「東京アディオス」大塚恭司&横須賀歌麻呂インタビュー|構想から15年、下ネタを貫き続けた“地下芸人”が映画になるまで

地下芸人のライブは究極の贅沢

──大塚監督は“地下芸人”に対してどのような思いを抱きながら映画を作っていたのでしょうか?

大塚恭司

大塚 「恩返しをしたい」という思いかな。僕はテレビの世界に35年間いて、地下芸人と付き合ったのは後半の15年間なんです。その期間における僕の一番の楽しみは、地下芸人のお笑いライブに行ったり、そこに出ている連中と付き合うことでした。テレビ業界が極端に数字だけで評価される世界なのに対して、地下芸人のライブは客の数よりも芸人の数のほうが多いこともけっこうあって。そんなのテレビマンだったら速攻クビになるけど、地下芸人はそんなことを気にもしない。それにすごく気持ちを支えられました。視聴率争いの世界だけだったら俺は耐えられなかっただろうなと思っているんです。

──地下芸人が一種の癒しだった。

大塚 そうです。「お笑いで稼げていない」「ライブが赤字を出している」という単純な見方をされがちだけど、裏を返せば、少ない客を芸人が一生懸命笑わせてくれる究極の贅沢。その素晴らしさを伝えたいという気持ちが大きいです。

──“地下芸人の帝王”と呼ばれる横須賀さんは、地下芸人というものに対してどのような思いを持っていますか?

横須賀歌麻呂

横須賀 “地下芸人”という言葉はいろいろな捉え方があって、最近は「テレビに出られていない芸人」を地下芸人と呼ぶ風潮になってきた気がします。でも僕が地下芸人と呼ばれ始めた頃は「テレビに出られないネタをやっている芸人」を地下芸人と呼んでいたんです。自分も最初はそんな芸人がいるなんて知りませんでした。ダウンタウンさんやとんねるずさんのようなスターに憧れてお笑いの世界に入ってきた中で、鳥肌実さん、GO!ヒロミ44'さん、殿方充さんのような人たちを見たときに「テレビでできないネタをやって、こんなに面白い人がいるんだ」とショックを受けたんです。みんな頭がいいし、タブーがないからなんでもネタにするし、それをうまく料理するから破壊力がすごい。そういうものに憧れて「俺も本当に強いお笑いがやりたい」と思ったし、下ネタがもとから好きだったこともあって地下芸人の世界に引っ張られていきました。

──テレビで売れることを目指す芸人さんの間では「メディアに合わせてネタをより大衆的に……」という話はよく聞きますが、そうではなく、自分のやりたい芸を貫く信念はどこから来ているんですか?

左から大塚恭司、横須賀歌麻呂。

横須賀 地下芸人ってみんな、自分が本当に面白いことをやっているという自信があるんだと思います。だから別に売れていなくても、テレビに出ている人たちに全然負けてないというプライドを持っている。それに今さら戦い方は変えられないんです。僕は「売れたい」という思いが正直まだ少しありますけど、地下芸人の先輩方は芸術家のような域に達している人も多くて、「この人たち、本当に売れなくていいのかな?」と思うときはあります。

大塚 本当にアングラだよね。僕は1970年代が青春時代だから、その頃にアングラと言われていた唐十郎や寺山修司に影響を受けていて、それと似たような精神性のものが今のお笑い界にもちゃんとあるんです。地下でずっと研ぎ澄まされ続けている。

「M-1グランプリ」のジャルジャルは笑った

──大塚監督と横須賀さんは最近のお笑いシーンをどう感じていますか?

大塚恭司

大塚 「東京アディオス」の宣伝をきっかけにより広くお笑いシーンを見渡すようになって、今の若手芸人には“地下芸人”の活動を模範にして次のステージへ行こうとしている奴らが想像以上にいるんだなというのがわかってきました。いわゆる「お笑い第7世代」と言われている人たち。テレビに出たり、賞レースで勝ったりすることが第一ではなく、自分たちに合った場所で活動する連中が現れていて、彼らは横須賀や(米粒写経)居島一平の動きをすごく意識している。その動き自体がすごく面白いし、お笑いの世界がここから先、大きく変わっていくんじゃないかと思っています。

──なるほど。ちょうど変革期を迎えているように感じていらっしゃるんですね。

「東京アディオス」より。チャンス大城出演シーン。

大塚 あと、今までは「大阪VS東京」のような捉え方をされてきたんですけど、最近は「東京、大阪、沖縄」の三元論になっている気がしています。沖縄のお笑いは独特だし、文化に根付いているし、こちらとはまったく違うパワーを持っている。東京や大阪のことをものすごく勉強していて、とにかく勢いがあるんです。お笑い界は沖縄があることをもう無視できない。すごく面白いと思うのはチャンス大城。あいつは血筋が沖縄、育ちは尼崎、活動していたのが東京。3つを全部カバーしているんです。これからは“チャンス大城最強説”を唱えていこうかと思っています(笑)。「東京アディオス」では横須賀が一番注目されると思いますけど、チャンス大城がこの先どう動いていくかも追ってほしいです。

──実はお笑いナタリーでも沖縄のお笑い特集を展開しているんです(参照:特集「今、沖縄のお笑いが面白い!」)。

大塚 そうですか! やっぱり勢いが増してきている気がします。「東京アディオス」にも登場している比嘉モエルはもともとコンビで、元相方の小波津正光は故郷の沖縄に戻ってFECオフィスのライブ「お笑い米軍基地」をヒットさせています。コンビの片方が東京で地下芸人の代表的な存在になって、もう片方は沖縄のお笑いの代表格。そういった動きは面白いなと思います。

──横須賀さんは若手芸人のネタはご覧になりますか?

横須賀歌麻呂

横須賀 けっこう好きで見ます。最近面白いと思ったのは「M-1グランプリ2018」でジャルジャルがやった“国名わけっこ”。あれは笑いました。お笑いってかなりやり尽くされてきたのに、今の若手はあの手この手で新しい切り口を見つけてくるので勉強になります。

大塚 進化がすごいよね。

横須賀 ものすごく多様化しているし、ジャルジャルみたいに「これなんなの!? お笑いなの!?」と思わせるようなアバンギャルドな攻め方をしてくる若手も多い。ああいうのは見ていてワクワクします。

大塚 僕が好きなのは街裏ぴんく。鋭くて感覚的で、ネタを見るたびに「なんでこんなに発想を遠くまでスッと飛ばせられるんだろう」って感心します。あとはAマッソかな。とにかく若手のネタの進化がすごい。スポーツの世界がすごいことになっていっている現象がお笑い界でも起こっているんだと思います。

お笑いを語る上で「東京アディオス」は無視できない

左から大塚恭司、横須賀歌麻呂。

──Twitterで大塚監督や横須賀さんの宣伝活動を見ていると、公開前から“地下芸人”界隈が盛り上がっているような感じで、お笑い好きとしてはうれしくなります。

横須賀 僕らの存在って世間の人たちに知られていないので、少しでも目につくように盛り上げられればいいなと思います。もちろん面白いものを自分から隈なく探してる人とかは知ってくれているんですが、「お笑い好きです」っていう若い子と話したら鳥肌実さんを知らなかったりしますから。それはお笑い好きと言わないのでは……とは思います(笑)。テレビで観られるお笑いだけが好きというのも全然いいとは思うんですけど。

左から大塚恭司、横須賀歌麻呂。

大塚 今のお笑い好きの若い子って「どの人がこれから売れていくんだろう」っていう見方をしがちだと思うんです。それも別に悪くないんだけど、横須賀たちが出ているお笑いライブでは、売れる売れないを無視したストロングスタイルの戦いが繰り広げられていて。テレビ向きかどうかを取っ払って、本気で「誰が一番面白いのか」を競っているガチの戦いは刺激的で面白いです。

横須賀 昔あった「日本まな板ショウ」は地下芸人の真骨頂的なライブで、コアな笑いが好きなお客さんが10人くらいしか来ないんですよ。しかも前半1時間くらいは、お金をもらっちゃいけないクオリティの方々がどんどん出てほとんど笑いがない。後半になると強い奴らが出てきてガンガン盛り上げて、最後のほうは誰か倒れるんじゃないかというくらい熱狂的な空気になっていくんです。「東京アディオス」が、そんな世界を知る入り口になってくれたらいいですね。

──では最後にお笑いナタリーの読者に向けて改めてメッセージをお願いします。

左から大塚恭司、横須賀歌麻呂。

大塚 単純に全員観てほしいです。好きか嫌いかは置いておいて、お笑いナタリー読者は全員必見(笑)。お笑いを語る上でこの映画は無視できないだろうという自信があります。「めちゃめちゃ嫌いだった!」という人も出てくるかもしれないですけど、とりあえずスルーはせずに観てもらえたらうれしいです。

横須賀 作品を観たあとはぜひライブにも足を運んでほしいです。“お笑い第7世代”の旬の人たちが好きだという気持ちはもちろんわかりますけど、ほかにもいろいろあるし、我々が出ているライブも生で観てほしい。「こいつ、どういうつもりなんだろう?」「どこで笑ったらいいのかわからない」みたいな瞬間もあると思うんですが、「ザ・ノンフィクション」を観るよう目線で楽しんでほしいです(笑)。そこには「東京アディオス」の別ストーリーのような、地下芸人の生き様がたくさんあると思うので。


2019年10月7日更新