大事なのはアーティストが選べる環境があるということ
──これまでの音楽業界は音源の流通にまつわる費用や分配率がブラックボックスにされていて、それがミュージシャンとレーベル間に不均衡をもたらす一因でもありました。チューンコアは非常に明朗会計ですし、Unlimitedプランはそれをさらに推し進めています。
僕らが関わっているのは、あくまでもデジタル配信の部分だけですが、そこはかなり透明化してきていると思います。当初からインディペンデントでのアーティスト活動を推してきたんですが、それは「自分でやれることは自分でやる」と考えたほうが中長期的にはアーティストのためになるからなんです。成長するためには、レーベルに丸投げはよくないだろうと。これまでの業界がすごく裕福で、アーティストをスポイルしてきたという言い方もできますよね。良し悪しもあるので、「全部やってもらったほうが楽」というアーティストもいると思います。問題は、それ以外の選択肢がなかったということ。僕は12年前からそう思って、インディペンデントで活動するためのサービスを続けてきました。他社には無料で配信できるサービスもあるんですが、それは収益の何%かが引かれているので、あくまで「初期投資は無料」なんです。これも考え方次第なので、アーティストが活動に合ったサービスを選べばいいのですが、本気で音楽に取り組んでいるなら、どこかのタイミングでスタータープランの料金分はペイできるようにならないといけないとも思うんですよね。
──サブスクでどれくらい再生されると4400円になるイメージですか?
プラットフォームによって単価も違いますし、時期によって変動するんですが、おおよそ1回再生につき平均0.6~0.7円で推移しているので、年間7000回前後、デイリーで20再生されればリクープできるという感じでしょうか。今までは1曲単位で収支を考えなければいけませんでしたが、Unlimitedプランで1年に複数曲リリースすれば1曲ごとに必要な再生数も少なくなりますし、インディペンデントでもリクープ可能な、現実的な数字だと思います。
──音楽ビジネスの仕組みがガラッと変わりそうですが、今後メジャーレーベルなどとはどういった棲み分けになっていくと思いますか?
あまり明確に棲み分けようとは思ってないです。アーティストが音楽を作ってライブをして、という根幹は変わらないので。彼らがどういった環境を選ぶかが重要なんだと思います。なので、昔のようにやり方が1つしかないような世の中には戻したくないなと。
──ロックスターのように振る舞いたい人はそうすればいいけど、そうじゃない人にもちゃんと道があるというか。
そこが二極化していくと思います。そういうスターみたいなアーティストをサポートできる環境というのはメジャーレーベルでも数は限られてますし。テレビの出演枠だったりもそうですし、そこに入れる数は有限じゃないですか。そこはいつの時代もあまり変わらなくて、そこに入らない人たちのほうが圧倒的に多い。僕らはそこをサポートできるインフラを整備していきたいんです。それを利用して自己管理しながら自由に音楽を作る人たちが増えたほうが面白くなるんですよ。
──インディペンデントの方がいろいろな都合に囚われずに、思い切った活動ができることも多いですもんね。
日本では人気のないジャンルでも、海外に目を向けたらマーケットは少なくとも10倍になるので。配信であれば海外にもすぐリーチできますからね。実際にそういう活動をして、Lampとかは海外でライブに数千人集めるバンドになってますよね。徐々にそういうアーティストは増えてきていますし、マイナーなジャンルだからといって疲弊するのではなく、一定の収益を上げながら活動できるのであれば、それはすごくいいことだなと。
アーティストには自由に動き回ってほしい
──昨今、生成AIを使った音楽の粗製濫造や、不正な手段による再生数の水増しが問題になっています。Unlimitedプランによって配信の敷居がグッと下がることでこういったトラブルが増える可能性はないでしょうか?
不正なストリーミングについては、一昨年あたりから各配信事業者間でも問題視され始めて、いろんなルールが改定されてきました。僕らもそれに連動して、この1年間でかなり対策を練ってきて、経験則とデータの蓄積によって不正をかなりの精度で判断できるようになりました。この2月に、世界で4社しかないAppleのプリファードアグリゲーター(推奨配信パートナー)になったんです。これはAppleの定めた基準をクリアできたからなんですが、低い不正比率もその1つでした。不正対策の運用が安定していない状態でUnlimitedプランを始めちゃうと不正が増えてしまう可能性もありますが、その対応を1年間ランニングして体制をちゃんと作れたので問題ないと考えています。AIに関してはまだ、業界全体でルールの整備中というのが、実態でしょうか。我々としては、100%“AI Generative”の楽曲に関しては原則NGとし、また第三者の権利を侵害してはいけないというのが大前提なので、使われているAIサービスがそれを侵していたらシンプルにNGになります。ただ、DSP(デジタル配信事業者)含め業界全体の問題として、それらをすべて感知できるかどうかはこれからの話ですね。
──もう1点お聞きしたいのが、サブスクが社会にここまで浸透すると、プラットフォーム側の力がさらに強くなっていくと思います。TuneCore Japanはミュージシャンとプラットフォームの間に立つ存在ですが、両者のバランスをどうやって取っていくのかなと。
再生単価や月額料金はプラットフォームの都合で変更されることがありますけど、月額1000円が1200円に上がればアーティストに還元される原資が増えるのでポジティブなことでもあるんですよね。ユーザーとしては価格を上げてほしくないけど、ダイレクトにアーティストに返ってくるという意味では音楽の価値を上げてくれているとも言える。ただ一部のDSPによるルール変更で「年間1000回以上再生されていない楽曲には収益を支払わない」といったものがあり、この理由はよくわからないなと思っています。不正している人とインディペンデントアーティストを一緒くたにしているようにも思えるので注視していかないといけないなと。プラットフォームやメジャーレーベルの権限でインディペンデントのアーティストが不利益を被らないように、なるべくフェアにやってほしいと言い続けていこうと思っています。
──海外と比べて、日本のディストリビューター固有の特徴はありますか?
やっぱり日本語じゃないですかね。言語の問題は大きくて、海外のサービスを使うとなかなか日本語テキストに対応してもらえない、もしくは最適化されないんです。その点においては圧倒的に国内のサービスを使ったほうがいいですね。あとは、チューンコアの機能でボーカロイドの権利処理も行っているので、そこも特徴かなと。海外でもここ数年で認知が広がりましたが、僕らはずっとメーカーさんと契約してきて、現在100を超えるボーカロイドが使えるようになっています。
──最後に今後の展望をお聞かせください。
TuneCore Japanの最初の10年は、とにかく世界に目を向けて配信してもらうということに注力してきたんですね。それが当たり前になった今、アーティストの音楽をもとにいろんなコミュニティ(セカイ)を紡いでいくインフラになれたらという思いがあって。音楽をハブにしてアーティストとほかのジャンルのクリエイターがつながって世界が広がっていくイメージのサービス成長を進めていきたいと思っています。楽曲を流通しておしまい、というようなモデルは自らが当たり前にしてきてしまったので、それだけでは今後、アーティストに満足してもらえない。例えば、ライブイベントのオーディション施策も増やしていきたいですね。昨年は「SXSW」の公式オーディションを開催したり、中国最大級の「STRAWBERRY MUSIC FESTIVAL」のオーディションも日本で初めて行いました。ステージに関してはやはり数が限られるので全員がハッピーになれるわけではないのですが、チャンスは平等に提供できればと。海外イベントはなかなか大変ですが、参加したアーティストの経験を蓄積して、継続してやっていければと思っています。そういったインフラのうえで、アーティストには自由に動き回ってほしいですね。