U2「Songs Of Surrender」特集|西寺郷太(NONA REEVES)×安藤康平(MELRAW)がU2の魅力を徹底解説 (2/2)

俺はここまで音楽に尽くせるだろうか?

──マルチプレイヤーの安藤さんから見て、例えばジ・エッジのディレイ使い(符点8分ディレイをフレーズに組み込むギタープレイ)などどう思うのでしょうか。

安藤 ギターをギターとして扱っていないというか、頭の中にある情景を音で表現するための“音響ツール”として扱っているところが面白いですよね。さっき西寺さんが「リズムに対する考え方が全員一致している」とおっしゃっていたのは、まさにそういうことなのかなと。だからこそ、アンビエント系のアーティストにも高く評価されているのでしょうね。「俺はギタリストだから、ギターの音を出したいんだ」みたいなエゴが一切ない。それはエッジだけじゃなくて、ほかのメンバー全員に感じる印象ですかね。「俺は、ここまで音楽に尽くせるだろうか?」と思わず自問自答してしまいます。

安藤康平(MELRAW)

安藤康平(MELRAW)

西寺 確かに、楽曲を“絵”のように捉えているのかもしれないですね。例えば青い絵を描きたいとき、自分の持っている絵の具が仮に赤だったら、「今回はあまり足さないようにしよう」とか「このあたりで差し色的に使えば効果的かな」みたいに、全体のトーンを考えながら色を塗っていく感じ。もしそこで、「俺の持っている絵の具は赤だし、もっと赤を使わせろ!」みたいな主張をしたら、絵そのものが台無しになってしまうじゃないですか。普通、ドラムもベースもギターもボーカルも、それぞれの持ち味が発揮できるようバランスよくミックスしていくと思うんですけど、U2のように、楽曲を絵として捉えていると、そのバランスを曲によって大きく変えることにも抵抗がないのかもしれない。でもそれって、できそうでなかなかできないことだと思うんですよね。

安藤 きっとメンバー全員がコンポーザーというか、プロデューサー的な目線で楽曲を見ることができるからこそ、そういう関係性が成り立っているのかもしれないですね。

西寺 確かに。ちょうど今、WBCで日本が優勝して大きな話題になっていますけど、アメリカで生まれたベースボールが日本に輸入され野球となって、甲子園など日本独自の文化として根付いていったわけじゃないですか。それが今や日本の選手が国際試合という舞台で大活躍している。U2の活躍もそれに近いと思うんですよ。もともとはアメリカで生まれたロックンロールが海を渡り、アイルランドという土壌でオリジナルな表現へと発達し、そこから生まれたU2が世界を制するというストーリーに僕は感動するんです。

西寺郷太(NONA REEVES)

西寺郷太(NONA REEVES)

──しかも、常に最新の技術、機材、楽器などを用いてサウンドを更新し続けている。

西寺 だからこそ第一線でいられるし、グラミー賞でケンドリック・ラマーと共演したり、カニエ・ウェストをツアーのオープニングアクトに招いたりすることができるのだと思う。それよりさかのぼること1988年にはブルースの巨星、B.B.キングと共演したこともありました。新旧問わず常にほかのアーティストから学ぼうとする姿勢を崩さないところも、U2が多くの人たちに信頼されている理由の1つなのかなと。

U2の最高傑作は「引き算の美学」

──今回、4枚組でリリースされたU2の最新作「Songs Of Surrender」についてはどんな感想を持ちましたか?

西寺 最初に聴いたとき、とんでもないアルバムだなと思ってびっくりしました。またしても自己最高記録を更新してきたのか、U2の最高傑作と言ってもいいんじゃないか?とすら思いましたね。「The Joshua Tree」と通底しているところもあるというか。めちゃくちゃシンプルなのに深みがあって。

──安藤さんも、このアルバムについて「引き算の美学」とコメントしていましたね。

安藤 そうですね。バンドとして、これだけ音像をシンプルにしていくことに全員が「よし」と思えるのって、本当にすごいことだと思うんですよ。だって4人いて引き算をどんどんしていったら、「これだったら俺、必要ないじゃん」みたいに思ってもおかしくないじゃないですか。

西寺 うんうん、そうですね。

安藤 さっき西寺さんがおっしゃっていたように、自分のパート=楽器という考え方を超えて、U2として楽曲をどう聴かせるか。自分たちが過去にやってきたことへの思い入れもありつつ、「曲の中にあるメッセージさえブレてなければ、どうアレンジしても大丈夫。そこに込めた思いは絶対に色あせない」という信念のもと、新作を作るように過去曲を再構築していく。それってかなり挑戦的だし、ミュージシャンとしてものすごく刺激になりました。

──特に気になった楽曲などありましたか?

西寺 今回、全部よかったんですよね(笑)。ずっと聴いていられるというか、「あ、ここはいいな」とか「ここはちょっとイマイチかも」みたいなムラを感じさせないんですよ。しかも、いい感じに肩の力が抜けているところも本作の魅力なのかなって。

──というと?

西寺 例えばThe Beach Boysの「Pet Sounds」(1966年)とか、作り終えたあとにブライアン・ウィルソンが何年も立ち直れなくなるくらい気合いが入っていて、確かに傑作なんだけど聴いていると息が詰まりそうになるじゃないですか(笑)。そういう感じでは全然なくて、ちゃんと風通しのいい作品になっている。だからこそU2は今なおローリングし続けていられるのかなとも思うんですよね。あれだけ長く活動していれば当然、浮き沈みみたいなものもあるはずだし、ファンの間でも賛否が分かれるアルバムを出すこともある。でも今作について言えば、じっくり聴き込んでも楽しいしBGMにもなるっていう。本当にバランスのいい作品に仕上がっているなと思いますね。

安藤 僕も最初はざっと流し聴きをしてみたんですけど、おっしゃるように4枚組とは思えないくらい飽きることなくずっと聴いていられました。で、じっくり聴き込んでみると、「あ、これはあの曲だ!」とか「この曲はこんなアレンジになったのか」みたいな驚きがどの曲にもあって。

西寺 「Achtung Baby」や「Zooropa」が持っていた90’s感をはぎ取ってみると、曲としてこんなにクオリティが高いのだなということにも改めて気付かせてくれる。最近、なんの前知識もなく映画館で「THE FIRST SLAM DUNK」を観て、めちゃくちゃ感動してマンガを全巻買って読んだんですけど。マンガはそれこそ30年以上前、1990年に連載を開始してるから少しその時代の雰囲気をまとってるというか。今、2023年に映画から「SLAM DUNK」にハマったのは正解だったかもって思いました。名作が新たな視点と進んだ技術によって現代的な感覚で研ぎ澄まされ、新しいファンを生み出している。そういう意味では、今回のU2のアルバムも似てる気がしているんです。このアルバムからスタートのほうが彼らの目指した音楽がわかりやすいかもしれない。ただ単に古いものを焼き直しているわけでは決してないんですよね。こういう再録音モノって大抵よくなかったりするし、「やり直さないほうがよかったのに」と思ってしまうことが9割じゃないですか(笑)。そのときは物珍しくて聴いても、何年か経つと「やっぱりオリジナル音源やな」って思うんですけど、本作は絶対そうならないでしょうね。

安藤 そう思います。特に活動初期、「Boy」(1980年)や「War」(1983年)の頃に作られたパンキッシュな曲たちが、アコースティックなアレンジで新たに再構築されているのが聴いていて楽しかったですね。しかも「あれ、このオリジナルってどんなアレンジだったっけ?」と思って昔のアルバムを聴き直してみたりして。「Bad」(1984年リリースのアルバム「The Unforgettable Fire」収録曲)とか、ボノの歌の表現方法の違いも楽しめましたね。

西寺郷太(NONA REEVES)

西寺郷太(NONA REEVES)

安藤康平(MELRAW)

安藤康平(MELRAW)

──本作をきっかけに、U2の膨大なディスコグラフィをさかのぼっていきたいと思ったとき、お二人が最初に聴くべき曲としてU2ビギナーにオススメするとしたら?

西寺 うーん、難しいなあ(笑)。おっしゃるようにU2の楽曲は膨大にあるし、アルバムごとにサウンドの路線も大きく変わっているのでなかなか選びにくいけど、まずは「Vertigo」から聴くのがいいかもしれないですね。あの理屈を超えた爽快さはいい意味でアニメーションの主題歌的ですし。Vaundyや藤井風さんを通過した耳で聴いても楽しめるのではないでしょうか。個人的には「Stay(Faraway, So Close!)」(1993年リリースのアルバム「Zooropa」収録曲)が大好きで、こちらもぜひ聴いてみてほしい。歌詞も素敵なんですよ。あとは「Where The Streets Have No Name」(「The Joshua Tree」に収録)も、やっぱりいい曲だなあって、先日の「The Joshua Tree」再現ツアーで改めて思いました。ブライアン・イーノによる音響処理も、今の耳には馴染みがいいんじゃないでしょうか。

安藤 「Where The Streets Have No Name」はめちゃくちゃいいですよね。あと「Beautiful Day」(「All That You Can't Leave Behind」収録曲)も好きです。「Vertigo」と並んでオススメしたいのは、「Sometimes You Can't Make It On Your Own」。ボノが亡き父親に捧げた曲で、葬儀の際にはU2がこの曲を演奏して天国へ送り出したと言われています。「Vertigo」と同じアルバムに入っているのですが、曲の雰囲気も対照的なんですよ。アイリッシュ民謡の持つなんとも言えない懐かしさは、日本人の情緒にもものすごく相性がいい気がするし、きっと若い人ともコネクトする要素がたくさんあると思うので、ぜひ聴いてみてほしいです。

左から西寺郷太(NONA REEVES)、安藤康平(MELRAW)。

左から西寺郷太(NONA REEVES)、安藤康平(MELRAW)。

プロフィール

U2(ユーツー)

ボノ(Vo, G)、ジ・エッジ(G, Piano)、アダム・クレイトン(B)、ラリー・マレン・ジュニア(Dr)からなるアイルランドのロックバンド。1978年に結成され、1980年にシングル「11 O'Clock Tick Tock」でデビューした。社会問題などメッセージ性あふれる作品が多く、Band Aidなどチャリティプロジェクトにも積極的に参加。過去に「グラミー賞」を22回獲得し、2005年にはロックの殿堂(Rock and Roll Hall of Fame)入りを果たす。2023年3月に過去の名曲をリレコーディングした新作アルバム「Songs Of Surrender」をリリースした。

西寺郷太(ニシデラゴウタ)

1973年東京生まれ京都育ち。早稲田大学在学時に結成したバンド・NONA REEVESでボーカルを担当し、同バンドで1997年にメジャーデビュー。以後、音楽プロデューサー、作詞家、作曲家として少年隊、SMAP、V6、YUKI、鈴木雅之、岡村靖幸、私立恵比寿中学などの多くの作品に携わる。1980年代のポップスに造詣が深く、マイケル・ジャクソン、プリンスなどの公式ライナーノーツを手がけるほか、「新しい『マイケル・ジャクソン』の教科書」「プリンス論」といった書籍や、小説「噂のメロディ・メイカー」などを執筆した。2023年1月には自伝的小説「90's ナインティーズ」を出版。3月に3rdソロアルバム「Sunset Rain」と7inchアナログ「It's a wonderful world feat. マハラージャン / 入江にて」を同時リリースした。

安藤康平(アンドウコウヘイ)

1989年生まれ。中学入学とともに独学でジャズサックスを始め、多くのバンドに参加し演奏経験を積む。音大へ進学し、2010年に単身渡米。帰国後2012年より活動拠点を東京に移し、マルチインストゥルメンタリストとしてWONKやKing Gnuらさまざまなアーティストのライブやレコーディングに参加する。2017年にソロプロジェクト・MELRAWを始動。同年12月に初のフルアルバム「Pilgrim」をリリースした。現在millennium paradeのメンバーとしても活動している。