湯木慧|命を歌うアーティスト「蘇生」からの「誕生」

誕生日の概念が変わった

──「誕生~バースデイ~」の収録曲はすぐに決めることができましたか?

悩みました。でも、2018年10月にインディーズで「蘇生」というアルバムを出していたので、そこからつなげるうえで“誕生”というコンセプトには着眼していて。そこはぶれていなかったですね。

──1曲目の「98/06/05 11:40」は、まさに病院で新しい命が誕生した模様の録音に聴こえますが、これはもしかして?

1998年6月5日11時40分に録音された私の産声です(笑)。私が産まれた大分県の病院はとてもいい産婦人科さんで、へその緒はもちろん、こうした録音物や足型やネームバンドをすべてとっておいてくれたんです。なので、これは使わなきゃと思って。

──そこから2曲目の「産声」につながります。

この曲は「誕生~バースデイ~」のテーマが決まってから書いた曲なんです。「誰しもが最初は同じように生まれてきた」ということに着眼して作った曲です。

──3曲目の「バースデイ」は実話がきっかけとなって、二十歳の誕生日に作られたそうですが。

はい。2年前に起こった交通事故がきっかけでした。お子さんとそのお母さんがトラックに轢かれて……お母さんだけ亡くなってしまったんです。お子さんが翌日に誕生日だったそうで。その事故を知ってから、自分の中の誕生日の概念が変わったというか。普通に過ごしていたらハッピーバースデイだったのに、そのお子さんにとっては、そうではなくなってしまった。時が経てば、お母さんに感謝する大事な日になるかもしれないけれど、お互い自分の気持ちを伝えることはもうできない。お母さんは何を伝えたいと思っただろうか、その子がお母さんの死を理解したとき、何を伝えたいと思うだろうか。昨年二十歳の誕生日を迎えようとしていた自分にも重ねながら、そんなことを考えて書きました。

──この曲の「正しさだけが溢れる世界じゃないから」「悲しさだけが溢れる世界じゃないから」という歌詞がとても印象的です。

正しさだけじゃないし、間違いだってたくさんある。明確な正解があるわけでもない世界で、迷うこともたくさんあるけれど、変わらぬ信念や温かさだってあるということを提示したかったんです。それは自分の母や、今まで自分を支えてくれた人たちに対しても。

──「バースデイ」は、リスナーへ語りかけると同時に、湯木さんが自分自身に語りかけている歌でもあると感じられました。

その通りです。というか、すべての曲がそうかもしれません。不思議な体験ですけど、過去の自分の曲に今の自分が救われることがけっこうあるんです。未来の自分や、未来の自分の子供とかにも向けているのかもしれない。誰か1人のためだけという曲は、今のところほとんどないですね。

──4曲目の「極彩」は、「誰より空高く燃えて灰になるのだろう」と、命を燃やし尽くす曲ですね。4曲を通して誕生から死までが表現されています。

そうしたかったんです。「誕生日は命日に向かう初日」という見方もあって、その通りだなと。誕生を描く以上は死も描こうと思いました。

──湯木さん自身は、今自分の命を燃やしている感覚はありますか?

自分のことが一番わからないですね。燃えているのかな? 煙を噴いているのかもしれない(笑)。

──詞と曲はどちらから先に浮かびますか? もしくは同時とか。

いろんな作り方がありますけど、鼻歌が多いかもしれません。道端で慌ててボイスメモを録ったりしています。最近は自分の幅を広げるために、リズムから作り始めてみようかとも思っています。

──歌詞は一気に書き上げるタイプですか? それとも寝かせるタイプですか?

一気に書き上げるほうですね。すごく疲れるけど、そのときの感情で書かないと、次の日に続きを作ろうと思うともう忘れているんですよ。

──言葉の源というか、ルーツになっているカルチャーは何かありますか?

まったくないんですよね。本を読むのも苦手だし。目で見たものや、耳から入るものに触発されますね。ドキュメンタリー番組とか、ラジオからたまに聴こえてくるいい言葉とか。

湯木慧

阿蘇野での蘇生

──自分がワクワクすることは?

大分・阿蘇野の森。

森が大好きです。森で聴こえる音に“命”を感じるんです。今回のアーティスト写真を撮った場所も、大分県の阿蘇野というところにある森をリクエストしました。両親が2人とも大分出身で、私も生まれは大分です。阿蘇野は故郷ではないのですが、親戚の友達のおばあちゃんが住んでいる場所で、本当にいいところなんです。撮影には染色アーティストの023(おふみ)さんという方と「作品を丸ごと連れていきたい」とわがままを言って、大所帯で行かせてもらいました(笑)。それより前の去年の夏、阿蘇野で2週間ほど生活をしたんです。その頃は心身ともに疲れ切ってしまっていて……。

──それはなぜですか?

インディーズの活動がいつしかルーティンになってしまって、すべてに疲れて、冷めてしまったんです。「何かを変えなきゃ」と思ってバイトをしてみたりしたんですが、変わるわけでもなく。もう手も足も出ないという気持ちを表した「水中花」というワンマンライブもやりました(参照:「湯木慧、初のバンド編成ワンマン「水中花」に込めた思いとは」)。そんな頃に阿蘇野を薦められて、80歳を過ぎたおばあちゃんが1人で住んでいるお家に2週間泊まらせてもらったんです。湧き水を飲んで、摘んだばかりの新鮮な食材を食べて、あとは寝るだけという生活で、ようやく蘇生することができました。その体験をもとに去年、アルバム「蘇生」を作ることができたんです。

──湯木さんはトラックの打ち込みもご自身でされるそうですが、今作にはアレンジャーとして葛西大和さん、Sasanomalyさん、西川ノブユキさんといった面々が参加されています。制作においてはどのようなコミュニケーションを交わしましたか?

楽曲の世界観や、入れてほしい音、「どうしてこの曲ができたのか」というコンセプトがわかるように、自分でできる範囲で打ち込んだデモをお渡ししています。

──ダブっぽい打ち込みやインダストリアルな音も入っていますが、そうしたサウンドの源泉は?

ニコニコ動画ですね。機械的だけど物語を語れるような音が好きなんです。打ち込みのソフトを触って、知らなかった音を見つけると曲に当てはめてみたり。今作の「産声」では最後にSasanomalyさんが水の音を入れてくださっていますが、曲の世界がどんな色で、どんな風景なのか、それを音で表してくださる方々にお願いしています。

──湯木さんの楽曲は音の根幹になるメロディがすごく豊かだと感じました。

ありがとうございます。そこも吹奏楽の影響があるのかな。でもまだまだだなと思って、最近は洋楽も聴いたりしているんです。あとはやっぱりニコ動で人気の高い曲を聴いたり。あとはゲーム音楽も好きですね。ゲーム自体が好きなので。

湯木慧

──どんなゲームをやるんですか?

「バイオハザード」とか「アンチャーテッド」が好きです。お姉ちゃんは「キングダムハーツ」が好きで。最近は「Horizon Zero Dawn」というPlayStation 4のソフトが好きですね。ゲーム実況も大好きで、銃声を聞きながら眠りに着くこともあります。音楽性にはまったく関係ないですけど(笑)。

──では最後にメジャーデビューにあたっての思いを改めて聞かせてください。

音楽を通じて、たくさんの人たちと初めて出会えることが楽しみです。でも、さっきお話しした通り音楽だけではなく絵の個展もやりたいので、総合芸術というか、音楽と紐付く創作をたくさんしていきたいですね。あとは自分の思いがすべてになってしまうことが一番怖いので、自分の表現に対して、自分が思ってもいなかったような感想を寄せてもらえたらうれしいです。いい意見も、そうでない意見も、きっとこれからの自分にとっての財産になると思うので。

ライブ情報

メジャーファーストシングルリリース記念ワンマンライブ「誕生~始まりの心実」
  • 2019年6月5日(水)東京都 四谷天窓
湯木慧 東阪ワンマンライブ
  • 2019年8月 東京都内
  • 2019年8月 大阪府内
  • ※詳細は後日発表