日本武道館公演は成功であったと実感できる、その理由は
──当日はご自身がステージに立つ立場だったところから、村尾監督の視点からひとつの作品として仕上げられた映像作品をご覧になったとき、その物語に対してどんな印象を抱きましたか?
それはもう、まったく自分から切り離して、全然知らないバンドの映像を観るようには観れませんからね。「ここはちょっと演奏が荒いな」とか、「この角度はもうちょっと下から狙ってほしいな」とか、細かいことが気になってしまう。そういう意味では、やっぱり自意識が過剰気味なんでしょうね。だからもう、ポーランドウォッカをショットで5杯ぐらい、塩をなめながら飲むのがちょうどいいわけだ。
──向井さんの書かれる歌詞に「恥のアーカイブス」という言葉も出てきますけど、それを自分で見返すとなると、冷静かつ客観的には観られない、と?
いや、客観的に観てるから、恥ずかしいわけね。おそらくそうなんでしょう。私の活動自体がもう、恥晒しですよ。だからもう、バンドとかやってる時点で――だけどね、それを言ってしまったら話が止まりますから、常にそのせめぎ合いですよ。いずれにしても、「恥のアーカイブス」というのは、私のテーマです。常に恥のアーカイブ集ですよ。
──NUMBER GIRLの頃から、向井さんはライブの音源や映像のアーカイブをけっこうたくさん発表されてきていますよね。今、「恥のアーカイブスは自分のテーマだ」という話もありましたけど、ただライブで演奏したいという欲求があるだけじゃなくて、それをアーカイブとして残したいという気持ちが向井さんの中にあるんですか?
いや、現時点としては、そんなにあるわけでもないですね。もちろんね、思い出が形になっていると、ある程度時が経てば、自分にとっても楽しめるものになるのかもしれませんけどね。ただ、日本武道館の映像というのは、まだ去年のお話ですからね。振り返って懐かしむというよりも、今はまたさらに次のことを意識しているところなんです。
──それは、武道館公演を経験したことで、次への意識が生まれてきている?
そうですね。「今度はあの曲を引っ張り出して、アレンジしてみるか」と。武道館公演を振り返るというよりも、そういう気持ちのほうが大きいんですね。それはやっぱり、武道館公演であれだけのお客さんに来てもらえたっていうことがあるからこそ、次へ向かおうという気持ちが持てるわけです。私にとっては、あの武道館公演は「成功」と言えるんだけれども、その武道館公演をこういった形でリリースすることができるから、それを持って次に向かうことができるわけだ。
──武道館公演に関しては、早い段階でチケットが完売していましたけど、向井さんがあの公演を「成功」とおっしゃるのは、観客動員数のことだけではないですよね、きっと。
日本武道館公演は成功であったと、私は実感できる。これは何かと言ったら、観客との関係ですね。ここに私は手応えを感じているんです。あの公演当日の空気感。これはもう、言葉では説明できませんけども、我々演奏する側と、それを受け止めるお客さん側の空気感が、非常に心地よかった。日本武道館でライブをやるというのは、どうしたって特別なものになるわけです。もっと大きい規模の会場もありますけど、ただサイズが大きいってだけじゃなくて、日本武道館という場所の持つ特別な何かがあると思うんですね。そういう意味で、やる側も聴く側も、どこか特別な意識を持って集まってくる。それによって変に気構えてしまったり、シリアスな緊張感、緊迫感が生まれてしまったりする。そういうことが起きるんじゃないかと思っていたんだけど、そういったものはなくてですね、普段のライブよりリラックスしてやれたわけです。
──それは、何が大きかったんでしょう?
理由はわからないです。ただ、お客さんも非常にカジュアルに受け止めてくれているんじゃないかって、そう思えたんですね。その空気感が、非常に心地よかった。そういう意味で、成功だったと思えるんです。観客の中には、いつも来てくれている人たちが一定数いたでしょう。それに、「10年ぐらいライブを観てなかったけど、武道館でやるんだったら観に行ってみよう」という人もいたでしょう。たぶんきっと、いろんな立場のお客さんがいたと思うんだけども、肩肘を張ることなく、自然体だったなと思えたんですね。それがよかったわけですね。日本武道館でああいう演奏がやれたんだったら、次はこういうことをやってみたい。こういうサウンドを聴かせたい。そういう気持ちが、さらに見えてくるようになったわけですね。
数少ない友達を集めて、ポテサラを作って食いながら観たら楽しいんじゃないですか
──今回のBlu-rayは、転機となった公演のドキュメントでもある、と。どうしても都合が合わずに、会場に足を運べなかった人もいるでしょうから、この映像作品を通じて武道館公演の時間を共有できるわけですね。
それは大いにあるでしょうね。彼氏にフラれて、ライブどころじゃなかったと。そういう人もいるでしょうね。「いつまでその彼氏のことを引きずっているんだ」と。「このメガネの細胞組織を見て忘れなさい」と、そう言いたいね。
──ライブというのは、本来はその日その時間に立ち会った人たちしか共有できないものですけど、こうしてアーカイブされることによって、何十年後かに誰かが「このZAZEN BOYSってバンド、武道館でライブやってたんだ?」と手に取る可能性も出てくる。そこに対する期待というのもありますか?
それが作品の力というものですよね。私としては、「燃やしておいてくれ」と。「残すな」という気持ちもあるんですけども、その一方で、未来の人たちが観ることになるかもしれないと想像するのは、非常に盛り上がりますね。
──向井さんの中では、「こういうシチュエーションで観てほしい」というイメージは何かありますか?
これ、けっこうなロングバージョンですからね。ライブを完全収録してますから、3時間半ぐらいあるわけですよ。それを観ようとしたら、けっこうな集中力が必要になってくると思うんですけど、昨日の試写会に来てくれた人たちに向けて言ったのは、「2人か3人、数少ない友達を集めて、業務用のボウルにポテサラを作って、それだけを食いながら観たら楽しいんじゃないですか」と。これ、映像ソフトですからね。「モニタースクリーンの前にベタ付きして観ろ!」っていうことではないですよ。「3時間半、我慢大会よろしく」ってことでもないですから、気軽に流してくれればいいんじゃないかと思います。それはもう、観る人の自由ですよね。途中をすっ飛ばしてもいいだろうし、「この曲だけ観てみよう」でもいいわけです。それが映像ソフトの自由性だと思ってますから、どういうふうに観てもらっても構いませんけどね。
映像作品には意図がある。それに対して、ライブアルバムには別の想像力が働いてくる
──ボックスセットにはBlu-rayだけではなく、武道館公演の音源を収録した3枚組のCDも同封されていますよね。向井さんにとって、ライブドキュメンタリーやライブ音源に触れる楽しみというのは、どんなところにあるんでしょう?
ライブアルバムっていうのは、独特なものですよね。なんと言いましょうか、ライブアルバムにしかない匂いがあるわけです。それは不思議ですよね。どういったライブアルバムがいい作品なのかって、説明できない。例えば、「このライブアルバムは、熱気を封じたドキュメントとして、リアリティがある」と。じゃあ、リアリティがあるものがいいライブアルバムなのかというと、そういうことでもないような気がするんです。
──向井さんにとって、「これはいいライブアルバムだ」と感じた作品というと、どんなものがありますか?
映像作品には、やっぱり意図がありますよね。カットを割ることで、演出がなされている。歌っているボーカリストの顔が映って、そのあとにバッキングをしているギタリストがインサートされると、それだけでストーリーになるわけですよ。映像作品は、そうやってコンサートを演出することになるわけです。それに対して、ライブ音源というのはサウンドの記録ですから、また独特なものなんですね。リアルなバンドサウンドなんだけれども、演奏している人たちの姿は見えなくて、音だけで臨場感を感じる。そこには別の想像力が働いてくるし、そこにいろんな匂いを感じ取るのが楽しいんですね。私が匂いを感じるライブアルバムというと、Television「The Blow-Up」。これは最高に生々しいですね。ギターアンプが放つグラウンドノイズと、観客の逆上した嬌声が臨場感を醸し出していて、聴いていると安いポマードの匂いが漂ってくるような感じがしますね。それから、一番好きなのは、Neil Young & Crazy Horseの「Live Rust」。あれもストーリーがあって、最初はニール・ヤングのアコースティックギターの弾き語りから始まって、バンドサウンドに変わっていく。そのコンサートのストーリー性もあって、よく聴きますね。
──インタビューの序盤でも、「物語」という言葉を向井さんは使ってましたよね。今回の映像作品に関して、村尾監督が編集したライブ映像を通じて、向井さんはどんな物語を感じたのか、最後に聞かせてもらえたらと思います。
武道館公演のときには、カメラが同時に山ほど回っていたんですけども、何十台も回っているカメラの中から、その瞬間にどれを選ぶのか。これが演出になるわけですけども、村尾監督はこのセンスが非常にいいですよね。その瞬間を、切り取る。その切り取り方が、いいね。編集作業をするときは、15画面ぐらいに分割されたマルチスクリーンでいろんなカメラの映像が表示されているわけです。その中から、どれか1つを選ぶわけですね。もしかしたら、それをマルチスクリーンのままリリースすることもできるのかもしれない。「どのカメラの映像を表示するか、観る人が選んでくれや」と。そうすると、例えばベーシストの人が好きな場合は、ベーシスト専用カメラで撮った映像を観ることができるわけです。でも、そのカメラだけ追っかけても、やっぱり伝わってこないと思うんですね。その瞬間にどの画が表れるのかで、全然印象が違ってくる。そういう意味で、村尾さんは空間と瞬間の切り取り方に、非常にセンスがある。だから私は信頼しているんです。今回の映像作品も、非常にシンプルでありながらも、ドラマティックに仕上がっていると思います。
公演情報
ZAZEN BOYS MATSURI SESSION
2025年3月20日(木・祝)東京都 日比谷野外大音楽堂
OPEN 16:30 / START 17:30
指定席7700円
プロフィール
ZAZEN BOYS(ザゼンボーイズ)
向井秀徳(Vo, G)を中心に活動するニューウェイブ / ギターロックバンド。NUMBER GIRL解散後の2003年から本格的に始動し、同年8月に行われた夏フェス「RISING SUN ROCK FESTIVAL」で初ライブを行う。2004年1月には1stアルバム「ZAZEN BOYS」を発表。アバンギャルドかつ複雑なバンドアンサンブルで大きく注目される。これまでに幾度かのメンバーチェンジを経て、現在は向井と吉兼聡(G)、MIYA(B)、松下敦(Dr)の4人編成で活動している。2024年1月に約12年ぶりのアルバム「らんど」をリリース。同年10月に初の東京・日本武道館でのワンマンライブを開催した。