録音芸術の面白さ
──以前、別のインタビューで砂井さんが「5人のこだわりポイントが違うから、それぞれのやりたいことをミックスさせられる」とおっしゃっていました。本作におけるそれぞれのこだわりが宿っているポイント、手応えがある部分を教えていただけますか?
本村 いくつかの曲では自分がミックスをしたり、マスタリングにも立ち会ってエンジニアさんと相談しながら進めていたんですけど、最後の工程として1曲目の「Intro: Good Morning, This Is a Navigation to Nowhere」のステレオイメージを吟味したんです。つまり音の左右の広がりの伸び縮みを決めていく作業ですね。これによって1曲の中でぐにゃぐにゃした感じになるし、「Carry Me To Heaven」が途中で加速したりするのも、もともとの音から自在に変化させて印象を変えることができてしまう。時間もひっくり返せるし、どんな無茶苦茶なこともできるのが録音芸術の美しさ、面白さだと思っています。でもそれって現実社会も同じで、いつの間にか事実がねじ曲がっていたり、いつ何が起こるかもまったくわからない。すべてをそのまま受け止めることの危険性を感じていたので、それを作品にも反映できればいいなと考えていました。
──それは、本作の“両義性”というテーマに対するサウンドからのアプローチとも言えますよね。
本村 確かに。砂井くんに触発されたのか、むしゃくしゃしていたのかはわかりませんが(笑)。もう1点お伝えしておきたいのは、自分が別でやっているHedigan'sというバンドの栗田将治くんが「たぶん悪魔が」と「Waiting for the Sun (Reprise)」でエレキギターを弾いてくれているんですが、ゆうらん船としては初のゲストミュージシャンです。このバンドでバリバリのロックンロールギターが入っているのが新鮮で気に入っています。
砂井 ドラムの話をしておくと、これまで音作りやチューニング、マイキングについてはしっかり考えていたんですけど、どういうタッチで演奏するかのほうが大事だなと今回ようやく気付きました。自分の叩き方でいい音を出すことを意識したので、間違いなくこれまでで最もいいドラムの音色になっているかと。具体的に言えば、それまでは高橋幸宏さんに代表されるリムショットにしっかりミュートを効かせた演奏が多かった。でも今回はもうちょっと軽くリバウンドさせながら広がりが出るように叩いています。
──なぜそのような叩き方にしようと思ったんですか?
砂井 「たぶん悪魔が」を筆頭に、どちらかと言えば80年代テイストの曲が多かったので、その叩き方が合っているように感じたのと、2023年のアレックス・Gの来日公演を観に行ったときに、ドラムの方のスネアの角度がリムショットなんて絶対できないくらい斜めだったんです。それがすごくいい音だったんで、影響を受けたのかもしれません。
本村 確かに砂井くんはドラムの音の硬さの調節をずっとしていた印象がある。曲ごとにリファレンスは異なりますが、「たぶん悪魔が」の音色はビヨンセの「Love On Top」を参考にしていました。
伊藤 ドラムに限らず、最終的に製品化されたときのイメージを全員がちゃんと持つようになったと思います。しっかり音圧があって、粒立ったサウンドを引き出したいということを意識しながらレコーディングに臨めたのはすごくよかった。
砂井 スタジオのすごくいいモニタ環境で確認しながら完成した音源も、サブスクリプションサービスだとちょっと音色も音圧も変わるし、あとプレイリストに入るとほかの曲と相対化しながら聴くことになるじゃないですか。だから今の欧米でヒットしているポップス、例えばビヨンセやBoygeniusの音圧ってどれくらいなんだろうということも考えながら仕上げましたね。
言葉を引き出してもらう感覚
内村 僕は作詞の部分でお話ししますと、今回の制作を通して僕の作ったメロディには自分の節や癖みたいなものがあるんだなって気付きました。初めて永井と砂井くんの曲に歌詞を付けて、それぞれ独自の情感があるというか、メロディから言葉を引き出してもらう感覚を受けました。「Departure」に出てくる「愛のまま」なんて素直な言葉は自分が作った曲だと絶対に出てこない。僕が感じている永井の作家性をイメージして歌詞を書くという作業はすごく難しかったけど、面白かったです。
本村 永井の曲は演奏する側も難しいなって思ったんだけど、どうやって作っているの?
永井 ゆうらん船に限らず、基本は楽器を使わず歌いながら。それで最後に譜面にしていく形です。でも「Departure」は内村と砂井くんが作る曲とは違う、今までのゆうらん船にはないテイストを目指してはいました。
砂井 最終的な曲順はイタルと2人で歌詞の意味や解釈も踏まえて話し合いながら決めていったんですけど、今回は特にじっくり読むごとにいい歌詞だなと思っていました。
本村 今までよりも若干俯瞰した視点な気がするんですけど、時折スッと胸に刺さってくる。今回はイタルの歌詞によって自分のパートの演奏やアレンジのアイデアが広がることも多かった気がします。
──鍵盤のお二人はいかがですか?
永井 アルバムの中盤に入っている「焦燥」や「Blue Line」など、自分のピアノが演奏の中心になる曲も多かったんですが、できるだけ内村の歌にぶつけた音を使わず、間引きながらセンシティブに弾くことは意識していました。だから、これまでよりやっていることはシンプルなんですが、しっかりピアノが映える演奏になったと思います。
伊藤 自分のキーボードについては、「Carry Me To Heaven」のようにしっかりイントロにシンセのメロディがあるというのが新鮮で、キャッチーでキッチュな感じだけど、何回聴いても飽きないというバランスを考えながらフレーズを考えるのが楽しかったですね。あと新しくレスリースピーカーというオルガン用の機材を買ったんですけど、試行錯誤しながら「How dare you?」「Childhood's End」「Letter to Flowers」で初めて使えたのも自分にとっては成果かなと。
タイトル「MY CHEMICAL ROMANCE」に込めたものは?
──最後に、アルバムタイトルを「MY CHEMICAL ROMANCE」にした理由を聞かずにいられないのですが……。
砂井 もちろんバンド名ではなく(笑)、字面通りの意味がいいなと思って付けたものです。ロマンスは恋愛だけじゃなくて創造的な物語や小説も示すので、本作のテーマを表している言葉だなと思いました。
──無機的な物質の“CHEMICAL”と有機的な出来事を表す“ROMANCE”、ここまで話してきた“両義性”にも即したタイトルですね。
本村 そうそう。これまでの「MY GENERATION」「MY REVOLUTION」も一見するとパロディなのですが、聴いてみると納得できる、みたいなところを目指していました。今回も「MY~」という縛りがある中でうまいところに着地できたのはよかったです。カクバリズムに「さすがにこのタイトルは……」と言われるかと思ったけど、むしろ「印象に残りますね!」と前のめりで(笑)。
──ゆうらん船は今年からカクバリズム所属になりましたが、取り巻く環境や制作体制は変わりましたか?
本村 携わっていただける人はもちろん変わったり増えたりしましたが、過度にプレッシャーを感じたり、制約が生じることもなく。いい意味でこれまで通り、自分たちの好奇心に基づいてやらせていただいているのが、本当にありがたいですね。ちゃんと貢献できるようにがんばらないと。
──カクバリズムファミリーとして今後レーベル内での交流も生まれてくると面白そうですね。
内村 今のところ共演しているのはÅlborgくらい? 我々はもう30代に突入していますが、Ålborgとともにカクバリズムの若手枠として盛り上げていきます(笑)。
公演情報
ゆうらん船 3rd ALBUM「MY CHEMICAL ROMANCE」リリースツアー
- 2025年9月13日(土)大阪府 Shangri-La
<出演者>
ゆうらん船 / and more - 2025年9月14日(日)京都府 Live House nano
<出演者>
ゆうらん船 - 2025年9月15日(月・祝)愛知県 新栄シャングリラ
<出演者>
ゆうらん船 / and more - 2025年9月21日(日)東京都 渋谷CLUB QUATTRO
<出演者>
ゆうらん船
プロフィール
ゆうらん船(ユウランセン)
内村イタル(Vo, G)を中心に、伊藤里文(Key)、永井秀和(Piano)、本村拓磨(B)、砂井慧(Dr)の5名で結成されたバンド。2019年7月に1st EP「ゆうらん船」をリリースし、野外音楽フェス「FUJI ROCK FESTIVAL '19」の「ROOKIE A GO-GO」ステージへの出演を果たす。2020年6月には1stアルバム「MY GENERATION」を発表。本作は雑誌「ミュージックマガジン」の日本のロックアルバムベスト10や、後藤正文が立ち上げた音楽賞「APPLE VINEGAR -Music Award-」にノミネートされた。2022年5月に2ndアルバム「MY REVOLUTION」を発表し、翌2023年4月の「RECORD STORE DAY」では「MY REVOLUTION」のアナログ盤、1st EPと2nd EPのカップリング12inch「ゆうらん船1 & 2」を同時リリースした。2025年7月に3rdアルバム「MY CHEMICAL ROMANCE」を発表。9月から全国4都市を巡るリリースツアーを開催する。
ゆうらん船 OFFICIAL SITE / yuransen-band.com
ゆうらん船 (@yuransen_jp) | Instagram