山中さわお|2020年、一番頭がおかしいミュージシャンだって証明したい

山中さわお(the pillows)が11月25日にニューアルバム「Nonocular violet」をリリースした。

「ELPIS」「ロックンロールはいらない」に続く今年3枚目のソロアルバムとなる本作。前作、前々作と同様、千葉オライリー(Dr / THE BOHEMIANS)、安西卓丸(B / ex. ふくろうず)、木村祐介(G / ArtTheaterGuild)と共に制作された、山中らしいオルタナティブなロックンロールの魅力がストレートに反映された作品に仕上がっている。そのほかにも、1月にCasablanca(山中、noodlesのyoko、Radio Carolineの楠部真也によるバンド)で「CRIMSON CITY」、8月に内田万里(ex. ふくろうず)と「さわおとまり」名義で「さよならマクレガー」をリリースするなど、ハイペースで作品を発表し続けている山中。今回のインタビューでは、アルバム「Nonocular violet」制作の話を軸にしながら、2020年の軌跡について語ってもらった。

取材・文 / 森朋之 撮影 / トヤマタクロウ

こんなときにロックミュージシャンは何やってんだよ

──ニューアルバム「Nonocular violet」を中心に、今年のさわおさんの活動についてお聞きしたいと思います。まず、取材自体がひさしぶりということですが。

そうだね。5月に出した「ELPIS」、8月に出した「ロックンロールはいらない」は通販限定だったこともあって、あまりプロモーションをやらなかったから。

──昨年のthe pillows 30周年を経て、2020年は当初からソロ活動がメインの予定だったとのことですが、当初は「ELPIS」をリリースして、全国ツアーをやる予定だったわけですよね。

山中さわお

うん。5月から7月にかけてツアーをやるはずだったんだけど、もちろん中止になって。俺がコロナの話をすると人に嫌われるんだけど(笑)、俺自身は自粛にも緊急事態宣言にも反対で。そういう人間からすると、ものすごく理不尽にツアーを中止にされたという感じだったんだよね。めちゃくちゃ怒ってたし、けっこうひさしぶりに本格的に人間が嫌いになった時期だった。それもあって、取材とかも受ける気分ではなかったんだ。俺はミュージシャンで、音楽を作る人間だから、音楽以外のことを発信して、わざわざ嫌われることもないじゃない? でも、黙っているのも難しい性分で。その葛藤は今もあるよ。

──新型コロナウイルスに関しては、何が正しい情報なのかわからないし、混乱が続いていますよね。

俺はずっと調べてるから、めちゃくちゃ詳しいよ。今回の騒動はとてもおかしいと思ってるんだけど、それをはっきりと口にしてる人間はほとんどいない。みんな無言か、「ライブハウスを救おう」とか「今は配信だよね」とか。それも正しいんだろうけど、俺にはわからない。「こんなときにロックミュージシャンは何やってんだよ」という気持ちはあるね。

結果、いい曲になっちゃうんだよ(笑)

──8月にリリースされたアルバム「ロックンロールはいらない」には、その時期の怒り、憤りが強く出てますよね。

そうだね。ツアーがなくなって、ARABAKI(2020年4月25、26日に予定されていたフェス「ARABAKI ROCK FEST.20」)もなくなって。俺は人のライブにもよく行くタイプなんだけど、それも全部なくなって、一切やることがなかったんだよね。もともと100%外食の人間なのに、店もやってなかったし。誰かを飲みにも誘えないし、しょうがないから昼間から家で酒飲んで、だらだら過ごしていて。「なんとか楽しい気持ちになりたいな」と思って、曲を書き始めたんだよね。新曲さえ書けばレコーディングできるし、みんなで集まって音楽を作れるから。アレンジしたり、ギターの音色を細かく仕上げたり、ミックスを何度も直したりするのも好きだし。まあ、「新曲を書けば友達が遊んでくれる」みたいな感じかな(笑)。俺の周りの友達は、コロナを過剰に怖がってる人もいなかったので。

──あくまでも音楽を通して表現する。さわおさんらしい行動だと思います。

曲を書いて、レコーディングして、ツアーをやるっていうのが、ミュージシャンが本来やるべきことだから。普段は「いい曲ができたからレコーディングをする」という考え方で、後輩にも「レコーディングするために曲を作るのはダメ」と言ってきたんだけど、今回に限ってはどうしてもレコーディングをしたくて。すごい数の曲を書いたし、もし歌詞が書けなくなったら、「歌詞が書けない」という歌詞でも書こうかなと思ってたんだよね。「別にいい曲じゃなくてもいい」という感じでやってたんだけど、結果、いい曲になっちゃうんだよ(笑)。

──素晴らしいです(笑)。リスナーにとっても、いい作品を聴けることが一番大事なわけですし。

ほかに何をするべきかもわからなかったしね、俺には。配信ライブをうまくやれる自信もなかったし、いいアイデアも浮かんでこなかったから。要は、お客さんがいないところで自分らしいライブをやれる気がしなかったんだよね。

本当の孤独ではなかった

──ニューアルバム「Nonocular violet」には、怒りや憤りの時期を経て、「取り戻しに行くんだ」という意思が強く表れているなと思いました。「サナトリウムの長い午後」には「行こうぜ 心を奪い返しにいこう」というフレーズもあります。

そうだね。わかりやすく言うと、「敵はいるけど、味方もいる」という感じかな。「味方のほうに自分の気持ちを持っていきたい」という気分を取り戻したというか。

──「Nonocular violet」というアルバムのタイトルからも、「まだ見えない希望に向かって進んでいきたい」という思いを感じられました。1曲目に表題曲「Nonocular violet」が収録されていますが、この曲をタイトルにしたのはどうしてですか?

「Nonocular violet」を作ったときに、これがアルバムの1曲目だなと思って、そのときにタイトルも決めたのかな。そういうことにはあまり迷わないし、すぐに「これだな」と決まるというか。だってさ、考えてもみてよ。「Old fogy」は“老害”って意味なんだけど、そんなアルバムタイトル、地獄でしょ(笑)。「Vegetable」でもわけわかんないし。

──確かに(笑)。

山中さわお

もともと「Nonocular」は“目には見えない”という意味の造語らしくて。俺はこの言葉を初めて知ったんだけど、知らない言葉をタイトルに使うのが好きなのかもね。「NOOK IN THE BRAIN」(2017年発表のthe pillowsのアルバム)の“NOOK”もそうだし。「OOPARTS」(2009年発表のthe pillowsのアルバム)もそうだね。

──「Nonocular violet」の「輝く未来はきっと 目には見えない花を / 育て続ける僕らに手招きしてるって」という歌詞も印象的でした。

ずっとそういう感じというか、これは自分を幸せにする生き方の基本フォーマットだね。絵本のような拙い夢だとしても、目には見えない花を育てていくというのは自分が生きていくうえでの永遠のテーマみたいなもの。そう思って生きていくしかないし、運よく手に入れた宝物と、努力を積み重ねて手にした宝物は同じ価値じゃないと思っているので。

──さわおさんはこれまでの人生で数多くの宝物を手にしてきたと思いますが、コロナ禍でそれを取り上げられてしまったような感覚ですよね。「この先はそれを取り戻さないといけない」と?

そうかもね。「ロックンロールはいらない」で怒りが爆発して、なんとか正気に戻って。それでも人間と生きていかないといけないし、どういうふうに生きていくかを改めて考えたのかな。そんなにたくさんじゃないけど同じ気持ちの仲間もいたし、本当の孤独ではなかったと思うしね。