったんだと認めていただけたようでとてもうれしかったです。復刊ドットコムさんでは読者の方のリクエストが復刊の原動力になるという事実にも、とても励まされました。
──読者から寄せられた復刊リクエストのコメントは「この作品に救われた」や「学校の図書室に置いてあれば、自殺者が減ると思う」など、とても熱い気持ちのこもったものが多かったですね。「電波オデッセイ」は孤独を抱える少女・原純子を中心に、少年少女が抱えるトラウマと成長を描く作品です。それまでの永野さんの作品と言えば「GOD SAVE THE すげこまくん!」など破天荒なギャグマンガが多かったですが、一風変わったシリアスな雰囲気の「電波オデッセイ」が生まれた経緯を教えていただけますか。
月刊コミックビーム(旧アスキー、現エンターブレイン)さんが創刊されるときに連載のお話をいただいたんですが、当初はいつもどおりお笑い目指しの作品を描こうと思っていたんです。でも案を出したら担当さんにあっさりダメ出しされ、「ほかでは描けないものを描いてください」というリクエストをいただきまして。「よ~しもうわかった、どこにも描けないようなどどどドン暗いもん描いてやっから!」と開き直ったのが、こういったマンガを描かせていただいた原因のひとつです(笑)。
尊敬する人のエピソードを叩きこんでおくと、自分を助ける声がする
──そうしたきっかけがあって、このストーリーが生まれるまでにはどのようないきさつがあったんでしょう。
昔アニメージュ(徳間書店)さんで、読者の皆さんの辛かった出来事や恥ずかしかったエピソードを紹介する「おちこみ天国~青春ハジ墓場~」っていう企画を担当させていただいてたんです。その中で次第に、ただ辛かった体験というより「今いじめられてるんです」とか「アニメが好きって知られるとクラスで笑われます」というような深刻なお便りが来るようになって。実は私も、小学6年生のときに学級崩壊を経験してて。先生がクラスを制御できない状況で、仲間はずれとかいじめとかが激しく起きていたんです。
──ご自身もターゲットにされたことがあったんですか?
ええ。ボス的存在の女の子がひとりいて、彼女がターゲットを決めたらそれは絶対なんですよ。一切口を聞いてもらえなかったり、給食をひとりで食べたり、とにかく仲間はずれにされる。標的にならないためにはヤラカシちゃいけない、って強迫観念が常にあって恐慌状態でした。今でもそのせいで他人様にお会いするとき、なにか失敗しやしないかと緊張するがゆえにヤラカすのでは? と思うと切ないです。
──だからよりいっそう「おちこみ天国」に寄せられる声に共感されたんですね。
気持ちがとてもよくわかるだけに、やるせない思いになりました。自分の体験を誌面で紹介したら、さらにたくさんお便りをいただいて。実際に苦しんでる子が本当にこんなにいるんだと。今でもいただいたお手紙は全部とってあります。そういう子たちの声にいつか応えないと、と抱えていた思いを形にしたというのも「電波オデッセイ」が生まれた動機のひとつです。ただそういう重いテーマに取り組むとなると、大変になるだろうなという予感がしていました。
──大変になる、とは具体的にいうと?
本当に苦しんでる方が読んだときに嘘になってはいけない、と。だから必死で考え、調べました。かつて学んだ臨床心理学がとても実用的なものだとわかって感動したり、本やドキュメンタリーやささやかながらも自分の体験も持ち寄ったり。傷を負った人がどういった形でその傷に向き合って大丈夫になっていくかというところを、自分なりの本当を考えて結末まで描いたつもりです。あと自分が辛かったときに助けになった、尊敬する人物の言葉を借りたり。
──確かに作中では「戦場のメリークリスマス」の著者ローレンス・ヴァン・デル・ポストの言葉など、歴史上の人物の名言が象徴的に登場しています。
自分より次元の高い他人の思考って、なにか大変な目に遭ったとき、すごく助けになると思うんです。例えば尊敬してやまぬ手塚治虫先生の展覧会に足を運んだとき、アトムの像の横に立ったとたん、頭の中で手塚先生の声がしたかのように「答え」がひらめいたことがあったんですよ。「マンガの絵にとって大事なのは、伝わることだよ」って。そのとき実は作画についてとても悩んでいた時期だったので、それにとても救われました。若い方々に「尊敬する人のエピソードを頭の中に叩きこんでおくと、いつかその人の声で自分を助ける声がするよ」って伝えたいですね。
あらすじ
崩壊した家庭にひとり取り残され、引きこもる少女・原純子。 「死んでしまいたい」と嘆く彼女の心に、受信された電波のようにオデッセイと名乗る者からの声が届いた。 「君は地球へ来た旅行者だから、この世界を楽しんで帰ればいい」という彼の言葉に支えられ、原は再び学校へ通いはじめる。だが旅行者として何事も楽しもうとする彼女の破天荒な行動は、周囲に波紋を起こして……。
永野のりこ(ながののりこ)
7月5日生まれ、東京都出身。1985年に月刊少年キャプテン(徳間書店)掲載の「Sci-Fi もーしょん!」でデビュー。代表作に「みすて♡ないでデイジー」「GOD SAVE THE すげこまくん!」「ちいさなのんちゃん すくすくマーチ」「電波オデッセイ」ほか。