宇多田さんでなければ成立しない
──エンディング・テーマの「JANE DOE」についても聞かせてください。「レゼ篇」のエンディングで流れるという想定から、最初にどういうものを作るイメージがありましたか?
まず「自分が歌うべきではないだろう」と思いました。「レゼ篇」のエンディングに男性である自分の歌声はあまりに似つかわしくない。あくまで女性の声が先立つ曲でないと成立しないだろうという予感は最初にありました。映画「ダンサー・イン・ザ・ダーク」でビョークとトム・ヨークがデュエットしている「I've Seen It All」がすごく好きだったんです。ああいうニュアンスがすごく合うのではないかという感覚があって、それを念頭に置きながら曲を作り始めましたね。そこから紆余曲折があって、ノスタルジックで青春を感じる方向性でも一度作ったりはしたのですが、やはり結果的には男女デュエットで、メランコリックでダークな雰囲気がある曲が一番似つかわしいだろうと考えた。そういう経緯がありました。
──楽曲発表時のコメントでは「誰に歌ってもらうかは深く想定せず作り始めた」と語っていましたが、曲を作っていくどのあたりの段階で宇多田さんのイメージが浮かんだんでしょうか?(参照:米津玄師×宇多田ヒカルのコラボ実現!新曲「JANE DOE」、映画「チェンソーマン レゼ篇」EDテーマに)
ピアノリフから作って、Aメロのメロディと歌詞がある程度見えてきたときに、これはもう宇多田さんしかいないのではないかと思いましたね。宇多田さんの歌声に対する個人的な印象としては、メランコリックで寂しそうな、孤独な感じがあると同時に、歌声のハスキーな成分も含めて、ふっと風のように吹き抜けていくようなさわやかさもあると感じていて。そういう両方の性質がある。それに音楽を聴いていると、巨大な才能、楽曲と歌声の素晴らしさにある意味で支配されるような感覚があるんですよね。彼女の内的なものが自分の中に染み込んでくるような。でも、聴き終わったら「あれ、どこにいるの?」という、ふっといなくなってしまうような印象もある。ものすごい存在感と同時に希薄さの両方があるところが、この曲にぴったりなのではないかと。宇多田さんでなければ成立しないとすら思うところがありました。
──宇多田ヒカルさんは非常に多面的なアーティストで、これまでに出してきた曲でも、いろいろな表現を形にしていたと思います。その中でも「JANE DOE」には、宇多田さんが表現してきた喪失感の部分が引き出されているように思うんですが、そのあたりはどうでしょうか。
宇多田さんの曲で特に好きなのが「FINAL DISTANCE」と「誰かの願いが叶うころ」で。中学生の頃に聴いたその2曲が、自分の人生に宇多田ヒカルさんの存在が大きく入り込むきっかけになったんです。この間、宇多田さんのライブを観たんですけど、そこでは原曲「DISTANCE」をリミックスバージョンで演奏されていて。「FINAL DISTANCE」に比べるとハッピーで多幸感あふれる感じで歌っていた。「ひとつにはなれない」と歌いながら、すごく楽しそうに踊っている。それがすごくよかったんです。あくまで自分の個人的な感覚ですが、そういう両義性や割り切れなさ、ままならなさみたいなものが彼女の歌には大きくある。それはレゼが持つものと共通する部分があるんじゃないかなと。もちろん彼女がレゼに似ているというわけではないですが。
──「IRIS OUT」では米津さんがデンジの視線の言葉を歌っているわけですよね。それを踏まえて「JANE DOE」を聴くと、宇多田ヒカルさんにレゼを演じてもらうというような見立てを聴き手としては感じてしまいます。そういう意識はありましたか?
宇多田さんには、ものすごく複雑なものを抱えている女の子と、本質的な意味でそれをまったく理解していない男の子によるデュエットを作りたいので、そういうふうに歌ってほしいというオーダーをさせてもらいました。それを彼女なりに解釈して捉えてくれて、こういう形になったという感じです。それ以外は特に細かいお願いはせず、あくまで宇多田さんの好きなようにという感じでした。
──レコーディングや楽曲制作においては、宇多田さんとどんなコミュニケーションを?
宇多田さんがロンドンにお住まいなので、レコーディングはデータでのやりとりで往復書簡みたいな形で進めていきました。その中で、一度電話でお話しさせていただいたんですけれど、「こういうふうに歌ったほうが米津さんの歌声がより引き立つと思う」みたいなことを言ってくれたりして。それは本当にそうだなと思ったんですよね。というのも、宇多田さんと自分の歌に対する感覚は全然違う。宇多田さんはレイドバックして豊かにリズムを取っていくR&Bなどの音楽が根っこにあるミュージシャンであって。自分はボカロやDTM的なところが根っこにあるので、縦のグリッドのラインを重視するところがある。オルタナティブロック的に前のめりになったりもする。性質がすごく違う。なので、自分が作った歌に宇多田さんが乗っかってくると、歌がとてもふくよかになるんです。その差異みたいなものがすごくよかったんですよね。さっきも言ったような、複雑なものを抱えている女の子と本質的にそれを何もわかっていない男の子の違いが両立する曲になったので。それは全然狙ってやったわけではないし、結果的にそうなったという話でしかないのですが、これしかないのではないかというところにたどり着いた感覚はあります。
あなたは自分の脚本を書いて、その中で踊っていたんでしょ?
──「JANE DOE」の歌詞を書くにあたってはどういうイメージがありましたか?
最初に浮かんだのが、割れて粉々になったガラスの上に裸足のまま立って、それに傷付けられながら歩いていく情景だったんですよね。レゼは身元が希薄な女性であって、自分の痕跡を消すことが生活の深いところにあるようなキャラクター。そういう人間性の彼女が、割れたガラスの上を歩き、傷付き血が流れていく。それが赤い足跡になって残っていく。その光景が最初に思い浮かびました。「あなたは歩いていたんだよね」という。そういうことをこの曲の中に宿せないかというところを軸に考えました。
──歌詞で一番印象的だったのが、後半の「この世を間違いで満たそう」というフレーズでした。ここは米津さんと宇多田さんが声を重ねて歌う楽曲のクライマックスになっている。この一節がとても美しいなと思ったんですが、これについてはどういうイメージがありましたか?
最初のほうに話した道徳的感性みたいなところと通じる側面があると思うんですけれど、自分の欲求とか「こうありたい」という感覚って、強くなればなるほど、どこか道徳的な感覚から離れていかざるを得ない。どうしても非道徳的にならざるを得ないところがある気がするんです。皆、自分の人生の脚本を自分で書きながら生きていくわけじゃないですか。おそらくこの世でベターな生き方は、その脚本を道徳と一体化させることだと思います。個人的な欲望を手放して道徳に則って生きていく。これは社会的に生きるにあたってはごく当たり前のことだし、否定するつもりなどさらさらないのですが、自分の個人的な欲求や欲望みたいなものを脚本に折り込もうと思うと、どこかで道徳から離れていかざるを得ない。自分個人の脚本を書いて、それに従って踊っていたら、誰かと肩や手がぶつかったりするものだと思うんですよね。そんなもんぶつかられた側からしたらたまったものではないけれど、ぶつかった、あるいはぶつかられたときに「あなたは自分の脚本を書いて、その中で踊っていたんでしょ?」と、「できる限り」思いたい。それがたとえ非道徳的なことで、社会的に間違ったことだったとしても「あなたは踊ったんだよね」という感覚を最後の最後には持っておきたいというか。無論ものには現実的な度合いがあり、酷くぶつかられたらそんな呑気なことを言ってられないような岸に立つでしょうし、そのときにまっこと必要になるのが道徳やそれにまつわる理性、または法律や契約だと思うので、重ね重ねそういうものを否定するつもりはありません。とにかく自分がここで言いたいのは間違いを「肯定する」「肯定しない」みたいな話ではなくて、ただそこにあるものをいかにして見つめるかという話で。例えば、本来オセロは最初ボードに白と黒2枚ずつ配置した状態からゲームが始まるけれど、4枚全部白の状態から黒側の立場で戦わなきゃならない人がいるとします。異を唱えても「これがルールだから」と突っぱねられるとする。ならばその人は、大人しく真っ白に塗りつぶされて勝負に負けるか、もしくはルールも勝負もぜんぶ放棄してボードごとひっくり返すかしか選択肢がない。これはあくまでたとえですが、そういう立場は現実に存在します。そういう立場を見つめることが、自分にとっての音楽制作における重要な指針の1つであって、少なくとも自分はポップスを通じてできる限りそれを大事にしたいと思っている。ポップスだからこそそれが可能な部分もあると信じてやっています。そういう感覚がこのひと言に宿ってほしいという気持ちがありました。
──僕はこの一節に、三島由紀夫の「金閣寺」にも通じる感性を感じました。美しいということには少ならからずそういう側面はあると思います。
「踊り場」という言葉が好きなんです。その言葉の由来には諸説あるらしいですが、その1つに、中世ヨーロッパの貴婦人が階段の中腹をターンするときに、踊っているように見えたから「踊り場」と言われるようになったという説があって。階段の中腹にある踊り場って何もない場所ですよね。「何もない場所で踊る」というイメージがすごく好きで、だからたまに歌詞でも「踊り場」という言葉を使うんですけど。そういう非生産的なこととか、あるいはさっきも言った非道徳的なことを無視しないほうがいいのではないかという、そういう感覚があるかもしれないですね。
自分の技術が許す限り色っぽく
──シングルのアートワークやパッケージ、ミュージックビデオについても聞かせてください。ジャケットのイラストレーションでレゼを描くにあたっては、どんなことを意識しましたか?
自分の技術が許す限り色っぽく描くということは考えました。こちらを誘惑してくるようなニュアンスがないことには絶対に似つかわしくないだろうなという。できる限りそういう方向で描いてみたら、こうなった感じです。
──「IRIS OUT」と「JANE DOE」のジャケットの対比についてはどうでしょうか。足を描いている「JANE DOE」には歌詞とのつながりも感じました。
ジャケットを2つ用意しなければいけないとなったときに、レゼの全身を描いて、それを上半身と下半身で分けることを目指しました。
──IRIS OUT盤にはポラロイドとアクリルスタンドとポーチケースが付きますが、このパッケージの内容もこのインタビューで話したこととリンクしていますね。
そうですね。全身を描くことが決まったときに、アクリルスタンドを付けようと思いました。「推しとはなんぞや」ということを考えていたということもあって、アイドルのパロディみたいな感じで、それを体現させるのがいいのではないかと。
自分の人生にこんなタイミングがあるんだな
──MVに関してはどんなことを考えましたか?
「IRIS OUT」のほうは、さっき言ったように予告編がとてもよかったので、予告を作った方に映画本編の映像で作っていただくことになりました。「JANE DOE」のMVは宇多田さんと2人で撮影しました。監督は山田智和さんです。最近の宇多田さんのMVはずっと彼が撮っているし、米津玄師のMVもずっと前から撮ってくれている。監督は彼しかないと思いました。
──宇多田さんとの撮影はどうでしたか?
あんまり現実感がなかったですね。宇多田さんと背中合わせで座って、撮影しているときはずっと回り続けていて、それをカメラが撮っている。そういうのも含めてなんか夢みたいな光景だなっていう。宇多田さんとお会いするのは2回目だったんですが、変わらず宇多田さんは気さくでフランクで話しやすい方で、自分が画面の向こうで見ていた彼女の姿と変わらない、素晴らしい方でした。
──山田監督やエンジニアの小森雅仁さんなど共通するクリエイターのつながりもあるし、米津さんと宇多田さんはきっとどこかで共演する必然があるのではないかと思っていたのですが、それがこのタイミングだったということも感慨深いです。
自分と宇多田さんを主とした相関図を作れば意外なほど間に共通する人たちがいますが、やはり「チェンソーマン」という素晴らしい原作がなければ、宇多田さんのような方を自分の曲に呼ぼうなんて発想にならなかったと思うので。「チェンソーマン」様々というか、結果的にこういう機会を設けてもらえてすごくありがたかったと思います。
プロフィール
米津玄師(ヨネヅケンシ)
1991年3月10日生まれの男性シンガーソングライター。2009年よりハチ名義でニコニコ動画にボーカロイド楽曲を投稿し、2012年5月に本名の米津玄師として初のアルバム「diorama」を発表した。楽曲のみならずアルバムジャケットやブックレット掲載のイラストなども手がけ、マルチな才能を有するクリエイターとして注目を浴びる。2018年3月にリリースした「Lemon」は自身最大のヒット曲に。2020年8月発売の5thアルバム「STRAY SHEEP」は、200万セールスを突破する大ヒット作品となり、同年の年間ランキングでは46冠を達成。翌年にはForbesが選ぶ「アジアのデジタルスター100」に選ばれ、芸術選奨「文部科学大臣新人賞(大衆芸能部門)」を受賞する。2022年11月にはテレビアニメ「チェンソーマン」のオープニングテーマを表題曲とするシングル「KICK BACK」を発表し、日本語楽曲としては史上初となるアメリカ「RIAA Platinum Disk」を記録した。2023年7月に宮﨑駿監督作「君たちはどう生きるか」の主題歌「地球儀」をリリース。2024年には4月にNHK連続テレビ小説「虎に翼」の主題歌「さよーならまたいつか!」を配信リリース。8月には6枚目のアルバムとなる「LOST CORNER」を発表した。2025年、自身最大規模となった「米津玄師 2025 TOUR / JUNK」では国内ドーム公演を経てアジア、ヨーロッパ、アメリカを回るワールドツアーを完走し、44万人を動員。1月には「機動戦士 Gundam GQuuuuuuX」の主題歌「Plazma」、テレビアニメ「メダリスト」のオープニング主題歌「BOW AND ARROW」をリリース。9月には、劇場版「チェンソーマン レゼ篇」主題歌として「IRIS OUT」、エンディング・テーマとして米津玄師, 宇多田ヒカル「JANE DOE」を書き下ろし、ダブルA面シングル「IRIS OUT / JANE DOE」をリリース。10月、映画「秒速5センチメートル」主題歌として「1991」を書き下ろした。
米津玄師 official site「REISSUE RECORDS」
米津玄師 kenshi yonezu (@hachi_08) | Instagram