中村佳穂「うたのげんざいち 2021 in 京都ロームシアター」特集|“遊び”と“魔法”が詰まった彼女の表現の魅力を紐解く

中村佳穂の単独ライブ「うたのげんざいち 2021 in 京都ロームシアター」が12月7日に京都・ロームシアター京都 メインホールで開催され、その模様がエンタメサイト・uP!!!で配信される。

「うたのげんざいち 2021 in 京都ロームシアター」は当初5月に開催される予定だったが、新型コロナウイルス感染拡大の影響により延期となっていた。中村は今年、細田守監督の長編アニメ映画「竜とそばかすの姫」で主人公・すず / Belle役の声および劇中歌を担当し話題に。「NHK紅白歌合戦」初出場が決定するなど大きな注目を浴びる一方で、9月に初の全国ツアー「うたのげんざいち 2021」をスタートさせるなど、精力的な活動を続けてきた。「うたのげんざいち 2021 in 京都ロームシアター」はそんな飛躍の年となった一年を締めくくる、今年ラストの単独ライブだ。

音楽ナタリーは、この公演の開催を記念した特集を展開。これまでの彼女の歩みを振り返るとともに、中村佳穂というアーティストの魅力を音源やライブといった側面から紐解いていく。

文 / 鈴木淳史

公演情報

うたのげんざいち 2021 in 京都ロームシアター

2021年12月7日(火)京都府 ロームシアター京都 メインホール
OPEN 18:00 / START 19:00

配信視聴チケット

2014年5月に1stミニアルバム「口うつしロマンス」で音源デビューを飾った中村佳穂。2016年に1stフルアルバム「リピー塔がたつ」をリリースしたのち、同年の「FUJI ROCK FESTIVAL」にも出演し話題となったが、一躍脚光を浴びたのは2018年11月の2ndアルバム「AINOU」発表時だろう。もちろん、それまでも京都精華大学出身のシンガーソングライターとして、一部の耳の早いリスナーには知られており、関西に住む私にもその噂はすでに届いていた。ではなぜ、「AINOU」発売時に一躍脚光を浴びたのか? それは「AINOU」が、渦を巻くような異様なエネルギーが込められたアルバムであったからだ。この作品について、データ情報やテクニック技法の側面からいろいろ書き連ねることはできるが、当時も現在も、その魅力を簡単に言い表せるようなアルバムではない。「ただただすさまじい」、そんなアルバム。乱暴な言い方にはなるが、「聴けばわかるさ」としか言いようがない。

中村佳穂「AINOU」ジャケット

中村佳穂「AINOU」ジャケット

「AINOU」は約2年半にわたって行われた合宿式レコーディングを経て完成した作品であり、メンバーとセッションを重ねながら楽曲が制作された。長期にわたるセッションで作られたからこその煮込まれた濃厚さはあるのだが、マニアックな方向に閉じ切った感覚は一切なく、多くの人に届けようとする大衆的なポップさがものすごく感じられる。その結果、ASIAN KUNG-FU GENERATIONの後藤正文が設立した、新人を対象にした音楽賞「APPLE VINEGAR - Music Award - 2019」で大賞を受賞し、「関ジャム 完全燃SHOW」「バズリズム02」などのテレビ番組でも大きく取り上げられることに。米津玄師がTwitterで「さいこー。」とつぶやいたのも話題になった。そしてその口コミは瞬く間に広がり、フジロック2度目の出演となった「FUJI ROCK FESTIVAL'19」では、初日の1番手にもかかわらずFIELD OF HEAVENに約5000人を集客。単独ライブの動員数は、2018年から2019年にかけて約5倍に増加した。さらに中村は、今年の夏に公開され、細田守監督作品歴代No.1ヒットとなった最新作「竜とそばかすの姫」で主人公の声と劇中歌を担当。ますます幅広い層からのポピュラリティを獲得した。

中村佳穂

中村佳穂

彼女の表現がここまで大衆的なポップさをつかめたのは、自分の活動に一切の迷いを見せず、とにかく突き抜けているからだろう。自分は何度かインタビューを担当しているが、頭の回転の速さについていけず、振り落とされそうになったことがある。でも、明らかに魅力的な人なので必死に理解して食い付いていきたくなるのだ。また何度かライブレポートも担当しているが、事前にもらうセットリストの1曲目には「アドリブ ソロ」と書かれていることが多く、実際に曲と曲のつなぎ目がどこかわからないような、セッション的な演奏が繰り広げられ、セットリストに掲載されたものとは明らかに違う楽曲が披露されることもある。中村佳穂というミュージシャンは、音源でもインタビューでもライブでも、いつだって予測不可能な展開を見せてくれる人なのだ。そして、聴き手は何がなんだかわからないまま、気が付けばその魅力の虜になっている。音源からインタビューやライブまでを含め、こんなにも謎の魅力を感じさせる若手ミュージシャンは現在の音楽シーンに存在しない。にもかかわらずこのような大衆に受け入れられる状況を築けているのは素晴らしい奇跡だ。そんな奇跡を起こせているのは、本当に夢があると思う。そして、その魅力をもっとも感じられる場所は、なんと言ってもやはりライブであろう。

11月7日からは、5週連続で彼女の過去のライブ映像をYouTubeで無料配信する企画「きおくのきろく」が行われている。2018年12月開催の2ndアルバム「AINOU」リリースパーティを皮切りに、新木場STUDIO COAST(現:USEN STUDIO COAST)で開催された「うたのげんざいち 2019」、初の全国ツアーとなる最新ツアー「うたのげんざいち 2021」ファイナルZepp Fukuoka公演など、この3年間のライブの足跡を振り返ることができる。最終日となる12月5日に公開される映像の内容は現時点では発表されていないが、彼女の貴重な“げんざいち”が観られることは間違いないだろう。

中村のライブには、直筆メッセージがたびたび登場するのだが、そのたび「自分の言葉を大切にする人だ」と思わされるし、大切な手紙を受け取った気分になる。最新ツアー「うたのげんざいち 2021」では、最初にステージ上のスクリーンに直筆メッセージがアニメーション風に投影された。その最後に「今日の私達の遊びがあなたの活力になりますように」という1文が映し出され、ライブがスタート。彼女のことを深く理解するうえで、“遊び”という言葉が重要なキーワードになると感じられた。その言葉が象徴するように、この公演ではバンドメンバー4人が全員ステージの床に座り込み、ラフなスタイルのセッションを見せたほか、終盤では演奏に合わせてメンバーがコールした数の分だけ中村が「ラーララ」と歌うというゲームも行われた。遊び感覚がある自由なパフォーマンスやインプロビゼーションは、彼女のライブにおいて大きな見どころである。

昨年9月にスペースシャワーネットワークがキュレーションするオンラインライブハウス・LIVEWIREで行われた配信ライブでもまた、中村による直筆メッセージが登場し、ラストシーンにて「今回色んな方の力を借りて魔法を形に出来た事、嬉しく思っています」と伝えられた。人間の力ではなし得ない不思議なことを行なう術である“魔法”。個人的には、この“魔法”という言葉が、中村佳穂の表現を形容するのに一番しっくり当てはまる。中村佳穂はいつだって、予測不可能な展開の先に、我々が見たことのないような世界を見せてくれるのだから。そして聴き手は、見たことのない世界の景色を見るために、必死で食らい付いていきたくなる。そんな魔法をもっとも体感できるライブを見逃すわけにはいかない。

当初開催が予定されていた5月公演の延期を乗り越えて、ついに12月7日に開催される「うたのげんざいち 2021 in 京都ロームシアター」。彼女のホームタウンで行われるこの公演は、本人にとっても我々にとっても激動であった2021年を締めくくる大切なライブになるだろう。今年のライブやツアーで披露されていた新曲をこの日も楽しめることを期待しながら、それまでに「きおくのきろく」を観たり、今までの音源を聴いたり、じっくりゆっくり予習復習をしてほしい。中村佳穂は、我々が見たこともない魔法を必ず見せてくれる。ただただ楽しみに待ち焦がれるのみ。

中村佳穂

中村佳穂

プロフィール

中村佳穂(ナカムラカホ)

1992年生まれ、京都出身のミュージシャン。20歳の頃から本格的な音楽活動をスタートさせ、2018年11月にリリースしたアルバム「AINOU」で一躍脚光を浴びる。2021年6月にシングル「アイミル」を配信リリース。同年7月公開の細田守監督最新作「竜とそばかすの姫」で、主人公・すず / Belle役の声および劇中歌を担当し、大きな話題を呼ぶ。9月には初の全国ツアー「うたのげんざいち 2021」がスタート。12月には自身のホームタウンでのワンマンライブ「うたのげんざいち 2021 in 京都ロームシアター」が開催される。