この感動を味わうために生きればいい
──先ほど「去年の1月にやりたいことが明確になった」とおっしゃいましたけど、そのきっかけはなんだったんですか?
2023年くらいから、心がすごく落ちてしまって。何か大きい原因があったわけじゃないんですけど、いろんなことが重なって「どうやって生きていったらいいんだろう?」と悩んでしまったんです。昔から「私ならどんな夢でも絶対に叶えられる」と信じられていたのが、「いや、本当に無理かも」と弱気になってしまった。無理かもと思った自分に対しても絶望したし、「結局、なんの意味もないのかな?」と考えてしまったんですよね。
──なんの意味もない?
そのとき仏教に興味があって、般若心経の意味を調べていたんですよ。お釈迦様が説いた教えの中に、「色即是空=すべては無である」という教義がありまして。すごく苦しい修行をして悟りを開いた人が、すべてが無だと言うのなら「じゃあ、がんばって生きることになんの意味があるんだ!」とわからなくなってしまって。メンタルが落ちていた時期と重なったこともありすべてをマイナスに捉えて自分で自分を苦しめていました。もはや廃人みたいになってしまい。
──そこまでの状態だったんですか。
それで去年の年明けに母が三重県の伊勢にある二見興玉神社に連れていってくれて。伊勢神宮の前に体を清める場所として参拝する神社なんですけど、そこで日の出を見ることになりました。夜中に到着して、次第に日が昇ってパーッと明るくなったときに、とても温かい気持ちになって「太陽ってすごいなあ」「こんなにも淡々と、何の見返りも求めず、ただ照らしてくれるんだなあ」と心が洗われたんです。この感動を味わうために生きればいいや、と前を向くことができました。
──生きる意味を小難しく考えなくていいと。
そう! 自分が生きててよかった、と思える瞬間があったら、それでいいと思えたんです。日が出る前は月が出ていたんですけど、そこで見た月も本当にきれいで、自分もそうありたいと思ったんですよ。月って太陽の光を反射してるじゃないですか。でも自分が濁っていたら、いくら光が当たっていてもきれいに輝けない。だからこそ、今までの痛みや苦しみ、しんどいこととか、幸せとか楽しい感情も全部ひっくるめて、“恵み”として受け取って、もらった光をちゃんと反射して輝けるように、音を映せるように純真な人間でありたい。そして、そういう音を届けられるようになりたいと。自分の音楽を聴いた人が月になれるように、この人生を使えたらいいなって。そういう意味でも、音楽を届ける意味が明確になった瞬間でした。まずは自分に嘘をつくのをやめようと思いましたね。
──「自分に嘘をつかないように生きる」で言うと、柚凪。さんは小中学生の頃から人に好かれることを考えて、八方美人として生きてきたそうですね。
本当にそうで! 人に好かれるためだったら平気で嘘をついたし、みんなにいい顔をしてました。そこから、大人になるにつれて「罪ってなんだろうな?」と考えるようになったんです。そもそも“正義”って時代や国によっても捉え方が変わるから、曖昧なものだと思うんです。一夫多妻制の国だったら不倫も何もないし、戦時下に敵国の兵隊を殺害したら英雄と見なされるわけじゃないですか。「じゃあ、罪ってなんなんだろう」と考えたときに「自分の魂を汚すことが一番の罪かも」と思って。そこから自分の魂が汚れることって?と考えたら“自分に嘘をつくこと”だなと。厳密に言うと、心から嘘をついてるなら全然いいんです。だけど、自分の言動から生まれるほんの少しの違和感やモヤモヤを無視して生きるのは、心がにごるなあと。もちろんどんなときも自分に正直に生きられたらそれが一番いいけど、そうもいかないじゃないですか。だから「今、モヤモヤしてるな」と自分でわかることが一番重要かなと、現時点での私は思っています。あとは、自分のモヤモヤを知ったら、それをなるべく繰り返さないことを意識しています。だから八方美人とか、自分が心からいいと思えない言動は控えようと。昔の自分だったらきれいごとだと吐き捨てていたであろうことを全力でやっています。それまでは音楽もカッコつけがちだったんですけど、今は純粋に自分の好きなことを追求してみようという気持ちになりました。
心機一転、ゼロから始めたい
──大きな気付きを得たあと、今年5月をもって703号室の活動に幕を下ろし、6月10日から柚凪。として再始動されました。これにはどのような経緯があったのでしょう?
自分が言ったこととか思い描いたことは、絶対に実現したいんです。自分が目指している東京ドームやスタジアムクラスに立っている姿が、703号室だと想像できなくなったので、新たなスタートを切ることにしました。あと、703号室のときは「どう見られたいか?」を意識して曲を作ってて。「こうしたらバズりやすいかな?」「見つけてもらえるかな?」という思考が軸になっていたから、心機一転、ゼロから始めたいと思ったんです。
──現時点で柚凪。名義としてリリースしているのは3曲。これは書いた順に発表したのでしょうか?
一発目に発表した「Virus」は、2023年に書いた曲で。コロナ禍が緩和し始めたとき、一気に世の中が動き出して、そのスピードについていけない自分がいたんです。コロナだけでなく、時代の流れに取り残されたと感じる人や、進めない人、進みたくない人もいるだろうな、と思ってて。ほかには、私の身近で親しい方をコロナで亡くされた人もいたし、私自身も悲しい思いをしたこともあったので、二度と戻らない関係や時間を音にして、少しでも永遠に感じられたらいいな、と思って「Virus」を書きました。柚凪。になってから、最初にどんな曲を出すのかが決まらなかったんですよ。そしたらなんの相談もしていないのに、アーティスト友達から「あの曲を一発目に出してほしい」と言われて。これは天の声かもと思って「Virus」の制作に取りかかりました。それ以外の「逃避行」と「幻想」は作った順に発表しましたね。
──「Virus」って、大切な人との死別を歌った曲ですよね。サウンドや歌に切迫感があって、新たなスタートを切った一発目にこの曲を発表したことに、いい意味での驚きがありました。そして2曲目に発表された「逃避行」は軽やかなメロディで、「Virus」とのコントラストにまた違う驚きを感じました。
私は703号室を大事に思っていて、変わらず応援してくださるファンの存在も、とてもありがたいんです。だからこそ“自分が思う柚凪。”と“703号室らしさ”を融合させて「Virus」を作りました。「逃避行」に関しては書こうと思って書いた曲じゃなくて、自分の中からあふれたものを形にしたんです。夢を追えば追うほど周りと比べてしまうし、夢を叶えていく人をうらやんだり妬んだりしていたんですけど、「逃避行」を書いたことで、これまでのことを昇華できた感覚があって。やっと自分を許せた気持ちになりました。
──3曲目に発表された「幻想」は、今までで一番楽しみながら曲を書かれたそうですね。
はい! 私が書く歌は“祈り”か“呪い”かどちらかなんですけど、これは圧倒的に呪いに振り切った曲で。その呪いを「どうかわいくポップに解き放とうか」と考えつつ、とにかく楽しく作ろうと。自分が聴いて楽しいかどうかを意識したので、呪いの曲なのに歌っててとても楽しかったです。歌詞と曲のギャップが、不気味ですごくいいなと思っています。
──ドラマチックなミュージックビデオにも引き込まれました。1988年に公開された「追悼のざわめき」という映画がありまして。「幻想」をお聴きして、その映画を観たときと近い感覚を覚えたんですよ。
どんな内容なんですか?
──ある兄妹がいて、お兄ちゃんは妹のことを女性として愛しているんですよ。それで妹と性交して出血多量で殺してしまうんです。兄は妹の遺体を土に埋めるんですけど、「妹を1人で土の中で眠らせるのはかわいそうだ」と、土を掘り返して何をするのかと思ったら、妹を食べて「これでずっと一緒だね」と言う話です。
えー!
──普通に考えたらその愛情は狂気ですけど、別の見方をすれば純愛とも言えるのかなって。
確かに、愛って狂気と純愛の表裏一体ですよね。私も愛情の裏と表を全部詰め込みたくて書いたのが「幻想」なんですよ。いざ、曲が完成したときは「イエーイ! 楽しい!」となりました。
──柚凪。さんは愛の暴力性をちゃんと表現できるところが、素敵だなと思っていまして。
ありがとうございます。そもそも703号室時代は、恋愛の曲をあまり書かないようにしてて。昔から「自分はボーイッシュ」という意識があって自分に女性を感じることが嫌だったんです。だから恋愛ソングを書いている自分を客観的に見たときに「うわっ、女の子してる! 気持ち悪い!」と思ってしまっていて。でも、柚凪。になってから、自分自身のしがらみを吹っ切ることができて、今まで我慢してきた分、最近は恋愛ソングばっかり書いてます。
孤独で寂しい人たちに届けたい
──今発表されている以外にも、どんどん新曲ができてるんですね。
曲はずっと作ってますね。ちなみに、今日は朝5時に茨城の鹿島神宮に行きました。
──それはなぜ!?
自然を感じたいと思ったんですよ。母がお寺や神社に少しご縁があって……その母が月に1回、鹿島神宮に行ってるので「一緒に行く?」と誘ってくれて。「ちょうど行きたいと思ってた!」と言って2人で神社に行って、冬の海に入ってきました。とても寒かったんですけど、今はとにかくそうやって「感じる」ことをたくさんしたいです。
──常に創作のスイッチが入っているんですね。
そう! 毎日歌詞を書くために、生きてる感覚です。1週間に3、4曲は書いてますね。すべての行動原理が、歌詞になるかどうかで動いてます。前は「曲を書かないとアーティストって名乗れないぞ」と自らを脅迫しながら書いていたんですけど、今はあふれ出てくるから書いている。すごく充実した毎日を送っています。
──それを聞くと、12月28日にshibuya eggmanで行われるワンマンライブも期待したくなります。
8月の1stワンマンライブは、703号室時代の曲と柚凪。の曲がグラデーションになる構成にしたんですけど、12月は柚凪。になってからの曲メインでいこうと思っていて。そこに向けて新曲をどんどん作っています。簡潔に言うと、みんなのことを抱き締めるようなライブにしたいんです。
──抱き締める、ですか?
私は孤独を抱えている人に向けて、歌を歌っていきたいんです。私自身も孤独を感じやすい人間なので、同じように「1人だな」と思ってる人に、私の音楽を届けたい。昔は「本当に寄り添えているのかな?」とか「寄り添いすぎるのもどうなんだろう?」とかいろいろ考えていたんです。でも最近はライブとか関係なく、目の前に「孤独で寂しい」と思ってる人がいたら何をするかなと考えたら、無理やり手を引っ張ったり、一緒に泣いたりするんじゃなくて、まずは抱き締めるなと思った。今はそういう音楽を届けたいという思いが明確になったので、次のワンマンライブはみんなのことを抱き締められるようなステージにしたいです。
──来年以降の活動に関しては、何か考えていることはありますか?
まだ、数百人キャパでしかワンマンライブをしたことがないので、まずは4桁規模に挑戦したいです。そして2029年には武道館に立ちたいと思っているので、とにかくがんばるぞ!という気持ちです。
公演情報
柚凪。ONE-MAN LIVE "CALM"
2025年12月28日(日)東京都 shibuya eggman
[1st STAGE] OPEN 15:00 / START 15:30
[2nd STAGE] OPEN 18:30 / START 19:00
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プロフィール
柚凪。(ユウナ)
千葉県船橋市出身。703号室名義での活動を経て、2025年6月10日に柚凪。として始動する。2025年6月に1stシングル「Virus」を配信リリースしたのち、7月に「逃避行」、9月に「幻想」を発表。テレビドラマの主題歌制作、他アーティストへの楽曲提供なども行い、ソングライターとしての才能も発揮している。2025年12月28日に東京・shibuya eggmanでワンマンライブを行う。
