黒川が歌う「躍動」
──今回、黒川さんは「躍動」をセルフカバーしてみてどうでした?
黒川 坂本さんの作品は昔からよく聴いていたので、やっぱりプレッシャーは感じました。ユアネスの楽曲は基本的に古閑が作詞作曲をしているんですけど、「躍動」に関しては坂本さんが歌詞を書いているわけで。ユアネスでよく使われる発声とは違う歌い回しが多いので、坂本さんの今までの楽曲を改めて聞き直して、「どういう歌い回しで、どういう音の逃げ方をしているんだろう」と自分なりに研究しました。
──古閑さんは、黒川さん歌唱の「躍動」を聴いてみていかがでしたか?
古閑 そうですね。ボーカリストが変わるだけでこんなにも楽曲の聞こえ方が変わるのかと実感できて、とても面白かったです。「躍動」は真綾さんが歌詞を書かれているので、黒川が歌っているんだけどユアネスの曲では感じられない新鮮さがありました。
──原曲と比べると、ドラムやベースが際立っていてバンド感が強い印象を受けました。
古閑 基本は黒川のボーカルのキーに合わせて音を整理して、あとはベースにサブベースを混ぜてより低音を強くしました。黒川のキーに合わせることによって、楽器(のキー)も全体的に上がったんですよ。トップのバイオリンとかギターが上に行ったことで、下のレンジが足りなくなってしまって。それに対してベースはサブベースを入れて、ドラムに関してはリズムトラック、キック、スネアを多めに重なるようにアレンジを考えました。逆に、真綾さんのバージョンはそのまま生っぽい感じとストリングスの圧で豪華に聴かせていたんですけど、今回はストリングスが高すぎると音として細いので、それに対して僕らはローで支える感じのサウンドにしています。
souzoucityで吸収したものをユアネスへ
──「籠の中に鳥」や「躍動」が生まれた時期に、古閑さんの音楽プロジェクト・souzoucityがスタートして(参照:ユアネス古閑翔平の新たな音楽プロジェクトsouzoucity、アニメ仕立ての新曲MV公開)。本作には、そのプロジェクトでご一緒したシンガー・nemoiさんとのコラボ曲「49/51(feat.nemoi)」も収録されています。
古閑 そうなんですよ。
──souzoucity発足時のインタビューで「新しいカルチャーを吸収して、ユアネスに生かしたい」と話していましたけど、それがシティポップという形で着地するのかと意外な印象を受けました。
古閑 「6 case」の内容が徐々に決まっていく中で、「新曲を入れるなら、まだやっていないサウンドを入れたい」という思いがあって。そのときに「シティポップをやりたい」という話をメンバーにして、なおかつ「フルアルバムだったらフィーチャリングを入れたほうが絶対に面白い」と提案したんです。それでsouzoucityでご一緒したnemoiさんにオファーして。曲を作る前にフィーチャリングすることを決めちゃったんですよ。
──nemoiさんありきで考えたということ?
古閑 そうです(笑)。「この曲を歌ってください」じゃなくて「nemoiさんが参加する前提でこの曲を作ります」みたいな。
──なるほど。「49/51」はユアネスにとっては初のツインボーカル曲ですが、黒川さんはレコーディングでどんなことを意識しました?
黒川 歌唱力を前に出すタイプの曲ではないので、声色の雰囲気とか音の出し方や逃げ方で、よりアダルトな雰囲気を作ろうと意識しました。あと今回は主旋律をnemoiさんが歌ってくださっているので、僕はコーラスワークを凝りに凝って作りました。
──サウンドに関していうと、ユアネスにしては珍しく打ち込み感がありますよね。
小野 ドラムトラックが大きめに鳴っているのもあって、打ち込みっぽく聴こえているんだと思います。僕自身あまり叩いたことのないドラムだったので、スティーヴィー・ワンダーとかブラックミュージックを聴いて、今回の楽曲に落とし込みました。
田中 これまではきれいな演奏を意識することが多かったんですよ。こういうバックビートを感じるような音をユアネスでやると思っていなくて。今回は揺れがあったりとか、ノリを重視して演奏したことによって曲全体的に打ち込みっぽさはあるんですけど、やっていることはわりと生々しいというか。今までと違った色気を感じてもらえると思います。
──色気で言うと、宗正恭平さんのピアノもいい雰囲気を作っていますよね。
田中 そうなんですよ! 宗正さんは僕らが通っていた専門学校で同じジャズサークルにいた先輩なんです。当時、学校で成績トップだった人なので、その方と一緒に音源を残せるのは本当にありがたいです。
自分のギターが鳴ってなくてもいい
──ほかにも「日照雨(そばえ)」「Layer」は、冒頭から楽曲に引き込まれる音像が魅力的でした。これまでの楽曲と並べたときに、明らかにモードが違うというか。
古閑 意識したのは、サブベースとドラムの打ち込みのキックとスネアをしっかり混ぜて音の太さを出していくこと。あとはコーラスにもこだわって、聴いていて飽きないようなサウンド作りを意識しました。ちなみに最近はギターが鳴ってない楽曲が好きで、僕はギタリストだけど自分のギターが鳴ってなくてもいいなとも思っていて。ギターがなくても、ほかのパートでアレンジができるわけですし、それだったらピアノとかシンセサイザーとかで僕が作り込んだ音を混ぜていこうかなと。なので今回の新曲に関しては、すべて最後にギターを入れているんです。
──足りないところをギターで補う感じ?
古閑 そうです。「ギターの音がなくて、どうやってレコーディングすんの!?」と、ほかのパートには迷惑をかけたんですけど(笑)。そういう制作方法だったからこそ、打ち込み感が増したのかなと思いますね。あとは雰囲気作りのために、どういうサウンドを入れるかイメージしながら制作したのが大きいです。「日照雨」でいうと、「水槽の中に人がいて自分の周りだけ雨が降っている、その水槽に水が溜まって溺れそうだ」というイメージを楽曲で表現したかったんです。だから水の音とか、水槽に入る音や沈む音を楽曲の要所要所に混ぜていて。やっぱり生の楽器以前に、日常の音や自然の環境音をうまく混ぜることが雰囲気作りには大切なんじゃないかと思ったんです。なので「Alles Liebe」では、目覚まし時計の音やドアが開く音が入っていて。そういう生活の音も1つの楽器として扱っていいんだと発見がありました。
──「色の見えない少女」にも、バイクのエンジン音や信号の音が入ってますしね。ポストロックにハマっていた時代には考えられなかったアプローチなんじゃないでしょうか。
古閑 ですね(笑)。あの頃は「絶対にギターで全部再現する!」みたいな感じでしたから。
──個人的には「日照雨」がかなり好きでした。
古閑 うれしいです! 「日照雨」はファンの方からも人気があるんですよ。
──古閑さんのギターを入れずにレコーディングをしたとなると、リズム隊は大変だったんじゃないですか?
小野 「49/51」は打ち込みっぽいとおっしゃいましたけど、どちらかと言うと「日照雨」のほうが打ち込みっぽいと僕は思っていて。ハットを閉じて足は裏が入っていて、ところどころでハットのオープンが来てタムのフィルが入ってきたり、普通のバンドじゃありえないようなアプローチが多いのに加えて、無機質なドラムが求められるので苦労しました。
田中 僕はこだわりというより適材適所でベースを弾いている感覚に近かったです。普段は自分が弾いた音に対して客観性を持つことが難しいんですけど、「日照雨」のラフミックスが送られてきたときは客観的に聴けたんです。自分たちが一番リスナーに近い気持ちで聴ける曲なのかなと思います。
──ボーカルに関しては、珍しいメロディラインですよね。
黒川 「日照雨」は、サビのほとんどをファルセットのみで歌い続ける曲なんです。ユアネスの一筋縄ではない部分が表れているというか、いろんなジャンルを取り入れて、「ここからどう化けるんだろう?」みたいなワクワク感が詰まった1曲になっていると思います。個人的には楽曲の雰囲気を楽しむ曲だと思うので、そういう面でバランスを崩さないように心がけました。あまり熱量を感じないように、冷たい水色っぽい歌唱をしようみたいな。
バンドの枠には収まらない
──ラストの「私の最後の日」は楽曲単体としても素晴らしいですし、アルバムのエンドロールにピッタリな曲だと思いました。
古閑 僕は専門学校時代、福岡に住んでいまして。ある日「親が倒れた」と姉ちゃんから電話がかかってきたんです。しかも「くも膜下出血で、30%の確率で助からないらしい。看取れるなら今だよ」と言われて。それで急いで熊本の実家に帰るために急いで高速バスに乗って。その車中で作ったのが「私の最後の日」なんです。
──その状況でよく曲が浮かびましたね。
古閑 最悪の事態を覚悟していたのもあるし、今の自分が残せるのは音楽しかないと思って。「今のこの記憶のままメッセージや、思いを曲に残しておこう」と思って作ったんです。
──じゃあ、曲自体はけっこう前からあったんですか?
古閑 専門学生の頃だから、5年くらい前ですね。その頃にピアノとボーカルだけのデモを作っていて、ライブでも一度演奏しました。「私の最後の日」はagehaspringsの釣俊輔さんとご一緒させていただいたんですけど、そこでも学ぶことが多かったです。釣さんからもらった1発目のデモを聴いて「こういう何回も落とすアレンジができるんだ!」って。「楽器を入れるのは後半だけでいいんだ」とか「寂しくさせないように、シンセを重ねるんだ」とか、アレンジャーとしても学ぶことが多かったですね。
──そもそも5年前からあった曲を、このタイミングで1stアルバムに入れたのはどうしてなんですか?
古閑 本当は「色の見えない少女」のアレンジをagehaspringsさんにお願いする話が挙がっていたんですけど、僕のほうから「『私の最後の日』でご一緒でしたいです」と提案したんです。楽曲としてもエンディングにピッタリだし、1曲目の「籠の中に鳥」に戻ったときの気持ちよさがすごくいいなって。12曲目まで聴いて、また1曲目に戻りたくなるようなエンディングを意識しました。
──このアルバムでユアネスの可能性がより広がったと思うんですけど、これから作る楽曲のビジョンは見えていますか?
古閑 僕はK-POPが好きなんですよ、本当に(笑)。今後、そういうトラックの曲も出してみたくて、その第一歩として「日照雨」「49/51」を作ったところもあって。これからシングルのカップリングに入れても遜色がないような曲も作っていこうと考えています。ギターがまったく乗らない曲とか、打ち込みのサウンドを作ってみたいですね。
──souzoucityで得た経験を、今後はユアネスへさらに還元していくと。
古閑 そうですね。バンドの枠だけに収まらないようにしたいんですよ。より広いステージで鳴らしても映える、例えば洋楽は音の重なり方は複雑でも、間の取り方やメロディも広いじゃないですか。細かく刻むよりは、淡々と8ビートで進むのがカッコいいみたいな。「6 case」はそういうところも生かした作品になったと思うんです。今回の経験をアップデートしながら、新しい楽曲を作っていくつもりです。