自分にフォーカスが合っていく、抗えない感覚
──原作および小説版では、物語の始まりは「90年代初頭」という設定でした。けれど、実写版では「1991年春に貴樹と明里が出会う」というストーリーになっています。そこには奥山監督の意図を強く感じますが、それを踏まえて、1991年という年の意味性や象徴するものをどんなふうにとらえて、どう表現しようと思いましたか?
まず、これは今回に限らずいつも大事にしていることではあるんですけど、その作品の物語が持っているものと、自分の人生の中で培ってきたものの両方が重なる部分を見つけて、それを軸に曲を作っていくんです。今回もそれを踏襲したんですけど、松村北斗さんが演じる貴樹に対して、どこか自分を見ているような感覚が否が応にもありました。劇中に「1991年」が重要なキーワードとして出てくるのも含めて、強固に結び付いてしまう部分がある。1991年という設定自体は奥山監督によるものだし、新海さんの原作もあるとは思うんですけれど、どれだけ別の場所を見ていても、どうしても自分にフォーカスが合っていく。それに抗えない感覚があった。そうすることでしか自分がこの作品に対して誠実でいられない感覚がありました。
──「秒速5センチメートル」の実写版の主題歌を書くということは、貴樹というキャラクターの視点で世界を見るということである。そうなると、自分がどう生きてきたかということを重ねざるを得ない、という感じになった。
そうですね。自分のフィルターを通してこの映画を観たときにそう感じざるを得なかった、という感じがあります。
──これはあくまで僕の解釈なんですが、「秒速5センチメートル」は単に失恋を引きずっている男の話ではないと思うんですよね。新海誠監督の原作および小説には「深遠にある世界の秘密に触れてしまった」というモノローグが出てくる。単なる青春のラブストーリーのような生易しいものではなく、何かを見てしまった、もしくは見入られてしまったという話だと思っているんです。おそらく米津さんや奥山監督も、そこで新海誠監督が描いたような感覚に通じ合うようなものがあったんじゃないかと思うんですが、どうでしょうか。貴樹というキャラクターと米津さんが重なる部分にはどういうものを感じましたか?
自分のような特性を抱えている人間にとって、新海さんの映画というのは、まさに言い当てられてしまっていると思うようなところがあって。美麗な背景で、どこかロマンチックに描かれていますが、新海さんの映画と自分のような人間には、痛々しいくらいにつながる回路があるような気がしているんですよね。「雲のむこう、約束の場所」もすごく好きでした。セカイ系的なニュアンス、孤独感にも非常につながる部分があった。おっしゃる通り「秒速5センチメートル」も、あんまりラブストーリーだと思って観ていない部分があります。貴樹や明里のような人間が持つ内的な葛藤、自閉的な性質、内にある思案や想像といかに向き合うかということに主軸がある。けれども同時に、懸命に外とつながろうとする。孤独な者なりのひたむきさがある。そういうものに、自分の人生に重なる部分がある。そんな感覚がありますね。
クレジットに“自分の名前しかない”
──サウンドについてはどうでしょうか。これまでの話を踏まえて、自分の半生を重ね合わせた曲を作るとして、どんな曲調でどんなメロディを作るかというのはなかなか大変な選択ではあると思います。結果としてシンプルなピアノの美しいメロディの曲になった。この選択になったのはなぜでしょう。
この曲のサウンドが必ずしも自分の根幹にある本質だとは思わないところもあるんです。そこにはもちろん、新海監督の映画が持つニュアンス、奥山さんが撮った実写映画のニュアンスが反映された形であるのは間違いないことで。ただ、この曲を編曲するにあたって、個人的なものにしたかったんですよね。ピアノを誰かに頼もうかなと思ったりしたんですけど、いろいろ考えた結果、誰も入れずに1人で作ったほうがいい気がしました。目に見える形で言えば、クレジットに自分の名前しかないという状況を作りたかった。そうすることによってしか宿らないものがあると思ったんです。「秒速5センチメートル」とは関係ないですけど、「ほしのこえ」はほとんど新海監督が1人で作り上げたもので。彼が持つインディペンデント性も含めて、とにかく自閉した、内に向いた感覚の中でものを作る。ただし閉じ切るわけじゃなくて、基本的に足元を見ながら、しかしある一瞬にパッとあなたと目が合う。そういう曲が作れないものかなという感じがありました。
──自分以外の手が入らないこと、かつ「Plazma」や「BOW AND ARROW」のような軽やかなものではなく、ある種の重みとポップさを持ったものを、人の手を借りずに自分1人だけで作る、という意図があった。
そうですね。今年作った曲は、唯一「JANE DOE」だけは(共同編曲で)Yaffleが入っているんですけど、ほとんどが自分1人の手によるもので。そういう意味では、この曲に限らない今の自分のモードでもあるとは思います。ただこの曲においては、自分のフィルターそのものに対する意識を強める感覚があったのは確かだと思います。
──歌詞はどうでしょう。まさに今までお話しいただいた通りの内容だと思うのですが、米津さんの中で手応えがあったフレーズ、この言葉で言い表すことができたと思える言葉をピックアップするならば、どういうものがありますか。
どっちかと言うと、この曲は言葉よりシンセなんですよね。サビの「君のいない人生を耐えられるだろうか」のあとに鳴るシンセを軸に作ったところがあります。内的な情動というか、泣きわめくようなニュアンスというか、そういうものをシンセに代弁してもらおうという。それを言葉にしてしまうとあまりにも直接的すぎて、この映画が持つ静謐さに対して強すぎると感じたのもあって。あのシンセができてから、ここが軸だなと思うようになりました。
重要な曲であるのは間違いない
──米津玄師のキャリアやディスコグラフィを俯瞰で見て、この「1991」という曲はどういう位置付けになっていきそうな予感がありますか。
どうなんでしょうね。ここから先のことは何もわからないですけど、重要な曲であるのは間違いないです。客観的なディスコグラフィを意識しなかったからこそ、こういう曲になってしまったというのもあるかもしれない。自分にとってものすごく重要な曲であるということだけは確かであって、それ以外はあんまり言えることがない感じがしますね。
──この曲のアートワークとミュージックビデオについても伺えればと思います。取材段階では拝見できていないのですが、これはどういうものになりそうでしょうか。
MVは奥山監督に撮ってもらうことになりました。ジャケットも奥山さんの写真にさせてもらおうと思っていて。実はジャケットを描くにあたって、何を描けばいいかわからなかったんですよね。ジャケットを描くというのは自分にとって自明なことで。どんなに制作に疲れ果てても、絶対に自分で描いてきたんです。もちろん宮﨑駿さんや五十嵐大介さんなど自分より適任の方がいる場合はそちらのほうがいいという選択をすることはあったんですけど、基本的には絶対に自分が描きたいという意識でやってきたんです。けれど、この曲においては何を描けばいいんだろうという感覚になって。自分の姿を客観的に自分では見れない感覚に近いと思います。そういう意味で、奥山監督に鏡になってもらおうと思いました。
──米津玄師さんのディスコグラフィで写真がジャケットというのは初ですね。
初めての曲になりました。そういう意味でも特殊な曲ですね。この特殊性がなんなのかというのも、実はまだよくわかっていないんですけど。ただ、これまでだったら絶対にやらないでおこうと思っていたラインを、いくつもはみ出している。なので、これが果たして正しかったのかどうか、客観的な視点でポップスとして妥当だったのかは何ひとつわからない。そういう状況に今あります。
──最初の話に戻ると、そういうことを委ねられるだけの信頼が奥山監督に対してあった、ということですね。
そうですね。そこは自分の中で特別なものがあると思います。それだけに限らず、「秒速5センチメートル」という作品が持っているものと、それを子供の頃に観た自分の視点も同時にある。自分の今の状況も含めて、この2025年にそれと改めて向き合ったら、一直線につながってしまった。そういう感覚です。
プロフィール
米津玄師(ヨネヅケンシ)
1991年3月10日生まれの男性シンガーソングライター。2009年よりハチ名義でニコニコ動画にボーカロイド楽曲を投稿し、2012年5月に本名の米津玄師として初のアルバム「diorama」を発表した。楽曲のみならずアルバムジャケットやブックレット掲載のイラストなども手がけ、マルチな才能を有するクリエイターとして注目を浴びる。2018年3月にリリースした「Lemon」は自身最大のヒット曲に。2020年8月発売の5thアルバム「STRAY SHEEP」は、200万セールスを突破する大ヒット作品となり、同年の年間ランキングでは46冠を達成。翌年にはForbesが選ぶ「アジアのデジタルスター100」に選ばれ、芸術選奨「文部科学大臣新人賞(大衆芸能部門)」を受賞する。2022年11月にはテレビアニメ「チェンソーマン」のオープニングテーマを表題曲とするシングル「KICK BACK」を発表し、日本語楽曲としては史上初となるアメリカレコード協会(RIAA)プラチナ認定を記録した。2023年7月に宮﨑駿監督作「君たちはどう生きるか」の主題歌「地球儀」をリリース。2024年には4月にNHK連続テレビ小説「虎に翼」の主題歌「さよーならまたいつか!」をリリース。8月には6枚目のアルバムとなる「LOST CORNER」を発表した。2025年、自身最大規模となった「米津玄師 2025 TOUR / JUNK」では国内ドーム公演を経てアジア、ヨーロッパ、アメリカを回るワールドツアーを完走し、44万人を動員。1月には「機動戦士 Gundam GQuuuuuuX」の主題歌「Plazma」、テレビアニメ「メダリスト」のオープニング主題歌「BOW AND ARROW」をリリース。9月には、劇場版「チェンソーマン レゼ篇」主題歌として「IRIS OUT」、エンディング・テーマとして米津玄師, 宇多田ヒカル「JANE DOE」をリリース。「IRIS OUT」は、ストリーミング史上最高週間再生数、Billboard JAPAN史上最高週間ポイント数を記録し、Billboard Globalでは5位にランクインし日本語楽曲史上最高位の快挙を達成した。10月、映画「秒速5センチメートル」主題歌として「1991」をリリース。
米津玄師 official site「REISSUE RECORDS」
米津玄師 kenshi yonezu (@hachi_08) | Instagram