山川豊|演歌歌手がボクサーになりTikTokerになり…そして「拳」で這い上がる

山川豊が2年ぶりのニューシングル「拳」をリリースした。音楽ナタリー初登場となる山川は、プロボクサーのライセンスも持つ異色の演歌歌手。華々しいデビューを飾りながらも、実兄・鳥羽一郎が大活躍する傍らで鳴かず飛ばずの時期もあったという山川の“しょっぱい”人生ともリンクした新曲「拳」は、どん底から這い上がる男の生き様を描くド直球の演歌となっている。

昨今ではInstagramやTikTok、YouTubeなどでもお茶目な姿を発信している山川。インタビューでは「拳」の話題や来年40周年を迎える歌手人生についてはもちろん、若者向けのコンテンツに挑戦する理由なども聞いた。

取材・文 / 須藤輝 撮影 / 西槇太一

やっぱりスマホを買わなきゃいけないのかな

──山川さんは音楽ナタリーという媒体はご存知でしたか?

知らなかったね。僕はインターネットというのが全然わかってなくて。携帯電話もいまだにスマホじゃなくてガラケーなんですよ。

──YouTube(山川豊 | YouTube)やTikTok(【公式】山川豊 (@yamakawa_yutaka_official) | TikTok)で配信もなさっているのに。

やってるんですけど、もう無理やりなんです。でもちょっと癖になりそうというか……僕の娘と息子もね、しょっちゅうスマホで動画とかを観て笑ってるんだよね。それを傍から見ていて、例えば動画を通して自分の歌を覚えてもらえたりできたらすごく便利じゃないかなって。だからこれを機にスマホに変えようと思うんだけど……。

──スマートフォンがあればご家族とグループLINEなどもできるのでは?

そういうのが嫌なんですよ(笑)。僕はメールも苦手で、同じ事務所(長良プロダクション)の田川寿美ちゃんや水森かおりちゃん、氷川きよしくんによく怒られるんです。彼らは移動中の列車内とかからメールを送ってくるんだけど、それに対して僕はすぐ電話しちゃうから。

──相手からすれば「通話ができない状況だからメールしたんですよ」と。

そうそう。だけど、動画の話に戻すと例えば前作の「今日という日に感謝して」(2018年4月発売の37thシングル)のビデオをYouTubeで公開したとき、たくさんの方が観てくださってすごく励みになったんですよね。今回の「拳」も動画を上げたんですけど、「元気をもらいました」みたいなありがたいコメントをくださる方もいて。今はそういうのをマネージャーや息子たちにいちいち教えてもらってるんですよ。だから自分でも皆さんの反応をチェックできるように、やっぱりスマホを買わなきゃいけないのかなあ。

印象的なワンフレーズがその歌の入り口になる

──その「拳」についてお聞きしますが、作詞の松井由利夫さんは2009年に他界されています。ということは、「拳」の歌詞はそれ以前にできあがっていたわけですよね。

山川豊

はい。詞も曲も10年前にできていたんですよ。それを事務所の人たちが温めてくれていて。よく言うんですけど、歌というのは出すべきタイミングがあるんですよね。「アメリカ橋」(1998年2月発売の19thシングル)を例にとると、この曲は作詞が山口洋子先生、作曲が平尾昌晃先生なんだけど、僕はこのお2人に作品をお願いしたいとずっと前から言い続けていたんです。だけど当時、今は亡き長良じゅん会長に「わかった。でもまだその時期じゃない」と言われてなかなか実現できなかった。その理由は僕にはわからなかったけど、おそらく会長は世の中の流れとかを見ながらタイミングを探っていたんでしょうね。

──そのタイミングが合ったのか、「アメリカ橋」は大ヒットしました。同曲は演歌というよりはいわゆるニューミュージック的な曲ですよね。

そうそう。どっちかというと演歌じゃないんだよね。それもあってか、「アメリカ橋」は若い方からご年配の方にまで愛していただきました。ただ、若い人はあまり演歌を聴かないと言われるんだけど、一方で石川さゆりさんの「天城越え」なんかはカラオケで若い人にもよく歌われているんですよね。その理由を分析しながら作品を作っていかなきゃいけないんじゃないかと。そういった意味では、今回の「拳」は1コーラス終わるごとに入る「しょっぱいよなあ」「あったかいなあ」「やるっきゃないなあ」というセリフがポイントになると思うんですよね。歌というのは、全体としていい歌であることはもちろん重要なんだけど、ある印象的なワンフレーズがその歌への入り口になるので。

──「アメリカ橋」にしても、サビの「石だたみ」のリフレインが特に耳に残りますもんね。

うん。「拳」の「しょっぱいよなあ」にもそういうインパクトがあるんじゃないかと期待していて。あのセリフの部分を若い人たちに面白がってもらえたらうれしいし、なんなら今風に変えてもらってもいいんだよね。

──例えば「しょっぱいよなあ」をサンプリングしたり、受け手にいじってもらうということですか?

そうそうそう。それをきっかけにこの歌に触れてくれる人が増えたらいいし、むしろ今の時代は、歌い手がただ歌っているだけじゃダメなんじゃないかなとか、いろいろ考えます。あるいは、ジャスティン・ビーバーさんが反応してくれるとかね。「しょっぱいよなあ」は英語でなんて言うのかな(笑)。

強さと優しさを兼ね備えた山川節

──「拳」は10年前にできた曲とのことでしたが、それを今リリースする山川さんなりの理由を教えてください。

僕は今61歳なんだけど、当然51歳のときとは声も違うし、歌の受け止め方も違うんですね。「拳」は10年間寝かせた結果、自分自身もこの歌を聴いて「おお、わかるよ」みたいな気持ちがより強くなりましたから、やっぱり51歳で歌うには早かったんでしょうね。あと、この歌は病気や災害で大変な今の時代の応援歌になり得ると思ったからです。言うなれば、とにかく前を向いてがんばろうという気持ちを込めたメッセージソングなんですよね。

──資料によると「拳」は「どん底から握り拳ひとつで這い上がる男の生き様を描いた本音の演歌」であり、曲名自体もいかついです。それに対して、山川さんの歌声は力みがないというか、とても優しいですよね。

山川豊

それが山川節だと思うんですよ。実は歌を録るとき、僕は作曲の水森英夫先生に「あんまりコブシも回らないし、どうしたらいいんでしょう?」と相談したんです。そしたら「いや、もう山川くんなりに、素直に歌ってくれたらいいんだよ。山川くんのいいところは、強さもあるんだけど、やっぱり優しさなんじゃない?」と。それを聞いてすごく安心したし、すっと歌に入っていけたんですよね。例えばうちの鳥羽一郎(山川の実兄)が「拳」を歌ったらもっと力強い歌になるんだろうけど、それはその人の個性だから。

──なるほど。

実際、もうちょっと気張って歌ったパターンも録ったんだけど、聴くとなんだかギクシャクしちゃってるんですよ。歌ってる最中は別に気にならなかったのに。だから水森先生が言ったように、この歌では山川節を前面に出すのが正解なんだなと。ついでに言うと、僕はどっちかというと「アメリカ橋」系の、演歌とも言い切れない歌をけっこう多く歌ってきたから、「拳」を歌うにあたって不安も少しあったんです。

──「拳」はオーセンティックな演歌のメロディラインですね。

だから、ちょっとアレンジを変えていただいたんですよ。このメロディラインであれば、いかにも演歌らしいアレンジに仕上がることが想像できたから、アレンジャーの石倉重信先生に「ちょっと裏切ってください」とお願いしたんです。サプライズじゃないけど、この歌で表現される男の強さと優しさというのは、歌い方はもちろん、アレンジ次第でずいぶん変わってくると思ったんです。結果、できあがったアレンジを聴いてみて、ハーモニカの音色が聞こえてきた瞬間に鳥肌が立ちましたよ。このメロディにハーモニカを合わせる石倉先生のセンスは、僕の想像を超えてましたね。このアレンジも、大いに歌を盛り立ててくれていると思います。