ユリイ・カノン|動画総再生回数6000万回越えのボカロPがメジャー1stアルバムで描く“人間”

ユリイ・カノンがメジャー1stアルバム「人間劇場」をリリースした。

YouTubeで約3300万回再生されている「だれかの心臓になれたなら」をはじめ、ヒット曲を次々と生み出し、投稿動画の総再生数が6000万回再生を突破している人気ボカロPのユリイ・カノン。メジャー1stアルバムには新曲に加えて、ウォルピスカーターへの提供曲「キャスティングミス」やTHE BINALYへの提供曲「花に雨を、君に歌を」といった楽曲のボカロバージョンや、自身の代表曲の新規アレンジバージョンなど計14曲が収録されており、現在のユリイ・カノンの集大成と言える作品となっている。

音楽ナタリー初登場となる今回のインタビューでは、ユリイ・カノンのルーツやメジャー1stアルバムに込めた思いについてじっくりと話を聞いた。

取材・文 / 北野創

ユリイ・カノンのルーツ

──ユリイ・カノンさんが音楽に興味を持つようになったのはいつ頃でしたか。

中学生の頃に友達の影響でいろんなバンドを聴くようになって。海外のハード系の音楽がけっこう好きで、Children of BodomやBullet for My Valentine、Arch Enemy……ルーツとしてあるのはバリバリのメタルですね(笑)。デスボイスとゴリゴリのギターみたいな、ほとんどメロディがないような音楽ばかり聴いていて。その反動もあったのか、同じ時期に1990年代の邦楽も聴くようになったんです。当時、近所の中古CD屋によく通っていたんですけど、90年代のCDってめちゃくちゃ売れた結果、中古だとすごく安かったりするんですよね。「まあ安いから聴くか」ってなって(笑)。自分が書く曲のメロディは90年代の邦楽からの影響が強いと思います。音楽に興味を持ったきっかけとしては、楽器をやっていた父親にギターを譲ってもらったこともありましたね。でも、あまりうまくならず、楽器の演奏よりもDTMで音楽を作ることに興味が集中していった感じです。

──ユリイ・カノンさんは2015年から同名義で活動していますが、どのような経緯でボカロPとしての音楽活動を始めたのでしょうか。

高校時代にやっていたバンドのリーダーが「楽曲はオリジナルでいきたい」と言い出したものの、メンバーは誰も作曲経験がなかったから、僕がやってみようかなと思って曲を作るようになったんです。そのバンドが終わったあとも曲を作ること自体は好きだったので趣味で続けていて、もともとボーカロイドが好きだったこともあり、自分の作った曲を動画サイトに上げるようになりました。バンドではキーボードを担当していました。まあ、そんなにうまくはないんですけど(笑)。自分のパートは簡単だったので、ある程度、ほかのメンバーの演奏に合わせて弾くことはできました。

──ボカロ音楽も好きで聴いていたとのことですが、それこそユリイさんはよくハチ(米津玄師)さんからの影響をツイッターなどで公言していますよね。

はい。ボーカロイドだとハチさんが最初にちゃんと聴き始めた人で、それが10、11年ぐらい前ですかね。その頃は特別ボーカロイドの楽曲を聴き漁っていたわけではないんですけど、ハチさんがきっかけで有名なボカロ曲はチェックするようになって。wowakaさんだとか。いろんなものを好きになって、いろんなものを聴いていた感じです。

──その一方で、ユリイさんの書く歌詞に目を向けると、日本文学からの影響も強く感じます。今回のアルバム「人間劇場」に収録されている楽曲「少女地獄」の曲名は、夢野久作の短編小説集からの引用ですし。

そうですね。これも中学生の頃なんですけど、本を読むようになって。特に純文学が好きで、現代小説よりも太宰(治)や芥川(龍之介)なんかを読み漁っていたんです。最初に読んだのが太宰の「人間失格」だったんですけど、あれは「自分以外にもこんなふうに考える人がいるのか」と誰もが感じるような小説だと思うんですね。そういう人間の本質的なことを考えさせてくれる小説にハマっていきました。あと映画を観て曲を作りたくなることも多いです。

転機となった過去作

──ユリイさんが2015年11月に動画サイトに投稿した1作目「あしたは死ぬことにした」は、今のエッジーで刺激的な作風とは異なる、優しい曲調のミディアムナンバーでした。当時はどんなイメージで楽曲を制作して投稿したのですか?

あの頃は「きれいな音楽を作りたい」という気持ちが強かったんですけど、友達に「これだと正直、再生回数が伸びないよ」と言われて(笑)。「もっと激しくて、人間が歌えないような曲のほうが、ボーカロイドは受ける」という話だったので、自分がもともと好きだった激しい音楽の要素をボカロ音楽に落とし込んでいくうちに今の作風になっていった感じですね。

──ただ、2作目「或いはテトラの片隅で」(2016年)の時点で、今の世界観に通じるものがすでに完成しつつあるように感じます。

この曲で自分のやりたいことがけっこう見えてきた感じでしたね。文学的な要素と激しさのある音楽、美しいものと激しいものの融合というか。

──「あしたは死ぬことにした」は初音ミクが歌っていますが、「或いはテトラの片隅で」はGUMIが歌う楽曲です。ユリイさんと言えばGUMIの印象が強いですね。

4作目の「おどりゃんせ」(2016年)は初音ミク&GUMIで、そこから一時期はミクの曲を連続で出したり、初音ミク&GUMIの曲を出していましたけど、「トーデス・トリープ」(2017年)以降はほぼGUMIメインでやるようになって。単純にGUMIの声が自分の曲に合うというのもあるんですけど、当時のニコニコ動画のランキングではGUMIの曲が少なかったので、GUMIを使うことでほかの人と差別化できるかなというのもありました。

──ユリイさんが調声したGUMIの歌声にはかわいらしさがあるので、その声と激しい音楽性との対比が独自の魅力になっているように思います。

正直、ボーカロイドの調声に関してはあまり深く考えずにやってます(笑)。歌詞がちゃんと聞こえるようには意識していますけど、「かわいく」や「カッコよく」といったことは特に意識していないですね。

──これまでの活動の中で、転機を感じた楽曲を挙げるとすれば?

「スーサイドパレヱド」(2017年)ですね。それまでもいろいろ作ってきましたけど、「おどりゃんせ」で再生数が増えて以降、ちょっと数字を意識するようになってしまったんです。でも、そこから半年ぐらい経って、一旦、数字は意識せずに自分の好きなものを作ろうと思って作ったのが「スーサイドパレヱド」で。それが想像以上に反響が大きかったので「あ、これでいいんだ」と思って、以降はリスナーの好きなものを意識せずに曲を作るようになりました。

──「スーサイドパレヱド」は疾走感あふれるサウンドと決死の覚悟を描いた攻撃的な歌詞が強烈なインパクトを残す楽曲で、ここからユリイさんの名前はさらに広く知れわたっていきました。

ただ、過去に発表した曲と同じようなものは世に出したくないと思っていて。なので「スーサイドパレヱド」の次に出した「撫子色ハート」(2017年)は、「スーサイドパレヱド」が好きな人は好きにならないだろうなっていう、あえて正反対のイメージの曲にしました。「このアーティストはこういう曲を作る」というイメージの固定化をされたくないし、自分はやっぱり作家なので、いろんなものを作りたくて。

1stアルバム「人間劇場」のコンセプト

──メジャー1stアルバム「人間劇場」には、「スーサイドパレヱド」「おどりゃんせ」「だれかの心臓になれたなら」といった代表曲のリテイクバージョンを含む全14曲が収録されています。まずはアルバム全体のコンセプトについて教えてください。

まずアルバムを作るとなったときに、テーマは“人間”にしようと思って。それで最初に書き下ろしたのが、アルバムの1曲目に入っている「人間らしい」だったんです。全体的にどの曲の歌詞にも、生き死にだとか、正しさと間違いといったことが出てくるんですけど、それが僕の描く“人間”のテーマで。そういう人間らしさ、人間の美しさや醜さをいろんな形で描いたものをまとめた感じですね。どの曲もけっこう人間くさいというか、意外と素直なことを書いているつもりではあります。

──「人間劇場」というタイトルにはどのような意味が?

今回のアルバムは収録曲が演目のようになっていて、それぞれの楽曲にリンクする部分があったり、ストーリーがあるんです。そのまま順番でつながっているわけでもないんですけど、曲によっては同じ人物を主人公に置いたり、共通の世界観を歌詞にしているところがあって……根本的なところを言語化するのはちょっと難しいですね。

──まさに人間の本質について描いた、ある種、純文学的な要素も感じさせる作品なわけですね。人間のドロドロした部分を性急なロックサウンドで表現した「人間らしい」では、いわゆる世間一般の“人間らしい在り方”に対する疑問を投げかけたり、一般的な“正しさ”よりも自分の“正しさ”を主張するような曲が多いように感じました。

そうですね。ここで具体的なエピソードを語りたいところではあるんですけど、ユリイ・カノン的には話しづらくて……(笑)。でも、歌詞になっていることは基本的に自分の人生で経験したものです。僕自身の中にはやらずに後悔したくないという気持ちが強くあるんですが、今回のアルバムにも入ってる「あしゅらしゅら」は、そういうことを歌詞に書いた曲です。

──「あしゅらしゅら」は「おどりゃんせ」の流れを汲む世界観の曲で、阿波踊りのようなリズムを取り入れたロックサウンドがカッコいいですよね。自分の人生をあるがまま謳歌するような、ちょっと開き直り感のある歌詞も痛快です。

この曲はもともとGUMIの10周年に合わせていただいた案件(コンピレーションアルバム「SPACE DIVE!! feat. GUMI」)のために作ったんですけど、「おどりゃんせ」の動画の説明欄に「ジャパニズムアヴァンロック第1弾」と書いておきながら第2弾をずっと出していなかったので(笑)、僕の中では「あしゅらしゅら」がその第2弾の曲なんです。なのでリズムもお祭りっぽくずんちゃかしていて。