KEN THE 390、Kダブシャイン、DEJI、KOHEI JAPAN|佐賀のヤバさをラップで伝えるそのワケは?4人のラッパーが知る人ぞ知る幕末の名君を語る

九州の福岡と長崎に挟まれた小さな地方自治体である佐賀県。その県庁広報広聴課が攻めている。なんと地元の偉人の功績をKEN THE 390、KOHEI JAPAN、DEJI、Kダブシャインというラッパーたちの手によってヒップホップの楽曲で表現したのだ。その人物の名は鍋島直正 a.k.a 閑叟。日本で初めて反射炉を築造し、国産の鉄製大砲や蒸気船を製造した偉人だ。しかし彼の功績は歴史好きにもなかなか知られていない。佐賀県の担当者は、「かっこいいヒップホップの曲」を作って、閑叟の存在を特に若い世代にむけてもっと広めたいと考えた。

この特集では、4人のラッパーがこの難題にどうやって取り組んだのか、そして完成した「The SAGA Continues...」という曲にはどんな思いが込められているのかについて、彼らに佐賀県の名産品を食べながら語り合ってもらった。まずは特設サイトで無料配信されている楽曲をダウンロードしてからテキストを楽しんでほしい。

取材・文 / 宮崎敬太 撮影 / cherry chill will.

幕末維新期における佐賀藩の歴史をラップに!

「The SAGA Continues...」特設サイトはこちら

松濤で「鍋島家」を知らないやつはモグリ

──そもそも今回の話はどうやってスタートしたんですか?

有明海の珍味「干しむつごろう」を初体験するKEN THE 390。左手に持つタンブラーグラスは佐賀市重要無形文化財にも指定されている「肥前びーどろ」。

KEN THE 390 まずはポニーキャニオン経由で「佐賀の歴史をラップする曲を作りたい」って相談を受けたんですよ。その後に佐賀県庁広報広聴課の担当者と直接お会いして、佐賀の歴史や企画に対する意気込みを教えてもらいました。その段階で担当者の中に人選を含めた具体的なアイデアがあったので、これは面白くなりそうだな、と。

DEJI 僕は佐賀県出身でその担当者とは高校の同級生なんですよ(笑)。ひさびさに連絡をもらったら、すごい話だったんでいろんな意味でびっくりしましたね。

KOHEI JAPAN 俺は歴史がすごく好きなんで、ポニーキャニオンからも「佐賀県と幕末の曲を企画してるから何かあったら協力してね」と言われてて。

KEN THE 390 最初に話をもらったときは「歴史の教科書をラップして」とか言われるのかなと思ってドキドキしました。でも佐賀県側から「ヒップホップ的にクリエイティブなものにしてほしい」と言ってもらったので、すごくやりやすかったです。

Kダブシャイン 俺は去年の末に新しいアルバム「新日本人」を発表したんですが、それを聴いた友人がこの企画のデザインに関わっていて、親和性あるんじゃないかって推薦してくれたみたいです。正式に話をもらったときは「早稲田出身じゃないのにいいのかな」って(笑)。

左からKダブシャイン、KEN THE 390、KOHEI JAPAN、DEJI。 左は富久千代酒造の日本酒「鍋島」、右は村岡屋の銘菓「さが錦」。

──早稲田大学は、佐賀出身の武士で政治家としても有名な大隈重信が創設しました。で、KEN THE 390さん、KOHEI JAPANさん、DEJIさんの3人は早稲田大学ソウルミュージック研究会「GALAXY」のOBなんですよね。Kダブさんは佐賀とどんなつながりがあるんですか?

Kダブシャイン 俺の出身地である渋谷区の中で、松濤や神山町という地区は、もともと佐賀藩主だった鍋島家が維新後に茶園を始めた場所なんですよ。通っていた松濤中学の隣に公園があるんだけど、そこも「鍋島松濤公園」という名称で。松濤に鍋島家のお茶畑があったという話は、渋谷区の教科書に書いてあるので子供の頃からなんとなく知ってはいたんですよ。

DEJI 全然知らなかった。佐賀県民でも、鍋島家に縁のある地が渋谷にあることを知っている人は少ないと思いますよ。

鍋島松濤公園
鍋島松濤公園
維新後、鍋島家はこの地にあった紀伊徳川家の下屋敷を譲り受け、1876年に「松濤園」という茶園を開いて「松濤」の銘で茶を売り出した。茶園が廃止されてからは、湧水地を中心とする一画が児童遊園として公開され、1932年に東京市に寄贈されたのち、渋谷区に移管された。

Kダブシャイン 小学校の頃は松濤に鍋島家の大きなお屋敷があって、1コ上には鍋島君という上級生もいたの。お屋敷は小学校5、6年のときに取り壊されちゃったんだけど、そのあと立派なマンションができて、名前は言えないけど今でもすごいお金持ちがいっぱい住んでるよ。だから俺らの近所で「鍋島家」と言えば名士で、地主のさらに上みたいな感じだった。

KEN THE 390 マジっすか? それすごいですね。

Kダブシャイン うん。自分の地元が佐賀県と関係あるってことは、この企画をやるまで知らなかったんだけど鍋島家のことは幼少期からずっと知ってて体に染み付いてたよ。

聡明すぎる佐賀藩主・鍋島直正 a.k.a 閑叟

──「The SAGA Continues...」は先ほどから話題に上がっている佐賀藩主・鍋島直正について歌った曲ですが、この方は有名なんですか? 僕は歴史に疎いので全然知りませんでした。

第10代肥前国佐賀藩主・鍋島直正(公益財団法人鍋島報效会所蔵)

KOHEI JAPAN 大丈夫、普通はみんな知らないから(笑)。今回具体的に話をもらって、鍋島直正の曲と知って俺もびっくりしたもん。幕末のことはいろんな文書や物語が書かれているけど、この鍋島さんはそんなに出てこない。

DEJI 佐賀県民でも詳しく知ってる人は少ないと思いますよ。

KOHEI JAPAN 明治維新を推進して政府の主要官職に人材を供給した薩摩藩、長州藩、土佐藩、肥前藩(佐賀藩の別称)を総称して「薩長土肥」という言い方をするのね。でも薩摩、長州、土佐は知ってるけど、「肥前ってどこだ?」って感じ。俺もそうだった。「何したんだっけ?」って。

KEN THE 390 曲を聴いたら、ほとんどの人は驚くはずです。鍋島直正 a.k.a 閑叟はすごすぎるから。

窓乃梅酒造の日本酒「窓乃梅」を興味深げに見るKOHEI JAPAN。

KOHEI JAPAN 歴史書には「鍋島閑叟」とか、「閑叟公」と書かれてたりもする。「閑叟」と名乗ったのは藩主を引退してからなんだけど。佐賀藩は自分たちの利益を守るために秘密主義だったらしくて、だから鍋島さんのことがあまり知られてないのかもしれない。

──閑叟はどんなところがすごかったんですか?

KOHEI JAPAN 今回の企画では、閑叟の業績を大きく4つに分けて、それが「The SAGA Continues...」のテーマにもなってる。それは「近代化」「最強の軍事力」「先見の明」「近代国家の礎を作った教育」ということ。俺らはこのテーマをそれぞれのヴァースでわかりやすく歌ったの。

Kダブシャイン 閑叟は藩主として聡明すぎたんですよ。幕末の薩摩、長州、土佐は下士たちがすごいがんばってるのね。「俺らがやらなきゃ」って。でも閑叟は聡明すぎて下からの突き上げみたいなのがなかったから、物語になりにくいのかもしれないね。

「鍋島」を手に取るKOHEI JAPAN(右から2番目)。 DEJIのグラスに「鍋島」を注ぐKOHEI JAPAN。 KOHEI JAPANのグラスに「鍋島」を注ぐDEJI。

アカデミックな内容だからこそポップにしない

──決して有名だとは言えない閑叟について、みなさんはどうやって歌詞を書いたんですか?

KOHEI JAPAN 佐賀県の担当者から、事前にものすごい分厚い資料をいただいたんですよ。そこには歌詞で絶対に言ってほしいことも明記してあったから、俺の気持ちをどうのこうの言う必要もなかった(笑)。

DEJI ですね(笑)。僕もそれに沿っていかに自分らしく、かつわかりやすくラップするかってことを意識しました。

左からKEN THE 390、Kダブシャイン、DEJI、KOHEI JAPAN。彼らが持つ「The SAGA Continues...」のロゴは光嶋崇がデザインを担当。

KEN THE 390 最初から完璧な設計図があったようなものなんです。

Kダブシャイン 「The SAGA Continues...」は基本的に全員、幕末当時の大砲とか軍事力のことをラップしてるんですよ。だからこの曲はある意味、幕末のギャングスタラップなんです(笑)。

──事前に言うことを決められてるとやりにくくないんですか?

KOHEI JAPAN 全然。歴史とラップという企画だったからこそ、ブレない軸を最初に提示してもらえて俺はかなりやりやすかったな。

KEN THE 390 内容は決まってたけど、フロウやライミングについては自由だったんですよ。僕らはみんな、「自治体モノだから老若男女に分かりやすいラップをしよう」とは思ってなくて。そこに合わせていくとどんどんヒップホップ的なエッジがなくなっていくから、むしろ普段通りの塩梅でラップしました。

──ビートもDJ WATARAIさんらしい音ですね。

KEN THE 390 こういうアカデミックなテーマの曲ってポップになりがちなんですよ。ここで明るいトラックを選んじゃうとバランスが悪くなると思ったんで、あえてWATARAI節のダークなビートをお願いしました。