テレビ朝日ミュージック代表取締役CEO 吉田真佐男|来たれ、創造的破壊者 音楽業界の革命児が見据える“アフターコロナ”

「トータル・エンターテインメント・カンパニー」を成し遂げるために

──もともと音楽出版社として始まったテレビ朝日ミュージックですが、今では実に多角的にビジネスを展開されていますね。

吉田真佐男

僕は「創造的破壊」という言葉が好きで社員にもよく言っているんですけど、よく考えたらそればっかりしてるんですよね(笑)。

──お話を伺っているとそれがよくわかります。

だからうちは音楽出版社としては逸脱しちゃっているんですけど、今はそういうモデルが普通になっていますよね。レコード会社も360°ビジネスと言って、楽曲の利益だけじゃなくてライブの売上なんかもマネジメントと折半する形での契約になっていて。うちはそこに行くのが15年くらい早かっただけなのかもしれない気はしますね。

──確かに今はそれが主流ですよね。ただ、「創造的破壊」と口で言っても、実際に行動するのは言葉以上に難しいと思います。

一番難しいのは社員のスキルなんですよね。2012年に「トータル・エンターテインメント・カンパニー」を掲げてマーチャンダイズ、イベント事業、ファンクラブ運営、Webサイト制作などの市場に本格的に参入していったときに、難しいのはそれにそぐうだけのスキルをしっかりと持っているかということでした。そして社員の意識改革をしていく難しさはありましたね。

──どうやって成し遂げたのでしょう?

段階を追って最初はメッセージを送り、次に組織を変え、最後に環境を変えました。オフィスをガラッとリニューアルしたんですよ。無限の可能性をイメージして、宇宙空間のような内装に。環境を変えれば人間は一番早く変わるので。やっぱり意識を圧倒的に変えないといけないと思ったんですよね。今はまたコロナの影響があって同じような課題に直面しています。コロナ前とコロナ後でまったく別の世界になりますから、そこに耐えうる施策とスキルを持ってないと生きていけない。そこでまた会社を変革するという話を昨年の緊急事態宣言明けから社員にはしています。

ファンクラブのあり方とコミュニティの創造

──昨年からのコロナ禍では、テレビ朝日ミュージックもイベントの中止などさまざまな影響があったと思います。

すぐ収束するとは思っていなかったので、自社のイベントも所属アーティストの全国ツアーも全部中止しました。

──その中で会社としてどういった取り組みをされてきたのでしょうか?

コロナ禍になってまず整えたのは、社内のPCR検査体制ですね。少しでも熱が出た社員がいたら自宅待機とし、当社で検査を手配します。民間企業のサービスを利用してバイク便で検査キットを送り、検体を採って梱包し、その場でバイク便で検査場へ運び、その日のうちに結果がわかるような体制を整えました。もし陽性であれば病院、医師との連携により次の処置段階へ進みます。それはどこよりも早くシステム化しましたね。

──ビジネスの面ではいかがですか?

コロナが明けたときに何をすべきかを部門ごとに全部出していきました。例えばファンクラブというのはライブの発表をすると会員数が増えて、ツアーが終わると減っていく。これをずっと繰り返しているんです。そうじゃなくて、ファンクラブのあり方を徹底的に変えるように話をしています。異業種ですがモデルとしてすごくいいものがあって、軽井沢にヤッホーブルーイングというクラフトビールの会社があるんですが、ここのビールは普通のビールに飽き足らなくなった人が買うから熱狂的なファンが付く。ヤッホーブルーイングはそういう熱心なファンを集めて座談会をしたり、お台場でイベントを起こして4000人も集めたりしているんです。コミュニティ作りが非常にうまいんですね。

──それはすごいですね。

吉田真佐男

もう1つMOON-Xという会社が手がけるCRAFT Xというビールがあって、ここ2年くらいで急速に伸びたらしいです。ここはサブスク方式を取り入れていて、いくつかプランがあるんですけど、月間4000円ほど払うと毎月6缶ずつ届く仕組みになっています。そのビールについて「もうちょっと苦みが欲しい」とかフィードバックするとどんどんアップデートされていって、お客さんが商品作りに参加している気分を味わえるんです。ヤッホーブルーイングはコミュニティの作り方、MOON-Xはサブスクのビジネスで成功している。これをビールじゃなくてアーティストでやったらどうなるのか。これまでのファンクラブイベントって、メインツアーに付随してミニイベントをちょっとやるくらいなんですよ。そうじゃなくて、熱心なファンを呼んで、「今度のイベントでこんなことをしてほしい」「こんなグッズが欲しい」って話し合う座談会を開いて、全国ツアーの前に試作品を作ってみるとかね。

──自分の意見が反映されたグッズなりサービスが生まれたら、ファンのエンゲージメントはより高まりそうですね。

そうなんですよ。もしグッズが人気になれば全国展開して売ってもいい。これまでの音楽業界はファンとのコミュニケーションが一方通行だったんですけど、それは流通業とかサービス業ではとっくに崩壊しているモデルなんです。あと、アーティストグッズもライブ会場で売るだけでは面白くない。ファッション業界を見ればわかりますけど、第二市場、つまりオンラインに長けないとどんどんつぶれていきますから。さらに第三の市場を作らないといけないと思っています。

──ライブ会場でもオンラインでもない新たな市場ですか?

そうです。アーティストのグッズをブランド化して通常のお店で売るやり方を取らないと。例えば湘南乃風のグッズはオートショップでも売れますからね。実際オートバックスの店頭でカーアクセサリーブランドのD.A.Dとコラボしたグッズを展開したんですよ。実際に新たな顧客の獲得につながりました。そうやってどんどん市場を広げていかないと。そういうことで今どんどんビジネスモデルをシフトさせていっています。やはり流通業やサービス業は音楽業界より圧倒的に先を行っているので、学ぶことがすごく多いですね。

グローバル化に対応して中国デビュー

──音楽業界だけではなく、ほかの業界に視野を広げていらっしゃるんですね。

七穂

日本の音楽業界は今まで自分たちのやり方で、自国のマーケットだけを相手にしていればやっていけたんですよ。韓国のアーティストを見ればわかると思いますが、ずいぶん前から世界に照準を合わせています。彼らは自国だけでは食べていけないとわかっているんです。実はうちも5、6年前から考えていたことがあって、日本の音楽市場が小さくなる中でグローバル化を見据えたときに、今一番急速に発展しているのは中国なので、そこで勝負してみようと。それで去年の9月に七穂という歌手を中国でデビューさせたんです。日本で売れてから海を渡るケースはけっこうありますけど、初めから向こうでデビューさせるという、今までとは全然違う発想です。

──それは面白いですね。アメリカなどの英語圏ではなくて、中国を選んだ理由は?

中国の今の伸び方はすごいですよ。GDP成長率は6、7%で、アメリカの2、3%台を大きく上回っている。さらに2028年にはGDPがアメリカを抜いて世界1位になるという予測も出ています。日本と近隣でもあるし、ここを意識してビジネスをしないと大きなロスになる。

──では七穂さんだけではなく、今後別のアーティストでも展開していく予定ですか?

そのつもりです。中国はカルチャーとしてはまだまだなんですよ。例えば世界的にヒップホップやR&Bがチャートを席巻していますが、中国では一部の人が興味を持っているだけでまだあまり流行っていない。その未開の地に最前線のカルチャーを入れたらみんな一気に食いつくと思いますね。


2021年3月29日更新